学位論文要旨



No 126840
著者(漢字) 下野,僚子
著者(英字)
著者(カナ) シモノ,リョウコ
標題(和) 病院業務の構造的記述に基づく要員配置
標題(洋)
報告番号 126840
報告番号 甲26840
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7481号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯塚,悦功
 東京大学 教授 平尾,雅彦
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 土橋,律
 東京大学 教授 水流,聡子
 東京大学 教授 堀井,秀之
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

1.1 病院業務における要員配置の方法論の必要性

医療の質への関心の高まり,医療専門職の偏在・不足といった状況[1]下,病院は,限られた資源で効果的・効率的な医療提供が必要であり,人的資源を合理的に活用するための要員配置は重要な課題[2]といえる.

質保証のための要員配置では,確実に業務遂行できる要員を配置するために,業務遂行能力(以下,力量と呼ぶ)の評価に基づき,業務遂行に必要な力量を,要員が保有する力量が満たすように要員を対応づける必要がある.さらに,病院業務では,十分な力量を保有した要員の確保が難しい現状を踏まえ,無資格者の配置や,十分な力量を保有しない要員についても,人材の有効活用の観点から配置を検討する必要がある.

1.2 本研究のアプローチ

本研究のアプローチとして,まず,複雑な病院業務の構造を明らかにし,その記述方法を検討する.そのうえで,力量項目の導出および力量評価に基づいた要員配置の方法を検討する.

1.3 本研究の目的と全体像

本研究では,複雑な病院業務を対象として,業務プロセスの記述,質保証のための要員配置の方法論を構築することを目的とする.さらに,業務プロセスの記述が質保証を実現するための構造を表現するものであることから,病院業務プロセスの設計と問題分析への応用方法の検討も,本研究の目的とする.

1.4 本論文の構成

第2章で,病院業務プロセスを記述するための方法構築を行い,第3章で,構造的記述内容に基づく要員配置モデルの構築を行う.さらに,第4章で,プロセス設計・問題分析の方法構築を行う.図1-1に示す.

第2章病院業務プロセスの構造的記述

2.1 業務プロセスの構造的記述の概要

記述した業務は,要員の対応付けの対象であると同時に,質保証のために要員が持つべき力量を示すことが必要である.記述モデルの構築は,一般的な業務プロセスの構造を理解,病院業務の特徴の抽出,業務プロセスの構造への病院業務の特徴を反映という3段階で行った.

2.2 業務プロセス記述モデルの構築

一般的な業務プロセスの構造として,業務プロセスが,ある単位のプロセスであるユニットプロセスの連結から構成されるものとした.ユニットプロセスは,インプット,アウトプット,タスク,リソース,コントロールという5要素で構成される.またユニットプロセスの実現に必要な活動をアクションと定義した.

次に,他産業と比べて業務プロセスを複雑にし,安全・質保証を難しくしている病院業務の特徴を抽出した.その結果,以下の7つの病院業務の特徴が抽出された:患者個別性がある,患者状態が変化する,侵襲・苦痛を伴う,やり直しが利かない,緊急性がある,専門性を要する,職能別組織によって行われる.

最後に,前述した一般的な業務プロセスの構造に対して,抽出した病院業務の特徴を反映させる箇所とその反映内容を特定した.

2.3 病院業務プロセス記述モデル

当モデルは,図2-1に示すとおり,記述項目の定義と記述ルールを示す記述ガイダンスと記述様式で構成される.

2.4 事例適用とモデルの評価

A病院(急性期・地域中核病院,約1100病床)の検体検査を事例とした.事例業務を記述したユニットプロセス記述表(図2-2)について,病院業務の特徴である複雑性を考慮したものとなっているかどうかを評価した結果,適切であることを確認できた.

2.5 考察

タスク実施以外のタイプのアクションは,病院業務プロセスでは,質保証上,重要であることが分かった.また,抽出した病院業務の特徴は,従来文献[2]で挙げられている医療の特徴を網羅的・構造的に示せたといえる.

第3章要員配置モデルの構築

3.1 要員配置モデルの基本概念と全体像

質保証を実現する要員配置のため,業務実施に必要な力量(以下,必要力量と呼ぶ)と,要員が保有する力量(以下,保有力量と呼ぶ)を把握し,保有力量が必要力量を満たすように,当該業務への要員配置を行う.複雑な病院業務の遂行のための必要力量と,要員間で差がある保有力量を適切に把握できる力量項目を用い,十分な保有力量を持つ要員の確保が難しい現状を踏まえ,質保証を実現しながら,人材の有効活用の観点からも要員配置を検討する必要がある.以上をモデル基本概念として図3-1に示し,提案モデルの全体像を,図3-2に示す.

3.2 必要力量の把握

検討対象業務の設定,アクションの導出,状況ごと必要人数の把握の3機能により構成される.3機能は,図3-2で,I-1~I-3で示す.

3.3 保有力量の把握

評価対象要員群の設定,レベル別評価項目の導出,要員ごと保有力量の評価,レベル別保有人数の把握の4機能により構成される.4機能は,図3-2で,II-1~II-4で示す.

3.4 要員配置パタンの導出

要員の充足度の判定,充足状況における要員配置パタンの導出,未充足状況における要員配置パタンの導出の3機能により構成される.3機能は,図3-2で,III-1~III-3で示す.

3.5 要員配置モデルの評価

提案モデルによって,従来よりも質保証と人材の有効活用の観点から有効な要員配置パタンを導出できるか評価する.事例に対し,モデル適用した場合と適用しない場合の2通りで要員配置パタン (それぞれ,モデル案,従来案と呼ぶ)を導出し,両者の差異を,質保証と人材の有効活用の観点から分析することで評価する.

評価の結果,質保証と人材の有効活用上,モデル案が従来案よりも優れていることを示していることが確認できた.また,配置時の条件の詳細は検討の余地があることが分かった.

3.6考察

モデル評価の結果について,提案モデルでレベル別評価項目を用いてレベル2の要員を特定し,条件付きで配置したことが,質保証と人材の有効活用上,モデル案を有効にしているといえる.

必要力量および保有力量が正確に把握されていれば,再現性高く要員配置パタンを導出できるといえ,必要力量および保有力量の正確な把握に提案モデルが貢献している.

第4章病院業務プロセスの構造的記述の応用

4.1 病院業務プロセス記述モデルの応用可能性

病院業務プロセス記述モデルは,病院業務プロセスを,患者要求を満たすためのシステム捉え,システムを構成する機能,機能間の関係,機能を構成する要素,機能における活動を,ユニットプロセス,プロセスフロー,ユニットプロセス構成要素,アクションによって明らかにしている.

4.2 プロセス設計への応用

設計では,要求達成手段案の導出と手段案の評価を行う.

ユニットプロセス記述表を用いたプロセス設計の方法は,STEP1として,ユニットプロセスの特定,STEP2として,ユニットプロセスの構成要素およびアクションの指定,STEP3としてユニットプロセス記述案の評価を行う.

4.3 問題分析への応用

問題分析では,問題発生状況の把握,原因構造の理解,対応策の検討を行う.

ユニットプロセス記述表を用いた問題分析方法は,STEP1として,ユニットプロセス記述表による業務標準の記述,STEP2として,問題発生状況の把握,STEP3として,発生・見逃し要因の特定による原因構造の理解,STEP4として,対応の検討を行う.

4.4 事例適用による検証

検証は,事例とした業務プロセスにおいて取り上げた問題に対し,問題分析とプロセス再設計が,ユニットプロセス記述表を用いることで合理的に実現できるかを評価した.

4.5 考察

ユニットプロセス記述表が,問題分析とプロセス再設計において,2点で有用であることが分かった.

1点目として,業務の質に影響する業務の範囲と対象を指定しやすくなることである.問題が発見された範囲だけでなく原因を含む範囲を指定できたことと,各記述項目を検討することで要因をより網羅的に検討できたことを意味する.

2点目として,設計の質と実行の質の双方を考慮したことにある.

既存の主な記述ツール[3] [4] [5]と比較した結果,設計における設計案の導出,問題分析における発生状況の把握において,特に有効であることが分かった.

第5章まとめと今後の展開

5.1 まとめ

本研究では,病院業務の特徴を考慮した業務プロセス記述の方法論である「病院業務プロセス記述モデル」,当モデルを適用した記述内容に基づいて要員配置を行う方法論である「要員配置モデル」,さらに,記述モデルを応用してプロセス設計と問題分析を行う方法を構築し,それぞれ検証を行った.

5.2本研究の社会的意義

医療に関する社会的問題は,医療に対する要求が高まる一方で,要求を満たすための医療資源の確保が難しいことにあるといえる.その中で,医療の質保証のために,業務プロセスにおいて医療資源を合理的に活用する方法を検討した本研究は,意義があるといえる.

5.3今後の展開

業務プロセス記述への事例適用で導出されるユニットプロセス・アクションについて,業務毎に知識ベースとして整備する必要がある.知識ベースとすることで,当該業務における内容が再利用可能な知識として蓄積され,精度の高い結果の導出と効率的なモデル適用が実現できると考える.

[1] "平成22年版厚生労働白書",厚生労働省.http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/10/dl/02-02-05.pdf,2010年11月.[2] 飯田修平,飯塚悦功,棟近雅彦(2005):「医療の質用語辞典」,日本規格協会.[3] 飯田修平,成松亮 (2005) : 『電子カルテと業務革新 医療情報システム構築における業務フローモデルの活用』,篠原出版新社.[4] 石川雅彦 (2007) : 『RCA実践マニュアル 再発防止と医療安全教育への活用』,医学書院.[5] 飯田修平,柳川達生共著 (2006) : 『RCAの基礎知識と活用事例』,日本規格協会.

図1-1 本論文の構成

図2-1 病院業務プロセス記述モデルの概要

図2-2 検体検査業務におけるユニットプロセス記述表

図3-1 要員配置モデル基本概念

図3-2 要員配置モデル全体像

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「病院業務の構造的記述に基づく要員配置」と題し,全5章からなり,医療の質・安全を保証し,かつ人材の有効活用を実現する要員配置の方法論について論じている.

第1章は緒言であり,本論文の背景と目的について述べている.医療の質・安全への関心の高まり,医療技術の高度化・専門化,医療専門職の偏在・不足という状況で,病院は限られた資源で効果的・効率的に医療サ-ビスを提供することが求められている.人的資源の観点からは,これを合理的に活用する要員配置が重要な課題となるが,そのための合理的な方法論は確立しているとはいえない.本論文は,病院業務プロセスを構造的に記述し,これに基づいて人的資源を有効活用しつつ,医療の質・安全を保証できるような要員配置の方法論の確立を目的とするものである.

第2章は,病院業務プロセスの構造的記述について論じ,記述モデルを提案している.まず一般的な業務プロセスの構造を理解し,次に病院業務の特徴を網羅的に抽出し,さらに業務プロセスの構造へ病院業務の特徴を反映することによって,病院業務プロセスで記述すべき項目を導出している.一般的な業務プロセスの構造の理解においては,業務プロセスがユニットプロセスの連結で構成され,各ユニットプロセスが,インプット,アウトプット,タスク,リソース,コントロールという5つの要素で構成される通常のモデルを適用している.本論文では,質・安全保証のために,新たに,タスクのような直接的な価値変換以外の,アウトプットの質やユニットプロセスの運用の効率に影響を与える活動も特定し,これをアクションと呼び記述対象とすることを提案している.次に,病院業務の特徴として,患者個別性,病態変化,侵襲性・苦痛,やり直し不可,緊急性,専門性,職能別組織という7項目を,文献の調査・分析を基礎に演繹的に導いている.最後に,一般的な業務プロセスの構造に対し,抽出した病院業務の特徴に対応すべき要素と内容を特定し,これらをもとにプロセス記述項目の定義と記述ルールを定めている.

第3章は,要員配置モデルについて論じており,要員配置の方法論を提案している.その原則は,対象とする業務について,第2章で提案したアクションを導出し,各アクションに要求される力量を把握し,その総体を満たす力量を有する要員を配置するという自然なものである.この基本概念に従い,必要な力量を4レベルで把握し,同じ尺度で各要員の保有力量を把握するモデルを提案している.ここで,レベル4は難しい業務でも対応可能,レベル3は標準作業を一人で対応可能,レベル2は基本的業務については対応可能だが対象によっては指導・指示・応援が必要,レベル1は常に付添指導が必要というものである.要員配置にあたっては,原則としてレベル3-4の要員の配置,質安全への影響がない場合レベルの低い要員を配置,未充足時にレベル2の要員の活用を条件付きで考慮,という要員配置パタンの導出手順を確立し提案している.さらに,この手順をA病院における検体検査業務のうちの,採血,測定前処理,検体測定を対象とし,日勤帯と当直帯,日勤帯については基準人数で対応する時間帯と応援要員を必要とする時間帯について適用し,熟練経験者の判断による要員配置との相違について詳細な解析を行い,提案方法を評価している.その結果,質・安全を確保し,かつ保有する人的資源の有効活用という点で優れた方法であることを検証している.

第4章は,第2章の構造的記述モデルの応用として,プロセス設計および問題分析への応用について論じている.病院における業務プロセスが,提案する構造的記述モデルによって十分に記述できるのであれば,プロセス設計もプロセスに内在する問題の分析にも有用であることは間違いない.設計については,プロセス仕様の記述レベル,設計案のレビュ-におけるレビュ-対象の特定の点では,提案する手法は十分に有効である.設計案の評価においてプロセス属性に応じた潜在リスクに関する構造化知識の充実が必要と思われるが,それは本論文の主題の範囲を超える研究といえる.問題分析については,事例適用によって,問題発生状況の把握,原因構造の解明,対応の検討において,提案する記述モデルの有用性が十分に検証されている.

第5章では,本研究を通じて得られた成果をまとめ,本研究の社会的意義,今後の課題と展開について述べている.

以上要するに,本論文は,病院業務における要員配置という非常に複雑な問題に挑戦し,プロセスの構造的可視化により,医療の質・安全保証と人材の有効活用を実現する方法を提案するものであり,社会的意義が高く,医療社会システム工学および化学システム工学への貢献が大きい.また,提案された方法は応用可能性が高く,専門性の高い,人の能力に依存した業務プロセスの設計に拡張できると考えられ,工学的に価値の高いものである.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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