学位論文要旨



No 126841
著者(漢字) 長谷川,馨
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,ケイ
標題(和) 基板上での単層カーボンナノチューブのミリメータースケール成長
標題(洋)
報告番号 126841
報告番号 甲26841
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7482号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野田,優
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 准教授 三好,明
 東京大学 准教授 菊地,隆司
 東京大学 教授 丸山,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

第1章 緒論

カーボンナノチューブ(CNT)、特に単層(SW)CNTは優れた特性から多くの応用が期待されている。微細な配線や平面デバイス、バルク用途とその応用研究は多岐にわたっている。CNTの実デバイスへの実装に対しては生成量や個々のCNTの構造及び物性、また集合体構造の制御が必要となり、各目的に応じた合成法の改良が必要となる。有力な合成法として、触媒である金属ナノ粒子に炭素源となるガスを供給し、粒子が炭素源を分解し炭素を溶解、CNTとして析出させる化学気相成長(CVD)法がある。2004年に10分で2.5mmのSWCNT基板上垂直配向成長が実現された。基板上のSWCNTミリメータースケール成長は、大量合成や基板へのデバイスの短時間実装に向けて有力であるが、実用に近づけるには多くの課題がある。多層(MW)CNTでは同様の成長はより早い段階で合成技術として確立したのに対し、SWCNTのミリメータースケール成長を制御して合成可能なグループはほとんどなく、成長の必要条件及び高速成長、停止の機構も検討できていない。

そこで、本研究の目的は、SWCNTのミリメータースケール成長法において、現象や機構を理解し目的に応じた合成の制御を可能にすることとした。本論文の構成は、以下のとおりである。第2章では、SWCNTミリメータースケール成長の手法を確立し、条件を明らかにした。第3章では、成長中に起きている現象を理解し、解析した。リアルタイムでの成長解析や、垂直配向SWCNTの長さ方向の構造変化から、成長停止や、触媒粒子とSWCNTの構造変化、それらの相互の関係を考察した。第4章では、成長をより詳細に解析するために、SWCNTミリメータースケール成長の必要条件だけを抽出したより単純な系での合成を試みた。第5章では、以上の結果をもとに、SWCNTミリメータースケール成長の必要条件、成長や停止の機構、成長中に起こる現象との関係を考察した。

第2章 SWCNTミリメータースケール成長の条件

SWCNTの成長には、触媒条件とCVD条件が複雑に関係するため、両者の系統的な検討が必要である。そこで、基板上にマスクを設置してスパッタすることで触媒平均膜厚に傾斜をつけるコンビナトリアル法を用い、SWCNT高速成長の報告のあるFe/Al2Ox系の触媒ライブラリを作製、種々のCVD条件を検討した。その結果、全圧大気圧で温度820℃, ガス滞留時間 数s, C2H4 8.0 kPa, H2 27 kPa, H2O 5-10 Pa, Ar balanceで合成すると、再現性良くCNTを10 min間で1mm程度成長できることが分かった。特に、Fe触媒平均膜厚が0.5-1.0nmの範囲でSWCNTがミリメータースケールに成長し、触媒担体として酸化アルミニウムが必要であり、特にAl/SiO2が反応して形成するAl-Si-Oがより少ないFe平均膜厚でSWCNTを高速成長させるのに有効なことが分かった。また、H2分圧もSWCNT成長に重要であり、その効果はC2H4の脱水素・水素化の気相反応のバランスを制御して、適度な分圧のC2H2を触媒表面に供給することと分かった。

以上、C2H4を原料としたFe/Al2Ox系触媒によるSWCNTミリメータースケール成長の条件を確立し、触媒条件およびCVD条件の影響を明らかにした。

第3章 SWCNT成長の急停止と直径変化

成長速度及び成長停止過程、成長中のSWCNT及びその集合体の構造変化を理解するため、成長のリアルタイム観察及び垂直配向膜断面方向からの分析を行った。円管の片側に設置した窓からサンプルを観察可能なCVD装置で合成をおこない、サンプルの連続撮影を行った結果、SWCNTは成長速度がわずかに減少しながらもほぼ一定速度で成長したのち、急激に成長が停止することがわかった。成長中のSWCNTの個々及び集合体の構造変化を解析するため、垂直配向膜の表面からの距離に対してラマン散乱測定、SEM観察、TEM観察を行った。SWCNTは根元成長し、成長初期にあたる垂直配向膜先端では直径1.5-2nm程度のSWCNTのバンドルであり、成長が進み表面から遠ざかるにつれ直径2-3nm程度の孤立SWCNT、直径3-4nmの曲がった孤立SWCNTへと、大きく変化していた。SWCNTが成長中に単層構造を保ったまま直径増大することは新たな発見であり、CVD中の触媒粒子径の増大が原因と考えられる。またSWCNTの集合体構造も、膜上部の1 μm程度はネットワーク状で、その後、垂直配向し、成長停止直前に配向が急激に乱れることを確認、成長停止との関連が示唆された。

以上、SWCNTの成長が急激に停止すること、およびSWCNTの直径が成長中に増大することを明らかにした。両者の原因はCVD中の触媒粒子の粗大化にあると考えられたが、更なる検討が必要である。

第4章 シンプルな原料ガス組成でのSWCNTミリメータースケール成長

現合成系は、原料ガスの気相反応や微量の添加物といった多くの要素があり複雑で、成長の系統的な理解には改善が必要である。本研究室及び他の既往の研究から、SWCNT成長の主要な前駆体はC2H2と考え、Arで希釈したC2H2のみでの合成を試みた。コンビナトリアル手法で触媒を担持し、800℃, C2H2 300 Paで合成した結果、13 minで最大1.4mmのSWCNT成長を確認した。C2H2分圧及びH2O添加の有無の依存性を検討した結果、C2H2分圧を低く制御することで、適切な触媒条件下ではH2Oを供給しなくてもC2H2とArのみでSWCNTのミリメータースケール成長が可能なこと、H2Oの主な効果は原料を過剰に供給した時に触媒が失活するのを防ぐこと、一方でH2Oは小さい触媒からのSWCNT成長を阻害し、SWCNTの欠陥も増やすことがわかった。

以上、本合成系は、微量の添加剤等も用いず組成がシンプルなため、SWCNT成長機構の解明に加え、SWCNT合成の大規模化等にも有効と考えられる。

第5章 SWCNTミリメータースケール成長とその停止機構

C2H2/H2O/Ar原料を用いたCVDにおいて、温度、C2H2分圧を広範囲に変化させてSWCNTの成長に対する影響を検討した。800℃ではC2H2分圧150 Paにて40 min後にSWCNT高さが最大の2.4mmとなったが、700℃ではC2H2分圧50 Paにて270 min後にSWCNT高さが最大の4.0mmとなった。低温にするほど、C2H2分圧の最適値が低下し、SWCNTがゆっくりと長く成長すると言える。SWCNTの高さは、初期成長速度と成長持続時間で決まり、初期成長速度はC2H2分圧に正に依存し温度依存性は小さかった。一方成長持続時間は、C2H2分圧と温度に複雑に依存した。すべての温度で、C2H2分圧が高いほど成長持続時間は短くなった。C2H2分圧によって成長持続時間の温度依存性は異なり、高いC2H2分圧では高温ほど長くなり、低いC2H2分圧では高温ほど短くなった。前者は触媒からのSWCNT析出を超える炭素供給があると触媒が炭化失活するためと理解でき、後者は触媒粒子の構造変化に起因することが分かった。さらに、触媒粒子の構造変化と成長停止、SWCNT直径変化の関係を詳細に検討するため、CVD前後の基板表面を原子間力顕微鏡で解析した。その結果CVD後に触媒の粒径分布が広がり、Fe担持量が少ないほど分布の変化が大きかった。平均粒径程度の粒子割合が減り、小粒子と大粒子の割合がともに増加したことから、触媒粒子の構造変化がオストワルドライプニングによるものであることがわかった。また触媒条件と反応条件における触媒粒子構造の変化を観察し、触媒粒径変化が速いほど成長が早く停止することが示唆された。

SWCNTのミリメータースケール成長の必要条件は、小さい触媒粒子から高速で持続的にSWCNTが成長することである。そのためには二つの成長停止原因を考慮し、成長が持続する範囲内で合成する必要がある。この二つの要因は、本研究での合成系に限らず汎用的なもので、例えば、MWCNTは比較的容易にミリメータースケール成長するが、それは触媒粒子が大きく安定であるためと考えられ、また粒子が基板から離れ気相に浮遊して成長するような系では、近くに他の粒子が存在しないため構造変化が起こらずに成長が持続するといったものが挙げられる。

第6章 結論

SWCNTミリメータースケール成長を確立し、成長の必要条件を明らかにした。また、SWCNT成長過程のその場観察により、SWCNTの成長が急停止することを見出し、合成前後の触媒粒子とSWCNTの解析から、CVD中に触媒粒子が粗大化してSWCNTも直径が増大することを見出した。そして、成長の必要条件のみを抽出し、Ar希釈のC2H2という単純な原料ガス系でのSWCNTミリメータースケール成長を確立し、触媒粒子への炭素供給過剰による失活と、触媒のオストワルドライプニングによる触媒構造変化の二つが成長停止の主因であると解析した。より細いSWCNTのより長尺な成長には、触媒粒子のオストワルドライプニング抑制が鍵になることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

「基板上での単層カーボンナノチューブのミリメータースケール成長」と題した本論文は、化学気相成長(CVD)法による基板上での単層カーボンナノチューブ(SWCNT)のミリメータースケール成長を対象とし、6章から構成される。SWCNTのミリメータースケール成長の触媒・CVD条件を明らかにし、CVDの最中に起こる触媒およびSWCNTの構造変化と成長停止を解析するとともに、シンプルな合成条件を開発することでミリメータースケール成長の機構解明と簡易な合成技術を確立した研究である。

第1章は序論であり、研究背景および研究目的を述べている。冒頭では、SWCNTの発見と研究開発の歴史、SWCNTの構造や物性の特徴、SWCNTの各種合成法、および本研究で主に用いた評価法について述べている。続いて、SWCNTの本格的な実用化には合成技術の確立が重要であることを述べた上で、本論文ではSWCNTのミリメータースケール成長の必要条件を明らかにし機構を理解することで、目的に応じた合成の制御を可能にすることを目指すとしている。

第2章では、SWCNTミリメータースケール成長の条件について述べている。SWCNTの成長には、触媒条件とCVD条件が複雑に関係するため、一枚の基板上で触媒条件を系統的に変えるコンビナトリアル法を用い、多様なCVD条件を検討している。SWCNT高速成長の報告のある鉄/酸化アルミニウム触媒によるエチレンCVDを検討し、全圧: 大気圧, 反応温度: 820℃, ガス滞留時間: 数s, 気相組成: エチレン8.0 kPa; 水素27 kPa; 水蒸気5-10 Pa; アルゴンバランスの条件下で合成すると、鉄触媒平均膜厚が0.5-1.0nmの範囲でSWCNTが再現性良くミリメータースケール成長することを報告している。触媒担体として酸化アルミニウムが必要であり、また水素もSWCNT成長の前駆体となるアセチレンのエチレンからの生成を制御するのに重要と報告している。

第3章では、SWCNT成長の急停止と直径変化について述べている。CVD中のサンプルをリアルタイム観察し、SWCNTは成長速度がわずかに減少しながらもほぼ一定速度で成長したのち、急激に成長が停止することを報告している。また、成長後のサンプルを表面からの深さごとにラマン散乱分光法、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡で詳細に解析し、成長初期にあたる垂直配向膜先端では直径1.5-2nm程度のSWCNTのバンドルであり、表面から遠ざかるにつれ直径2-3nm程度の孤立SWCNT、直径3-4nmの曲がった孤立SWCNTへと、大きく変化したと報告している。成長中にSWCNTが単層構造を保ったまま直径増大することは新たな発見であり、同時に集合体構造も上部のネットワーク状から垂直配向、そして成長停止直前の急激な配向の乱れへと変化することを報告している。SWCNTの成長停止と構造変化の原因は、CVD中の触媒粒子の粗大化にあると考察したが、更なる検討が必要としている。

第4章では、シンプルな原料ガス組成でのSWCNTミリメータースケール成長について述べている。気相反応や微量の添加物の影響を排除すべく、アルゴンで希釈したアセチレンのみでのSWCNT合成を試みた結果、800℃, アセチレン300 Paの条件下、13 minで最大1.4mmのSWCNT成長を確認した。アセチレン分圧及び水蒸気添加の有無の依存性を検討し、アセチレン分圧を低く制御すると適切な触媒条件下では水蒸気を供給しなくてもSWCNTのミリメータースケール成長が可能なことを報告している。また、水蒸気は原料を過剰に供給した時に触媒が失活するのを防ぐ一方、小さい触媒からのSWCNT成長を阻害しSWCNTの欠陥も増やすと報告している。シンプルな原料を用いた本合成法は、SWCNT成長機構の解明に加え、SWCNT合成の大規模化等にも有効としている。

第5章では、SWCNTミリメータースケール成長とその停止機構について述べている。アセチレン/水蒸気/アルゴン原料を用いたCVDにおいて温度とアセチレン分圧を広範囲に検討し、低温ほどアセチレン分圧の最適値が低下しSWCNTがゆっくりと長く成長し、700℃, アセチレン分圧50 Paでは270 minで高さ4.0mmまでSWCNTが成長したと報告している。SWCNTの高さは初期成長速度と成長持続時間で決まり、初期成長速度はアセチレン分圧に正に依存し温度依存性は小さい一方、成長持続時間はアセチレン分圧と温度に複雑に依存することを報告している。成長持続時間には二つの機構が重要であり、過剰な炭素供給による触媒の炭化失活と、触媒粒子の構造変化を提唱している。CVD前後の基板表面を原子間力顕微鏡で解析し、CVD後に触媒の粒径分布が広がり小粒子と大粒子の割合がともに増加したことから、触媒粒子の構造変化がオストワルドライプニングによることを明らかにしている。SWCNTのミリメータースケール成長のためには、上記二つの成長停止原因を考慮し、高速成長が持続する範囲内で合成する必要を明らかにしている。

第6章は、結論であり、本研究を通じて得られた成果をまとめ、今後の課題と展望について述べている。

以上要するに、本論文は反応工学および物理化学を基盤に、CVD法による基板上でのSWCNTのミリメータースケール成長を対象に、広範な触媒・CVD条件の探索によりミリメータースケール成長に必要な条件を明らかにし、CVDの最中に起こる触媒およびSWCNTの構造変化と成長停止の現象を明らかにするとともに、シンプルなCVD条件でのSWCNTミリメータースケール成長を実現したものであり、化学システム工学への貢献が大きいと考えられる。更に、手法開発から機構解明を経て合成技術をも開発しており、基礎から応用までの一貫した研究手法の実践は、工学への貢献も大きいと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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