学位論文要旨



No 126842
著者(漢字) 横山,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,ダイスケ
標題(和) 窒化物およびカルコゲナイド薄膜を用いた光電気化学的水分解についての研究
標題(洋) Study on Photoelectrochemical Water Splitting Using Nitride and Chalcogenide Thin Films
報告番号 126842
報告番号 甲26842
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7483号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 山田,淳夫
 東京大学 准教授 牛山,浩
 東京大学 准教授 野田,優
 東京大学 准教授 久保田,純
 東京理科大学 教授 工藤,昭彦
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,大規模展開に有利かつ高効率な光電極の実現を目指し,多結晶薄膜の状態で高効率動作が期待される材料について,表面修飾および溶液のpH等がその光電気化学特性に与える影響を解明することを目的として行われた研究の結果をまとめたものである.本論文は英語で書かれており全部で7つの章から構成されている.

第1章では,本研究の意義,太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換する手段としての光電気化学的水分解の特徴,原理,および光電極の性能に影響するいくつかの要素について述べられている.

第2章ではTa3N5について,表面修飾の検討に適した薄膜を得ることを目的とし,スパッタ法による薄膜調製条件を検討している.得られた薄膜の光アノードとしての特性,およびIrO2を用いた表面修飾がそれに与える影響が記述されている.図1および図2にそれぞれ示されているXRDパターンおよびSEM像に基づき,Taターゲットを用いたスパッタリングにおいて,Ar,N2に加え,微量のO2を真空チャンバーに導入することで結晶性の高い緻密なTa3N5薄膜が得られ,NH3気流下での熱処理により結晶性がさらに向上したという結果が述べられている.また,調製された薄膜は水分解条件で実際に光アノードとして動作したことが記述されており,さらにIrO2を用いた表面修飾によりその光電流値が増大し,薄膜の安定性が向上したと述べている.

第3章には,いくつかの(オキシ) カルコゲナイド材料について,その伝導帯下端 (CBM) および価電子帯上端 (VBM)の電位と,光電気化学特性とを調べた結果が記述されている.Cu2ZnSnS4 (CZTS) およびCu2MSnS4 (M=Sr,Ba)のCBMおよびVBMの電位は水分解の光カソード材料として適していることが明らかになったこと,また図3および図4に示されている電流 電位 (I E) 曲線に基づき,これらの材料に加えLa5Ti2AgS5O7およびCu(In,Ga)Se2 (CIGS)が中性またはアルカリ性の水分解条件において実際に光カソードとして動作したという結果が記されている.特に,CIGSおよびCZTSの光電流のオンセット電位はpH=9.5においてそれぞれ0.5 VRHE {可逆水素電極 (Reversible Hydrogen Electrode, RHE)を基準として0.5 V} および0.2 VRHEであったと述べている.さらにCBMおよびVBMの電位より,溶液のpHおよび表面修飾を検討することによりオンセット電位が改善する可能性があると述べている.

第4章には表面修飾および溶液のpHがCIGSの光電気化学特性に与える影響を詳細に検討した結果が記されている.Ptの光電着により入射した光子のうち電流になった割合 (Incident Photon-to-Current Conversion Efficiency, IPCE)の顕著な増大が確認されたこと,Pt/CIGSはアルカリ性条件 (pH=9.5)において最も良好なI E特性を示したことが述べられている.またIPCE測定および図5に示されているI-E曲線に基づき,Pt/CIGSへの薄いCdS層 (厚さ約100nm)の導入により 0.24 VRHEにおけるIPCEは19%から59%へと顕著に増大し,オンセット電位は0.4 VRHEから0.9 VRHEへと変化したことが記されている.インピーダンス測定結果に基づき,CdS層の導入によるI-E特性の顕著な改善は,主にp n接合の形成および溶液と接する物質がCIGSからCdSへと変化したことによる空乏層の厚みの増大に起因するものであると論じられている.同時に,CdS修飾は光電流の安定性を低下させる効果をもつことが述べられている.

第5章にはPt,CdS,およびTiO2を用いた表面修飾がCZTSの光電気化学特性に与える影響を詳細に検討した結果が記述されている.IPCE測定および図6に示されているI-E曲線に基づき,Pt,CdS,およびTiO2を用いた修飾によりCZTSの0.24 VRHEにおけるIPCEは顕著に増大し,38%に達したこと,水素生成における太陽光エネルギー変換効率 (ηH)は0.1 0.3 VRHE (pH=9.5) または0.2 0.5 VRHE (pH=14)において1%以上であったことが記されている.I E特性のpH依存性に基づき,TiO2はCdSと電解液との界面の特性を残しながら電荷分離を促進したことによりI E特性を改善したものと論じられている.また,より正電位におけるηHおよび安定性の向上が残された課題として言及されている.

第6章には,CZTSの光カソード電流の安定性に焦点を当て,p n接合の導入方法および水中で安定な物質によるコーティングについて検討を行った結果が記述されている.部分電解液 (Partial Electrolyte, PE) 法を用いることで,CdS層を形成せずにp n接合を導入した電極は,CdS層の形成によりp n接合の導入を行った電極に比べ,その0 VRHEよりも正電位側における光電流値は小さいものの,優れた安定性を示したことが記されている.また,導電性高分子膜を用いたコーティングや,図7に結果が示されているPt/TiO2/CdS/CZTSにおけるTiO2層の厚膜化により,光電流値は低下するものの,安定性は顕著に改善することが記されている.以上の結果から,CdSと電解液との界面の形成を防ぐことが安定性の改善に有効であると結論されている.

第7章には,各章に記述された結果が要約されている.また,それらの結果が光エネルギーの化学エネルギーへの変換を目的とした半導体-電解液界面の応用に関して今後果たすべき役割について記述されている.

図1. NH3気流下での熱処理前 (A) および熱処理後 (B)におけるTa3N5薄膜のXRDパターン.

図2. NH3気流下での熱処理前 (a) および熱処理後 (b)におけるTa3N5薄膜のSEM像.断面部分を両矢印で示している.

図3. La5Ti2AgS5O7のI E曲線.溶液には0.1 M Na2SO4水溶液 (pH=5.9)を,光源には300 W Xeランプを用いλ=420-800nmの光を間欠照射した.10 mV s-1にて正電位側へと電位を掃引した.

図4. Cu2SrSnS4 (a),Cu2BaSnS4 (b),CZTS (c),およびCIGS (d)のI E曲線.溶液には0.1 M Na2SO4水溶液 (pH=5.9)を,光源には300 W Xeランプを用いλ=420-800nmの光を間欠照射した.10 mV s-1にて正電位側へと電位を掃引した.CZTSおよびCIGSについてはpHを9.5または10とした0.1 M Na2SO4水溶液中におけるI E曲線をも示している.

図5. Pt/CIGS (A) およびPt/CdS/CIGS (B)のI E曲線.溶液には0.1 M Na2SO4水溶液 (pH=9.5)を,光源には300 W Xeランプを用いλ=350-800nmの光を間欠照射した.1 mV s-1にて正電位側へと電位を掃引した.

図6. CZTS (A),Pt/CZTS (B)の300 W Xeランプを用いたλ= 420 800nmの光の間欠照射下におけるI E曲線 (a),およびPt/CZTS (C),Pt/CdS/CZTS (D),Pt/TiO2/CdS/CZTS (E,F)のAM1.5G光の間欠照射下におけるI E曲線 (b).溶液には0.1 M Na2SO4水溶液 (pH=9.5) (A-E) または1 M NaOH水溶液 (pH=14) (F)を用いた.5 mV s-1 (a) または1 mV s-1 (b)にて正電位側へと電位を掃引した.

図7. Pt/TiO2/CdS/CZTS (A) およびPt/TiOx{Ti(i-C3H7OH)4}/TiO2/CdS/CZTS (B)のAM1.5G光の間欠照射下におけるI E曲線 (a),および300 W Xeランプを用いλ=420-800nmの光を照射したもとでの電流-時間曲線 (b).溶液には0.1 M Na2SO4水溶液 (pH=9.5)を用いた.I E曲線の測定においては電位を1 mV s-1にて正電位側へと電位を掃引し,電流-時間曲線の測定においては電位を0.2 VRHEに保持した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,大規模展開に有利かつ高効率な光電極の実現を目指し,多結晶薄膜の状態で高効率動作が期待される材料について,表面修飾および溶液のpH等がその光電気化学特性に与える影響を解明することを目的として行われた研究の結果をまとめたものである.本論文は英語で書かれており全部で7つの章から構成されている.

第1章では,本研究の意義,太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換する手段としての光電気化学的水分解の特徴,原理,および光電極の性能に影響するいくつかの要素について述べられている.

第2章ではTa3N5について,表面修飾の検討に適した薄膜を得ることを目的とし,スパッタ法による薄膜調製条件を検討している.得られた薄膜の光アノードとしての特性,およびIrO2を用いた表面修飾がそれに与える影響が記述されている.Taターゲットを用いたスパッタリングにおいて,Ar,N2に加え,微量のO2を真空チャンバーに導入することで結晶性の高い緻密なTa3N5薄膜が得られ,NH3気流下での熱処理により結晶性がさらに向上したという結果が述べられている.また,調製された薄膜は水分解条件で実際に光アノードとして動作したことが記述されており,さらにIrO2を用いた表面修飾によりその光電流値が増大し,薄膜の安定性が向上したと述べている.

第3章は,いくつかの(オキシ) カルコゲナイド材料について,その伝導帯下端 (CBM) および価電子帯上端 (VBM)の電位と,光電気化学特性とを調べた結果が記述されている.Cu2ZnSnS4 (CZTS) およびCu2MSnS4 (M=Sr,Ba)のCBMおよびVBMの電位は水分解の光カソード材料として適していることが明らかになったこと,またこれらの材料に加えLa5Ti2AgS5O7およびCu(In,Ga)Se2 (CIGS)が中性またはアルカリ性の水分解条件において実際に光カソードとして動作したという結果が記されている.特に,CIGSおよびCZTSの光電流のオンセット電位はpH=9.5においてそれぞれ0.5 VRHE {可逆水素電極 (Reversible Hydrogen Electrode, RHE)を基準として0.5 V} および0.2 VRHEであったと述べている.さらにCBMおよびVBMの電位より,溶液のpHおよび表面修飾を検討することによりオンセット電位を改善する可能性があると述べている.

第4章には表面修飾および溶液のpHがCIGSの光電気化学特性に与える影響を詳細に検討した結果が記されている.Ptの光電着により入射した光子のうち電流になった割合 (Incident Photon-to-Current Conversion Efficiency, IPCE)の顕著な増大が確認されたこと,Pt/CIGSはアルカリ性条件 (pH=9.5)において最も良好な電流 電位 (I E) 特性を示したこと,Pt/CIGSへの薄いCdS層 (厚さ約100nm)の導入により 0.24 VRHEにおけるIPCEは19%から59%へと顕著に増大し,オンセット電位は0.4 VRHEから0.9 VRHEへと変化したことが記されている.インピーダンス測定結果に基づき,CdS層の導入によるI-E特性の顕著な改善は,主にp n接合の形成および溶液と接する物質がCIGSからCdSへと変化したことによる空乏層の厚みの増大に起因するものであると論じられている.同時に,CdS修飾は光電流の安定性を低下させる効果をもつことが述べられている.

第5章にはPt,CdS,およびTiO2を用いた表面修飾がCZTSの光電気化学特性に与える影響を詳細に検討した結果が記述されている.Pt,CdS,およびTiO2を用いた修飾によりCZTSの0.24 VRHEにおけるIPCEは顕著に増大し,38%に達したこと,水素生成における太陽光エネルギー変換効率 (ηH)は0.1 0.3 VRHE (pH=9.5) または0.2 0.5 VRHE (pH=14)において1%以上であったことが記されている.I E特性のpH依存性に基づき,TiO2はCdSと電解液との界面の特性を残しながら電荷分離を促進したことによりI E特性を改善したものと論じられている.また,より正電位におけるηHおよび安定性の向上が残された課題として言及されている.

第6章には,CZTSの光カソード電流の安定性に焦点を当て,p n接合の導入方法および水中で安定な物質によるコーティングについて検討を行った結果が記述されている.部分電解液 (Partial Electrolyte, PE) 法を用いることで,CdS層を形成せずにp n接合を導入した電極は,CdS層の形成によりp n接合の導入を行った電極に比べ,その0 VRHEよりも正電位側における光電流値は小さいものの,優れた安定性を示したことが記されている.また,導電性高分子膜を用いたコーティングや,Pt/TiO2/CdS/CZTSにおけるTiO2層の厚膜化により,光電流値は低下するものの,安定性は顕著に改善することが記されている.以上の結果から,CdSと電解液との界面の形成を防ぐことが安定性の改善に有効であると結論されている.

第7章には,各章に記述された結果が要約されている.また,それらの結果が光エネルギーの化学エネルギーへの変換を目的とした半導体-電解液界面の応用に関して今後果たすべき役割について記述されている.

以上のように,本論文は大規模展開に有利かつ高効率な光電極の実現を目指して行われた研究の結果が述べられており,窒化物およびカルコゲナイド薄膜の光電気化学特性の解明,表面修飾方法および溶液のpHの検討による光電極の性能向上において,十分な成果を報告している.一連の研究成果は太陽エネルギー変換システムの構築という社会的要求の高い研究分野に重要な知見を与え,その進展を促すものであると認定され,触媒工学および化学システム工学の進展に大いに貢献するものであると判断される.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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