学位論文要旨



No 126844
著者(漢字) 石塚,匠
著者(英字)
著者(カナ) イシヅカ,タクミ
標題(和) ペプチド核酸による二本鎖DNAの配列特異的認識
標題(洋)
報告番号 126844
報告番号 甲26844
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7485号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 講師 須磨岡,淳
 東京大学 教授 菅,裕明
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

二本鎖DNAの任意の塩基配列を位置選択的に認識する合成分子として代表的なものにDNA triplex、Py-Im polyamide、そしてペプチド核酸 (PNA: Peptide nucleic acid, Fig. 1a) などが挙げられる。このような合成分子は遺伝子発現制御をはじめとした様々な応用が期待されており、近年では核酸医薬の確立を目指し、細胞内やin vivoでの応用研究が数多くなされている。その中で着目したのは、PNAの特性である。それは、二本のPNA鎖が二本鎖DNA中のそれぞれのDNA鎖とWatson-Crick塩基対を形成し、二本鎖DNAに配列特異的にインベージョンする (潜り込む) ことである (Fig. 1b)。この手法の最大の特徴は、二本鎖DNAの望みの部位を配列選択的に認識し、その部位の構造を設計通りに変形させ、物理的特性を制御できることである。従って、遺伝子の抑制のみならず、発現の活性化をも選択的に制御することが可能となる。このインベージョンは、2つの修飾核酸塩基を有するPNA (pcPNA: pseudo-complementary PNA)によって達成されている。pcPNAとは、Thymineの代わりに2-Thiouracil (Us)、Adenineの代わりに2,6-Diaminopurine (D)を鎖中の核酸塩基部分に有するPNAのことである。このpcPNAによる二本鎖DNAのインベージョン認識は、ホモプリン配列のような偏った配列のみならず、全くランダムな配列を認識することができるため、将来のバイオテクノロジーツール開発の基礎技術として注目されている。これまで当研究室では、このpcPNAによる効率的なインベージョンを利用することで、二本鎖DNA中の任意の位置にギャップ部位を形成させ、Ce(IV)/EDTAにより二本鎖DNAの望みの位置を切断するARCUT (Artificial Restriction DNA Cutter)を開発してきた。

この手法はPNAの核酸塩基認識能を上手く利用し、二本鎖DNA中の望みの位置を加水分解するものであり、次世代の遺伝子工学ツールとして実用化を目指している。そこで本研究では、pcPNAの位置特異的認識を構成要素としているARCUTの応用について検討した。さらに現状のpcPNAの問題点を解決するような機能向上を目指した。具体的には以下の4つの項目に関して検討を行なった。

(1)単一染色体を標的としたARCUTによるテロメア長の測定

(2)PNAへの正電荷導入による認識配列の拡張

(3)一本鎖結合タンパクの併用による認識系の簡便化

(4)核酸の高次構造を利用した認識系の構築

【結果・考察】

(1) ARCUTによる単一染色体ヒトテロメア長の測定

当研究室で開発されたARCUTは化学的な手法の確立がなされた今、実際に現状のツールでは太刀打ちできない分野へと応用する段階となっている。そこで、このARCUTがテロメア長の測定において、非常に強力なツールになりえないかと考えた。現状の手法は、2種類の制限酵素 (Hinf I, Rsa I)でテロメア部位以外を消化し、サザンブロッティングで検出するという手法である。しかしながら、この手法では単一染色体のみのテロメア長を観測することができない。ここで二本鎖DNAの望みの位置を一カ所のみ特異的に切断することができるARCUTを用いれば、望みの染色体 (短腕長腕も識別して)のテロメア長のみ観測することが可能となり、新たな発見も期待される (Fig. 2a)。また本手法は、市販されているキットの制限酵素処理のステップをARCUTに置換するだけで確立することができ、非常に簡便であり、汎用性の高い系と言える。実際に染色体Xp/Ypおよび11qの2カ所のテロメア部位を標的として実験を行なった。まず、それぞれを配列特異的に認識するpcPNAを設計・合成し、PCR産物を用いたモデル系で位置特異的切断が起こることを確認した。HEK 293細胞およびHeLa細胞の2種類から単離したゲノムDNAに対し、pcPNAおよびCe(IV)/EDTAを加え、所定の部位を位置特異的に切断した。そのARCUT処理産物を電気泳動し、サザンブロッティングにより検出を試みた。

HEK 293細胞から得られるゲノムDNAを用いた場合の結果をFig. 2bに示す。ARCUTがヒトゲノムを対象とした場合でも位置特異的に作用したことで、染色体Xp/Ypおよび11qのいずれの場合においてもテロメア長を観測することに成功した (lane 2 and 3)。またpcPNAを加えず、Ce(IV)/EDTAのみ場合 (lane 1) およびミスマッチpcPNAを用いた場合 (lane 4)では、バンドが観測されず、その認識能も高いことが明らかとなり、その有用性が実証された。さらにHeLa細胞における同様の実験からも単一染色体のテロメア部位に由来するバンドが確認された。興味深いことに、それぞれの細胞で異なったテロメア長が観測された。これらの結果より、pcPNAの認識能がヒトゲノムにおいても十分に有効であることがわかり、さらにARCUTが単一染色体のテロメア長の測定において強力なツールであることが示唆され、同時にその網羅的解析を可能とする結果を得た。

(2) pcPNAの認識限界と正電荷PNAによるGC-rich配列の効率的な認識

先述した通り、pcPNAはAおよびTの部分に修飾を施しているため、二本鎖DNAのターゲット配列がGC-richな配列は認識不可能である。そこで、そのようなGC-richな配列をも効率的に認識する新たなPNA鎖の開発を目指した。その戦略は、正電荷を有するChiral pcPNA (Fig. 3a)を用いるもので、通常のN-(2-aminoethyl)glycine骨格をN-(2-aminoethyl)lysine骨格とすることでPNA鎖中に正電荷を導入する。こうして、静電反発によりChiral pcPNA同士の二本鎖形成を不安定化し、同時に負電荷を有するDNAとの二本鎖形成を安定化することで、GC-rich配列を有する二本鎖DNAに対しての認識能向上を試みた。

Fig. 3bは、ターゲット配列 (10塩基対)の中で7つがGC対で構成されている場合のゲルシフトアッセイの結果である。lane 2では通常のpcPNA (PNA1/PNA2)を、一方、lane 3ではD-lysineを骨格とするChiral pcPNA (PNA3/PNA4)を用いている。両者を比較すると、lane 2では二本鎖DNAの一部のみがインベージョン複合体 (上方のバンド)を形成しているのに対し、lane 3では、全ての二本鎖DNAがインベージョン複合体となっており、Chiral pcPNAの優位性は明らかである。さらに、pcPNA鎖中のC末端およびN末端に単純にL-lysineを複数導入したpcPNAを用いた場合では、凝集体を形成してしまい、効率的にインベージョン複合体を形成することできなかった。このようにChiral pcPNAはインベージョン効率を大きく向上させ、GC-rich配列の認識をも可能にすることが確認され、戦略の妥当性が実証された。

(3) conventional PNAおよびSSBを併用した二本鎖DNAの位置特異的認識の実現

次世代のバイオテクノロジーツール、即ち細胞内あるいはin vivoでの応用を志向する上では、作用させる分子が少なく、簡便な系が必要不可欠となる。そこで、任意配列を効率的に認識することができ、かつ簡便にそれを達成することができる系の開発を目指した。その戦略はpcPNAに比べ、非常に汎用性のあるconventional PNA (A, T, GおよびCの通常の4つの核酸塩基から構成されるPNA)の1本のみを用いる系である。Fig. 4aに示すように通常のPNAの望みの配列認識に加え、それに伴い生じる一本鎖部位への一本鎖結合タンパク (Single-stranded DNA binding protein; SSB)の結合により、複合体を安定化し、簡便かつ迅速な位置選択的認識を達成する。

実際に基質DNAに対し、PNAおよびSSBを加え、37 °Cで2時間インキュベートした後、ゲルシフトアッセイによりインベージョン複合体を確認した。20-mer PNAを用いた場合、100%の効率で望みの配列を認識することに成功した (lane 4 in Fig. 4b)。dsDNA-PNA- SSB複合体の確認は、核酸を選択的に染色する試薬 (GelStar) およびタンパク質を選択的に染色する試薬 (CBB)を用いることで同定した (lane 4, 7 in Fig. 4b)。また、その任意の配列に対し、位置選択的なインベージョンが起こっているかどうかは、基質のdsDNAの標的配列に変異を導入し、PNAおよびDNA間でミスマッチとなるような系を設計し、同様にゲルシフトアッセイにより解析した。ミスマッチの基質DNAを用いた場合には、dsDNA-PNA-SSB複合体に由来するバンドが確認されず、本系で位置選択的な認識が達成されていることを確認した (Fig. 4c, right)。さらに本系の認識がPNAに起因することを証明するため、その標的配列においてPNAの長さを12, 13, 15, 17および20-merと変化させ、同様の検出手法により検討した。その結果、15-mer PNAを作用させた場合から目的複合体の生成を確認することができた。即ち、PNAと相補的なDNAにおいて、15-mer程度の熱安定性を必要とすることが明らかとなった (Fig. 4c, left)。

(4) G-rich PNAによる位置特異的認識および切断

これまで述べてきたように、pcPNAのインベージョンは、二本鎖DNA中の望みの配列を位置選択的に認識することから、核酸医薬をはじめとした遺伝子制御に関わる様々な応用が期待される。しかしながら、研究結果の(2)でもpcPNAの高機能化を目指したが、標的配列がGC-richでは効率的に認識することはできない。このような認識が不可能な配列にc-mycガン遺伝子のプロモーター配列が挙げられる。この部位は、その下流遺伝子の転写制御をグアニン四重鎖構造の形成によって調節している。最近、その部位のグアニン四重鎖構造を安定化することで、下流のタンパク発現が抑制される報告がなされ、抗ガン剤の標的部位として注目されている。このようなG-rich配列に対し、新しい概念を導入することで位置特異的認識を試みた (Fig. 5a)。即ち、G-richの1本のPNA鎖が上側の鎖とはグアニン四重鎖を、下側の鎖とは単純なPNA-DNA二重鎖を形成させ、G-richの標的配列を簡便かつ効率的に認識する系である。

このような認識が可能となれば、そのインベージョンに伴って一本鎖部位が形成されることが予想され、その部位をCe(IV)/EDTA処理により位置選択的に二本鎖切断 (Double- strand break; DSB)を起こすことが可能になる。このことは、新規抗ガン剤の開発に発展する可能性があるとともに、分子生物学的にも非常に興味深い知見となる。本系で用いた基質DNAおよびPNAの配列をFig. 5bに示す。Fig. 5cが、c-mycのプロモーター部位を模倣した基質DNAにG-rich PNAを作用させた後、ゲルシフトアッセイにより、解析した結果である。DNA1に比べ、2リピート配列となっているDNA2を基質としたほうがより効率的に認識することが明らかとなった。また、相補的なDNAとミスマッチとなるような点変異をPNA鎖中に導入したPNA (Fig. 5d, left) およびC末端のグアニンをひとつ欠損させたPNA (Fig. 5d, right)では、その認識効率は著しく低下した。PNAおよびDNA間のグアニン四重鎖構造の形成の証明をDNA3のようなグアニン四重鎖構造を形成しない基質およびDNA4のような上鎖と下鎖がミスマッチとなっている基質を用いることで検証した。その結果、Fig. 5eに示すような妥当な結果が得られた。このように本系が設計通りに作用していることが明らかとなったため、次に本系の認識で生じる一本鎖部位をCe(IV)/EDTAで処理することで位置特異的切断を目指した。標的配列を含むpBR322プラスミドDNAを対象とし検討したところ、設計した通りの目的の切断断片が確認され、本系の認識はその部位の位置特異的切断も可能とした。

さらにG-rich PNAを細胞内に導入し、下流遺伝子の転写抑制を試みた。G-rich PNAをHeLa細胞にエレクトロポレーション法により導入し、3日間培養後、total RNAを抽出し、一般的な操作に従いcDNAを調製し、Real-time PCRにより標的mRNAの定量を行なった。その結果、標的としているc-mycのmRNA量はコントロールおよびミスマッチPNAに比べ、著しく低下しており、本系が細胞内でも機能することが明らかとなった。

【結論】

pcPNAの位置特異的認識を構成要素としているARCUTを単一染色体のテロメア長を測定するために応用し、そのテロメア長を測定することに成功し、ARCUTの有用性を実証した。さらにARCUTにおいてキーポイントとなるpcPNAの認識能を向上させるため、様々なアプローチにより検討を行なった結果、正電荷PNAでは、既存の系で認識不可能な配列の認識を達成した。また、汎用性の高いconventional PNAをSSBと併用することで、認識を実現した。それに加え、G-rich PNAを用いることでc-mycガン遺伝子のプロモーター部位を効率的に認識する系を構築し、その部位を位置特異的に切断することにも成功した。

Figure 1. (a) Chemical structure of PNA and hydrogen bond pattern between PNA and DNA. (b) Schematic representation of the process of double-duplex invasion of pcPNAs into double-stranded DNA.

Figure 2. (a) Schematic representation of single telomere specific scission by ARCUT. (b) and (c) Southern blot analysis of single telomere length in human genomic DNAs for HEK 293 and HeLa cells. The mean single telomere lengths are shown below in kilobases. (b) Lane 1, human genomic DNA (HEK 293) + Ce(IV)/EDTA (No pcPNAs); lane 2, DNA + pcPNA1 and 2 + Ce(IV)/EDTA (for Xp/Yp); lane 3, DNA + pcPNA3 and 4 + Ce(IV)/EDTA (for 11 q); lane 4, DNA + pcPNA5 and 6 + Ce(IV)/ EDTA (mismatch pcPNAs); lane 5, Telomere length assay for HEK 293 human genomic DNA (traditional method); MWM, molecular weight marker. (c) lane 1, human genomic DNA (HeLa) + pcPNA1 and 2 + Ce(IV)/EDTA (for Xp/Yp); lane 2, DNA + pcPNA3 and 4 + Ce(IV)/EDTA (for 11q); lane 3, Telomere length assay for HeLa human genomic DNA (traditional method). A volume of 20 i.tg of DNA was digested with ARCUT and separated on a 1% agarose gel. Invasion conditions: [human genomic DNA]=40ng/jul, [pcPNAs]=100nM, [Hepes (pH7.0)]=5mM at 50 °C for 6 h. Scission conditions: [NaCl]=100mM, [Ce(IV)/EDTA]=100 μ M at 50 °C for 16 h.

Figure 3. (a) Chemical structure of chiral PNA monomer (in box), and the strategy in this study. (b) Strand invasion in GC-rich regions by pcPNA strands involving chiral PNA monomers; Lane 1, Control; lane 2, pseudo-complementary D-Us's on N-(2- aminoethyl)glycine; lane 3, pseudo-complementary D-Us's on N-(2-aminoethyl)-D-lysine. Invasion conditions: [DNA (226 mer)]=5nM, [PNAs (each strand)]=50nM and [Hepes buffer (pH 7.0)]=5mM at 50 °C for 1.5 h.

Figure 4. (a) Schematic view of the formation of dsDNA-PNA-SSB complex. (b) Gel-shift assay of strand invasion in the presence of SSB. Lane 1, 203-mer dsDNA only; lane 2, + 20-mer PNA (without SSB); lane 3, + SSB (without 20-mer PNA); lane 4, 20-mer PNA + SSB; lane 5, dsDNA without target sequence (226-mer) + 20- mer PNA + SSB. Invasion conditions: [DNA]=30nM, [20-mer PNA]=200nM, [SSB (as tetramer)]=6μM, [HEPES (pH 7.0)]=5mM, [NaCl]=20mM at 37 °C for 2 h. The bands in lanes 1-5 were stained with GelStar. Lanes 6 and 7 show the results of staining of lanes 1 and 4 with CBB, respectively. (c) Effect of the length of conventional PNA on the SSB-assisted invasion.

Figure 5. (a) Strategy for guanine-rich sequence-specific recognition by PNA/DNA hybrid G-quadruplex formation. (b) All DNA and PNA sequences used in this stud (P=phosphoserine). (c), (d) and (e) Gel shift assay for site-selective recognition of G-rich PNA. (c) Lane 1: DNA1 only, lane 2: DNA1 + PNA1, lane 3: DNA2 only, lane 4: DNA2 + PNA1; PNA1/DNA indicates the molar ratio of PNA1 to DNA!; lane M: DNA marker. Conditions: [DNA1 or DNA2]=50nM, [PNA!]=500nM; [HEPES buffer (pH 7.0)]=5mM, [NaCl]=10mM, 37 °C, 84 h. (d) Lane 1: DNAI only, lane 2: DNA1 + PNA2, lane 3: DNA1 only, lane 4, 5: DNAI + PNA3. (e) Lane 1: control DNA1, lane 2: DNA1 + PNA1, lane 3: mutated DNA3 substrate the upper strand + PNAlm, lane 4: mutated DNA4 at the lower strand + PNA1, Lane M: DNA marker.

審査要旨 要旨を表示する

2003年のヒトゲノム計画が完了されてから現在まで、DNAをはじめとする核酸研究は科学における一大分野へと発展している。現在は解読された様々なゲノムDNAの塩基配列情報を活用し、応用する"ポストゲノム時代"に突入している。事実、様々な生物種の全ゲノム情報から生命現象を理解するために遺伝子の特定部位の機能解明に関する研究は枚挙にいとまがない。その中でもヒトゲノムのような巨大DNAの中の特定部位を"生のまま"切り出し、その断片のエピジェネティクス解析することや巨大DNAの特定部位を切ってつなぐようなゲノムの直接的な遺伝子工学、あるいはゲノムの特定部位のみを標的としてイメージングすることは、現状では不可能である。このようにこれからバイオの現場では、巨大なゲノムDNAを直接的に扱う機会は確実に増すものと予想される。

このような背景がある中で、本論文で着目したのは、PNAの特性である。それは、二本のPNA鎖が二本鎖DNA中のそれぞれのDNA鎖とWatson-Crick塩基対を形成し、二本鎖DNAに配列特異的にインベージョンする (潜り込む) ことである。この手法の最大の特徴は、二本鎖DNAの望みの部位を配列選択的に認識し、その部位の構造を設計通りに変形させ、物理的特性を制御できることである。従って、遺伝子の抑制のみならず、発現の活性化をも選択的に制御することが可能となるため、将来のバイオテクノロジーツール開発の基礎技術として注目されている。事実、これまでこの非常に高い配列認識能を有するPNAを利用することで、二本鎖DNA中の任意の位置にギャップ部位を形成させ、Ce(IV)/EDTAにより二本鎖DNAの望みの位置を切断するARCUT (Artificial Restriction DNA Cutter)を開発してきた。この手法はPNAの核酸塩基認識能を上手く利用し、二本鎖DNA中の望みの位置を加水分解するものであり、次世代の遺伝子工学ツールとして実用化を目指している。

これらの現状を踏まえ、本論文は全6章で構成されており、詳細は以下の通りである。

第1章は序論であり、二本鎖DNAを認識する合成分子に関する背景・関連事項ならびPNAの認識能に関する研究など、本論文おいて必要な背景について述べている。また、PNAの認識能を応用したバイオテクノロジーツールについて過去の研究例を挙げながら、現状の課題とそれに対する本研究の位置づけについて述べている。

第2章では、pcPNA (pseudo-complementary PNA)の配列特異的認識および一本鎖DNA選択的加水分解能を有するCe(IV)/EDTAの2つで構成されるARCUTを単一染色体のテロメア長測定に応用した。Xp/Ypおよび11q染色体のテロメア部位を標的として位置特異的切断を試み、設計通りに切断が生じさせ、そのテロメア長を測定することに成功している。即ち、ARCUTが、単一染色体のテロメア長を測定する強力なツールであることが見出し、またその有用性を実証している。

第3章では、pcPNAの配列特異的認識は、第2章で述べたように次世代のバイオテクノロジーの発展には必要不可欠であるが、現状の認識手法では、GC-richな配列を認識することが不可能であり、その改善が求められていた。ここでは、PNA骨格にN-(2-aminoethyl)-D-lysineを用いた正電荷導入pcPNAとすることで、標的配列が80%ほどのGC-richな配列の効率的な認識を達成した。また、本系は静電相互作用によるPNAの機能化であったため、標的配列以外における非特異的な結合が危惧されたが、検討の結果、厳密な認識能を保持していることも示している。

第4章では、通常の核酸塩基を有するconventional PNAで達成可能なduplex invasionに着目した。現状、このduplex invasionは形成する複合体が不安定であるために達成することは困難である。ここでは、duplex invasionの際に生じる複合体の一本鎖部位をSSB (single-stranded DNA binding protein)の結合で補うことにより、安定化の効果を寄与し、二本鎖DNAの配列特異的認識を実現している。この系は汎用性の高いconventional PNAを用いるため、PNAによる二本鎖DNAの任意配列を選択的に認識する系が大幅に簡便化された。

第5章では、c-mycガン遺伝子のプロモーター配列のGC-rich配列を標的として、G-rich PNAを用いる新しい概念を導入することで、簡便かつ効率的に認識を達成している。また、このG-rich PNAを細胞内に導入させ、下流遺伝子の転写抑制を実現している。さらに、形成した複合体に対してCe(IV)/EDTA錯体を作用させることで、その部位を位置特異的に切断することにも成功している。

第6章では、本研究で得られた知見を総括し、その重要性と波及効果について述べている。

以上のように、本論文は、PNAの認識能を基盤して、その応用研究ならびにPNAの高機能化を目的とし、次世代のバイオテクノロジーのニーズにあった基礎技術または手法を構築したものである。今後これらの手法を用いることで、次世代のバイオテクノロジーツールの創成のみならず、巨大なゲノムDNAを直接的に扱う広い分野の発展に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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