学位論文要旨



No 126845
著者(漢字) 江島,広貴
著者(英字)
著者(カナ) エジマ,ヒロタカ
標題(和) 共役系高分子結合性ペプチドの探索と応用
標題(洋)
報告番号 126845
報告番号 甲26845
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7486号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 芹澤,武
 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 畑中,研一
 東京大学 准教授 北條,博彦
 東京大学 教授 平岡,秀一
内容要旨 要旨を表示する

共役系高分子は高分子としての性質に加えて優れた発光特性と電気的特性を併せもっている.そのため,電池の電極,ディスプレイ,有機電界効果トランジスタ,太陽電池などを含むデバイス分野において有望な材料である.近年バイオセンシング用の蛍光プローブとしての応用研究もされ始めているが,その際に最も基本的な情報である,共役系高分子と生体分子間の相互作用はこれまで全く調べられてこなかった.そこで本研究ではファージディスプレイ法によって代表的な共役系高分子ポリフェニレンビニレン(PPV)に特異的に結合するペプチドを探索し,得られたペプチドとPPVの相互作用を解析することを目的とした.また人工材料である共役系高分子に生体材料(ペプチド)の機能を取り入れて,融合させることにより(ペプチド/高分子ハイブリッド材料),新たな相互作用を生み出し,これまで共役系高分子のみでは困難であった新しい機能を開拓することを目指した.

第一章では本研究の背景(共役系高分子,高分子結合性ペプチド等)を概説し,また本研究の目的を記した.

第二章ではファージディスプレイ法によるPPV結合性ペプチドの探索に関して述べた.三種類のPPV,すなわち樹状PPV(hypPPV),直鎖状PPV(linPPV),水溶性PPV(mpsPPV)を標的高分子とした.12残基のランダムペプチドを提示したファージライブラリーを用い,各PPVに対する結合性ペプチドを同定した.セレクションされたペプチドを提示するファージクローンの標的PPVに対する結合能を力価測定によって評価した.得られた配列中には芳香族性のアミノ酸が濃縮していた.また結合能の高い配列ほど芳香族性アミノ酸が多く含まれており,出現頻度も高い傾向があった.また得られた配列の等電点には明確な傾向は見られず,結合能の最も高かったhypPPV結合性ペプチド(Hyp01),linPPV結合性ペプチド(Lin01),mpsPPV結合性ペプチド(Mps01)の等電点は中性であった.さらに,配列中の各アミノ酸の含有率を計算したところ,TrpとHisが顕著に濃縮していた.このことから,πーπ相互作用がペプチド-PPV間の相互作用においてメインのものであることがわかった.

第三章では,Hyp01とLin01のhypPPVとlinPPVに対する特異性を評価した.ペプチドを提示したファージクローンと化学合成したペプチドレベルでの結合能評価を行った.その結果,Hyp01/Lin01はファージレベル・ペプチドレベル双方で,標的であるhypPPV/linPPVに対してそれぞれ特異的に結合した.つまり,わずか12残基のペプチドがPPVの樹状または直鎖状構造を識別することがわかった.大きな特異性を示したHyp01において,Alaスキャニング実験の結果より,二つのTrpが結合において特に重要であることがわかった.またCDスペクトルよりHyp01はPIIコンフォメーションをとっていることがわかった.以上の結果と分子モデリングより,Hyp01の二つのTrp残基が適切な位置に配置され,hypPPVへの特異性が発現していることが示唆された.今回得られた結果は,ペプチドによって共役系高分子の微妙な構造の差異を識別した初めての例である.さらに電荷をもたない中性の高分子に対してペプチドがπ-π相互作用をメインとした駆動力によって結合可能であることを明らかにした.本知見は,共役系高分子をバイオ分野へ応用する際や,また共役系高分子のみならずカーボンナノマテリアルに特異的に結合するペプチドのスクリーニングを行う際に有用な指針を与える.

第四章では,Hyp01をhypPPVの水溶化剤へ応用した.Hyp01とhypPPVを水中で混合し超音波処理したところ,Hyp01は濃度依存的にhypPPVを水中に分散させた.その際hypPPVの蛍光波長は短波長シフトし,水中において効率的に分散していることが示された.Hyp01の水中分散に重要なアミノ酸を同定した.さらに,分散体の構造を動的光散乱法,原子間力顕微鏡,透過型電子顕微鏡によって評価した.その結果直径約50ナノメートルの微粒子が生成していることを見出した.本手法を用いれば機能性ペプチドで保護された水中分散性の共役系高分子ナノ粒子をワンステップで簡単に調製することができる.得られた微粒子は蛍光性であるから,センシング能を備えたドラッグデリバリーのキャリアとしての応用が期待される.

第五章では,Mps01を用いて,mpsPPVの蛍光を変調できることを述べた.Mps01は交互積層フィルムのmpsPPV表面に特異的に結合した.また水溶液中でもmpsPPVと混合すると複合体を形成し,蛍光強度を最大で2.8倍に増強した.Mps01をサーモリシンにより加水分解すると蛍光強度はほぼもとの値まで減少した.このように,mpsPPVとその結合性ペプチドを組み合わせることによって,酵素反応が検出できた.この方法は,複雑なラべリングや特殊な操作を必要としない.また既存の方法に見られる静電相互作用のみを利用した系とは異なり,多様で特異的な相互作用を用いているため,偽のシグナルを与える可能性が少ない.高分子-ペプチド間の特異的な結合を利用した本センシング系は,ケミカル/バイオセンシングの新しいシステムに成り得る.酵素によって蛍光が減少したところに新たにMps01を加えると再び蛍光は増強した.この蛍光の増減は繰り返し再現性良く起こった.超分子的でダイナミックな相互作用を利用したことによってmpsPPVの蛍光スイッチングが可能となった.

第六章では,PPV結合性ペプチドによるPPVフィルムの表面修飾について述べた. RGD配列を融合させたPPV結合性ペプチドでPPVフィルムを表面処理することでフィルム表面を細胞接着性に改変した.このようにPPV結合性ペプチドを用いてバルクの電子・光学的性質を変えることなく,表面に望みの機能を付与できることが示された.

第七章では本研究のまとめと展望を述べた.本論文では,前半で代表的な共役系高分子であるPPVに特異的に結合するペプチドを探索し,その結合能評価について記した.また後半ではそのペプチドを水溶化剤,蛍光変調剤,表面処理剤へ応用した.これらの応用はペプチドという生体分子を人口材料とハイブリッドさせることで初めて成し得た事である.それによって,PPVの物理的性質を活かしながら,PPVをバイオ分野へ応用展開することを可能にした.本手法はPPVに留まらず,様々な共役系高分子に展開可能な汎用性を備えており,今後共役系高分子のバイオ分野での用途をますます拡大させることが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

「共役系高分子結合性ペプチドの探索と応用」と題した本論文では、生物学的なスクリーニング技術により共役系高分子に対して高い親和性をもつペプチドをスクリーニングし、得られたペプチドと共役系高分子のハイブリッド材料の創製に関して述べられている。本論文は以下の七章から構成されている。

第一章「緒言」では共役系高分子の背景とその応用例、生物学的なスクリーニング技術について概説し、本論文の目的を述べている。

第二章「ポリ(p-フェニレンビニレン) (PPV)結合性ペプチドの探索」では、ファージディスプレイ法を用いた、三種類のPPV(樹状/直鎖状/水溶性)に特異的に結合するペプチドの探索に関して述べている。また、同定されたPPV結合性ペプチドとPPV間の相互作用を分子レベルで考察している。本知見はPPVをはじめとする共役系高分子をバイオ分野へと応用する際に有用なものと認められる。

第三章「樹状構造と直鎖構造の識別」では、第二章で同定されたPPV結合性ペプチドがPPVの樹状/直鎖構造を識別できることが示されている。わずか12残基のペプチドがPPVの微妙な構造の違いを識別して結合するのは驚きに値する結果である。また変異体解析、CDスペクトル、分子モデリングより、その特異性の起源を分子レベルで考察することにも成功している。本結果は、マテリアル結合性ペプチドの特異性の起源を分子レベルで考察する際に、有用かつ先駆的な例となることが認められる。

第四章「樹状PPVの水中分散」では、第二章で同定した樹状PPV結合性ペプチドを用いて樹状PPVを水中分散できることが示されている。申請者は水中分散体を原子間力顕微鏡、透過型電子顕微鏡によって観察し、粒径約50nmの粒子であることをつきとめた。ナノ粒子は蛍光性で、表面をペプチドで保護されているため、DDSやバイオイメージングなどの分野で有望なナノ粒子である。そのようなナノ粒子を特異的なペプチドを用いることで、ワンポットで簡便に調製できることを示した。

第五章「水溶性PPVの蛍光変調」において、申請者は水溶性PPV結合性ペプチドが水溶液中でPPVと混合すると複合体を形成し、蛍光強度を2.8倍増強することを見出した。変異体解析実験の結果より、π-πスタッキングによって溶液中でも相互作用していることを示した。さらに、水溶性のPPV/ペプチド複合体を用いることでペプチダーゼの活性を検出できることを示した。このバイオセンシング手法は、複雑なラべリングや特殊操作を必要としない。また既存の方法に見られる静電相互作用のみを利用した系と異なり、特異的な相互作用を用いているため、偽のシグナルを与える危険性が少ない。高分子ーペプチド間の特異的な結合を利用した本センシング系は、ケミカル/バイオセンシングの新しいシステムになるだろう。また、ダイナミックな非共有結合的相互作用を利用したことによって生理活性物質に応答する蛍光スイッチを構築することもできた。

第六章「直鎖状PPV表面への細胞接着性付与」では、直鎖状PPV結合性ペプチドの表面修飾剤としての応用について述べている。ペプチドによって表面をコートしたPPVフィルム上では、細胞がよく接着した。また細胞の形態にも違いがみられ、PPVフィルム表面ではほとんどの細胞が球形であったのに対し、ペプチドでコートした表面では多くの細胞が異方性で進展した形状を示した。このように申請者は、PPVフィルム表面それ自体は細胞との親和性が良くないが、そこにペプチドを介在させることによって細胞接着性を付与できることを示した。それによってPPVを新規な細胞の足場材料へと応用した。

第七章では、第二~六章の結果をまとめ、今後の様々な展開の可能性について述べてある。

上記のように申請者が同定したPPV結合性ペプチドは高い結合能と特異性を示した。またその高い性能がゆえにPPVとハイブリッド化させることで、PPVの新たな可能性を引き出し、応用展開することができた。具体的にはナノ粒子の生成補助剤/表面保護剤、蛍光波長/強度の制御、酵素活性のセンシング、可逆的な蛍光スイッチング、細胞培養のための表面修飾剤へと工学的な応用展開が可能であることが示されている。これらはどれも新規性・独創性の高い結果である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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