学位論文要旨



No 126847
著者(漢字) 堅田,仁
著者(英字)
著者(カナ) カタダ,ヒトシ
標題(和) 人工制限酵素を用いた遺伝子操作法の開発
標題(洋)
報告番号 126847
報告番号 甲26847
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7488号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 准教授 上田,宏
 東京大学 講師 須磨岡,淳
 東京大学 教授 菅,裕明
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

ポストゲノム時代へと突入した現在、プラスミドDNAからゲノムまで、幅広いサイズのDNAを組換える技術が必要不可欠となっている。しかしながら、既存の遺伝子組換えツールは様々な欠点があり、汎用的なツールとはなり得ていない。まず、プラスミド等の遺伝子操作に用いられる天然制限酵素には、4-8塩基対という配列認識能の低さや、切断できる配列が限られるという問題がある。また、ゲノムの組換えに用いられる相同組換えは、細胞内での頻度が極めて低いため、薬剤などによる煩雑なセレクションが必要となる。このような問題から、既存の手法の欠点を補い、いかなるサイズのDNAにも対応できる遺伝子組換えツールの開発が急務となっている。

我々はこれまでにCe(IV)/EDTA錯体とペプチド核酸(PNA; Peptide Nucleic Acid)を併用した人工制限酵素(Artificial Restriction DNA Cutter: ARCUT)を開発した(Fig. 1)。本手法ではまず、二本鎖DNA中の標的部位に二本のPNAをずらしてインベージョンさせ、部分的に一本鎖構造を形成させる。このインベージョン複合体に対し、一本鎖特異的にDNAを加水分解するCe(IV)/EDTAを作用させることで、二本鎖DNAの位置特異的な切断を達成する。本手法で用いるCe(IV)/EDTAは、天然制限酵素と同じ加水分解機構によりDNAを切断することから、反応後、切断産物に対して種々の修飾酵素を作用させることができる。また配列認識に用いるPNAは、Watson-Crick塩基対形成により標的DNAを認識するため設計が極めて容易であり、長さや配列も自由自在に変更できることから非常に汎用性が高い。これらの大きな特長から、ARCUTは次世代の遺伝子工学を担う強力なツールとなることが期待される。

本研究では、ARCUTをポストゲノム時代のニーズに見合った汎用的な遺伝子組換えツールへと発展させることを目的とし、以下の研究を行った。

1. ARCUTを利用したプラスミドDNA組換え法の開発

2. ゲノムの組換えに向けた検証(ヒトゲノムの位置特異的切断・相同組換えの促進)

【結果・考察】

1. ARCUTを利用したプラスミドDNA組換え法の開発

前述の通り、ARCUTによる切断は加水分解機構であるため、切断後にリガーゼを用いた他のDNAとの結合が可能である。しかしながら、切断後の断片は長い突出末端となるため、そのまま他の断片と結合することはできない。本研究では二通りの方法を用いて異なる断片同士を結合することで、ARCUTを利用した新しい遺伝子操作法の構築を行った。

1-1.ARCUTを用いた蛍光タンパク質のセレクション(Jointを利用した断片の結合)

本実験では、青色蛍光タンパク質(BFP)の発色団を構成する3つのアミノ酸のうち、Ser65, His66をコードする部位をランダム配列に置き換え、蛍光タンパク質のセレクションを行った(Fig. 2a)。Fig. 2bに示す通りまず、BFP遺伝子をコードしたプラスミド(pQE60-BFP)の発色団の下流をARCUTで切断し、その後上流をSpeIで切断することでベクターを調製した。ARCUTによる切断後の泳動図をFig. 2cに示す。ARCUT切断後には4.1kbpの直鎖状DNAが生成していることが確認できる(Lane 2)。また、ARCUT切断産物をさらにXbaIで切断したところ、予想通り1.5kbpと2.6kbpの断片が生じたことから、基質プラスミドがARCUTによって位置特異的に切断されたことを確認した(Lane 3)。一方、ランダム配列を含むインサートは、PCRで増幅し、両末端をそれぞれBamHI、SpeIで切断することで調製した。このようにして調製したベクターとインサートのSpeI切断末端同士は相補的であるためにそのまま結合することが可能であるが、ベクター側のARCUT切断末端とインサート側のBamHI切断末端はそのままでは結合できない。そこでそれぞれの突出末端に相補的な配列を持つOligojointを用いることで末端を相補的にし、二つの断片を結合した(Fig. 2d)。得られたプラスミドの配列を解析したところ、3種類の異なる発色団をもつ蛍光タンパク質が得られた。Fig. 2eに得られた配列の一例を示す。発色団部位はGly65, Tyr66へと置換され、インサートとベクターもOligojointを介して正しく結合されていることが確認された。

1-2.ARCUTを用いた遺伝子発現カセットの挿入(平滑化を利用した断片の結合)

本実験ではARCUT切断後に生じる突出末端を一本鎖特異的エンドヌクレアーゼで平滑化し、そこにPCR産物を挿入することで遺伝子組換えを行った。Fig. 3aに示すように、プラスミド(pBR322)をARCUTを用いて一箇所で切断し、一本鎖特異的エンドヌクレアーゼであるMung Bean Nuclease、およびKlenow Fragmentを用いて末端を平滑化し、ベクターを調製した。また、T7プロモーターを含む緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子をPCRで増幅し、インサートを調製した。両断片をリガーゼで結合し、大腸菌に導入後、得られたプラスミドの配列をFig. 3bに示す。上流、下流ともにARCUT切断サイトにインサートが挿入されたことを確認した。本手法は、天然制限酵素を一切用いない遺伝子組換え法であり、ウイルスベクターなどサイズの大きなベクターを作成する際に非常に有用な手法であると考えられる。

2. ゲノムの組換えに向けた検証

近年、ゲノム上の標的部位近傍に二本鎖切断(DSB: double strand break)を導入し、相同組換え効率を上げる手法が注目されている。これは、DSBを導入することによって、細胞内の相同組換え修復系が働き、組換え効率があがるというものである。本手法を利用するためには、巨大なゲノム上の標的部位のみに、DSBを導入するツールが必要となるため、高い配列認識能をもつARCUTは有用なツールとなることが期待される。そこで、ARCUTをゲノム改変ツールとして用いることができるかどうかを検証するため、以下の二つの実験を行った。

2-1. ARCUTを用いたヒトゲノムの切断

本実験では、in vitroでのヒトゲノム切断実験を行うことで、ARCUTを用いて巨大なヒトゲノムに位置特異的なDSBを導入することができるかどうかについて検証した。実験概要をFig. 4aに示す。切断するターゲットはヒトゲノムX染色体上のFMR1遺伝子とし、PNAを設計した。まずヒト培養細胞から全ゲノムを抽出し、ARCUTを用いて切断した後に、EcoRIでゲノムを断片化した。ARCUTによる切断が起こると、2.9kbpと2.3kbpの断片が生成する。それぞれの断片を検出するプローブ(probe 1 and probe 2)を用いてサザンブロッティングを行った結果、目的とする切断断片が検出されたことから、ARCUTによるヒトゲノムの位置特異的切断を確認した。

2-2. ARCUTを利用したDSBの導入による相同組換えの促進

本実験では、ARCUTを用いて導入した特殊な形状のDSBが、ヒト細胞内の相同組換えを促進するかについて検証した。Fig. 5aに示す通り、まずARCUTを用いてプラスミド上のBFP遺伝子の発色団付近を切断した。その後、相同組換えの鋳型となるDonor EGFP断片とともにヒト細胞(293T)に導入した。Fig. 5bに示すように、BFPとEGFPは発色団付近以外が完全に相同配列である。従って、切断されたBFPプラスミドがdonor EGFPを鋳型とした相同組換えにより修復され、EGFPプラスミドへと変換されると、細胞から緑色蛍光が観測される設計となっている。トランスフェクション後48時間経過した時点での蛍光顕微鏡写真、および緑色蛍光を発する細胞の割合をグラフにしたものをFig. 5cに示す。切断していないもの(No cut; 6.8%)、制限酵素を用いて相同配列の外側でDSBを導入したもの(StuI; 9.6%)、PNAをインベージョンさせただけのもの(PNA; 7.0%)と比較して、ARCUTを用いてDSBを導入したもの(ARCUT; 53.3%)は緑色蛍光を発する細胞の割合が劇的に上昇していることが分かる。さらに、細胞からプラスミドを抽出し配列を確認したところ、相同組換えによって遺伝子変換が起こったことが確認された(Fig. 5e)。以上の結果から、ARCUTにより導入したDSBに対しヒト細胞内の相同組換え修復系が有効に機能し、相同組換えを促進することが証明された。

次に、ARCUTにより導入したDSBの突出末端の方向が相同組換え高率に与える影響について検証した。ARCUTで用いるPNAは、グアニンが3個ないし4個連続する場合、合成が困難となるなど、二本のPNAをずらす方向を変えて設計することを余儀なくされる場合がある。そこで、突出末端の違いが相同組換えに与える影響を調べるため、5'突出および3'突出末端の断片を生成するARCUTをそれぞれ作成し(Fig. 6a)、相同組換え効率を検証した。またそれと同時に、相同配列の長さが異なる二種類のDonor(Fig. 6b)を用意し、相同配列の長さが与える影響についても検証した。先ほどと同様に、切断したBFPプラスミドとDonor EGFP断片を293T細胞に導入し、48時間後フローサイトメトリーで解析した(Fig. 6c)。その結果どちらのDonorを用いた場合でも、5'突出、3'突出に関わらず、切断していないものと比較して大きな相同組換え促進効果が確認された。また特筆すべきは、上流、下流の相同配列が共に50 bpという短いDonorを用いた場合、切断していないものではほとんど組換えが起こらないにも関わらず(0.16%)、ARCUTでDSBを導入すると10%以上の割合で相同組換えが起こる点である。この大きな相同組換え促進効果を利用すれば、短い相同配列しかもたないDonorでも効率よく相同組換えを誘起できる。つまり、従来のようにoverlap PCRなどの煩雑な操作を必要とせず、5'末端に相同配列を持つプライマーを用いて組み込みたい遺伝子を増幅するだけで相同組換えのためのDonorが作成できるため、より簡便な遺伝子操作法となることが期待される。

【結論】

ARCUTを利用したプラスミドDNA組換え法の開発では、二種類の手法を用いてARCUT切断断片と他の断片を結合し、新しい遺伝子組換え法を構築した。また、ゲノムの組換えに向けた検証では、in vitroでARCUTを用いてヒトゲノムを位置特異的に切断することに成功した。さらに、ARCUTで導入したDSBに対し、ヒト細胞内の相同組換え修復系が有効に機能し、相同組換えを促進することを証明した。本研究では、ARCUTを用いた新たな遺伝子操作法を確立するとともに、今後ゲノムの遺伝子操作ツールとして応用する上で非常に重要な知見が得られた。

Figure 1. Schematic diagram of site-selective DNA cleavage by ARCUT.

Figure 2. a) Selection of fluorescent proteins by randominzing the chromophore of BFP. The genetic sequence and amino acid residues near the chromophore are shown. b) Outline of gene recombination of BFP. c) Agarose gel electrophoresis patterns obtained from ARCUT scission. Lane M, 1kbp ladder; lane 1, substrate BFP plasmid; lane 2, Xbal digests of lane 1. The sequences of pcPNAs used and vector map of BFP plasmid are also shown. d) Ligation of the vecter with ARCUT termini to the insert with BamHl termini. e) Sequence analyses of one of the cloned recombinant vector at the mutation site (left) and Oligo(joint) conjunction (right).

Figure 3. Gene cassette insertion into a vector prepared by ARCUT through blunt-end ligation. a) Schematic outline of the procedure. b) Sequence analysis of one of the recombinant vectors in which GFP gene was inserted into forward (left) and reverse (right) conjunction sites.

Figure 4. a) Outline of the site-selective cleavage of FMR1gene in human genome by ARCUT. b) Southern blotting using probe 1 (upper panel) and probe 2(lower panel),respectively.Lane M,1kbp DNA ladder;lane 1,ARCUT-treated genome;lane 2,control (direct digestion of the human genome by EcoRI without ARCUT).

Figure 5. a) Outline of homologous recombination in human cells promoted by ARCUT. b) The DNA and amino acid sequences for the chromophores of BFP and EGFP. c) Fluorescence microscopy images of the 293T cells cultured for 48 h after transfection with the BFP plasmid and the donor EGFP fragment at the molar ratio of 1:7 (left). The upper and lower panels show blue channels (Ex: 360nm, Em: 470nm) and green channels (Ex: 480nm, Em: 520nm), respectively. In the right, the efficiency of gene recombination (defined by the fraction of green fluorescence-emitting cells in the total emitting cells) is presented. d) Sequencing analysis of the recombinant plasmid showing the successful recombination via homologous recombination.

Figure 6. a) The sequences of pcPNAs used in this study. The underlined portions are selectively hydrolyzed so that each pair of pcPNAs (pcPNA3, pcPNA4 and pcPNA5, pcPNA6) gives the products with 5'-overhang and 3'-overhang, respectively. b) The length of homology regions between the substrate BFP and the donors used in this study. c) The efficiency of gene recombination measured by flow cytometry (defined by the fraction of green fluorescence-emitting cells in the total cells). L and S refer to the donors with long homology and short homology, respectively.

審査要旨 要旨を表示する

2003年にヒトゲノムの解読が終了して以来、個々の遺伝子の機能解析や、遺伝子治療を目的とした研究が盛んに行われており、プラスミドからウイルスベクター、さらにはゲノムにいたるまで様々なサイズのDNAを組換える技術が必要となる。しかしながら既存のバイオテクノロジーはこのような多様なニーズに対応できていないのが現状である。まずプラスミドなどのin vitroでの遺伝子組換えでは、天然の制限酵素とDNAリガーゼを併用したDNAの切り貼りによる遺伝子組換えが用いられる。しかしながら、天然の制限酵素は、(1)認識配列が限られるために目的の場所で切断できない場合がある、(2)認識配列が4-8塩基対と短いため、大きなサイズのDNAを切断した場合に目的以外の場所でも切断されてしまう、という致命的な欠点が存在する。またゲノムの組換えでは相同組換えが用いられるが、哺乳類細胞での相同組換え頻度が極めて低いという大きな問題が存在する。そのため標的部位を切断し、二本鎖切断(DSB: double strand break)を導入することで相同組換え修復系を活性化する必要がある。このように、どちらの遺伝子組換えにおいてもDNAを目的の場所で位置特異的に切断する技術が必要不可欠となっている。

このようなニーズに応えるため、当研究室では二本鎖DNAを位置特異的に切断できる人工制限酵素ARCUT (Artificial Restriction DNA Cutter)の開発を行ってきた。ARCUTの特長として、(1)切断機構が天然の制限酵素と同じ加水分解機構である、(2)人工核酸であるペプチド核酸(PNA)を用いて配列を認識するため、標的配列を自在に変更できる、(3)20塩基対という高い配列認識能をもつ、という3点が挙げられる。これらの特長から、ARCUTはいかなるサイズのDNAをも扱うことができる人工DNA切断ツールであると言える。本論文では、ARCUTを遺伝子操作に応用することで、ポストゲノム時代のニーズに見合った汎用的な遺伝子組換えツールへと発展させることを目的とした。まず、in vitroでのDNAの切り貼りによる遺伝子組換えへの応用では、二種類の遺伝子組換え実験を通してさらにサイズの大きなベクターへの応用が可能な、汎用的で新しい遺伝子組換え法を構築した。また、相同組換えを利用した遺伝子組換えへの応用では、in vitroでヒトゲノムを位置特異的に切断すること、およびARCUTを用いてDNAを切断することでヒト細胞内での相同組換えを促進することに成功した。

本論文は全7章で構成されており、詳細は以下の通りである。

第1章は序論であり、既存の遺伝子組換えツールの特徴と利用例、および問題点について論じている。また、ARCUTの特徴について解説し、遺伝子組換えに応用するための課題とそれに対する本研究の位置づけについて述べている。

第2章では、ARCUTで切断した断片の末端をヌクレアーゼにより平滑化することで、PCRで作製した遺伝子発現カセットを挿入することに成功している。この手法は、天然の制限酵素を一切用いない遺伝子操作法であり、さらにサイズの大きなベクターの遺伝子操作にも応用できるものである。

第3章では、ジョイントとなるオリゴヌクレオチドを利用することで、天然の制限酵素で作製した突出末端を持つ断片と、ARCUTで切断した断片とを結合し、位置特異的な遺伝子操作に成功している。これは、第2章で用いた手法の欠点である、平滑化部位を厳密に制御できないという点を克服した遺伝子操作であり、蛍光タンパク質のセレクションという極めて精密な遺伝子操作をARCUTで行ったものである。

第4章では、ARCUTを用いてヒトゲノムをin vitroで位置特異的に切断することに成功した。また、非特異切断によって他の部位が切断されていないことも証明している。これは、ARCUTを利用したDSBの導入による相同組換えの促進に向けて必要不可欠な知見である。

第5章では、細胞抽出液を用いてプラスミドの組換え実験を行うことで、ARCUTにより導入したDSBに対してヒトの相同組換え修復系が有効に機能し、相同組換えが促進されることを証明している。また、この手法を応用して、核抽出液内でヒトゲノムを相同組換えにより組換えることにも成功している。

第6章では、第5章で行った実験をヒト培養細胞内で行い、副反応等について詳細に解析することで、より高効率に相同組換えを誘起するための検証を行った。これにより、細胞内でのDSBは大半が非相同末端結合とよばれる経路によって修復されるが、細胞周期の同調やRNAiによりこの経路を抑制することで相同組換え効率を向上させられるという知見が得られた。

第7章では、本研究で得られた知見を総括し、その重要性と今後の展望について論じている。

以上のように本論文は、人工制限酵素ARCUTの遺伝子操作への応用を目的とし、DNAの切り貼りによる遺伝子操作法の構築と、相同組換えによるゲノムの遺伝子操作に向けた各種検証を行ったものである。本論文において得られた知見は、今後巨大なベクターの遺伝子組換えや、細胞内でのゲノムの組換えに大きく寄与することが期待される。

よって本博士論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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