学位論文要旨



No 126849
著者(漢字) 伊達,隆明
著者(英字)
著者(カナ) ダテ,タカアキ
標題(和) 高分子結合性ペプチドによる表面の機能化
標題(洋)
報告番号 126849
報告番号 甲26849
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7490号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 芹澤,武
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 講師 須磨岡,淳
 東京大学 准教授 吉本,敬太郎
内容要旨 要旨を表示する

吸着、接着、摩擦などの材料の機能は表面の物性と密接に関連しており、望みの表面を構築することはナノテクノロジーの発展に極めて重要である。特に、汎用性高分子の多くは、化学修飾に利用可能な反応性官能基を持たないことから、表面を機能化し、望みの表面を構築することは難しい。生体分子や無機物質とのインターフェースを構築する簡便な手法は医療やエレクトロニクスの分野で現在もなお解決すべき課題の一つである。一般的には、化学的な処理により材料表面と共有結合を形成させる方法と、単純な物理吸着を用いた非共有結合による方法がある。これらの手法は、広く用いられてはいるが、処理条件、吸着密度、吸着安定性といった観点から依然として改善の余地がある。また、材料と目的に応じた表面処理法を選択する必要があり、導入できる機能にも制約がある。そこで、他の手法として生体分子の特異的な結合により高分子表面を機能化することに注目した。

ペプチドあるいはタンパク質は生体内において、種々の生体分子を厳密に識別することで機能を発現する。近年では、ファージディスプレイ法などのコンビナトリアルケミストリーの発展に伴い、ペプチドライブラリーが容易に作製できるようになり、生体分子のみならず無機結晶をはじめ、ナノカーボンや合成高分子など、人工的なマテリアル表面を認識し結合するマテリアル結合ペプチドがスクリーニングされている。得られたペプチドは、詳細にキャラクタライズされるとともに表面処理剤としての利用が検討されている。ペプチドの結合を表面処理のためのリンカーとして用いることにより、バルクの特性を活かしたまま、温和な条件下で簡便に表面を機能化することができる。また、ペプチドは、容易に合成でき、機能性分子や他の生体分子と簡単に融合できることから、生体分子とマテリアル間の界面を自在に構築でき、高分子表面の新規な修飾剤としての機能が期待できる。

本研究では、高分子結合性ペプチドに注目し、表面の機能化に用いることを目的とした。すでにスクリーニングされている7残基のポリエーテルイミド (PEI) 結合性ペプチド (p1: TGADLNT)とイソタクチックポリメタクリル酸メチル (it-PMMA) 結合性ペプチド (c02: ELWRPTR)を基に機能化のための分子を設計・合成し、ペプチドの結合や表面処理剤としての機能を評価した。これら二つの高分子は医療用途として用いられており、表面の機能化が重要な課題のひとつとなっている。

本論文は、緒言に続く以下の6章から構成されている。2章及び3章は、PEI表面の機能化に関して、4章及び5章はit-PMMA表面の機能化に関して記した。

第1章では、高分子表面の機能化法に関して概観し、その重要性と問題点を示した。その上で高分子結合性ペプチドを高分子表面の機能化に用いる利点を示し、研究の現状及び本研究の目的を記した。

第2章 「PEI結合性ペプチドを介した機能性タンパク質の固定化」では、PEI (Ultem1000)に強く結合するp1を用い、ペプチドのNまたはC末端をビオチン化 (B-p1, p1-B) することで、PEI表面にペプチドを介して、ストレプトアビジン (SAv)を固定化すること、さらに、固定化したSAvの空いているビオチンサイトを用いてDNAの固定化やハイブリダイゼーションの観察に用いることを目的とした。表面プラズモン共鳴 (SPR) 法により、ビオチン化ペプチドの結合及びSAvの固定化を確認した。SAvの結合量は、ペプチドの固定化密度依存的に変化し、最適なペプチド密度が存在する山型になった。p1-Bを用いた場合、ピーク位置では、固定したペプチドのうちSAvの結合に使用された割合はわずか11%であり、SAvに対してビオチンが過剰にあるにもかかわらず、効率よく機能できなかったことを示唆している。その理由として、(i) ペプチドがランダムに結合し、ビオチンがSAvと結合しにくい方向を向いていたこと、(ii) ペプチドがクラスター化していたこと、(iii) ペプチドがPEI表面の膨潤した層に埋もれてしまったことなどが示唆された。さらにペプチドを介して固定化したSAvは、単純な物理吸着よりも吸着変性が抑制されており、その後のDNAの固定化やハイブリダイゼーションが効率良く起こることを明らかにした。このような知見は、ペプチドを用いて、機能性タンパク質を効率よく固定化し、その後の応用に用いるために重要であると考えられる。

第3章「PEI結合性ペプチドを用いたタンパク質非吸着表面の創製」では、2章に引き続きp1を用い、末端にタンパク質の吸着を抑制するエチレングリコール (EG) 鎖やペプチド(リジン (K)とグルタミン酸 (E)の繰り返し配列)を導入し、PEI表面に固定化することで、タンパク質非吸着表面を創製することを目的とした。末端CH3O-, CONH2-のEG鎖を導入したCH3O-EG11-p1、p1-EG12-CONH2、及びEKEKEKEを導入したp1-EKペプチドを化学合成した。ペプチドをPEI表面に固定化し、その後、牛血清アルブミン (BSA)を1μMでフローし、吸着量をSPR法により定量した。その結果、CH3O-EG11-p1では、ペプチドの固定化量の増加に伴い徐々にBSAの吸着量が低下した。単にp1を固定化しただけでは吸着抑制の効果はあまり見られなかったことから、EG鎖によりBSAの吸着を抑制したと考えられる。また、p1-EG12-CONH2の場合では、吸着抑制の効果が小さかったことから、EG鎖の末端が吸着抑制の効果に影響することが示唆された。さらに、p1-EKを固定化した時に効率よくBSAの吸着を抑制することができ、最大で99%吸着を抑制することに成功した。p1が、SAvの固定化やタンパク質の非特異吸着の抑制など表面修飾剤として機能することを示した。また、その機能はペプチドの固定化密度や修飾末端に依存した。これらの知見は、ペプチドを用いて高分子表面を機能化する上で重要であると考えられる。

第4章「イソタクチックPMMA結合性ペプチドの結合解析」では、c02ペプチドを機能化する際の指針を得るためにペプチドの特徴的な結合を定量的に明らかにすることを目的とした。c02ペプチドのN末端またはC末端がビオチン化されたペプチド (B-c02, c02-B)をFmoc固相合成法により合成した。ビオチン―アビジン相互作用を用い、原子間力顕微鏡 (AFM)のカンチレバー表面にビオチン化ペプチドの片末端を固定化した。溶液中でPMMA膜に対するフォースカーブを測定し、接着力を測定した。これによりビオチン化c02ペプチドの方向依存的な接着力の違いを明らかにした。このような高分子結合性ペプチドの方向性のある結合はこれまで定量的に評価された例がなく、きわめて重要な知見であると考えられる。また、SPR法により溶液中フリーな状態でのビオチン化c02ペプチドの結合を評価した。AFMにより得られた方向依存的な接着力とSPRにより得られたビオチン化c02ペプチドの結合定数に関して正の相関が見られた。以上の結果から、c02ペプチドの結合モチーフの反対側を機能化することが、it-PMMAに対する親和性と特異性を保つ上で重要であることを明らかにした。マテリアル結合性ペプチドに新たな機能性分子を導入する際に考慮すべきで重要な知見であると考えられる。

第5章「it-PMMA結合性ペプチドを融合したタンパク質の吸着挙動の解析」では、DnaK419-607 (ブロッキングペプチドフラグメント:BPF)にRGDが融合されたBPF誘導体 (dBPF)をモデルタンパク質として選択し、it-PMMAフィルムに対して結合するc02ペプチドと融合し (c02-dBPF)、SPR法によりタンパク質の吸着挙動を解析した。その結果、it-PMMAに対するc02-dBPFの結合定数は4.9×108 M-1であり、dBPFの結合定数 (6.5×106 M-1)の75倍であった。ペプチドを融合することにより、結合速度定数は3倍に増加し、解離速度定数は1/26に減少したことから、吸着を促進させるよりも解離を抑制したことにより結合定数が増加したと考えられる。つまり、c02ペプチドと融合することにより、タンパク質はit-PMMAフィルムに対して極めて高い結合定数を示し、c02ペプチドが、it-PMMAフィルムに対する特異的な固定化方法として機能することを明らかにした。したがって、高分子結合性ペプチドをタンパク質と融合することが吸着の促進に有用であることを示した。このような方法は、医療応用に向けて高分子表面へ機能性タンパク質を固定化するために重要であると考えられる。

第6章では、本論文の総括と展望を述べた。本研究では、高分子結合性ペプチドを機能性分子 (ビオチン、EG鎖、ペプチドなど)で化学的に修飾する、あるいは、タンパク質に遺伝子工学的に組み込むことにより、高分子表面を機能化することに成功した。また、高分子表面上でペプチドを効率よく機能させるための基礎的な知見を得ることができた。将来的に高分子結合性ペプチドを用いた表面の機能化手法が確立されれば、貴金属や酸化物表面の自己組織化単分子膜と同様にナノテクノロジーからバイオテクノロジーまで広範囲な分野に応用されることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

近年のナノテクノロジーの進歩により、高分子材料表面に望みの機能を導入する技術は、医療やエレクトロニクスの分野では欠かせない重要な技術となっている。一般的に高分子表面の機能化は、基板表面と共有結合を形成する方法と単純な物理吸着を用いた方法がある。しかし、いずれの方法も処理条件、吸着密度、吸着安定性の観点から依然として改善の余地がある。そこで、他の手法として生体分子がもつ特異的な結合に注目し、表面の機能化に用いる研究が進められている。

本論文では、ファージディスプレイ法を用いてスクリーニングされたポリエーテルイミド (PEI) 結合性ペプチドとイソタクチックポリメタクリル酸メチル (it-PMMA) 結合性ペプチドの結合を解析することで表面修飾剤を合理的に設計している。また、実際にペプチドを用いて高分子表面を機能化するとともに効率よく機能化するための方法について述べられている。そして、二種類の親疎水性の異なる高分子を用いることで、ペプチドを用いた表面の機能化法の一般性とその特徴を明らかにしている。

第一章では、高分子表面の特徴について言及したうえで高分子表面を機能化することの重要性と現状の表面機能化法に関して概観している。さらに新規な表面修飾法として、スクリーニングにより取得されるマテリアル結合ペプチドの特異的な結合を用いた方法について紹介し、その利点と研究の現状を述べている。

第二章「ポリエーテルイミド結合性ペプチドを介した機能性タンパク質の固定化」では、PEIフィルムに対するペプチドの結合を解析することで結合に重要な部位と機能を導入するために適した末端を明らかにしている。さらにペプチドの末端にビオチン基を導入することでストレプトアビジン(SAv)の固定化に用いている。その際、ペプチドを介してSAvを密に固定化するためには最適なペプチドの固定化密度があり、効率よくSAvを固定化するためのいくつかの重要な要素を明らかにしている。さらにペプチドを介して固定化したSAvを用いて、プローブDNAの固定化やハイブリダイゼーションの観察に用いており、その後の応用に広く展開できる可能性を示している。

第三章「ポリエーテルイミド結合性ペプチドを用いたタンパク質非吸着表面の創製」では、二章に引き続き、PEIに特異的に結合するペプチドを用い、末端にタンパク質の吸着を抑制するポリエチレングリコール鎖やタンパク質低吸着性のペプチドを導入し、PEI表面に固定化することで、タンパク質の吸着を抑制することに成功している。また、オリゴエチレングリコール修飾アルカンチオールの自己組織化単分子膜の系と比較して議論することにより、ペプチドを用いた場合の特徴を明らかにしている。さらに二章の結果と合わせて、ペプチドが機能性タンパク質の固定化やタンパク質の非特異吸着の抑制などPEI表面を機能化するためのリンカーとして利用できることを示している。

第四章「イソタクチックPMMA結合性ペプチドの結合解析」では、it-PMMAに特異的に結合するペプチドの結合特性をより直接的な手法で解析している。それにより第二章で示唆されたペプチド表面修飾剤の設計指針の一般性について議論している。ペプチドの接着力の解析および結合の動力学的な解析により、ペプチドの結合に明確な方向性があり、結合に重要な部位とは反対側の末端に機能を導入することが望ましいということを明らかにしている。また、ペプチドを表面修飾剤として用いる際、高分子表面の特性に依存してペプチドが表面近傍に潜り込み、機能できなくなる場合があることを明らかにしている。

第五章「イソタクチックPMMA結合性ペプチドを融合したタンパク質の吸着挙動の解析」では、it-PMMA結合性ペプチドをモデルタンパク質と融合し、it-PMMAフィルムに対する吸着挙動を解析している。ペプチドを融合することで、it-PMMAフィルム表面上でタンパク質をより強く安定に固定化するためのリンカーとして機能することを明らかにしている。さらにモデルタンパク質に導入されている細胞接着性のRGD配列により、効率よくit-PMMA表面を細胞接着性に改変できる可能性を示している。

第六章では、研究全体のまとめと将来展望に関して述べている。

このように本論文では、工学的な観点に基づいて高分子結合性ペプチドによる表面の機能化法に関する一般的な知見やその特徴を明らかにし、当該研究分野における基礎的な知見を提供している。今後、ペプチドを用いたより効果的で効率的な表面の機能化法を確立することが期待され、ナノテクノロジーからバイオテクノロジーまで広範囲な分野に多大に寄与するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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