学位論文要旨



No 126852
著者(漢字) 山岸,祐介
著者(英字)
著者(カナ) ヤマギシ,ユウスケ
標題(和) 特殊環状ペプチドおよびそのライブラリーの翻訳合成法と子宮頸癌治療薬をめざしたユビキチンリガーゼE6APに対する環状N-メチルペプチド阻害剤の探索
標題(洋) Methods for the ribosomal synthesis of non-standard cyclic peptides and their libraries and the discovery of cyclic N-methyl peptide inhibitors of ubiquitin ligase E6AP toward an anti-cervical cancer drug
報告番号 126852
報告番号 甲26852
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7493号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 教授 後藤,由季子
 神戸大学 准教授 勝二,郁夫
内容要旨 要旨を表示する

序論

現在の医薬品は、低分子化合物および抗体を原薬とするものが主流であるが、両者の利点を併せ持つ分子として特殊ペプチドが注目されている。特殊ペプチドとは、サイクロスポリンA等のように天然型アミノ酸とは異なる、N-メチルアミノ酸、D-アミノ酸といった特殊アミノ酸や大環状構造などの独特な化学構造を持つペプチド群の総称である。これらの特殊構造がプロテアーゼ耐性や結合親和性、結合特異性、膜透過性、腸管吸収性を改善するため、特殊ペプチドは新しい創薬候補分子として期待されている。しかし、高い多様性をもつライブラリーの構築や効率的なスクリーニングは、既存の技術では難しい。

近年、我々や他の研究グループは、分子生物学やタンパク質工学、核酸化学、有機化学を融合させ、特殊な翻訳系を構築し、遺伝暗号をリプログラミングすることで、複数の特殊アミノ酸を含む特殊ペプチドを合成できることを報告している。特に我々のグループは、フレキシザイムと呼ばれるアミノアシルtRNA合成リボザイムを利用したFlexible In vitro Translation (FIT)システムを用いて、これまで大環状骨格やポリエステル、N-メチルペプチド等の複雑な特殊ペプチドを合成に成功してきた。しかし、薬剤およびバイオプローブの探索を視野に入れると、新規の特殊ペプチドを翻訳合成する基礎技術の開発は重要である。またFITシステムとin vitro display法を融合した高速スクリーニングシステムであるRaPID(Random Peptide Integrated Discovery)システムを利用した、生理活性を有する特殊ペプチドを単離した実例は少ない。特に複数種の特殊アミノ酸が導入されたペプチドの探索は未だ達成されていない。そこで、本研究ではFITシステムに対応する酸化的カップリング反応を用いた新規環状ペプチド翻訳合成法の開発を目指した。そして、次にRaPIDシステムを用いることで、環状N-メチルペプチドライブラリーからのユビキチンリガーゼE6APの阻害剤探索をおこなった。

蛍光発生型酸化的カップリング反応を用いた環状ペプチド翻訳合成法の開発

環状ペプチドは、上述したように、プロテアーゼ耐性や標的への高い親和性が期待できることから、薬剤およびバイオプローブとしての利点を数多く持っている。しかし、一般的に利用される分子内ジスルフィド結合による環状化方法は、細胞内の還元条件下で切断され、ペプチドが速やかに分解される欠点がある。一方、架橋剤を利用したペプチド環化法が利用されているが、ランダム領域に現れるアミノ酸側鎖と反応し、ペプチドの構造決定が困難になる恐れがある。そこで、位置選択的に安定な構造を与える方法論が必要である。本研究では水中で進行する酸化的カップリング反応を利用し、安定な環化構造を与え、同時に蛍光特性を与える新規ペプチド環状化法の開発を行った。

5-ヒドロキシインドールとベンジルアミンは酸化剤K3Fe(CN)6存在下、室温、水中でカップリング反応し、蛍光団としてベンゾオキサゾール誘導体を形成することが報告されている。本反応は、生体試料中の微量な5-ヒドロキシトリプタミン(セロトニン)を定量するために開発された手法であり、夾雑物に影響されず定量的な反応を示す。これらの報告より、5-ヒドロキシインドールおよびベンジルアミン骨格を有する非タンパク質性アミノ酸をFITシステムによってペプチドに導入後、直接酸化剤を添加することでペプチドを迅速かつ定量的に環化し、蛍光特性を付与できると考えた。

最初に、カップリング反応に必要な官能基を有する特殊アミノ酸(bzaFおよび WOH)を調製した(図1)。これらのアミノ酸をFITシステムにより、ペプチドN末端にbzaFを、C末端側にWOHを導入した。続いて、このペプチドに対してK3Fe(CN)6を加え、ペプチド環化反応を行った。質量分析の結果、スペクトル上には環状ペプチドの質量数と一致するピークのみを観測できたため、分子内環化反応は収率良く進行することが示唆された。次に、ペプチドの蛍光測定を行った結果、基質である直鎖ペプチドは、ほとんど蛍光を示さないが、カップリング反応後の環化ペプチドは、蛍光団単体に類似した蛍光特性を示した。また、鎖長の異なるペプチドにおいても同様の結果を得た。これらの結果より、酸化的カップリング反応を用いた、蛍光性環状ペプチドの翻訳合成が可能であることを証明した。

本研究で開発したペプチド環状化法は、ランダムDNAから蛍光性環状ペプチドライブラリーを構築することができる。そして、in vitro display法を組み合わせることで、タンパク質や核酸等の標的分子に結合する蛍光プローブの探索へ応用できると期待している。

子宮頸癌治療薬をめざしたユビキチンリガーゼE6APに対する環状N-メチルペプチド阻害剤の探索

天然由来の特殊ペプチド中には、ペプチド主鎖上に複数のN-メチル化が確認される。この構造は、プロテアーゼ耐性や標的への親和性、選択性を向上させるが、特に膜透過性が期待できるため、細胞内の標的にアプローチできる可能性を有している。そのため、N-メチルペプチドは新たな創薬シーズと位置づけられ、翻訳系による合成が試みられてきた。しかし、N-メチルアミノ酸のペプチドへの導入効率の低さや異なるアミノ酸の取り込みのため、ライブラリー化するための実用的な方法が存在しなかった。我々のグループの川上らはFITシステムを用いてN-メチルアミノ酸の導入を試み、複数のN-メチルアミノ酸が高い効率で導入できることを報告してきた。また特殊アミノ酸であるN末端のクロロアセチル基とシステイン側鎖のスルフィドリル基間の自発的チオエーテル環状化法を利用して、環状N-メチルペプチドの翻訳合成に成功した。しかし、ランダムペプチドライブラリーの構築およびRaPIDシステムによる薬剤探索は行われていなかった。そこで、本研究では環状N-メチルペプチドライブラリーを利用し、生理活性ペプチドの探索を行った。標的として、子宮頸癌に関与するヒト由来のユビキチンリガーゼE6APを選んだ。E6APは、ヒトパピローマウイルス由来のタンパク質E6と相互作用することで、p53の過剰な分解を引き起こし、細胞を癌化させる。したがって、E6APの阻害により、p53によるアポトーシスが誘導され子宮頸癌の治療が可能であると考えられている。本研究では、未だ阻害剤が存在しないE6APを標的に環状N-メチルペプチド阻害剤の探索を行った。

環状Nメチルペプチドライブラリーを構築するため、ランダム領域にNNUコドンを繰り返した配列を持つmRNAライブラリーを調製した。FITシステムにおいて、ペプチドへの高い導入効率を示すN-メチルフェニルアラニン(MeF)、N-メチルセリン(MeS)、N-メチルグリシン(MeG)、およびN-メチルアラニン(MeA)をそれぞれ4つのコドンに割り当てた。一方、チオエーテル環化法を用いるため、開始コドン(AUG)にクロロアセチル-D-トリプトファンを、ランダム配列の下流にシステインのコドン(UGC)を配置した。各々の特殊アミノ酸は、フレキシザイムを用いることで対応するtRNAに連結し、必要最低限の天然アミノ酸とアミノアシルtRNA合成酵素、およびピューロマイシンリンカーを連結したmRNAライブラリーを含むFITシステムで翻訳反応を実行した。環状N-メチルペプチドを提示したmRNAのcDNAを合成後、標的タンパク質であるビオチン化E6AP Hectドメインと混合した。その後、ストレプトアビジン磁性担体で標的とペプチドアプタマーを分離し、cDNAを回収、DNA増幅をおこなった。以上の操作を繰り返すことで、RaPIDシステムによる環状N-メチルペプチドのスクリーニングを実行した(図2)。その結果、6ラウンド後にcDNA回収率の増加が観察されたため、配列解析を行った。得られたペプチド配列は収束しており、Nメチルアミノ酸の導入が3もしくは4カ所見られた。各々のcDNAを利用し、これらの環状N-メチルペプチドが正確に翻訳合成されることを質量分析によって確認した。この結果より、RaPIDシステムを用いた、環化N-メチルペプチドの単離を証明することができた。

次に単離された環化N-メチルペプチドをFmoc固相合成法により調製し、表面プラズモン共鳴法によってE6AP Hectドメインに対する結合解析を行った。その結果、このペプチドは、E6AP Hectに対して非常に高い親和性(Kd < 1nM)を示した。また強固な結合には、環状構造およびN-メチル基が必須であることを確認した。さらに、ペプチドがE6APのユビキチンリガーゼ阻害活性を有していることを確認した。

本研究では、環化N-メチルペプチドライブラリーを用いて、標的に結合する環状N-メチルペプチドの単離に世界で初めて成功し、RaPIDシステムが機能することを証明した。また、得られたリガンドは標的に非常に強く結合し、阻害剤として機能することを示した。本技術を用いて、任意の標的に対する環状N-メチルペプチドの探索が実施できると考えられる。

結論

本研究では、新規ペプチド環状化方法を開発することで、FITシステムによるペプチド翻訳合成の基礎技術を拡張した。この環状化法を利用することで、ペプチドにベンゾオキサゾール型のヘテロ環構造を導入し、蛍光特性を与え、新しいライブラリーの構築が可能になった。またRaPIDシステムを利用することで、環状N-メチルペプチドライブラリーから生理活性ペプチドの創出に成功した。特にランダム領域に複数の特殊アミノ酸が導入された特殊ペプチドの単離は、全く初めての結果であった。この結果は、さらに高度な特殊ペプチドの探索を大きく推進する実証例となった。本論文で開発した技術は、特殊ペプチドを基盤とした薬剤やバイオプローブ探索を強力に押し進めることが可能であり、ケミカルバイオロジーの発展に寄与できるものと信じている。

図1 酸化的カップリング反応を用いた新規ペプチド環状化法

図2 RaPIDシステムを用いた環状N-メチルペプチドの探索

審査要旨 要旨を表示する

近年、シクロスポリンAのような大環状骨格やN-メチルアミノ酸を有する特殊ペプチドと呼ばれる分子群が創薬候補分子として期待されている。既存の技術では、特殊ペプチドの合成および探索が十分になされているとは言いがたい。一方、リボソームによる翻訳合成系は、本来20種類のタンパク質性アミノ酸からなるペプチドを産生するが、翻訳系を人工的に改変することでN-メチルアミノ酸、D-アミノ酸といった特殊アミノ酸が導入できることがわかってきた。改変した翻訳系を用いることで、特殊ペプチドを合成する技術が発展し、薬剤探索への応用が期待されている。本論文は、改変した翻訳系の応用についての記述である。

第1章の序論では、特殊ペプチドの定義と重要性、及び特殊ペプチドに見られる環状構造や特殊アミノ酸が如何に生理活性に寄与するかを説明している。そして従来の特殊ペプチドの合成方法と薬剤探索方法を挙げながら、それらの問題点を挙げた。その次に改変した翻訳系において、特殊ペプチドの合成を可能にする技術背景とin vitroディスプレイ法を用いた薬剤探索への展開へ応用できることについて言及している。さらに、これまでの特殊ペプチド合成例について説明し、環状ペプチドの翻訳合成が十分に達成されておらず、解決すべき問題であることを指摘した。また改変した翻訳系とin vitroディスプレイ法を利用することで、特殊環状ペプチドライブラリーから活性種の単離が迅速に達成できることについて言及し、これまで複数種の特殊アミノ酸を含む大環状ペプチド探索が達成されていないことを指摘している。

第2章では、特殊ペプチドとして重要な構造である大環状構造を翻訳系で作り出す新規技術開発を報告している。共有結合形成反応としてベンジルアミンと5-ヒドロキシインドールの蛍光発生型酸化的カップリング反応を応用している。特殊アミノ酸としてベンジルアミンのフェニルアラニン誘導体と5-ヒドロキシトリプトファンを同時にペプチド内に導入後、酸化剤を作用させることで温和な条件下で迅速にペプチドの環状化反応が進行した。さらに蛍光を発生することから、目的のヘテロ環結合の形成を確認している。またペプチドの残基数が5-11と変化しても環状化反応が進行し、環化体が蛍光を示すことを報告している。この手法は、温和な条件で迅速に、2つの特殊アミノ酸間で位置選択的な反応を与えるペプチド環状化法として新規性が高い。他の直交性を示す反応と組み合わせることで、剛直性の高い二環性のペプチドが調製できると考えられる。

第3章では、改変した翻訳系とin vitroディスプレイ法を利用して、これまでに報告されていない新規の環状N-メチルペプチドライブラリーを構築し、その中から活性種の単離に成功した。ライブラリー構築の際には、ライブラリーデザインおよび翻訳合成量の最適化を行なうことで、高い多様性を確保した。次にユビキチンリガーゼE6AP HECTドメインに対して結合する環状N-メチルペプチドを単離した。このようなin vitroディスプレイ法で環状N-メチルペプチドが得られた報告例は存在しない。次に単離された環状N-メチルペプチドは、E6AP HECTドメインに対して強固に結合する(解離定数=0.6nM)こと確認した。さらに、それらの活性種がin vitroでE6APを阻害することを報告している。また標的への結合及びin vitroでのE6AP阻害活性はペプチド中の環化構造及びN-メチル基構造に依存することを明らかにした。この一連の研究により、本技術が創薬候補分子として期待されている環状N-メチルペプチドの探索技術として強力なツールであることが証明された。

結論では、本論文の総括と意義、今後の展望について述べている。

以上、本論文では改変した翻訳系を応用することで、特殊構造を有するペプチドの合成を達成した。ヘテロ環またはN-メチル基を持つ環状ペプチドは、高い剛直性から標的への親和性やプロテアーゼ耐性に優れるなどの薬剤らしい特性を有していると考えられる。これらの成果が、今後のバイオテクノロジー及びケミカルバイオロジーの発展に与える意義は非常に大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

UTokyo Repositoryリンク