No | 126853 | |
著者(漢字) | 山本,悦司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマモト,エツシ | |
標題(和) | タンパク質リフォールディング用添加剤の開発および利用に関する研究 | |
標題(洋) | Development of protein refolding additives and their applications | |
報告番号 | 126853 | |
報告番号 | 甲26853 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7494号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 緒言 タンパク質の大量生産には,動物細胞に比べて培養コストが安くかつ増殖速度も速い大腸菌を宿主とした発現系が広く用いられている.大腸菌を宿主とした異種タンパク質大量発現系では,発現産物の多くは不活性・不溶性の目的タンパク質の凝集体 (封入体)を形成するため,工業スケールにおいて目的タンパク質の回収および精製を容易にする利点がある.ただし,活性を有する目的タンパク質を得るためには,封入体を可溶化し,天然型の構造へ誘導するリフォールディング操作が必要となる.しかしながら,その過程でリフォールディング中間体の凝集反応が生じ,リフォールディング収率低下の原因として問題となっている. 上記の問題を解決するために,凝集反応を抑制し,収率を向上させるリフォールディング用添加剤が開発されてきた.しかしながら,既存の添加剤では,十分な収率向上効果を得られない場合が多いため,より効果的な添加剤が求められている.また,添加剤の構造や物性と,収率向上効果の関係はほとんど明らかにされていない.そのため,添加剤の合理的な設計や,添加剤の合理的な選択や利用が困難であるのが現状である. 本研究では,これらの課題を解決するため,まず,コンビナトリアルアプローチによる新規の添加剤の開発を行った.コンビナトリアルアプローチの利点として,(1)目的の機能を有する添加剤の合理的な設計が不必要である点,(2)系統的に構造が異なる多様な添加剤が同時に調製できる点が挙げられる.後者の利点より,得られた機能と各パーツの分子構造との比較が可能となり,添加剤の構造と機能との相関を帰納的に明確にすることができる.次に,水溶性有機溶媒を併用して,リフォールディング用添加剤の作用を調節する技術の開発も行った.有機溶媒を調節剤として用いることにより,添加剤単体では得られないリフォールディングに適した水溶液環境を簡便に創出することができる.この様に,新規添加剤の利用や,添加剤と調節剤の併用により,目的タンパク質のリフォールディングに最適な溶媒環境の創出することを目的として以下の研究を行った. 2. イオン液体群のリフォールディング用添加剤としての効果 本研究室で,リゾチームのリフォールディング収率向上効果が確認されたイオン液体のN'-methyl-N-octylimidazolium chlorideをリード化合物とし,炭素鎖部位およびカチオン部位の構造を分割して,コンビナトリアルに変化させたイオン液体ライブラリーを調製した.この化合物群のリフォールディング用添加剤としての効果を調べた. モデルタンパク質には,リフォールディング時に凝集反応が起こりやすいリゾチームを用いた.リフォールディングは,変性還元リゾチーム溶液を,添加剤を含むバッファーで大希釈することにより行った.添加剤のタンパク質凝集抑制効果は凝集体の濁度を測定することにより,リフォールディング収率は回復した酵素活性により評価した. イミダゾリウム塩の凝集抑制効果を調べたところ,イミダゾリウム塩の炭素鎖が長いほど,低濃度で凝集を抑制できることが分かった.イオン液体のカチオン部の疎水性が増大し,リフォールディング中間体の疎水性表面と強く疎水性相互作用するためだと考えられる. 次に,イミダゾリウム塩のリフォールディング収率への影響を調べた.添加剤なしでは,凝集反応のため,10%以下の収率しか得られなかった.イミダゾリウム塩を添加すると,凝集抑制効果が現れる添加濃度付近から収率が上昇し始め,凝集を完全に抑制する濃度付近で収率が最大となることが分かった.特に,炭素鎖が短いイミダゾリウム塩を添加すると80%前後の高収率が得られた.また,最も一般的に用いられている添加剤であるL-アルギニン塩酸塩の最大収率46%を超える収率向上効果を示すイミダゾリウム塩が複数種得られ,コンビナトリアルアプローチによる添加剤開発に成功した. イミダゾリウム塩の炭素鎖が,凝集およびリフォールディング速度に与える影響を調べるため,速度論的解析を行ったところ,炭素鎖を有するイミダゾリウム塩は,凝集反応速度定数のみを大幅に低下させることが分かった.一方,長い炭素鎖のイミダゾリウム塩は,凝集反応速度定数とリフォールディング反応速度定数の両方を大幅に低下させるため,収率向上効果が低いことが明らかとなった.なお,ピリジニウム塩,ピロリジニウム塩のイオン液体でも同様の傾向が見られた. 3. 非イオン性界面活性剤polyethylene glycol monooleyl etherのリフォールディング用添加剤としての効果 上述のイオン液体群は,カチオン性タンパク質のリフォールディング収率を効果的に向上できることが分かったが,アニオン性タンパク質では,添加剤とタンパク質間の静電的相互作用により凝集が促進され,収率が低下する場合も見られた.そこで,タンパク質の総電荷の影響を受けにくい添加剤の開発のため,非イオン性界面活性剤に着目した.非イオン性界面活性剤は,疎水部と親水部からなり,これらの構造を系統的に変化させることで効果的な添加剤の探索ができると考えた.これまで,非イオン性界面活性剤の疎水部の構造とリフォールディング収率の関係についての報告例はあるが,親水部の効果については報告例がなく,非イオン性界面活性剤の凝集抑制効果および収率向上効果は未だ明らかではない.そのため,親水部の構造と機能を調べることにより,リフォールディングに効果的な非イオン性界面活性剤選択の指針を示すこともできると考えた. 非イオン性界面活性剤のモデルとして,polyethylene glycol (PEG) ユニット数2から90を有するpolyethylene glycol monooleyl ether (PGME)を用い,PGMEの親水部のPEG鎖長と凝集抑制効果およびリフォールディング収率向上効果の関係を詳細に調べた. タンパク質の凝集抑制効果を調べたところ,PEG単体では凝集を抑制できなかったが,長いPEG鎖を有するPGMEでは凝集を効果的に抑制できることが分かった.この結果より,凝集抑制には,タンパク質表面に付着するための疎水部のオレイル基と,中間体同士の会合を立体障害により抑制するための比較的長い親水部のPEG鎖が必要であることが考えられた. 次に,凝集抑制効果が見られたPGME20, 50, 90のリフォールディング収率向上効果を調べたところ,総電荷の異なるリゾチーム,乳酸脱水素酵素,α-グルコシダーゼのリフォールディング収率が向上することが分かった.特に,適度なPEG鎖長を有するPGME20を用いた場合は,乳酸脱水素酵素のリフォールディング収率を5%から68%まで向上できることが分かった.PGME50, 90では35%程度の収率だったことから,PGMEのPEG鎖が短すぎると凝集が抑制できず収率が向上しないが,長すぎるとPEG鎖の立体障害により分子内のリフォールディングも阻害するため,収率が向上しにくいと考えられる. 4. 界面活性剤および有機溶媒併用によるリフォールディング収率の相乗的向上効果 長い炭素鎖のイオン液体や界面活性剤など疎水性の高い添加剤を用いた場合は,強い疎水性相互作用により,凝集だけでなく,リフォールディングも阻害する.そこで,これらの添加剤のリフォールディング阻害効果を弱める調節剤として,有機溶媒の併用を試みることにした.モデルタンパク質としてリゾチームを用いた. リフォールディング用添加剤として一般的に用いられている陽イオン界面活性剤のcetyltrimethylammonium bromide (CTAB)と非プロトン性極性溶媒のdimethylsulfoxide (DMSO)を併用したところ,CTABやDMSOのみでは13%および9%の収率が,35%まで相乗的に向上することが分かった.なお,PGME50のみでは12%の収率が,DMSOを併用することにより56%まで向上することも分かった. 次に,界面活性剤併用時におけるリフォールディング収率向上効果に必要な有機溶媒の性質を調べた.その結果,比較的疎水性の低いDMSOやdimethylformamideなどがCTABの凝集抑制効果を弱めない上,収率を向上させることが分かった.一方,比較的疎水性が高いacetonitrile,isopropanolなどを併用すると濁度の上昇が見られた.疎水性が高い有機溶媒は,CTABとリフォールディング中間体の疎水性表面との疎水性相互作用を弱め過ぎ,CTABの凝集抑制効果を阻害するため,収率が向上しないと考えられる. 最後に,CTABとDMSO併用時のリゾチームのリフォールディングの速度論的解析を行い,DMSOが凝集反応速度定数とリフォールディング反応速度定数に与える影響を調べた.その結果,DMSOの添加濃度の増大に伴い,これらの速度定数が増大することが分かった.DMSO添加により,CTABとタンパク質間の疎水性相互作用を弱める調節ができたといえる.また,リフォールディング反応速度定数と凝集反応速度定数の比から,適量のDMSOを添加することによりリフォールディング収率向上に最適な溶媒環境を作り出せることが速度論的解析によっても確認できた. 5. 結言 コンビナトリアルアプローチによる新規なリフォールディング用添加剤の開発を試みたところ,短い炭素鎖を有するイオン液体群は,凝集のみを効果的に抑制し,リフォールディング収率を既存の添加剤以上に向上できることが分かった.また,PEG鎖長を変化させた非イオン性界面活性剤のPGME群を添加剤として用いたところ,適度な長さのPEG鎖を有するPGMEは凝集抑制効果および収率向上効果が優れていることが分かった.これらの結果から,添加剤の構造と収率向上効果の関係を明らかにすることができた. 次に,調節剤として水溶性有機溶媒を併用して,界面活性剤の作用を調節する技術の開発も行った.その結果,界面活性剤や有機溶媒のみを添加した場合に比べ,リフォールディング収率のみを相乗的に向上できる溶媒環境の創出に成功した. 本研究で得られたこれらの知見は,目的タンパク質のリフォールディング収率向上を目指した溶媒環境創出のための新しい指針を与えるものと期待される. | |
審査要旨 | タンパク質の大量生産には、動物細胞に比べて培養コストが安くかつ増殖速度も速い大腸菌を宿主とした発現系が広く用いられている。大腸菌を宿主とした異種タンパク質大量発現系では、発現産物の多くは不活性・不溶性の目的タンパク質の凝集体 (封入体)を形成するため、封入体を可溶化し、天然型の構造へ誘導するリフォールディング操作が必要となる。しかしながら、その過程でリフォールディング中間体の凝集反応が生じ、リフォールディング収率が低下することが問題となっている。この問題を解決するために、凝集反応を抑制し、収率を向上させるリフォールディング用添加剤が開発されてきた。しかし、既存の添加剤では十分な収率向上効果を得られない場合が多いため、より効果的な添加剤が求められている。また、添加剤の構造や物性と、収率向上効果の関係はほとんど明らかにされていないため、現状では添加剤の合理的な設計、選択や利用が困難である。本論文は、コンビナトリアルアプローチによる新規のリフォールディング用添加剤の開発、ならびに添加剤とリフォールディング中間体疎水性部位との疎水性相互作用を、水溶性有機溶媒を併用することによって調節する技術の開発により、目的タンパク質のリフォールディングに最適な溶媒環境の創出することを目指したものである。本論文は以下の5章から構成されている。 第1章は序論であり、本研究の背景、目的と概要を述べ、本論文の構成を示している。 第2章ではリフォールディング時に凝集反応が起こりやすい高塩基性タンパク質リゾチームをモデルタンパク質として選び、イオン液体群のリフォールディング用添加剤としての効果について検討している。すなわち、イオン液体であるN'-methyl-N-octylimidazolium chlorideをリード化合物とし、炭素鎖部位およびカチオン部位(イミダゾリウム塩、ピリジニウム塩、ピロリジニウム塩)の構造、対アニオン(Cl-、Br-、I-)の種類をコンビナトリアルに変化させたイオン液体のライブラリーを作製し、この化合物群のリフォールディング用添加剤としての効果を、凝集抑制、リフォールディング収率の観点から調べている。その結果、イオン液体の炭素鎖部分は凝集性の高いリフォールディング中間体の疎水性表面と結合しマスクすることにより、リフォールディング中間体分子間の凝集を抑制するが、同時にリフォールディング中間体分子内の疎水性相互作用によるリフォールディングも抑制するため、リフォールディング収率の向上には、凝集抑制効果が高く、かつリフォールディング抑制効果が低い炭素鎖部位を有するイオン液体が有効であると結論づけている。また、凝集過程、リフォールディング過程の速度論的解析により、炭素数が2から4のアルキル鎖が高塩基性タンパク質リフォールディング中間体の凝集抑制とリフォールディング収率の向上に有効であることを示している。さらに、添加剤濃度1Mの条件で、これまで広く用いられてきたL-アルギニン塩酸塩を用いた場合の46%を大きく上回る80%程度のリフォールディング収率が得られることを見出している。一方、カチオン部位の構造、アニオンイオンの種類の違いは、炭素鎖部位と比較して影響はそれほど大きくはないものの、カチオン部位は疎水性が低いものほど、対アニオンはコスモトロピック性が高いものほどリフォールディング収率の向上に有効であることを見出している。さらに、このようなイオン液体は高塩基性タンパク質には有効であるが、αーグルコシダーゼのような高酸性タンパク質の場合には、イオン液体のカチオン部位とリフォールディング中間体との静電的な相互作用によって凝集が促進されるため、リフォールディング用添加剤として用いることはできないと結論づけている。 第3章では、様々な等電点、サブユニット構造からなるタンパク質のリフォールディングに利用可能な、より汎用性の高いリフォールディング用添加剤の開発を行っている。すなわち、高塩基性タンパク質リゾチーム、高酸性タンパク質αーグルコシダーゼ、低塩基性ホモ4量体タンパク質乳酸脱水素酵素をモデルタンパク質として選び、非イオン性界面活性剤の疎水性部位の炭素鎖部位の構造、PEG鎖長をコンビナトリアルに変化させた非イオン性界面活性剤ライブラリーを作製し、そのリフォールディング用添加剤としての効果を検討している。その結果、炭素数11から17のアルキル鎖長、20モル重合以上のPEG鎖長を持つ非イオン性界面活性剤は、いずれのタンパク質のリフォールディングにも有効であり、炭素鎖部分とリフォールディング中間体の疎水性表面との相互作用、PEG鎖の立体障害により凝集抑制効果が得られると述べている。また、炭素鎖長、PEG鎖長が長いほど低濃度で凝集体形成を阻害するが、同時にリフォールディングも抑制するため、リフォールディング収率の向上には炭素数15~17の炭素鎖部分、PEG鎖長が20~90モル重合の親水性部位を有する界面活性剤を1mM程度添加することが有効であると結論づけている。 第4章では、この非イオン性界面活性剤と水溶性有機溶媒の同時添加効果をコンビナトリアルアプローチにより評価し、DMSO、DMFなどの比較的logP値が小さい水溶性有機溶媒を10%程度添加すると、無添加の場合と比較してリフォールディング収率が数倍向上することを見出している。速度論的解析の結果、水溶性有機溶媒の添加によって非イオン性界面活性剤の炭素鎖部分とリフォールディング中間体の疎水性相互作用が若干弱まり凝集速度定数が増加するものの、それ以上にリフォールディング速度定数が増加するため、リフォールディング収率が向上したと結論づけている。 第5章では、本研究の結論と展望について述べている。 以上、本研究はコンビナトリアルアプローチにより、タンパク質のリフォールディングに汎用的に利用できるリフォールディング用添加剤を開発するとともに、速度論的解析結果に基づいて添加剤の構造とリフォールディング効果の関係を帰納的に明らかにすることにより、リフォールディング用添加剤の合理的な設計指針を示したものであり、タンパク質工学、工業的タンパク質生産技術の発展に対する寄与は大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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