学位論文要旨



No 126856
著者(漢字) 筧,裕介
著者(英字)
著者(カナ) カケイ,ユウスケ
標題(和) 低炭素ライフスタイル普及に伴う生活部門二酸化炭素排出量の削減可能性に関する研究 : 地方都市圏におけるケーススタディを通して
標題(洋)
報告番号 126856
報告番号 甲26856
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7497号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 准教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 栗栖,聖
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、都市の郊外化と自動車依存が進み、二酸化炭素排出量が大幅に増加している地方の特定都市圏(福井都市圏)を対象とし、地方都市圏住民の低炭素ライフスタイルの受容性を把握し、2020年に向けた生活部門(自家用車部門+家庭エネルギー部門)二酸化炭素排出量の削減可能性を検証することを目的とした。

以下にまとめとして、各章毎に得られた結果と総括を述べる

序章では、研究の背景および既往研究のレビューを行った上で、本研究の目的、特徴、そして全体の構成を説明した。

1章では、1990年代から急増している生活部門二酸化炭素排出量の背景にある福井都市圏の都市構造(人口構造、産業構造、商業地構造)と住民のライフスタイル(居住スタイル、通勤スタイル、買物スタイル)の変化を福井都市圏パーソントリップ調査およびその他の統計データを用いて分析した。その結果、居住地、勤務地、買物目的地全てが福井駅、鯖江駅、武生駅という三大駅周辺部から郊外へと移り、都市圏全体で郊外化が進行しているという都市構造の変化が明らかになった。その結果、1990年当時は自転車や徒歩で移動していた距離帯の通勤や買物が自動車に置き換わり、徒歩・自転車離れ・自動車依存の生活スタイルへと変貌していることが明らかになった。

2章では、生活部門二酸化炭素排出量の中でも、自家用車起源のものに着目し、都市構造および人口構造との関係性を分析し、1977年、1989年、2005年の福井都市圏自家用乗用車起源二酸化炭素排出量を推計し、2020年の予測を行った。全国都市交通特性調査および福井都市圏パーソントリップ調査の分析より、自家用乗用車の利用量は時代効果、年代効果、世代(同時出生集団)効果の3つの影響を受けることが明らかになった。1977年から2005年にかけては高齢者および女性の自動車利用の増加により、排出量は急増している。この傾向が今後15年間継続するという時代効果を前提に、年代効果、世代(同時出生集団)効果を考慮し、2020年の将来予測を行ったところ、2020年まで自家用車起源二酸化炭素排出量は依然として増加する(2005年比10.8%増、一人当たり排出量では17.6%増)という予測結果が導き出された。

3章では、生活部門二酸化炭素排出量の中でも、家庭エネルギー起源のものに着目し、都市構造および人口構造との関係性を分析し、1989-2004年の福井都市圏家庭エネルギー起源排出量を推計し、2020年の予測を行った。全国消費実態調査の分析より、家庭エネルギーの使用量は時代効果、年代効果に影響を受けることが明らかになった(自家用車部門でみられた世代効果の影響はみられない)。また、排出量は1999年までは増加傾向だったものの、1999-2004年はほぼ横ばいであり、伸びは頭打ちであることがわかった。こうした時代効果が今後も継続することを前提に、年代効果を考慮し、2020年の家庭エネルギー起源排出量を予測したところ、2004年とほぼ横ばい(0.3%減、一人当たり排出量では2.6%減)という予測結果が導き出された。

4章では、住民が実行可能な18の低炭素行動(自家用車起源排出量の削減行動7、家庭エネルギー起源排出量の削減行動11)、6つの低炭素ライフスタイル(『都市型コンパクト生活』、『公共交通使いこなし生活』『低炭素モビリティ生活』『エコホーム生活』『クリーンエネルギー生活』『地域コミュニティ生活』)を整理し、その排出量削減効果を算出した。その上で、北陸3県におけるアンケート調査を活用し、福井都市圏住民の低炭素行動、低炭素ライフスタイルの受容性、および低炭素ライフスタイルの普及の障壁を把握した。その結果、18の低炭素行動間の実行意向に差がある点、住民が求める低炭素ライフスタイルは多様で、属性間で差がある点、都市型の低炭素ライフスタイルと比べて郊外型の低炭素ライフスタイルの評価が高い点、住民の求める居住スタイルと低炭素ライフスタイルには関係性がある点などが明らかになった。また、ライフスタイル普及の障壁として、都市型・郊外型の嗜好性、コスト(転居・購入等)、インフラ(交通・商業)が導き出された。

5章では2章で予測した2020年の自家用車起源二酸化炭素排出量、3章で予測した2020年の家庭エネルギー起源二酸化炭素排出量をベースに、4章で算出した福井都市圏住民の低炭素行動、低炭素ライフスタイルの削減効果、その受容性を用いて、2020年の生活部門二酸化炭素排出量の削減可能量を算出した。その結果、人口構造要因により2005年比 4.5%減(自家用車10.4%減、家庭0.4%減)、時代環境要因により2005年比 6.7%増(自家用車21.1%増、家庭3.9%減)、ライフスタイル変更要因により2005年比最大約16.6%(最小5 .7%)削減が可能という結論に至った。

本研究で得られた政策的示唆は以下の4つとなる。

一つ目は適切な中長期目標設定の必要性である。現在、国の定める中長期目標としては、鳩山元首相が国連総会の一環として開かれた気候変動首脳会合で提示した「1990年比で2020年までに25%削減することを目指す」というものである。自家用車起源排出量は高齢化の影響で2020年までさらに増加する可能性が高い。また、自家用車起源排出量、家庭エネルギー起源排出量ともに、地方都市圏では1990年代から15年間で大幅に増加しており、1990年を基準値とした場合、目標達成はきわめて困難である。本研究では2005年比-16.6%が最大可能という予測が導き出された。この削減分は目標値B(海外からの排出枠購入分、森林吸収分などを10%とし、国内削減分15%で計25%を削減するケース)で必要な削減分のほぼ半分となる。そこで、現実的な目標として、地方自治体は2005年比-15%程度の削減(2020目標値Bの約半分)を中期目標とすべきであり、それに加えた国・産業界主導の技術革新や排出権取引などの制度面での削減の積み重ねにより中期目標達成に向けたロードマップを描いていくべきである。

二つ目は排出量削減のための短期重点対策・中長期重点対策である。生活部門排出量の削減に向けて、短期的に最重点で取り組むべき対策は、住民の意向も、削減効果も高い【低燃費自動車の普及】である。続いて、短期的に取り組むべき対策は意向は高いものの、削減効果が小さい【家電のエコ化】【徒歩・自転車利用】である。中長期的に取りくむべき対策は意向は低いものの、効果が高い【中心市街地居住】である。

三つ目は郊外型低炭素ライフスタイルの重要性である。本研究で提示した15%程度の排出量削減が可能な6つのライフスタイルはいずれも1割以上の住民に支持されており、住民の求める低炭素ライフスタイルは多種多様である。しかし、『都市型コンパクト生活』、『公共交通使いこなし生活』2つの都市型の低炭素ライフスタイル支持層は合計3割程度に留まり、『低炭素モビリティ生活』『エコホーム生活』『クリーンエネルギー生活』『地域コミュニティ生活』4つの郊外型ライフスタイルの支持が合計6割と大きく上回る。6つのライフスタイル内で最も支持が高いものも『低炭素モビリティ生活』である。そのため、コンパクトシティに代表される都市型一辺倒の対策では住民の支持を得られない。福井都市圏の特性である郊外の広々とした戸建てで暮らすというスタイルを前提とした現実的な郊外型低炭素ライフスタイル像を住民に提示し、その普及のための政策が必要となる。

四つ目はコンパクトシティの可能性である。福井都市圏で積極的に推進している『都市型コンパクト生活』の絶対評価は全6シナリオ中最下位と評価が低いものの、相対評価で1位に評価している住民が19.8%と多く、住民によって好き嫌いが分かれるライフスタイルである。これはターゲットを絞り込んだ適切な政策、まちづくりを実行することで、コンパクトシティ化実現の可能性が高まることを意味する。コンパクトシティ推進のターゲット住民が2種類想定される。第一ターゲットはライフステージの変化が生じやすい10-30代の若年男性である。第二ターゲットは自動車利用が困難で単身世帯化が振興している女性の高齢者である。

なお、本研究においては、手法の汎用性(全国での活用の可能性)、調査手法の検討(インターネット調査の是非および質問方法の適切性)、および技術要因、制度面の考慮という4つの検討ポイントが残る。これらを考慮し、中長期削減目標を達成し、低炭素社会実現に貢献できる研究を推し進めていくことが今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、都市の郊外化が進む地方の特定都市圏(福井都市圏)を対象として、地方都市圏住民の低炭素ライフスタイルの受容性を把握し、2020年の生活部門(自家用車部門+家庭エネルギー部門)二酸化炭素排出量の削減可能性を論ずることを目的としている。具体的には、排出量に影響を与える人口構造および時代特性の分析、2020年排出量の予測、削減に必要な低炭素行動を伴うライフスタイルに対する住民の受容性の把握、同ライフスタイル普及による排出量削減可能性の検証の4つの内容を含み、研究の背景、目的、既往研究をまとめた序章および以下の6章から構成されている。

1章では、二酸化炭素排出量増加の背景にある福井都市圏の都市構造(人口・産業・商業地)と住民のライフスタイル(居住・通勤・買物)の変化を分析している。その結果、居住地、勤務地、買物目的地全てが三大駅周辺部から郊外へと広がっていく郊外化が進行し、自転車や徒歩での通勤や買物が自動車に置き換わる自動車依存の生活スタイルへと変貌してきたことを示している。

2章では、自家用車部門排出量と都市・人口構造との関係を分析し、現在までの排出量を推計し、2020年の予測を行っている。分析結果から、自家用車の利用量は時代効果、年齢効果、コーホート効果に影響を受けることを示している。2005年までの15年間の時代変化が2020年まで継続すると仮定し、コーホート別の変化率(時代効果と年齢効果の融合値)を推計し、2005年の原単位(世代効果)と掛け合わせ、2020年排出量を予測し、自家用車起源二酸化炭素排出量は2005年比10.7%増加するという結果を得ている。

3章では、家庭エネルギー起源排出量と都市・人口構造との関係を分析し、推計・予測を行った。分析結果から、家庭エネルギーの使用量は時代効果、年齢効果に影響を受けることを示している。排出量は1999年までは増加傾向だったものの、1999-2004年はほぼ横ばいであり、この時代効果が継続することを前提に、2020年排出量を予測し、2004年比5.3%減という予測結果を導き出した。

4章では、住民が実行可能な低炭素行動、ライフスタイルを整理し北陸3県におけるアンケート調査を活用し、その受容性、普及の障壁を把握している。その結果、住民が求める低炭素ライフスタイルは多様で、属性間で差がある点、都市型スタイルと比べて郊外型スタイルの評価が高い点、住民の居住価値観と低炭素ライフスタイルには関係がある点などを示している。

5章では2章・3章の予測をベースに、4章の受容性調査結果を用いて、排出量の削減可能量を算出している。その結果、ライフスタイル変更要因により2005年比最大約16.6%削減が可能という結論を出した。

終章では、1章から6章の検討から得られた政策的示唆が5つ提示されている。一つは適切な中長期目標設定の必要性である。本研究では福井都市圏では2005年比-16.6%が最大可能という予測を行った。これは削減目標値のほぼ半分となる。ライフスタイルの変更(現状の対策の積み重ね)により、必要量の半分の削減が、地方自治体にとって現実的な中期削減目標値とすべきだと提言している。二つ目は排出量削減のための重点対策である。短期の重点対策として、住民の意向も削減効果も高い【低燃費自動車の普及】、続いて高意向低効果の【家電のエコ化】【徒歩・自転車利用】、中長期的重点対策として低意向高効果の【中心市街地居住】を提案している。三つ目はコンパクトシティの可能性である。「都市型コンパクト生活」は住民で評価が分かれ、ターゲットを絞り込んだ適切な政策、まちづくりが必要だと示唆している。ターゲット住民はライフステージの変わりやすい20-30代男性と単身世帯化が進んでいる女性高齢者と提言している。最後は郊外型低炭素ライフスタイルの重要性である。都市型支持層は3割程度で、郊外型支持層が6割と大きく上回るため、コンパクトシティに代表される都市型一辺倒の対策では支持を得られない。福井都市圏の特性である郊外の広々とした戸建てで暮らすスタイルを前提とした現実的な郊外型低炭素ライフスタイル像を住民に提示し、その普及のための政策の必要性を提言している。

本研究は大幅削減が必要な二酸化炭素排出量の中でも、地方自治体にとって政策的対応が可能な交通(旅客)および家庭部門に絞り、その増加要因を分析し、将来値を予測する手法を提示したものとして高く評価できる。さらに、独自の定量調査の分析を通じて、地方自治体の限界削減可能量と各対策の削減効果を提示し、コンパクトシティ政策をはじめとした今後の都市・地域計画のあり方を検討する上での重要な示唆を与えるものとなっており、環境保全を重視した都市計画を促進することに繋がる新たな貴重な知見を提供した学問的価値が高い論文であると認められる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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