学位論文要旨



No 126865
著者(漢字) 名倉,勝
著者(英字)
著者(カナ) ナグラ,マサル
標題(和) 核融合ブランケット開発のための酸化エルビウムの液体リチウム中化学挙動研究
標題(洋) Study of the Chemical Behavior of Erbium Oxide in Liquid Lithium for Nuclear Fusion Blanket Application
報告番号 126865
報告番号 甲26865
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7506号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 准教授 沖田,泰良
 東京大学 准教授 鈴木,晶大
 東京大学 准教授 下山,淳一
内容要旨 要旨を表示する

1.研究背景

ブランケットは核融合炉の中で重要な機器であり、数多くのブランケットシステムが提案されている。その中で液体LiブランケットシステムはLi自体の高いトリチウム(T)増殖率と軽さから、有望なブランケットシステムと考えられている。このブランケットシステムではLiの流れが外部磁場との間の相互作用により流れと反対方向に力を受ける。これは流れに対する圧力損失として働き、MHD(Magneto Hydrodynamic)圧力損失と呼ばれる。このMHD圧力損失はLiの流れる配管内面に絶縁コーティングを施し、Liと配管を絶縁することによって軽減出来る。この絶縁コーティングはMHDコーティングと呼ばれ、重要課題として開発が進められている。

これまでにコーティング材料候補のLi浸漬試験が行われてきたが、その中で酸化エルビウム(Er2O3)が高い耐食性を示しており、有望な材料とされてきた。しかし、Er2O3を高温のLiに長時間浸漬した際にどのような化学反応が起こりうるのかは明らかにされておらず、幅広い環境での化学挙動を解明しなければならない。そこで本研究では主に焼結体を用いてEr2O3のLi中の化学挙動を調べ、さらに防食方法について検討・実証を行った。研究の流れは下記のとおりである。(1)Er2O3焼結体をLiに浸漬し、どのような反応が起こるか明らかにする。(2)腐食反応のメカニズムを明らかにする。(3)腐食反応によってMHDコーティングの絶縁性にどのような影響が生じうるのか評価する。(4)流動および温度勾配下で腐食試験を行うための流動試験装置を設計・製作し、流動腐食試験を行う。(5)腐食メカニズムの理解に基づいた防食方法の検討を行う。これらの試験を通してEr2O3のLi中の化学挙動を明らかにし、核融合ブランケット内で用いるための化学的な条件を検討することを目的とする。

2.Er2O3と高温Liとの化学反応

はじめにEr2O3が高温Liとどのように反応するのかを明らかにするため、Er2O3焼結体の静止Liへの浸漬試験を行った。試験片は一定時間浸漬した後にLiから取り出され、各種分析機器を用いた分析が行われた。試験片のXRDスペクトルをFig.1に示す。腐食後の試験片のXRDスペクトルには新たな物質のピークが現れていたが、既存のデータとの比較によりこのスペクトルはLiErO2のものだと推測された。そこでLiErO2を別途合成し、ピークパターンの比較を行ったところ、腐食試験片のピークパターンと良い一致を見せた。このことから、LiErO2がEr2O3上に生成していることを確かめられた。

3.腐食反応メカニズムの解明

LiErO2が生成する反応をより詳しく調べるために静止Liへの浸漬試験を様々な条件で行った。Li中のO濃度を変化させて浸漬試験を行ったところ、高いO濃度ほど反応が進むことが確かめられた。Fig.2に各条件で浸漬した試験片のSEM観察像を示す。そして次に時間を変化させてLi浸漬試験を行ったところ、腐食反応速度はLi中のO濃度の一次反応を仮定した式と良い一致を見せた。これらのことから、LiErO2はEr2O3 + 2Li + O(Li) → 2LiErO2という反応式で生成していると考えられる。

4.LiErO2の合成と電気抵抗測定

Er2O3はLi中でLiErO2を生成することが本研究により明らかになった。しかしLiErO2の研究例が少ないために、その生成がMHDコーティングにどのような影響を与えるかが明らかでない。LiErO2の物性、特に電気抵抗率がMHDコーティングの絶縁性を損なう可能性があり、LiErO2を新たに合成して物性を確かめた。まずは報告例がある固相焼結法を用いてLiErO2の合成を試みたが、純粋なLiErO2を得ることが出来なかった。そこで、新たに液体金属Li中で合成する方法を考案して合成を試みたところ、XRDの分析においては比較的に純度の良いと考えられるLiErO2が得られた。

このLiErO2をペレット状に成形して電気抵抗値を測定したところ、Er2O3よりも3桁以上小さいことが分かった。Fig.3に他の絶縁材料との比較を示す。そのため、腐食が進みEr2O3がLiErO2に変化すると電気抵抗値が著しく減少してしまうと考えられる。

5.流動Li腐食試験

高速増殖炉や超臨界水プラントといった高温液体における材料腐食研究の分野では流体中の温度分布と流速が大きな影響を及ぼすことが知られている。特に、温度勾配に応じた物質移動は材料腐食の問題になることが多い。そこで、材料腐食試験用の小型Li循環装置を設計し、大きな温度勾配が存在する流動腐食試験を行うことで実機に近い環境での腐食挙動を確かめた。Fig.4に今回設計・製作したLi循環装置の設計図を示す。

2回の流動Li中腐食試験を行ったところ大きな質量移行は観察されず、静止Li中の腐食試験と同様にLiErO2の生成が試験片に生じた主な変化であった。また、一部の試験においては生成したLiErO2が流動によって浸食された形跡がSEMにより観察された。つまり、流動環境においてもLiErO2の生成がEr2O3のLi中腐食の問題となることがわかる。

6. 防食方法の検討と実証

流動と温度勾配のある環境においてもEr2O3はLiErO2を生成するのが主要な化学挙動であり、LiErO2の生成は電気絶縁性の減少あるいはコーティングの浸食を招く。また、LiErO2の生成反応式はLi中のO濃度が低いほどこの反応が抑えられることを示している。そこで、Li中のO濃度を低減することにより、腐食が抑えられるかどうかの検討を行った。金属イットリウム(Y)を加えたLi浸漬試験や低O濃度Liへの複数回の浸漬試験を行ったところ、適切なO濃度領域であればEr2O3は化学的に安定であり、O濃度に応じてErからEr2O3への変化、およびLiErO2からEr2O3への変化が容易に生じることがわかった。そのため、Li中のO濃度をコントロールすることでEr2O3を安定にし、防食することが出来る。

これらの知見を踏まえて、自然対流LiにおいてもOを低減によるEr2O3の防食が可能か実証試験を行った。この試験で用いたLi循環装置はこれまでに製作したものと同様の設計にO回収ベッドを新たに設置したものである。取りだした試験片を分析すると腐食がある程度軽減されていた。Fig.5に試験片の腐食量の比較を示すが、O回収ベッドをつけることにより、腐食が抑制されていることがわかる。つまり温度勾配と流動が存在する環境においてもLi中のOを適切にコントロールすることでLiErO2の生成を抑えることが可能であり、Er2O3コーティングの健全性を保つことができることが示された。

7. 成膜とブランケットシステム実機に関する検討

最後にコーティングを用いた腐食試験を行い、成膜手法や実機における検討を行った。コーティングには腐食以外にも熱サイクルによる割れやコーティング-基板界面の腐食などが存在するため、今後のMHDコーティング研究は成膜手法や成膜条件が重要な課題となってくる。実際にV合金に成膜したEr2O3コーティングの浸漬試験を行ったところ、多量の剥離が観察された。そこで本研究で解明されたLi中のEr2O3の化学挙動を踏まえ、新しい成膜手法の検討を行った。その一つとしてErをLi中で酸化させるという新たな成膜手法に関する初等的な試験を本研究で行ったところ、Er2O3層の生成が確認され今後の開発に繋がる可能性があることがわかった。また、その一方でブランケットの運転条件やO濃度制御方法に関する調査を行い、今後の核融合リチウムブランケットシステム開発に必要な検討を行った。

8. まとめ

本論文では核融合リチウムブランケットに用いられるMHDコーティング用の絶縁素材として、Er2O3のLi中化学挙動の研究を行った。まず、Er2O3は高温のLi中でLiErO2を生成し、その反応式の検討を行った。そして、LiErO2の生成はコーティングの絶縁性能に致命的な影響を与える可能性があることが示された。これらのことから核融合リチウムブランケットでEr2O3を扱う際の防食方法、成膜方法と実機での運転条件を検討して提言としてまとめた。

Fig.1. 腐食試験後のXRDスペクトル

Fig.2. 各種O濃度における腐食試験後の試験片

(a)通常試験 (b)高O濃度試験 (c)低O濃度試験

Fig.3. 今回測定されたLiErO2の電気抵抗値と他の絶縁材料との比較

Fig.4. Li循環装置の設計図

Fig.5. 流動防食試験の結果

審査要旨 要旨を表示する

核融合炉ブランケットは核融合炉の中で重要な機器であり、数多くのブランケットシステムが提案されているが、その中でも液体LiブランケットシステムはLi自体の高いトリチウム(T)増殖率と軽さから、有望なブランケットシステムと考えられている。このブランケットシステムではLiの流れと外部磁場との間の相互作用により、MHD(Magneto Hydrodynamic)圧力損失を生じる。このMHD圧力損失はLiの流れる配管内面に絶縁コーティングを施し、Liと配管を絶縁することによって軽減できるが、この絶縁コーティングはMHDコーティングと呼ばれ、重要課題として開発が進められている。

これまでにコーティング材料候補のLi浸漬試験が行われてきたが、その中で酸化エルビウム(Er2O3)が高い耐食性を示しており、有望な材料とされてきた。しかし、Er2O3を高温のLiに長時間浸漬した際にどのような化学反応が起こりうるのかは明らかにされておらず、幅広い化学環境での挙動解明が必要である。そのような背景のもとに、本研究は、主に焼結体を用いてEr2O3のLi中の化学挙動を調べ、さらに防食方法について検討・実証を行ったもので、全体は9章から構成されている。第1章は序論であり、以上の本研究の背景と本研究の目的について述べている。

第2章では、本研究で用いた試験用の材料と実験手法について述べている。第3章からが結果と考察について述べたものであり、まず第3章では、Er2O3と高温Liとの化学反応についての実験結果と考察を述べている。はじめにEr2O3が高温Liとどのように反応するのかを明らかにするため、Er2O3焼結体の静止Liへの浸漬試験を行った。試験片を一定時間浸漬した後にLiから取り出し、各種分析機器を用いた分析を行った。腐食後の試験片のX線回折図形には新たな物質のピークが現れていたが、既存のデータとの比較によりこのスペクトルはLiErO2のものであると推測された。そこでLiErO2を別途合成し、ピークパターンの比較を行ったところ、腐食試験片のピークパターンと良い一致を見せた。このことから、LiErO2がEr2O3上に生成していることが確かめられた。

第4章では、腐食反応メカニズムの解明を行った結果について述べている。上記のLiErO2が生成する反応をより詳しく調べるために、静止Liへの浸漬試験を様々な条件で行った。Li中のO濃度を変化させて浸漬試験を行ったところ、高いO濃度ほど反応が進むことが確かめられた。また、腐食反応速度はLi中のO濃度の一次反応を仮定した式と良い一致を見せた。これらのことから、LiErO2はEr2O3 + 2Li + O(Li) → 2LiErO2という反応式で生成するとしている。

第5章では、LiErO2の合成と電気抵抗測定の結果について述べている。Er2O3はLi中でLiErO2を生成することが本研究により明らかになったが、LiErO2の研究例が少ないために、その生成がMHDコーティングにどのような影響を与えるかが明らかではなかった。LiErO2の物性、特に電気抵抗率がMHDコーティングの絶縁性を損なう可能性があるため、LiErO2を新たに合成して物性を確かめた。まずは報告例がある固相焼結法を用いてLiErO2の合成を試みたが、純粋なLiErO2を得ることが出来なかったので、新たに液体金属Li中で合成する方法を考案して合成を試みたところ、比較的に純度の良いと考えられるLiErO2が得られた。このLiErO2をペレット状に成形して電気抵抗値を測定したところ、Er2O3よりも3桁以上小さいことが分かった。そのため、腐食が進みEr2O3がLiErO2に変化すると電気抵抗値が著しく減少してしまうと結論している。

第6章では、流動Li腐食試験の結果について述べている。高速増殖炉や超臨界水プラントといった高温液体における材料腐食研究の分野では流体中の温度分布と流速が大きな影響を及ぼすことが知られている。特に、温度勾配に応じた物質移動は材料腐食の問題になることが多い。そこで、材料腐食試験用の小型Li循環装置を設計し、大きな温度勾配が存在する流動腐食試験を行うことで実機に近い環境での腐食挙動を確かめた。2回の流動Li中腐食試験を行ったところ大きな質量移行は観察されず、静止Li中の腐食試験と同様にLiErO2の生成が試験片に生じた主な変化であった。また、一部の試験においては生成したLiErO2が流動によって侵食された形跡がSEMにより観察され、流動環境においてもLiErO2の生成がEr2O3のLi中腐食の問題と結論された。

第7章では、防食方法の検討とその実証結果について述べている。流動と温度勾配のある環境においてもEr2O3はLiErO2を生成するのが主要な化学挙動であり、LiErO2の生成は電気絶縁性の減少あるいはコーティングの侵食を招く。また、LiErO2の生成反応式はLi中のO濃度が低いほど反応が抑えられることを示している。そこで、Li中のO濃度を低減することにより、腐食が抑えられるかどうかの検討を行った。金属イットリウム(Y)を加えたLi浸漬試験や低O濃度Liへの複数回の浸漬試験を行ったところ、適切なO濃度領域であればEr2O3は化学的に安定であり、O濃度に応じてErからEr2O3への変化、およびLiErO2からEr2O3への変化が容易に生じることがわかった。そのため、Li中のO濃度をコントロールすることでEr2O3を安定にし、防食することが出来るとしている。

これらの知見を踏まえて、自然対流LiにおいてもOを低減によるEr2O3の防食が可能か実証試験を行った。この試験で用いたLi循環装置はこれまでに製作したものと同様の設計にO回収ベッドを新たに設置したものである。取りだした試験片を分析すると腐食がある程度軽減されていた。つまり温度勾配と流動が存在する環境においてもLi中のOを適切にコントロールすることでLiErO2の生成を抑えることが可能であり、Er2O3コーティングの健全性を保つことができることが示された。

第8章では、成膜とブランケットシステム実機に関する検討の結果が述べられている。コーティングを用いた腐食試験を行い、成膜手法や実機における検討を行った。コーティングには腐食以外にも熱サイクルによる割れやコーティング-基板界面の腐食などが存在するため、今後のMHDコーティング研究は成膜手法や成膜条件が重要な課題となってくる。実際にV合金に成膜したEr2O3コーティングの浸漬試験を行ったところ、多量の剥離が観察された。そこで本研究で解明されたLi中のEr2O3の化学挙動を踏まえ、新しい成膜手法の検討を行った。その一つとしてErをLi中で酸化させるという新たな成膜手法に関する初等的な試験を本研究で行ったところ、Er2O3層の生成が確認され、今後の開発に繋がる可能性があることがわかった。また、ブランケットの運転条件やO濃度制御方法に関する調査を行い、今後の核融合リチウムブランケットシステム開発に必要な検討を行った。

第9章は結論であり、本研究で得られた成果を総括している。

以上をまとめると、本論文は、核融合リチウムブランケットに用いられるMHDコーティング用の絶縁素材として、Er2O3のLi中化学挙動の研究を行った結果について取りまとめるとともに、LiErO2の生成がコーティングの絶縁性能に致命的な影響を与える可能性があることを示し、さらに核融合リチウムブランケットでEr2O3を扱う際の防食方法や成膜方法と実機での運転条件を検討して提言としてまとめたものであり、原子力工学、特に核融合炉工学に貢献するところが少なくない。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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