学位論文要旨



No 126866
著者(漢字) 夏井,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ナツイ,タクヤ
標題(和) 産業・医療用Xバンドライナックの実証研究
標題(洋)
報告番号 126866
報告番号 甲26866
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7507号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 准教授 松崎,浩之
 東京大学 准教授 中村,典雄
 東京大学 准教授 出町,和之
 高エネルギー加速器研究機構 教授 福田,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

高周波電子ビーム加速の分野ではリニアコライダーなどの研究分野でXバンド周波数帯の加速器開発がなされてきた.Xバンド周波数帯は従来よく用いられてきたSバンド周波数帯の1/4波長の高周波であり,Sバンドに比べて加速効率がよく波長が短いため高周波機器が小さくなるという利点がある.

近年,このXバンド周波数帯を産業用のライナックにも利用する動きが活発になってきている.上坂研究室でも医療用コンプトン散乱X線源や非破壊検査用ライナックにXバンド高周波加速を応用する研究を進めている.私の研究テーマはこのXバンド高周波加速を用いて効率よく大電流ビーム加速を実現させることである.

非破壊検査用950keVライナックは可搬型にまでシステムを小さくすることを目標とするため,低電力の高周波パワーでいかに安定に大電流加速を実現させるかが重要となる.また,コンプトン散乱X線源ライナックシステムは将来的に病院で使用できる装置を目指している.そのため,一部屋に収まる装置サイズで準単色のX線発生を可能にするビームが求められる.そのためにも小型で高効率安定な高周波加速システムを開発しなければいけない.

このように,Xバンドを用いた高周波ビーム加速には応用上大きなメリットがある.しかしながら,それを実現するためには多くの課題があり,本研究ではそれらを克服しXバンド高周波加速に必要な技術を構築していく.

950keVライナックにおいてはビーム電流量が2.5 μsecのパルス内で振動することが問題になっていた.このビーム振動の原因は,さまざまな実験と考察から加速管そのものの特性であることが分かった.加速管の特性の問題点はシミュレーションでは計算できない過渡的な現象に起因していることになる.また,ビームを少なくすると振動現象がなくなることから,ビームと高周波の相互作用によりこの現象が引き起こされることが予想された.しかし,ビーム試験の段階でははっきりした原因の特定にはいたらなかった.

そこで,ビームと高周波の相互作用を時間領域で計算できる方法のシミュレーションが必要となった.このような現象を計算できる方法としてPIC(Particle In Cell)法があるが,今回の現象には適用できないと結論付けた.なぜなら,PIC法で計算できる時間スケールは高周波の周期で数周期分ほどの時間で,今回のように1000周期以上の計算では時間的にも難しい.さらに,加速管のようにQ値が高い共振空洞の連成振動体においては,個々の空洞のわずかな周波数差であっても性能に大きく影響が出る.そのようなものをPICで計算しても長時間計算では誤差が蓄積されて正確な結果を出すことは非常に難しい.

そこで,時間的,精度的に今回の現象に適している方法として等価回路計算を応用することにした.等価回路計算とは加速管を考えるとき,電磁場を直接解くのではなく,共振空洞連性振動体としての加速管特性を電気回路に置き換える,という方法である.この方法では,各空洞の共振周波数,結合係数,Q値などが直接設定できるため,加速管特性を決定付けるこれらの数値に誤差が入ることがない.そのため長時間計算でも正確に加速管の特性を再現できる.また,計算速度も非常に速い.この方法にビーム加速計算を繰り込むことで今回の現象をシミュレーションできる.

このような方法を採用し,プログラミング言語C++を用いてコーディングを行った.実際に,950keVライナックのパラメータを入力し,実験の状況を再現した結果,シミュレーション上もビーム電流量振動が起こった.ビーム振動の周波数は計算では13.3 MHz,実験では9.4 MHzであり,ビーム振動現象を定性的に再現することができた.また,ビーム電流を小さくすると振動現象が起こらないという点も一致した.計算結果から,ビーム振動はビームローディングに起因し,加速管の中のわずかな電磁場の変化がビーム加速に影響し,加速管内の高周波ストアドエナジーが大きく揺れ動くということが分かった.

計算の結果,やはり加速管の構造自体に問題があり,加速管中の高周波の状態にビーム加速が強く影響してしまう構造であることがビーム振動という問題を引き起こしてしまったと結論付けられる.

950keVライナック1号機は上記のような問題を抱えているので,それを克服した2号機を設計した.1号機の大きな問題は,電子ビームのエネルギーによって大きく速度が変化する1 MeV以下の領域において非常に多くの空洞を使い長い距離をかけて加速を行うため,加速位相からビームが容易に移動してしまうということが上げられる.これを改善するためには,高い電場をかけ,短い距離で加速を行い,特に速度が変化しやすい低エネルギー領域を早く抜け出すために前半の加速空洞の電場を高くする設計が必要になる.そこで,加速効率が高く電場分布を比較的自由に設計できるサイドカップル空洞を採用した.

設計は,まず加速空洞の2次元計算を行うことで基本特性を理解し,加速に必要な電磁場分布を決定した.この分布を実現するための結合係数を求め,それにあった結合空洞を設計するために3次元計算で空洞を設計した.3次元での電磁場計算はMW-studioを用いた.設計した空洞でのビーム加速シミュレーションをGPTで行い,950keV,90 mAの加速ビームが得られることが分かった.また,等価回路モデルによる計算も行い,1号機のような振動問題が起こらないことも確かめた.このように1号機の問題を解消した2号機の設計を完了できた.

コンプトン散乱X線源用Xバンドライナックシステムは,医療用の単色X線撮影用として東大上坂研究室で開発が進められてきた.コンプトン散乱X線とは,高エネルギー電子と光子が散乱を起こし,光子がエネルギーを与えられX線領域の光子に変化する現象である.我々の装置はXバンド熱陰極高周波電子銃で電子ビームを発生させ,そのビームをXバンド進行波形2π/3モード加速管で30 MeVまで加速する装置である.その高エネルギー電子ビームとレーザパルスを衝突させることでコンプトン散乱を起こしX線を発生させる.レーザはNd:YAGレーザの2倍高調波532nmを使用する. H20年度に高周波電子銃を一新してからは,ビーム発生での問題が解消してビーム輸送試験に移ることができた.

本研究では,ビームラインのさまざまな不具合を解決しビームライン最終まで,27 MeVの高エネルギー電子ビームを輸送することに成功している.また,電子源であるRF電子銃からの電子ビームエネルギー測定も行った.電子銃への入力高周波電力が3.5 MWのときビームエネルギーは2.4 MeVを最大値として0.15 MeVほどのエネルギー幅であることが分かった.

電子ビーム,レーザ光衝突実験は,レーザサーキュレーションを使った複数回の衝突は行わず,電子ビームマクロパルスあたり1回のみの衝突を行った.これは,電子ビームマクロパルスもレーザパルスもどちらも10 nsec 程のパルス幅であることを考慮すると適した方法である.発生したX 線はNaI シンチレータと光電子増倍管(Photomultiplier Tube; PMT)で検出する.

しかし,現在コンプトン散乱由来のX線は観測できていない.これはノイズX線が大きく,しかもノイズ量がショットごとに揺らぐため,バックグラウンドレベルを決められないからである.このノイズの原因は制動放射X線の2次X線であると予想される.ただし,今の問題はその絶対量ではなく,ショットごとの不安定な揺らぎである.この原因について調べた結果,クライストロンモジュレータのHV電源の充電電圧の揺らぎに起因していることを突き止めた.充電電圧の揺らぎは,仕様上は±0.1%となっているが,現在±0.3%の揺らぎが観測されている.この小さな電圧の揺らぎがRFパワー,ビーム電流量には大きな影響となり,ノイズX線の除去を困難にしている.

950keVライナックではXバンドを使うことで小さな空間で大電流を加速することを目指したが,そのためにビーム振動という問題が発生した.その原因を解明するために新しく等価回路モデルとビーム加速を組み合わせた計算コードを開発した.その結果,ビーム振動現象を定性的に再現し,振動の原因もビームエネルギーと加速管の特性が定常状態を消失させている為と結論付けられた.また,2号機設計においてはサイドカップル空洞を採用して問題が起こらないような加速管を設計できた.

コンプトン散乱X線源システムにおいては,ビームとレーザの衝突実験を実現させ,新たな問題を発見することができた.現在はX線発生に至っていないが,クライストロンモジュレータの充電電圧の揺らぎを解決出来ればコンプトン散乱によるX線を観測できると結論づけられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,X-bandライナックについての研究を行い,その成果をまとめている.高周波電子ビーム加速の分野ではリニアコライダーなどの研究分野でXバンド周波数帯の加速器開発がなされてきた.Xバンド周波数帯は従来よく用いられてきたSバンド周波数帯の1/4波長の高周波であり,Sバンドに比べて加速効率がよく波長が短いため高周波機器が小さくなるという利点がある.近年,このXバンド周波数帯を産業用のライナックにも利用する動きが活発になってきている.本論文では医療用コンプトン散乱X線源や非破壊検査用ライナックにXバンド高周波加速を応用する研究をまとめている.

非破壊検査用950keVライナックにおいては,設計・実験を行い,一定の成果をあげている.また,そこで発生した特殊な現象を解析するために,新たな計算手法を提案し,計算コードとして完成させている.この特殊な現象とはライナックのパルス内のビーム電流振動現象であり,ビームローディングが起因していた.このような現象を計算できる方法としてPIC(Particle In Cell)法があるが,今回の現象には適用できないと結論付けられている.それは,PIC法で計算できる時間スケールは高周波の周期で数周期分ほどの時間で,今回のように1000周期以上の計算では時間的にも難しい.さらに,加速管のようにQ値が高い共振空洞の連成振動体においては,個々の空洞のわずかな周波数差であっても性能に大きく影響が出る.そのようなものをPICで計算しても長時間計算では誤差が蓄積されて正確な結果を出すことは非常に難しい.このような考察の結果として,時間的,精度的に今回の現象に適している方法として等価回路計算を応用することになった経緯が説明されていた.

等価回路計算とは加速管を考えるとき,電磁場を直接解くのではなく,共振空洞連性振動体としての加速管特性を電気回路に置き換える,という方法である.この方法では,各空洞の共振周波数,結合係数,Q値などが直接設定できるため,加速管特性を決定付けるこれらの数値に誤差が入ることがない.そのため長時間計算でも正確に加速管の特性を再現できる.また,計算速度も非常に速い.この方法にビーム加速計算を繰り込むことで今回の現象をシミュレーションできる.ビーム加速計算は計算時間の関係から1次元モデルとし,回路モデルからの電磁場情報を受けて加速し,その加速によるビームローディングをまた回路モデルにフィードバックするという方法を用いていた.

等価回路法自体は,一般に知られた方法であるが,そこにビームの効果を時間領域で計算するための手法を導入し,計算コードとして実証したことは学術的に重要でありかつ新規性もある.ビーム振動現象も計算によって再現され,その原因の物理的描像も説明されている.

そこから,問題点をまとめ,改善策を施した2号機の設計を行なっている.ここではサイドカップル空洞を用いて1号機よりもこのエネルギーの電子ビーム加速に適した形のライナックを設計できている.

コンプトン散乱X線源用Xバンドライナックシステムは,医療用の単色X線撮影用として東大で開発が進められてきた.この装置においては,ビーム輸送を開始によりさまざまな問題が明らかになってきたようだが,その問題点をまとめ,対策の方法とその結果がよくまとめられている.熱カソードXバンドRF gunによるコンプトン散乱装置は世界でも唯一の装置であり非常に先進的であるが,その装置において,ビームの測定を行い,エンルギースペクトル,エミッタンスを評価している.

X線発生実験においては,X線シグナルの取得には至っていないが,その原因を考察し,現在もっとも影響が大きい部分を特定している.これは,電源モジュレータの不安定性からノイズX線が多くなってしまったことに言及されている.また,その影響がどれほどビームに影響するかも評価しており,今後の指針も示している.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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