学位論文要旨



No 126871
著者(漢字) 中村,潤
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ジュン
標題(和) 概念再構成を促す外的制約の付与技法
標題(洋)
報告番号 126871
報告番号 甲26871
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7512号
研究科 工学系研究科
専攻 技術経営戦略学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大澤,幸生
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 准教授 矢入,健久
 東京大学 准教授 松尾,豊
内容要旨 要旨を表示する

本研究の長期的な目的は、ビジネスやアートにおけるイノベーションに貢献することである.例えば、新宿・伊勢丹の競合他社は同地区にある百貨店が一般に想定されるが、これを既成概念としよう.ここで、週末のエンターテイメントという市場に着目すれば、競合はディズニーランドを想定するようになり、ファミリー向けの娯楽性のあるイベントの拡充など新たなサービスの企画に至る.本研究では、そのような仕組みを考えている.

従来の新宿地区の百貨店同士の競争市場(既成概念)から、家族連れ・週末・イベント・商品券などの、既成概念に含まれる要素を組み替えて、「週末のエンターテイメント市場」のような新たな概念を生成するプロセスを、概念再構成と呼ぶことにする.但し、誰もが思いつく既成概念で終始せず、魅力ある意外な新概念に結びつかせることに意味があると考え、一定のルールや仕組みを外部から与えることが重要である.特に、このルールのことを外的制約と呼ぶこととし、本論文では、概念再構成を促す外的制約の付与技法として提案する.

この技法は、日常で触れることの多いアイテムを幾つか用意し、一定の外的制約を付与しその制約を乗り越えることによってアイテムの斬新な組み合わせを促す.そして「あ、なるほど」「そういう意外な視点に面白い利用価値があるものだ」といった新しい着想を本人に気づいてもらい、また第3者にも評価してもらえることを目指している.

概念再構成のモデルの全体像は、幾つかのアイテムによるグループが複数与えられ(input)、一度ばらしてアイテムを再構成し(process)、新たなグループを複数作る(output)シンプルなモデルである.スーパーマーケットを例にすると、肉(牛肉、鳥肉、豚肉)、野菜(レタス、キムチ)といったグループ(既成概念)が与えられ、世界の料理を意識しながらアイテムを再構成し、韓流(牛肉、キムチ)グループを抽出すれば、韓流フェア用のコーナーを設ける企画が想定される.又、曖昧なアイテムは余らせてしまいがちだが、全てのアイテムをグループに含めるように強いる制約を付与することで、当初気づかなかった意外な組み合わせに再構成し、新たな概念を発見することを想定している.

先行研究は、言葉の組み合わせによって新たな発見があること[Wilkenfeld & Ward, 2001]や、制約を付与することで新たな概念が生成されること[Finke, et al., 1992]、が既に指摘されている.しかしながら、言葉を組み合わせるのではなく、既成概念としての言葉の組み合わせを再構成する取り組みはなされていない.また、制約付与の対象として、余りアイテムに着目した産出物への制約条件はまだ取り組まれてはいない.一方、既成概念を再構成する考え方に、液状化と結晶化の考え方[Hori, et al., 2004]が既に指摘されている.しかしながら、定量的な分析を実現する実装レベルのシステムは開発途上であり、動作履歴をもとに既成概念と生成概念との差分を定量的に分析したものはなかった.

本論文ではこのような先行研究の課題を克服するために、単語カードを利用したシンプルなゲームを開発した.

ゲームのルールは、与えられた単語カード(前述のアイテムを指す)20枚を分類し、単語の意味を入力し、分類されたグループに名前を付す簡単なルールである.又、全ての単語カードを使用し、余りアイテムを許さないルールを制約として設け、新たなアイデアの発見を促す.

システムのアプリケーションは、Web上で提供される.ログインするとアイテム、すなわち単語カードが画面上に提示され、ユーザはドラッグしながら分類する.各単語カードに5色のボタンがあり、同じ色に選択された単語カード同士を同一のグループと認識する.インターネット環境さえあれば、場所と時間に関係なくゲームを楽しむことができ、ゲームの結果をスコアに表示する機能などゲーム性を取り入れた.また、動作履歴を解析するためのデータ抽出ポータルを用意した.

上記の考え方にもとづき、本論文では、既成概念が外的制約の付与によって再構成され、新しいアイデアや概念が生成されること示す.このため、本章以降で説明する実験及び応用実験を行った.

実験は、2つに分割して行った.まず、最初に単語カードがグループ化されていない状態、すなわち既成概念からスタートせず、単語カードがランダムに与えられるモデルで実験した(実験1).この狙いは、単語カードがランダムな状態からプレイヤーが組み合わせていく認知過程に照準を合わせた分析をするためであり、ランダムでない場合(実験2)との比較をするためである.実際、動作履歴をもとに外的制約による行き詰まり状態を観察・分析した.その結果、迷いの効果を発見し、迷いを乗り越えたプレイヤーによって生まれた概念が、迷わないプレイヤーの生成概念よりも、第3者による評価が高いことを示した.

次に、単語カードがランダムの状態から開始するのではなく、あらかじめ既成概念によってグループ化された状態から開始する実験を行った(実験2).これは、本論文の提案技法そのものの評価実験である.アイテムがランダムの状態から開始する場合よりも、予めアイテムがグループ化された既成概念から開始する場合のほうが、第3者評価がより高くなることを示した.このように実験は、2つのタイプに分けて本技法の効果を検証した.

応用実験として、提案する技法をカスタマイズし、東京藝術大学大学院の関係者にご協力を頂いた.その結果、本提案技法を通じてモノの見方やデザインとしての捉え方が転換し、新たな絵のテーマが創造された.又、本提案技法によって、プレイヤーにとっての自己実現の想いを反映した新たなシナリオの掘り起しがされているのが判明した.

本ゲームを通じて、既成概念から新たな概念が生成され、プレイヤーにとって想定外の気づきにつながることを示した.これは、プレイヤーに外的制約を付与し、一定の負荷をかけ、それを乗り越えることによって、当初本人も想定していなかったことに気付くことができたからといえる.

また、生成された概念は、外的制約によってプレイヤーが迷い、それを乗り越えることによって、モノのとらえ方を違う方向から着眼・着想したことが、第3者評価が高くなることにつながったものといえる.応用実験では、社会との関わりや心の文脈が整理され、プレイヤーの独創的な意図が反映されているのが特徴である.

アイテムの組み合わせによる新サービスは、実社会でもよく見受けられる.iPodや任天堂の「Wii」も既存のアイテムの組み合わせである.

このように、いくつかの既存のアイテムと既成概念があり、アイテムの捉え方や組み合わせを変えることで新たなアイデアを発見するゲームを、本論文では対象としている.更に、本提案技法は、外的制約を付与することによる、意外なアイデアへの気づきを促そうとするものである.

実社会においては、単語カードを商品名に変えることによるマーケティング、ベテランと新人の動作履歴の比較による技能伝承、単語カードを絵柄に変えて作曲の着想に応用するなど、さまざまな利用が考えられる.

本論文で提案する手法は、概念再構成を促すユニークな手法であることを示した.

M. J. Wilkenfeld & T. B. Ward, Similarity and emergence in conceptual combination, Journal of Memory and Language, Vol. 45, pp.21-38, 2001.R. A. Finke, T. B. Ward, & S. M. Smith, Creative cognition, theory, research, and application, MIT Press, Cambridge, MA, 1992.K. Hori, K. Nakakoji, Y. Yamamoto, & J. Ostwald, Organic Perspectives of Knowledge management: Knowledge evolution through a cycle of knowledge liquidation and crystallization, Journal of Universal Computer Science, Vol.10, No. 3, pp.252-261, 2004.
審査要旨 要旨を表示する

この学位請求論文「概念再構成を促す外的制約の付与技法」では、新たな気づきを促進するゲーム環境を構築することによって、人間の社会的活動に結びつく様な創造思考を促進することを狙いとしている.中村の構築したアナロジーゲームでは、名詞の多義性を利用している。名詞の意味の捉え方、組み合わせ方により、様々な文脈を生み出し認識してゆく過程が生まれる。

本研究の長期的な目的は、ビジネスやアートにおけるイノベーションに貢献することである.ビジネス現場の日常においては誰もが思いつく既成概念で終始せず、意外な新概念に結びつかせる必要があり、一定のルールや仕組みを外部から与えることが重要である.このルールや仕組みのことを外的制約と呼ぶこととし、本論文では、概念再構成を促す外的制約の付与技法として提案している.

アナロジーゲームの技法は、日常で触れることの多いアイテムを幾つか用意し、一定の外的制約を付与しその制約を乗り越えることによってアイテムの斬新な組み合わせを促す.そして新しい着想を本人に気づいてもらい、また第3者にも評価してもらえることを目指している.

概念再構成のモデルの全体像は、幾つかのアイテム(単語)によるグループが複数与えられ、一度ばらしてアイテムを再構成、新たなグループを複数作るシンプルなモデルである。曖昧なアイテムは余らせてしまいがちだが、全てのアイテムをグループに含めるように強いる制約を付与することで、当初気づかなかった意外な組み合わせに再構成し、新たな概念を発見することを想定している.

アナロジーゲームのルールは、与えられた単語カード(前述のアイテムを指す)20枚を分類し、単語の意味を入力し、分類されたグループに名前を付す簡単なものである.又、全ての単語カードを使用し、余りアイテムを許さないルールを制約として設け、新たなアイデアの発見を促す.インターネット環境さえあれば、場所と時間に関係なくゲームを楽しむことができ、ゲームの結果をスコアに表示する機能などゲーム性を取り入れた.また、動作履歴を解析するためのデータ抽出ポータルを用意した.

既成概念が外的制約の付与によって再構成され、新しいアイデアや概念が生成されること示すための実験を行った.予備実験1では、最初に単語カードがグループ化された状態、すなわち既成概念からスタートせず、単語カードがランダムに与えられるモデルで実験した.結果として、動作履歴をもとに外的制約による行き詰まり状態を観察し迷いの効果を示すとともに、迷いを乗り越えたプレイヤーによって生まれた概念が、迷わないプレイヤーの生成概念よりも、第3者による評価が高いことを示した.予備実験2では、単語カードがランダムの状態から開始するのではなく、あらかじめ既成概念によってグループ化された状態から開始するという、本論文の提案技法そのものの評価実験である.アイテムがランダムの状態から開始する場合よりも、予めアイテムがグループ化された既成概念から開始する場合のほうが、第3者評価が高かった.

さらに本実験として、東京藝術大学大学院の学生及び修了生をプレイヤーとして提案する技法をカスタマイズした応用実験を行った..プレイヤーの一人は、単語一つ一つ紐解いてそれぞれ独自の意味(例:"箔"に対して"日本画特有の歴史と伝統")を考え、その組み合わせを試行錯誤していくうちに、日本画家としての自己の立場と実社会との関わりを考えるようになった.そして、日本画家としての厳しさと、将来への期待という概念を想起するに至ったという.曖昧さを克服しながら背後にある自分のおかれている立場を冷静に直視し、日本画家としての心の文脈を整理し、本提案技法を通じてモノの見方やデザインとしての課題を転換したといえよう.実験後のアンケートからは、新しく描いた絵のほうが、所与の作品よりも独創性の評価値が高かった.

本ゲームを通じて、既成概念から新たな概念が生成され、プレイヤーにとって想定外の気づきにつながることを示した.また、生成された概念は、モノのとらえ方を違う方向から着眼・着想し、社会との関わりや心の文脈が整理され、プレイヤーの独創的な意図が反映されているのが特徴である.実社会においても、単語カードを商品名に変えることによるマーケティング、ベテランと新人の動作履歴の比較による技能伝承、単語カードを絵柄に変えて作曲の着想に応用するなど、さまざまな利用が考えられる.このような内容は博士(工学)の学位論文としてふさわしい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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