学位論文要旨



No 126872
著者(漢字) 村松,慎吾
著者(英字)
著者(カナ) ムラマツ,シンゴ
標題(和) 特許データを用いた産学連携の技術的価値に関する研究
標題(洋)
報告番号 126872
報告番号 甲26872
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第7513号
研究科 工学系研究科
専攻 技術経営戦略学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 教授 渡部,俊也
 東京大学 教授 坂田,一郎
 東京大学 特任講師 ウルガー,リー
 政策研究大学院大学 教授 鈴木,潤
内容要旨 要旨を表示する

新興諸国の急速な発展やそれに伴う国際競争の激化などの経済環境の変化,技術の複雑化や知識の普及による開発速度の上昇などの様々な状況から,企業が自社のみで基礎研究から製品開発までの全てを行ってきた「自前主義」の研究開発には多くの困難がなってきている.このような中で企業は外部に有効な知識を求めるオープンイノベーションを加速させ,中でもナショナルイノベーションシステムにおいて基礎研究を担う機関である大学は,その研究成果をより積極的に外部に移転していくことを求められるようになってきている.米国においては,1980年に施行されたバイドール法の影響により大学の特許活動・TLOの設立は活発化した.これに倣い,日本をはじめヨーロッパにおいても米国の産学連携モデルを基とした産学連携政策の導入が進んでいる.

産学連携には,産学どちらにおいても様々なコストが生じる.一方,産学連携プロセスを通過することで,大学が持つ技術シーズと企業のニーズがすりあわせが行われたり,異なった背景を持つ研究者が共同で研究を行うことでより広い範囲の知識が合わされたりすることで付加価値の高い研究成果を生み出すことも考えられる.産学連携が推奨されるとすれば,これらのプラスの効果がコストよりも大きい場合のみである.このように,産学連携によって生じるプラスの効果として,大学から企業への技術移転などとは別に,産学連携によって,産学連携によらない研究に比べてどれだけ付加価値の高い研究成果を生み出すことが出来るのか,という問題は,産学連携プロセスとその成果を評価する上で重要な問題となる.この点を考える際には,学問分野・技術分野によって大学の知識の持つ重要性や市場化にかかるコスト,ベンチャー企業の活発さ等は異なってくるため,分野,連携相手,連携に参加した研究者の背景など,様々な方面から産学連携を捉える必要がある.また,上述のように日本では1998年の大学等技術移転促進法に始まる一連の産学連携促進政策によって米国型の産学連携モデルの導入が行われた.このことによって,それまでに行われていた産学連携とどのような違いが生じたのかは,政策を評価する上で重要なポイントである.

以上の問題意識から,本研究では,産学連携とそこから生じた成果の価値に注目し,産学連携とそれに関わる近年の産学連携促進政策について以下の3点から評価・分析を行った.

(1)産学連携によって大学の特許の価値は上昇するのか

(2)学の中に含まれる研究者の属性によって特許の価値は変化するのか

(3)産学連携推進政策によって大学特許の価値は変化したのか

その結果,第一に,「(1) 産学連携によって大学の特許の価値は上昇するのか」に関して,産学連携を行うことによって,大学に眠ったままになってしまう可能性のあった技術が民間に移転されるのみでなく,生み出される技術そのものの価値を高めることが出来ることが明らかになった.つまり,近年の産学連携促進政策が重視する技術の拡散の面のみでなく,技術そのものの向上のためにも産学連携は大きな意味を持っている.また,産学連携特許は企業単独出願特許に比べて,連携に参加した企業よりもそれ以外の企業にインパクトを与えており,技術の汎用性も高い.したがって,産学連携は連携に参加した企業のみを利するものではなく,大学の持つ基礎科学シーズを広く移転する意味でもプラスの効果を持っており,イノベーションシステムにおける産学連携の重要性が改めて示されたと言える.またこの結果から,企業にとっても,より価値の高い技術を獲得するために産学連携を利用することは合理的であると言える.

第二に,産学連携とその効果は分野や連携相手の特性によって異なることも本研究から示された.産学連携から生じる成果の特性は,連携相手の企業の規模によって異なり, また技術分野によって産学連携活動の活発さには差がある.これらを同一に扱い,大学の厳格な知財管理の中に置くことは,資金的な面で小企業にとって大きな負担になるばかりでなく,技術の特性から見ても大企業の産学連携特許が汎用性の高い傾向にあるのに比べ,小企業の産学連携特許は自社利用しやすい応用的な技術であり,ライセンス先が限られる点を考えても不都合である.

第三に,「(3) 産学連携推進政策によって大学特許の価値は変化したのか」に関して,旧来の「インフォーマルな」産学連携の成果と言える産学共同発明特許は,「フォーマルな」産学連携の成果と言える産学共同出願特許に比べて価値が高いことが示された.一連の産学連携促進政策を受けて,産学共同発明特許は産学共同出願特許に置き換わってきていることから考えると,産学連携特許の価値は全体として低下してきている可能性がある.旧来の産学連携モデルは特許を通した形以外で多くの技術移転がなされており,ここからも米国モデルの産学連携の導入による現在の日本の産学連携システムには再考の余地があると言える.

第四に,「(2) 学の中に含まれる研究者の属性によって特許の価値は変化するのか」に関して,産学連携は全体としてその成果の技術的価値の上昇に貢献するものの,分野によっては価値の向上に対する貢献の高い連携とそうでない連携が存在することも明らかになった.分野によっては,技術の市場化に大きな影響を及ぼし得る制度の違いによって国家間で技術価値への連携の貢献度は異なる.ここからも,産学連携政策を考える上では他国の模倣ではなく,自国のイノベーションシステム・市場環境・制度などを考慮すべきであることが分かる.

以上から分かるように,産学連携は全体として技術的価値の向上に大きな役割を果たすものの,全体として一律に語られるべきものではない.日本のイノベーションシステムをよりよいものにしていくためには,外国の模倣ではなく日本の状況に適した制度を,その時の状況に合わせて柔軟に変化させていくことのできるように設計し,専門性の高い人材を育てていくことが不可欠である.

審査要旨 要旨を表示する

村松慎吾君の学位論文「特許データを用いた産学連携の技術的価値に関する研究」は、日米の特許データベースを用いて、1990年代後半から始まった日本の産学連携政策の結果、企業と大学が共同で行う研究活動の内容がどのように変化したのか定量的な分析を行うとともに、医工連携が重要とされる人工心臓に関する産学連携をケースとして取り上げ、産学の「産」について医学と工学のそれぞれの役割を日米で比較し、その実態をより詳細に分析したものである。

前者については、日本における産学連携政策の結果、産学連携の成果としての特許出願件数が増加しているが、決して質が低下しているわけではないことを明らかにした。TLO法や日本版バイドール法などの産学連携政策は、大学における研究成果を社会に還元するという目的を達成していると言える。しかしながら、産学で共同出願されている特許は、産学の共同発明によるものであるが企業が単独で出願している特許と比べて、質が低いことも分かった。日本の産学連携政策は、知的財産の機関帰属(大学への帰属)を進めるものであるが、大学における権利主張が、企業において質の高い研究を大学と共同で行うことのインセンティブを弱めている可能性がある。このように、今後の産学連携に関する制度設計を進める際には企業サイドのインセンティブも考慮した検討が必要である示唆を示した。更に、産学連携を行っている企業規模によって、その内容が異なることを示している。企業規模の小さい企業は大企業と比べて他社に対してより波及効果の大きい基礎的な研究を行っていることが示された。しかしながら、各種産学連携政策がとられた2000年以降についてみると、特に大企業において自社のコア技術に近い分野の研究を大学と共同で行うようになった傾向が見られ、自社のイノベーションや技術基盤の強化を行う際での大学に対する期待が高まっていることが分かった。

後者については、人工心臓の分野の産学連携において、日本は「工学者」の貢献が、米国では「医学者」の貢献が大きいことを示した。日本においては、薬事法による医療機器の規制が厳しいため人工心臓の安全面に注力した研究が重要であることから工学的な要素が重要であること、一方、米国においては先端医療への取り組みのインセンティブが高く、医学者の役割が大きくなったと解釈できる。また、人工心臓のイノベーションに対する大学の貢献は、米国の方が比較的大きく、逆に日本においては企業の役割が高いことを示した。医療機器に対する規制制度が、産学連携を行う上でのイノベーションの主体の役割に影響を及ぼす可能性を示唆する重要な研究成果と言える。

本研究は、産学連携によるイノベーションの成果を企業の方から見たものであり、産学連携政策や規制制度によって大学における研究内容がどのような影響を受けるのかについては明らかになっていない。産学連携政策によって、大学における研究内容が基礎研究から応用研究にシフトしているのではないか、との指摘があり、今後のこのような大学における研究活動全体に関する分析を行っていくことが重要である。更に、審査委員会においては、本論文において特許の技術的価値のベースとしている引用データについてより注意深い解釈が必要ではないかなどの疑問が提示された。今回活用したデータは特許庁の審査官によるものであり、出願人の引用情報ではないことに留意するべきとの趣旨である。

しかしながら、これらの改善の余地を残しているものの、日本の産学連携政策の評価を分野横断的に行った実証分析としては、日本で初めてのものといえ、その学術的な貢献に加えて、政策的な含意を得るという意味でも貴重な研究成果と言える。また、人工心臓のイノベーションに関する日米比較については、これまでの産学連携の研究が、「産」と「学」との関係を分析するに留まっていたのに対して、「学」の内容を工学と医学に分類して、それぞれの貢献を詳細に分析したことの学術的意義が高い。医療機器に関する規制制度がイノベーションに対する影響を与える事例として、レギュラトリーサイエンスの検討に一石を投じるものでもある。

更に、(1)産学連携の状況を企業と大学の共同出願の状況に留まらず、発明人の情報にまで遡って、産学による共同発明の状況を明らかにしたこと、(2)日米のパテントクオリティ指標の比較については、両国の特許データを特許ファミリー単位で集計し、特許制度の国毎の違いによるデータのバイアスを受けない国際比較分析の手法を示したこと、など、特許データを用いたイノベーションに関する実証分析の手法においても先端的な取り組みを行っている点で価値が高い研究と言える。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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