学位論文要旨



No 126873
著者(漢字) 李,卓霖
著者(英字)
著者(カナ) リ,タクリン
標題(和) エネルギーセキュリティ水準の定量化手法
標題(洋)
報告番号 126873
報告番号 甲26873
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7514号
研究科 工学系研究科
専攻 技術経営戦略学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 茂木,源人
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 准教授 松島,潤
 秋田大学 教授 安達,毅
内容要旨 要旨を表示する

21世紀に入り,グローバルエネルギー環境がパラダイムシフト期に入った.

エネルギー価格水準が上昇し,化石エネルギー供給限界の到来が現実味を帯びてきた.また,クリーンエネルギーやエネルギー利用技術への投資が進む中,さらにそれに主要国・地域のエネルギー安定利用や産業育成・内需拡大などの思惑が乗じて,クリーンエネルギーの導入拡大への流れが強まっている.

しかし一方で,クリーンエネルギーによる化石エネルギー代替の議論には,経済性の観点も不可欠である.クリーンエネルギーの一次エネルギー供給におけるシェア拡大によって,化石エネルギーは需要圧力を押し下げられ,その価格が下落する.一方で,クリーンエネルギーは,その大規模導入によって,やがて設備や原料にかかる資源制約や資本制約にぶつかる.その結果,クリーンエネルギーの導入コストが上昇し,下落してくる化石エネルギーのコストと等しくなるところで均衡状態に入り,その導入拡大が一旦ストップすると考えられる.

このようにクリーンエネルギーによる化石エネルギーの代替には多くの要素の相互作用が存在し,均衡状態到達までのプロセスも,どのような状態の均衡点に到達するかも不確実である.つまり,今後のグローバルエネルギー環境はその不確実性が非常に大きく,プレーヤーにとってはリスクマネジメントが重要な課題である.

そのような中,日本のエネルギー政策立案においては,リクスマネジメントの観点からの考察が充分とは言えない.その理由としては,リスクに対する包括的,かつ定量的な把握ができていないという点と,各種施策の費用と効果の関係を充分に検討する前に実行に移ることが多いという点の二点が挙げられる.

以上を踏まえて,本研究はエネルギーセキュリティ政策立案で利用可能なツールの開発を主な目的とした.

第2章では, まずエネルギーセキュリティの基本的な考え方を整理し,本研究独自のエネルギーセキュリティの定義とその評価指標を提案した.本研究では,エネルギーセキュリティとは,一国の国民が,エネルギーが充分に供給されている時に行えたはずの各種活動による効用が,エネルギーシステムにおける理由により,減少することがないように,国家及びエネルギーを最終消費まで供給するのに関わっているすべての組織と個人がリスクを管理(リスクの分散・移転・低減・回避)することである,と定義した.それを評価するには,エネルギーシステムにおけるリスクによる国内総生産の低下を指標として用いることが妥当である.

第3章と第4章では,エネルギーセキュリティの長期的な水準と短期的な水準を評価する手法をそれぞれ提案した.第3章では,シナリオ分析とエネルギー経済モデルを組み合わせた手法を提案し,不確実性の高い状況においての長期的なエネルギーセキュリティ水準の導出方法を示した.第4章では,モンテカルロ・シミュレーションによる化石エネルギー途絶の経済的損害の試算モデルを提案し,短期的なリスクとその対応手法による効果の評価するツールを開発した.

第5章では,第3章と第4章で提案したモデルを日本のケースに用いることで,その具体的な応用方法と有効性を証明した.また,日本の短期的なエネルギーセキュリティ水準の期待損害額も長期エネルギーセキュリティ水準の期待損害額も年間約4.兆円であると試算に成功した.

第6章では,石炭備蓄をケースに,備蓄量と備蓄積み上げパスを同時に最適化する手法を提案し,政策立案における費用対効果分析に用いられるツールの開発を行なった.

短期におけるエネルギーセキュリティ水準向上策の中で最も重要である化石エネルギーの備蓄については,第5章と第6章ではそれぞれ考察を行なった.ここでも備蓄についての再度のまとめと考察を行う.

短期評価モデルを用いて,日本の化石エネルギー備蓄の経済効果は約1300億円であると算出した.一方で第5章でも述べたように石油の国家備蓄の年間予算は約500億円である.石油の民間備蓄と天然ガス(と液化石油ガス)・石炭の備蓄と民間在庫等の管理コストも考えると,そのコストの総額が1300億円を越えている可能性が充分にある.その場合は,日本の化石エネルギー備蓄は経済性という観点では過剰であるということになる.第6章の最適解でもやはり石炭備蓄の最適量は現状の石炭の在庫水準以下が経済性的には望ましいという結論になっている.つまり,今日本の化石エネルギーの備蓄は全体的に見ても,一部のエネルギー種で見ても,過剰である可能性がある.

一方で,天然ガス(液化石油ガス)と石炭の備蓄が不足することで供給途絶が経済に直接なダメージを与える可能性があるという考察も第5章では述べている.これは発生確率が小さいが,そのインパクトが大きい事象に対する対応が不充分であるということを意味する.この観点で考えると,天然ガス(液化石油ガス)と石炭の備蓄はさらにその水準を上げる必要があるということになる.

経済性もインパクトの大きいリスクへの対応もエネルギーセキュリティにおいては重要な観点である.そして政策としての最適解はそのどちらか一方だけからは出せない.今回の備蓄のケースだと,石油の備蓄量が過剰である可能性が高い.それを減らすことで節約した費用を天然ガスと石炭備蓄の整備に回すという着地点が有るかもしれない.無論それを正確に議論するには,それぞれの備蓄のコストの分析が追加で必要である.本論文でも繰り返して主張してきた費用便益分析ができるように定量的に評価することの必要性,この例からもそれが言えるであろう.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「エネルギーセキュリティ水準の定量化手法」と題し,国のエネルギー政策を立案する際必要不可欠となる,エネルギーセキュリティ水準の定量化と,エネルギーセキュリティを向上させるために必要なコストの定量化のための具体的な手法を提案している.その上で日本のエネルギーセキュリティの現状分析を行い,その問題点について論じ,解決策の提言を行った.本論文は以下の7章から構成されている.

第1章では,クリーンエネルギーによる化石エネルギー代替に注目し,代替の経済性を含む複数の項目から,その今後の展開について議論をし,均衡状態到達までのプロセスも,どのような状態の均衡点に到達するかも不確実であると結論づけた.さらに,今後のグローバルエネルギー環境はその不確実性が非常に大きく,リスクマネジメントが重要な課題であると強調した上で,日本のエネルギー政策立案における問題点を指摘し,定量的な政策評価・立案ツールの必要性を説いている.

第2章では,まずエネルギーセキュリティの基本的な考え方を整理し,本研究独自のエネルギーセキュリティの定義とその評価指標を提案した.本研究では,エネルギーセキュリティとは,「一国の国民が,エネルギーが充分に供給されている時に行えたはずの各種活動による効用が,エネルギーシステムに起因する理由により減少することがないように,国家,及び,エネルギーを最終消費まで供給するのに関わっているすべての組織と個人が,リスクを管理(リスクの分散・移転・低減・回避)することである」と定義した上で,それを評価するには,エネルギーシステムにおけるリスクに起因する国内総生産や期待総消費の低下を指標として用いることが妥当であることを指摘した.

第3章と第4章では,エネルギーセキュリティの長期的な水準と短期的な水準を評価する手法をそれぞれ提案している.

第3章では,シナリオ分析とエネルギー経済モデルを組み合わせた手法を提案し,不確実性の高い状況においての長期的なエネルギーセキュリティ水準の評価方法を示した.

第4章では,モンテカルロ・シミュレーションによる化石エネルギー途絶の経済的損害の試算モデルを提案し,短期的なリスクとその対応手法による効果の評価するツールを開発した.

第5章では,第3章と第4章で提案したモデルを日本のケーススタディに用いることで,その具体的な応用方法と有効性を証明した.また,日本の短期的なエネルギーセキュリティ水準の期待損害額も長期エネルギーセキュリティ水準の期待損害額も年間約4兆円であると試算された.

第6章では,石炭備蓄をケースに,備蓄量と備蓄積み上げパスを同時に最適化する手法を提案し,政策立案における費用効果分析に用いられるツールの開発を行なった.これに基づき,2008年における最適石炭備蓄量は総消費の約日分であることが求められた.

第7章では本論文を総括し,そこから導き出される課題ならびに今後の展望を示している.

短期的なエネルギーセキュリティ水準向上策の中で最も重要である化石エネルギーの備蓄については,前述の通り第5章と第5章ではそれぞれ考察を行なっているが,その詳細は以下の通りである.

短期評価モデルを用いて,日本の化石エネルギー備蓄の経済効果は約1300億円であると算出された.一方で石油の国家備蓄の年間費用は約500億円である.また,石油の民間備蓄と天然ガス(と液化石油ガス)・石炭の備蓄と民間在庫等の管理コストも考えると,そのコストの総額が1300億円を越えている可能性が充分にあり,日本の化石エネルギー備蓄は経済性という観点からは過剰である可能性が示された.石炭備蓄の最適量に関しても,現状の石炭の在庫水準以下が経済性的には望ましいという結論が得られている.

一方で,天然ガス(液化石油ガス)と石炭の備蓄が不足することで,これらの供給途絶が経済に相当なダメージを与える可能性があることも指摘されており,発生確率が小さいが,そのインパクトが大きい事象に対する対応が不充分である可能性が指摘されている.この観点からは,天然ガス(液化石油ガス)と石炭の備蓄はさらにその水準を上げる必要があるという結論が導かれる.

経済性もインパクトの大きいリスクへの対応もエネルギーセキュリティにおいては重要な観点である.今回の分析結果から,石油の備蓄量が過剰である可能性が高く,それを減らすことで節約した費用を天然ガスと石炭備蓄の整備に回すという政策が最適解である可能性が指摘されている.

以上要するに,本論文はエネルギー政策を立案するに当たって必要不可欠であるエネルギーセキュリティ水準の定量的な評価手法を開発し,これを適応することにより日本のエネルギーセキュリティの現状を分析し,最適なエネルギーセキュリティ戦略の方向性を示したものであり,技術経営戦略学及びエネルギー経済学分野の発展に寄与するところ大である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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