学位論文要旨



No 126875
著者(漢字) 新居,加恵子
著者(英字)
著者(カナ) ニイ,カエコ
標題(和) トルコギキョウにおける花弁湾曲の定量評価とその開花にともなう形成機構
標題(洋)
報告番号 126875
報告番号 甲26875
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3628号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 河鰭,実之
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 教授 岸野,洋久
 東京大学 教授 根本,圭介
 東京大学 准教授 岩田,洋佳
内容要旨 要旨を表示する

トルコギキョウは、青紫色系統から赤系統まで様々な花色があり、日持ちがよく、長く丈夫な茎を持ち、八重を含む様々な花型を持つなど、切り花として非常に優れた特性があり、多様な品種が育成されている。トルコギキョウの野生種の花冠は花軸に対して対称な構造をしており、真横から輪郭をみると、基本的にはベル状あるいはロート状の形をしている。塚田(1984)は、トルコギキョウの花型は、大きく分けるとベル型、ロート型、コップ方型、平碗型の4種に分けられると述べている。また、Harbaugh (2006)は、花型をflat/open型、bell 型、tube型に分けている。最近では、理想的な花型とされるバラの様な花型の品種も育成されている。バラの花弁は、中央部分に膨らみを持ち先端が外側に反り返る形をしている。先端の反り返りが特に大きいと剣弁花となるが、完全な剣弁花はトルコギキョウではまだ育成されていない。多様な立体的な形態をもつ品種が存在するのも、トルコギキョウの特徴のひとつである。

花器官のアイデンティティ決定に関する発生初期のメカニズムについては研究が進んでいるが、花弁原基形成後、花弁がどのように伸長し一定の形態をとるのか、発生後期についてはあまり知られていない。一般的に、花の形やサイズは、細胞数や細胞の大きさによって決定され、開花における花弁成長は、主に細胞肥大によって起こると考えられている。花の形は、一般に複数の遺伝子によって制御される連続的な変異を示す量的形質であり、人間の感覚による評価では、再現性や客観性が乏しく、微細な形の変化を評価するのは難しい。花の形態的特徴を定量化することにより、花の形を数字として記録することができるだけでなく、花の形が形成される過程を解析する上で必要な情報を得ることにも役立つ。さらに育種等の応用にもつながると考えられる。

本研究では、トルコギキョウの湾曲形態を定量的に評価するとともに、形状解析によって見出された特徴的な花型をもつ品種について、花弁成長の局所的不均一さと細胞成長を測定し、花冠の立体的な形態が形成されるしくみを明らかにすることを目的とした。

1.フーリエ変換と主成分分析によるトルコギキョウの湾曲形態の定量化

フーリエ変換による解析法とは、対象物の輪郭あるいは平面上の曲線を周期関数に変換し、これをフーリエ級数展開することで得られた係数を、形の記述子として用いる方法である。主成分分析と組み合わせることで、独立した形状特徴を抽出することができる。花弁を横から見た時の花弁背軸側の中央脈に沿った輪郭(湾曲)および平面化した花弁形状を解析した。トルコギキョウの花型は、1) ボウル型:花の開きが大きく、花弁がカーブするタイプ、2) コップ型:花の開きが小さく、花弁がカーブするタイプ、3) トランペット型:花弁の開きが大きく、花弁に大きな反りを持つタイプ、4) ロート型:花弁の開きが小さく、花弁のカーブが小さいタイプの4つの特徴的な花型が見出された。更に自己組織化マップ解析から、花弁の湾曲形状と平面形状とに関連性が認められた。すなわち、花弁中基部に膨らみを持つボウル型とコップ型では、両者とも横幅の広い花弁を持ち、比較的直線的に伸びるロート型や花弁に反りを持つトランペット型では、花弁形状は、ほぼ同じ形状で細長い形をしていた。

2.開花過程における花弁の領域的成長の測定

花弁の湾曲と花弁の平面形状には関連性が認められた。この実験では、特徴的な花冠の立体形態の形成において、花弁の成長プロセスがどのように関係しているのかを明らかにするため、花弁を複数の領域に分け、それぞれの領域における花弁の成長を調査した。その結果、花冠の立体形態ごとに、花弁の局所的成長パターンには、以下のような差異が認められた。花弁の湾曲の少ないロート型の品種'Maite Lady'では、花弁全体が縦横両方向に均一に成長していた。一方、花弁先端に反りをもつ品種'Mellow Yellow'と'Pinocchio'では、花弁先端部の横方向への成長が縦方向よりも大きかった。花弁中基部に膨らみを持つコップ型の品種'Piccolo White'や'Cute Blue Picotee'では、花弁基部の横方向への成長が顕著であった。これらの結果を総合すると、横方向の成長が促進される場合に、その部分に立体的湾曲が形成されていた。このことから、トルコギキョウのように薄い花弁からなる花冠では、花弁の表裏における長さの違いではなく、花弁の局所的な成長の歪みによって力学的な構造を持つことにより立体形態が維持されていると考えられた。すなわち、ロート型においては、花弁の各部位が均一に拡大することで、平面的な形状が維持され、一方、トランペット型における花弁先端のカーブは、花弁先端部に歪みが生じることによって、またコップ型においては、花弁基部の横方向への成長によりドーム状の花弁を形成したと考えられた。

3.開花過程における花弁の表皮細胞サイズの測定

特徴的な花冠を持つトルコギキョウ花弁について、蕾から満開に至るまでの各ステージで、花弁の表皮細胞のサイズを測定した。その結果、花弁に反りを持つ品種'Mellow Yellow'や'Pinocchio'では、花弁先端の反り返りが起こる時期(開花前後)に、花弁上部の急速な細胞肥大がみられた。前章の結果での、花弁先端部の横方向への成長は、開花前後における著しい細胞肥大に起因している可能性が考えられた。花弁カーブの形成には、細胞肥大が大きく関与していると思われる。ロート型品種'Maite Lady'では、細胞サイズは、開花過程を通じて直線的に増加しており、細胞の縦横比にも目立った変化は見られなかった。ロート型では、花弁全体の細胞が縦横両方向に均一に成長し、これによって平面的な花弁形状が維持されると考えられた。花弁の横幅が広く、花弁中基部に膨らみを持つトールカップ型品種の'Piccolo White'では、花弁全部位の細胞が、開花の早い段階で著しく肥大していた。また同時に、細胞の形は横に伸びた形に変化していた。'Piccolo White'の花弁は横方向へ伸長が顕著であったが、これは細胞の縦横比、および開花前の著しい細胞肥大に由来していると考えられた。

本研究では、トルコギキョウ花弁の背軸側中央脈に沿った輪郭という、植物器官の部分的な形状特徴をフーリエ変換と主成分分析により定量的に評価することができた。花弁先端が反り返る花弁は、花弁先端部の著しい横方向の成長によって生じていると考えられ、開花前後での急速な細胞肥大に由来すると考えられた。花弁中基部が内側にカーブする花弁では、花弁成長過程で花弁中間部や基部での横幅の著しい拡大がみられたが、これには細胞の横方向への成長がともなっていた。以上のことから、花冠の立体的な形態は、花弁の細胞の成長パターンに由来する花弁内の領域的な成長の差によって生じていることが推定された。

審査要旨 要旨を表示する

トルコギキョウは,青紫色系統から赤系統まで様々な花色があり,日持ちがよく,長く丈夫な茎を持ち,八重を含む様々な花型を持つなど,切り花として非常に優れた特性があり,多様な品種が育成されている.トルコギキョウの野生種の花冠は花軸に対して対称な構造をしており,真横から輪郭をみると,基本的にはベル状あるいはロート状の形をしている.塚田(1984)は,トルコギキョウの花型は,大きく分けるとベル型,ロート型,コップ方型,平碗型の4種に分けられると述べている.しかし,形態の定量的評価および立体的形態が形成される機構については明らかにされていない.

本研究では,トルコギキョウの湾曲形態を定量的に評価するとともに,解析によって見出された特徴的な花型をもつ品種について、花弁成長の局所的不均さと細胞の成長との測定し、花冠の立体的形態が形成されるしくみを明らかにすることを目的とした。

1.フーリエ変換と主成分分析によるトルコギキョウの湾曲形態の定量化

フーリエ変換による解析法とは、対象物の輪郭あるいは平面上の曲線を周期関数に変換し、これをフーリエ級数展開することで得られた係数を、形の記述子として用いる方法である。主成分分析と組み合わせることで、独立した形状特徴を抽出することができる。花弁を横から見た時の花弁背軸側の中央脈に沿った輪郭(湾曲)および平面化した花弁形状をコンピュータに取り込み,フーリエ変換と主成分分析,また自己組織化マップにより解析した。その結果,トルコギキョウの花型は、1) ボウル型:花の開きが大きく、花弁がカーブするタイプ、2) コップ型:花の開きが小さく、花弁がカーブするタイプ、3) トランペット型:花弁の開きが大きく、花弁に大きな反りを持つタイプ、4) ロート型:花弁の開きが小さく、花弁のカーブが小さいタイプの4つの特徴的な花型を見出すことができた。更に自己組織化マップ解析から、花弁の湾曲と平面形態との間に関連性が認められた。すなわち、花弁中基部に膨らみを持つボウル型とコップ型では、両者とも横幅の広い花弁を持ち、比較的直線的に伸びるロート型や花弁に反りを持つトランペット型では、花弁形状は、ほぼ同じ形状で細長い形をしていた。

2.開花過程における花弁の領域的成長の測定

特徴的な花冠の立体的形態の形成において、花弁の成長プロセスがどのように関係しているのかを明らかにするため、花弁を複数の領域に分け,それぞれの領域における花弁の成長,および細胞成長を調査した。その結果,花冠の立体的形態ごとに,花弁の局所的成長パターンに差異が認められた.花弁の湾曲の少ないロート型の品種では、花弁全体が縦横両方向に均一に成長していた。また,細胞成長は,開花過程を通じて直線的に増加していた.一方、花弁先端に反りをもつ品種では、花弁先端部の横方向への成長が縦方向よりも大きく,花弁先端の反り返りが起こる時期(開花前後)に、花弁上部の急速な細胞肥大がみられた。また,花弁中基部に膨らみを持つコップ型の品種では、花弁基部の横方向への成長が顕著であり,花弁中基部の細胞が、開花の早い段階で著しく肥大していた。

これらの結果を総合すると,横方向の成長が促進される場合に,その部分に立体的湾曲が形成されていた.トルコギキョウのように薄い花弁からなる花冠では,花弁の表裏における長さの違いではなく,花弁が局所的な成長の歪みによって力学的な構造を持つことによって立体形態が維持されていると考えられた.すなわち,ロート型においては,花弁の各部位が均一に拡大することで、平面的な形状が維持され,一方,トランペット型における花弁先端のカーブは、花弁先端部に歪みが生じることにより,またコップ型においては,花弁基部の横方向への成長によりドーム状の花弁を形成したと考えられた。

以上のように,本研究は、トルコギキョウ花冠の立体的形態を,花弁の背軸側中央脈に沿った輪郭を数学的に解析することにより定量的に評価するとともに,その形態が、花弁の細胞の成長パターンに由来する花弁内の領域的な成長の差によって生じていることを示した。本研究で開発した手法は,様々な形態を持つ品種の定量的な評価を可能とし,品種特性の記載だけでなく量的形質である花型を育種する上で,利用可能である.また,立体的な形が形成される生物学的な機構について有力な仮説を立てることができた.したがって,本研究は,応用研究として,および基礎研究として意義のあるものとして認められる.以上により,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として,価値あるものとして認めた.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50232