学位論文要旨



No 126887
著者(漢字) ,寛則
著者(英字)
著者(カナ) タカサキ,ヒロノリ
標題(和) 高等植物の環境ストレス誘導性NAC型転写因子の機能解析
標題(洋)
報告番号 126887
報告番号 甲26887
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3640号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 教授 吉村,悦郎
 東京大学 講師 刑部,祐里子
内容要旨 要旨を表示する

序論

環境ストレスは作物の生産性を制限する大きな要因の一つである。環境ストレス耐性作物の開発は、環境ストレスが問題となっている作物生産地域の農業に大きな利益をもたらすと考えられる。NAC型転写因子は植物特異的な転写因子であり、環境ストレス応答ではシロイヌナズナの乾燥応答性遺伝子の一つとして単離された Respond to Dehydration 26 (RD26)がコードするタンパク質が知られている。また、乾燥ストレス初期応答性遺伝子early responsive to dehydration stress 1 (ERD1)の発現を制御する因子としても同定されている。NAC型転写因子は、N末端側にDNA結合ドメインと二量体の形成ドメインを持ち、C末端側に転写活性化ドメインを持っている。また、RD26と相同性の高い環境ストレス誘導性NAC型転写因子であるイネのOsNAC6やSNAC1を用いることで乾燥耐性イネを作出できることが明らかになっている。

本研究においては、新規のイネ環境ストレス誘導性NAC型転写因子の作用機構を明らかにすること、さらにイネに乾燥耐性を付与することを目的として、イネ環境ストレス誘導性NAC型転写因子遺伝子OsNAC5について、その詳細な発現解析とタンパク質の機能解析を行った。さらにOsNAC5の過剰発現イネを用いた解析から、標的と考えられるストレス誘導性遺伝子を同定した。一方、環境ストレス誘導性NAC型転写因子の機能を詳細に解析するために、シロイヌナズナのRD26ファミリーに属する遺伝子群のT-DNA挿入多重変異体の作製とその表現型解析を行った。

イネの環境ストレス誘導性OsNAC5の発現解析とタンパク質の機能解析

イネにおいて環境ストレスで誘導される遺伝子をRNAゲルブロット法によって解析したところ、SNAC1やOsNAC6などの既知の遺伝子だけではなく、OsNAC3、OsNAC4、OsNAC5もストレス誘導性であることが明らかになった。乾燥時に合成される植物ホルモンであるアブシシン酸(ABA)あるいはメチルジャスモン酸 (MeJA)処理による発現解析から、OsNAC5、OsNAC6がABA、MeJAに誘導性であり、OsNAC3、OsNAC4、SNAC1はMeJAのみに誘導性であることが示された。OsNAC5のプロモーター上のABA応答配列(ABRE)に変異を入れるとABA応答性が変化することから、このABA応答性はABREを介した発現である可能性が示唆された。酵母とイネのプロトプラストを用いた転写活性化能の解析により、OsNAC5のC末端に転写活性化領域が見出された。OsNAC5、OsNAC6、SNAC1の組換えタンパク質を用いてDNA結合活性を解析したところ、NACRSを持つオリゴDNAに結合したことから、これら3つの転写因子が直接DNA (NACRS)に結合することが示唆された。また、OsNAC5のNACドメインを用いたプルダウンアッセイの解析により、OsNAC5とOsNAC5、OsNAC6あるいはSNAC1のNACドメインは相互作用することが示唆された。

環境ストレス誘導性OsNAC5過剰発現イネの解析

OsNAC5の植物体中での機能を明らかにするためにOsNAC5をトウモロコシのユビキチンプロモーターによって過剰発現する遺伝子組換えイネを作出し、その生育ならびに環境ストレス耐性を評価した。OsNAC6過剰発現イネは生育が遅延することが示されていることから、OsNAC5過剰発現イネとOsNAC6過剰発現イネの生育を比較したところ、OsNAC6過剰発現イネは生育に遅延が見られたが、OsNAC5の過剰発現イネには生育の遅延が見られず、ベクターコントロールのイネと同様の生育を示した。OsNAC5の過剰発現イネを用いて塩ストレス耐性試験、あるいは乾燥耐性試験を行った結果、OsNAC5の過剰発現イネはベクターコントロールと比較して高い生存率を示した。マイクロアレイによって遺伝子の発現を解析した結果、OsLEA3を含む数種の乾燥誘導性遺伝子がOsNAC5過剰発現イネにおいて発現が増加していることが明らかになった。OsLEA3は乾燥時にストレス耐性獲得のために機能する重要な遺伝子であると考えられたため、OsLEA3とOsNAC5の関連性についてさらに解析を行った。OsLEA3遺伝子の5'側の上流配列にOsNAC5の結合配列が存在する可能性を検証するために、OsNAC5のDNA結合ドメインをGST融合タンパク質として大腸菌で発現させた。OsLEA3の5'側上流1.5-kb配列上には14個のNAC結合コア配列が存在した。これらの14個の配列の中から、ANAC019が結合しやすいとされる配列 (T/A T/G NCGT G/A)を3つ選択した。さらに、NAC結合コア配列を含まない配列を一つ選択し、オリゴヌクレオチドを合成してゲルシフトアッセイを行った。その結果、OsNAC5-GST融合タンパク質はOsLEA3の転写開始点から56塩基上流から85塩基上流の間の領域の配列に結合した。さらに、OsNAC6を用いてこの配列への結合実験ならびに非RI標識のオリゴヌクレオチドを用いた競合阻害実験を行った。その結果、OsNAC5とOsNAC6の両方ともこの配列に結合することが示された。

シロイヌナズナの環境ストレス誘導性NAC型転写因子の機能解析

環境ストレス誘導性NAC型転写因子の機能を明らかにするために、変異体を用いて表現型を解析した。イネにおいては、OsNAC3, OsNAC4, OsNAC5, OsNAC6およびSNAC1が顕著に環境ストレスによって誘導されるため、環境ストレス下では重要な役割を担っていることが推定される。しかし、これまでにOsNAC3, OsNAC4, OsNAC5, SNAC1のT-DNA挿入変異体は単離されていない。そこで、材料が整備されていて解析が比較的容易なシロイヌナズナを用いて、OsNAC5と相同性が高い環境ストレス誘導性遺伝子RD26を含むファミリー遺伝子のT-DNA挿入変異体の表現型を解析した。シロイヌナズナの環境ストレス誘導性NAC型転写因子をコードするRD26を含むファミリー遺伝子のT-DNA挿入変異体の多重変異体を作製した。ANAC019, ANAC055, RD26, ATAF1, ATAF2の五重変異体においても顕著な乾燥耐性の変化は見られなかった。しかし、ABAによる葉の老化に関して顕著に差が観察され、ABAによって誘導される葉の老化が、五重変異体において抑制されることを見出した。変異体においてはABAによるクロロフィルの減少が抑制され、老化のマーカー遺伝子であるSEN4あるいはERD1の発現も抑制されていた。

総括

本研究により、環境ストレス誘導性NAC型転写因子は乾燥等の環境ストレス耐性の獲得機構の制御において重要な機能をもつが、ABAによる葉の老化の制御にも関与する可能性が示唆された。環境ストレス誘導性NAC型転写因子遺伝子がABA 誘導性の老化を制御していることを、多重変異体を用いることで証明した。また、イネの環境ストレス誘導性OsNAC5は、過剰発現することによって乾燥、塩ストレス耐性イネを作出することができる遺伝子であることを示した。また、生育に与える影響はNAC型転写因子遺伝子の種類によって異なる事が明らかになった。本研究で新規に機能を明らかにしたイネのOsNAC5は、生育を阻害することなく乾燥や塩ストレスなどの環境ストレス耐性を向上させることができるため、環境ストレス耐性作物を開発するために有効であると考えられる。今後は、OsNAC5過剰発現植物が、圃場レベルでの干ばつや塩害といった不良環境に耐えるか検証することが求められる。また、今後さらなる機能解析によって環境ストレス誘導性NAC型転写因子による環境ストレス耐性獲得の制御機構や老化の詳細な制御機構が解明されることが期待される。

Takasaki H, Maruyama K, Kidokoro S, Ito Y, Fujita Y, Shinozaki K, Yamaguchi-Shinozaki K, Nakashima K (2010) The abiotic stress-responsive NAC-type transcription factor OsNAC5 regulates stress-inducible genes and stress tolerance in rice. Mol Genet Genomics 284: 173-183
審査要旨 要旨を表示する

第一章では、背景と目的について述べた。環境ストレスは作物の生産性を制限する大きな要因の一つである。環境ストレス耐性作物の開発は、環境ストレスが問題となっている作物生産地域の農業に大きな利益をもたらすと考えられる。NAC型転写因子は植物特異的な転写因子であり、環境ストレス応答ではシロイヌナズナの乾燥応答性遺伝子の一つとして単離された Respond to Dehydration 26 (RD26)がコードするタンパク質が知られている。また、RD26は乾燥ストレス初期応答性遺伝子early responsive to dehydration stress 1 (ERD1)の発現を制御する因子としても同定されている。RD26と相同性の高い環境ストレス誘導性NAC型転写因子であるイネのOsNAC6やSNAC1を用いることで乾燥耐性イネを作出できることが明らかになっている。

本研究においては、新規のイネ環境ストレス誘導性NAC型転写因子の作用機構を明らかにすること、さらにイネに乾燥耐性を付与することを目的として、イネ環境ストレス誘導性NAC型転写因子遺伝子OsNAC5について、その詳細な発現解析とタンパク質の機能解析を行った。一方、環境ストレス誘導性NAC型転写因子の機能を詳細に解析するために、シロイヌナズナのRD26ファミリーに属する遺伝子群のT-DNA挿入多重変異体の作製とその表現型解析を行った。

第三章はイネの環境ストレス誘導性OsNAC5の発現解析とタンパク質の機能解析について述べた。イネにおいて環境ストレスで誘導される遺伝子を解析したところ、SNAC1やOsNAC6に加えてOsNAC5がストレス誘導性であることが明らかになった。転写活性化能の解析により、OsNAC5のC末端に転写活性化領域が見出された。OsNAC5、OsNAC6、SNAC1の組換えタンパク質を用いてDNA結合活性を解析したところ、NACRSを持つオリゴDNAに結合したことから、これら3つの転写因子が直接DNA (NACRS)に結合することが示唆された。また、OsNAC5のNACドメインを用いたプルダウンアッセイの解析により、OsNAC5とOsNAC5、OsNAC6あるいはSNAC1のNACドメインは相互作用することが示唆された。

第四章では環境ストレス誘導性OsNAC5過剰発現イネの解析について述べた。OsNAC5の植物体中での機能を明らかにするためにOsNAC5をトウモロコシのユビキチンプロモーターによって過剰発現する遺伝子組換えイネを作出し、その生育ならびに環境ストレス耐性を評価した。OsNAC6過剰発現イネは生育が遅延することが示されていることから、OsNAC5過剰発現イネとOsNAC6過剰発現イネの生育を比較したところ、OsNAC6過剰発現イネは生育に遅延が見られたが、OsNAC5の過剰発現イネには生育の遅延が見られず、ベクターコントロールのイネと同様の生育を示した。OsNAC5の過剰発現イネを用いて塩ストレス耐性試験、あるいは乾燥耐性試験を行った結果、OsNAC5の過剰発現イネはベクターコントロールと比較して高い生存率を示した。マイクロアレイによって遺伝子の発現を解析した結果、OsLEA3を含む数種の乾燥誘導性遺伝子がOsNAC5過剰発現イネにおいて発現が増加していることが明らかになった。

第五章はシロイヌナズナの環境ストレス誘導性NAC型転写因子の機能解析について述べた。環境ストレス誘導性NAC型転写因子の機能を明らかにするために、変異体を用いて表現型を解析した。シロイヌナズナの環境ストレス誘導性NAC型転写因子をコードするRD26を含むファミリー遺伝子のT-DNA挿入変異体の多重変異体を作製した。ANAC019, ANAC055, RD26, ATAF1, ATAF2の五重変異体においても顕著な乾燥耐性の変化は見られなかった。しかし、ABAによる葉の老化に関して顕著に差が観察され、ABAによって誘導される葉の老化が、五重変異体において抑制されることを見出した。変異体においてはABAによるクロロフィルの減少が抑制され、老化のマーカー遺伝子であるSEN4あるいはERD1の発現も抑制されていた。

第六章は総括について述べた。今後は、OsNAC5過剰発現植物が、圃場レベルでの干ばつや塩害といった不良環境に耐えるか検証することが求められる。また、今後さらなる機能解析によって環境ストレス誘導性NAC型転写因子による環境ストレス耐性獲得の制御機構や老化の詳細な制御機構が解明されることが期待される。

本論文は、シロイヌナズナやイネを材料として、乾燥ストレス下やABA処理時に誘導される植物のNAC型転写因子に関して詳細な機能解析を行い、ストレス下における耐性の獲得やABA存在下における葉の老化におけるこれらの転写因子の役割を明らかにしたものである。また、これらのNAC型転写因子の一つであるOsNAC5を高発現することで、イネに高い乾燥耐性を付与することも明らかにしたことから、環境ストレス耐性作物の分子育種法の開発にも貢献するものと期待される。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク