学位論文要旨



No 126888
著者(漢字) 早瀬,大貴
著者(英字)
著者(カナ) ハヤセ,ヒロキ
標題(和) 新奇植物ホルモン機能制御剤の探索と作用機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 126888
報告番号 甲26888
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3641号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 講師 刑部,祐里子
内容要旨 要旨を表示する

現在においてもなお慢性的な食糧不足に苦しむ地域は数多い。さらに近年の急激な人口の増加に伴う食糧不足の問題に対しては長期的な視野をもって取り組む必要があるだろう。こういった問題を解決するための一つの手段として、農薬が大きな役割を果たしてきたが、今後も重要な役割を担う事は間違いない。農薬の一種として分類される植物生長調節剤は作物自体の性質を人間に取ってより良いものに変えるという点で殺虫剤、殺菌剤といったいわゆる農薬と大きな違いがあり、新しい作用部位を有する農薬の開発が停滞している状況のなかで、新しいコンセプトをもつ農業用薬剤としての今後の展開が期待されている。

近年になって植物の研究が飛躍的に進み、植物ホルモンの作用メカニズムの解明に関しても大きな進展が見られるようになった。得られた成果は遺伝子導入作物や新しい農薬の開発など農業分野にとどまらず、園芸技術の発展にも応用することが可能になってきた。このような状況の中で、新しい植物生長調節剤の開発につながるようなこれまでにない新しいコンセプトをもった活性低分子を創製することは大変意義深い。

生理活性化合物を利用した生物学研究はケミカルバイオロジーと呼ばれる。近年ではケミカルバイオロジー的手法を用いた研究により多くの研究成果が報告されるようになってきており、今後の大きな展開が期待できる分野である。新奇植物ホルモン機能制御剤の探索により、植物ホルモンの機能発現機構の解明を目指したケミカルバイオロジー研究に有用なツールを提供することが期待される。

このように、新奇植物ホルモン機能制御剤は農業や園芸、ケミカルバイオロジー研究に応用することが可能であり大変有用である。そこで特にジベレリン、オーキシン、エチレンを対象として新奇植物ホルモン機能制御剤の探索と作用機構に関する研究を行った。

ジベレリン誘導体の調製と生理活性の解析

ジベレリン(GA)は植物ホルモンの一種であり、多様な生育局面における生長促進効果がある。GAの構造を基本として誘導体化を行うことによりGA機能制御剤の創製を目指した。GAの構造活性相関に関する研究からGA受容体に親和性を有するGA誘導体を合成する上で重要とおもわれる知見に関しての検討を行い、本研究では16位の修飾に注目して合成展開を行うことにし、17位炭素への炭素結合の生成を介して合成したアルキル誘導体と、酸素結合の生成を介して合成したエーテル誘導体を各々合成した。

まずシロイヌナズナ種子に100μMの濃度で誘導体のみを処理し、培養3日後の発芽率をコントロールと比較したが差が認められなかったことから、誘導体はアンタゴニスト活性を示さないと結論づけた。パクロブトラゾール(Pac)は一般的なGA生合成阻害剤であり、処理すると活性型GAの内生量を低下させ、濃度依存的に発芽率を低下させる。種子をPacと誘導体で共処理し、コントロール(PacとGA4の共処理)の発芽率と比較することで、誘導体のアゴニスト活性を評価することにした。その結果、エーテル誘導体や17位ベンジル誘導体は活性を示さなかったが、17位エチル誘導体はGA4の10%という高い活性を示した。

続いて合成誘導体が示すin vitroにおける受容体GID1との親和性や酵母2ハイブリッド系を利用したGID1とDELLAタンパク質の相互作用の誘導活性を解析した。各試験毎にGA4活性に対する誘導体活性の比を計算し、その値を各活性試験間で比較した結果、エチル誘導体は発芽促進活性試験と同程度の活性を示すことが明らかとなった。最後にGID1結晶構造解析の情報を利用して、誘導体とGID1の分子レベルでの相互作用の解析を行い、エチル誘導体はGA4とほぼ同様な結合様式でGID1と相互作用できること明らかにした。以上よりエチル誘導体はGID1と直接相互作用してシグナルを伝達するアゴニスト活性を示していると結論づけた。

これまでGA誘導体の活性を、シロイヌナズナを用いた生理試験で比較した例が非常に少ないうえに、GA誘導体の活性を生理的試験と受容体への親和性で比較した研究は初めてである。本研究によりin vitro活性と植物体への活性を直接関係づけることができただけでなく、GID1と誘導体間の分子レベルでの相互作用の解析から、GAアゴニスト/アンタゴニストの創製に向けて有用な知見を得ることができた。

インシリコスクリーニング法を利用したジベレリン受容体阻害剤の探索

インシリコスクリーニング法とは、新規な生理活性化合物を探索する際にコンピュータを利用することでこれまでの直観的な方法を脱し、より生合理的かつ省力的な発見を可能にすることを目的とした方法である。医薬品開発などでは広く用いられているが、植物を対象とした研究例はほとんどない。そこでインシリコスクリーニングの代表的な2つの手法を用いてGID1阻害剤の探索を行った。

(1) Structure-basedスクリーニングを利用した受容体結合化合物の選抜

2000化合物のインシリコスクリーニングを行い37個の化合物を選抜し、さらにin vitro試験を行うことでその中から4個のGID1結合化合物を見出した。続いて最も活性の高かった化合物について合成展開を検討した。候補化合物はニンヒドリン構造とフルオレノン構造を有していたので、各々一方の構造を固定して他方を変換することにより誘導体を合成しin vitroのGA結合活性検出系により活性を評価した。結果、フルオレノン誘導体は総じて大きく活性が低下していた。一方、ニンヒドリン誘導体はリード化合物として選抜した化合物より活性は低下傾向にあったものの、明瞭な活性を有していた。以上よりニンヒドリン構造が活性発現により効果的であることが明らかとなった。

(2) Ligand-basedスクリーニングを利用した受容体結合性化合物の選抜

2000化合物のインシリコスクリーニングを行い29個の化合物を選抜し、in vitroでのGID1結合活性検出系に供した結果、ジベレリンと受容体の結合を60%程度阻害する3置換トリアゾール誘導体を見出した。この化合物の誘導体のジベレリン受容体GID1への結合活性を調べることとし、3つの置換基のうち1つの置換基を大きく変化させた入手が容易な誘導体についてGID1結合活性を検討した。これらの誘導体は構造を大きく変化させたことにより活性が著しく低下することが明らかとなった。

上記(1)と(2)の2つの方法で得た受容体結合化合物について、シロイヌナズナの発芽や胚軸の伸長に及ぼす効果を解析した。Pacで処理することで内生GAの影響を低下させた条件を作り出し、その条件で種子に対する化合物の影響を調べた結果、コントロールと比較して有意に発芽率を低下させるニンヒドリン誘導体を見出した。さらに、化合物処理区ではmock処理区と比較して下胚軸の長さが有意に抑制されていた。さらにこの化合物の胚軸伸長抑制効果はGA処理区では打ち消されたことから、このニンヒドリン誘導体は植物に対する毒性を示すことによる伸長を抑制するのではなく、AtGID1と結合しAtGID1の機能を阻害することで胚軸の伸長を抑制しているものと考えた。

以上、インシリコスクリーニングを利用し効率よくGID1阻害剤を見出すことができた。今後はこの阻害剤の効果を多様な植物の多様な生理現象においても検証していくことが必要であろう。

フェノタイプスクリーニングによるホルモンシグナルを制御する生理活性物質の探索

化合物ライブラリーを用いたランダムスクリーニングの手法と植物ホルモンが示す特徴的な形態を指標としたフェノタイプスクリーニングの手法を組み合わせることで、特定のホルモンのシグナル伝達を制御する新奇な生理活性物質の探索が可能であると考えた。そこでエチレンやオーキシンのホルモンシグナルを制御する生理活性物質の探索を試みた。

(1)オーキシンシグナルを阻害させる生理活性物質の探索

野生型のシロイヌナズナ種子を暗所で発芽させ数日間培養すると、オーキシンが正常に機能することにより胚軸が伸長し、重力に応答して胚軸がほぼ垂直に立ち上がる。この重力応答性を指標としてオーキシン機能を撹乱する化合物を選抜できると考えた。スクリーニングの結果、イソオキサゾール誘導体を選抜した。続いて化合物を含んだ培地上で植物を培養して形態を観察したところ、植物体は側根の減少や異常な根の重力応答性を示すことが確認された。さらに植物体の根のルゴール染色を行ったところ染色された細胞面積が減少した。さらにDR5::GUS植物体を用いて、化合物の効果を解析したところ化合物とIAAを共処理した植物体においてもGUSの発色が観察されなくなった。いずれの結果もオーキシン応答性が抑制されていること示している。以上よりこの化合物は受容体より下流のオーキシンの情報伝達経路を阻害していると考えられた。この化合物のような比較的低分子の化合物がオーキシンのシグナルを阻害することは大変興味深く、作用点の解析も含め引き続き研究を行っていきたい。

(2)エチレンシグナルを活性化させる生理活性物質の探索

暗所で培養した植物に対してエチレンが同時に引き起こす、胚軸の伸長抑制、フックの形成、根の伸長抑制は極めて特徴的な形態であり、この形態を指標とすることでエチレンシグナルを活性化する生理活性物質のスクリーニングが可能になると考えた。スクリーニングの結果、活性化合物としてトリアゾール誘導体を選抜した。この化合物の誘導体も同様な活性を示していた。以上の結果より、エチレンシグナルを活性化させている化合物群を発見できたと考えている。続いて、最も活性が明瞭であった最初に得られた化合物についてより詳細な解析を行ったところ、濃度依存的に胚軸や根の伸長を抑制した。さらに化合物を処理したエチレン非感受性変異体(ein2)では胚軸の伸長抑制、フックの形成、根の伸長抑制は観察されなかったことから、化合物はエチレンシグナルを介して形態の変化を引き起こしていると考えられた。エチレンシグナルを活性化させる低分子化合物はこれまでに報告例がなく、シグナルの活性化機構も含めて引き続き追究を行っていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

現在、食糧不足に苦しむ地域は数多く、さらに近年の急激な人口の増加に伴う食糧不足の問題に対しては長期的な視野をもって取り組む必要がある。このような問題を解決するための一つの手段として、新しいコンセプトをもつ農業用薬剤が期待されている。

生理活性化合物を利用した生物学研究はケミカルバイオロジーと呼ばれる。新奇植物ホルモン機能制御剤は農業や園芸、ケミカルバイオロジー研究に応用することが可能であり大変有用である。そこで本博士論文研究では特にジベレリン、オーキシン、エチレンを対象として新奇植物ホルモン機能制御剤の探索と作用機構に関する研究を行った。

第2章ではジベレリンの構造を基本として誘導体化を行うことによりジベレリン機能制御剤の創製を目指した。調製したエチル誘導体は活性型GA4の10%程度の発芽促進活性を示していたが、作用機構について解析した結果、天然の活性型ジベレリンと同様にジベレリン受容体にアゴニストとして結合することで活性を示していると考えられた。本研究によりin vitro活性と植物体への活性を直接関係づけることができただけでなく、ジベレリン受容体GID1と誘導体間の分子レベルでの相互作用の解析から、ジベレリンアゴニスト/アンタゴニストの創製に向けて有用な知見を得ることができた。

第3章ではジベレリン受容体の結晶構造情報を有効に活用することで効率的に阻害剤を創製することを目指し、インシリコスクリーニングの手法を用いた受容体阻害剤の創製について試みた。まず受容体の立体構造に着目し、そのリガンド結合部位への親和性を計算するstructure based スクリーニングを行った結果、受容体結合性化合物を見いだすことができた。続いてアゴニストの構造に着目したligand basedスクリーニングを行い、同様に受容体結合性化合物を見出すことができた。さらに見出した化合物の構造を基本として合成展開することで種々の受容体結合性化合物を得ることができた。得られた化合物についてシロイヌナズナ種子の発芽や下胚軸の伸長試験を行ったところ、種子発芽と下胚軸の伸長を共にを阻害する化合物を見出すことができた。この化合物はin vitroだけでなくin plantaでも作用する受容体阻害剤であると考えている。

第4章では化合物ライブラリーを用いたランダムスクリーニングの手法と植物ホルモンが示す特徴的な形態を指標としたフェノタイプスクリーニングの手法を組み合わせることで、特定のホルモンのシグナル伝達を制御する新奇な生理活性物質の探索を行なった。まずオーキシンシグナルを阻害する化合物のスクリーニングを行い、根の発達や重力応答を阻害する新奇なイソオキサゾールカルボン酸を見出した。この化合物は植物体内でオーキシンシグナルを活性化していることを確認した。続いてエチレンシグナルを活性化した結果下胚軸の肥大、伸長の阻害、ピッグテイル化という形態を示す化合物をスクリーニングすることにより、新奇なトリアゾール誘導体を見出した。この化合物はエチレン非感受性変異体であるein2に対してはやはり非感受性であったために、この化合物が誘導する形態変化はエチレンシグナル伝達系を経由して起きていると結論した。

以上、本研究では種々の植物ホルモン機能制御剤を見出すことができた。これらの結果は学術的にも応用的にも寄与するところが多い。よって審査委員一同は、本研究が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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