学位論文要旨



No 126890
著者(漢字) ,敏貞
著者(英字)
著者(カナ) ベ,ミンジョン
標題(和) マウスCD4+ T細胞の機能分化に及ぼすフィトケミカルの影響
標題(洋) Effects of phytochemicals on functional differentiation of mouse CD4+ T cells
報告番号 126890
報告番号 甲26890
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3643号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 八村,敏志
 東京大学 准教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

ヘルパーT細胞は、獲得免疫反応と炎症性疾患の制御を担うリンパ球である。ヘルパーT細胞は、それぞれインターフェロンγ(IFN-γ)、インターロイキン4(IL-4)、およびIL-17を主に産生する、I型ヘルパーT細胞(Th1)、II型ヘルパーT細胞(Th2)、およびTh17細胞に分類される。Th1は主に細胞性免疫や細胞内寄生体の排除、Th2は液性免疫や細胞外病原体の排除に関与し、近年その存在が明らかにされた第3のエフェクターヘルパーT細胞サブセットであるTh17は炎症反応、粘膜上皮の感染防御、細胞外増殖細菌に対する感染防御を担っている。まだ抗原に感作されていないnaive CD4+T細胞が抗原刺激を受けて増殖する過程でTh1、Th2またはTh17のいずれに機能分化するかは、免疫調節において重要な意義をもつ。

一方、果物や野菜の摂取は、がんや慢性炎症性疾患の予防に有効であることが知られている。またこれら植物に含まれる非栄養素成分であるフィトケミカルが抗がん作用・抗炎症作用を有していることは多くの研究から明らかにされている。しかしながら、フィトケミカルの機能的多様性にもかかわらず、ヘルパーT細胞の機能分化を調節する作用に関する知見は十分に得られていない。本研究ではマウス脾臓由来のnaive CD4+ T細胞の機能分化、すなわちTh1、Th2およびTh17への分化に及ぼすフィトケミカル、特にイソフラボンとナリンゲニンの作用およびその作用機作について解析することを目的とした。

第1章 ダイゼインはエストロゲン受容体シグナル非依存的にTh1への機能分化を促進する

大豆、葛などのマメ科の植物に多く含まれているイソフラボンは、抗酸化作用、抗ガン作用を有し、細胞シグナリング・分化・増殖などを調節することが知られている。CD4+ T細胞の機能分化におけるイソフラボンの影響を解析するため、卵白アルブミン(OVA)特異的T細胞レセプター遺伝子を導入したトランスジェニックマウスであるDO11.10マウス由来の脾臓CD4+ T細胞を用いた。抗原提示細胞(APC)としてはBALB/cマウス脾臓細胞を用いた。ダイゼイン、ゲニステインあるいはグリシテインの存在下、APCおよびOVA323-339ペプチドとともにCD4+ T細胞を7日間培養し分化誘導した。ダイゼイン存在下で分化誘導したT細胞は、ダイゼインの濃度依存的に抗原再刺激後のIL-4産生の低下およびIFN-γ産生の増強が観察された。この時、IFN-γおよびTh1特異的転写因子であるT-betのmRNA発現の増強、IL-4およびTh2特異的転写因子であるGATA-3のmRNA発現の減少も観察された。さらにBALB/c マウスおよびDO11.10マウスを用いてダイゼイン経口投与の影響を調べた。コントロール群、vehicle(0.25mM Na2CO3)群、ダイゼイン群の三群に分け、各群にvehicle またはダイゼインを胃内強制投与した。3週間後、マウスを解剖に供し、メモリーT細胞としてCD4+CD62L- T細胞を精製した。BALB/c マウス由来T細胞は抗CD3抗体および抗CD28抗体で刺激し、DO11.10マウス由来T細胞はAPCおよびOVA323-339ペプチドとともに72時間培養した。その結果、DO11.10マウスのダイゼイン投与群では、抗原再刺激後のT細胞のIFN-γ産生の有意な増強が観察された。またBALB/cマウスのダイゼイン投与群でもIFN-γ産生の増強傾向が認められた。

ダイゼインの作用点を調べるため、APCの非存在下、CD4+ T細胞のみを抗CD3抗体および抗CD28抗体で刺激し、ダイゼイン存在下で7日間培養し分化誘導したところ、この実験条件でもダイゼイン濃度依存的にIL-4産生の低下およびIFN-γ産生の増強が観察された。ダイゼインは植物エストロゲンとしての作用を示し、エストロゲン受容体(estrogen receptor; ER)のアゴニストして作用することが知られているが、上記の現象はERアゴニストであるICI 182780の存在下でも同様に認められた。さらに、BALB/cマウス由来のnaive CD4+ T細胞を用いた実験では、抗CD3/抗CD28抗体刺激での分化誘導時に、抗IFN-γ抗体の添加・非添加のいずれの場合にもダイゼインのTh1分化誘導作用が認められた。また、CD4+ T細胞をダイゼイン存在下で抗CD3/抗CD28抗体で刺激し3日間培養したところ、Th1誘導に重要な、IFN-γ受容体からのシグナリングに関与するSTAT1のリン酸化がダイゼイン濃度依存的に増加した。一方、APCのみをダイゼインとともに3日間培養した場合には、Th1誘導活性を有するサイトカインであるIL-12のp35およびp40、IL-18のmRNA発現には変化が認められなかった。

これらの結果より、ダイゼインはTh2への分化を抑制し、Th1への分化を促進する作用を有することが示された。ダイゼインはCD4+ T細胞に直接作用することでその活性を示すこと、その活性にはERからのシグナリングは関与しないことが明らかとなった。またnaive CD4+ T細胞のSTAT1の活性化がこの現象に関与している可能性が示唆された。

第2章 ナリンゲニンは抗原提示細胞のIL-6およびTGF-β産生増強とCD4+T細胞のAhR発現増強を介してTh17への機能分化を誘導する

CD4+ T細胞の機能分化に影響を与えるフィトケミカルの検索過程で、柑橘系に多く含まれる色素成分で、フラボノイド系フラバノン類として分類されるナリンゲニンがTh17への分化を誘導することを見いだした。Th17への分化は、TGF-βとIL-6により誘導されること、アリル炭化水素受容体(aryl hydrocarbon receptor; AhR)が関与することが知られている。ナリンゲニンは比較的多量に摂取されるフラボノイドであり、抗酸化、抗炎症、抗がん作用などの生理活性が認められているにも関わらず、T細胞の機能分化に及ぼす影響について明らかにされていない。本章では、ナリンゲニンがマウス脾臓由来のnaive CD4+ T細胞のTh17への機能分化に及ぼす影響およびその作用機構について解析を行った。

DO11.10マウス脾臓CD4+ T細胞をナリンゲニンの存在下、APCとOVA323-339ペプチドとともに7日間培養し分化誘導した。回収したT細胞を抗原で再刺激したところ、対照群と比較してIL-17の産生増強およびTh17特異的転写因子であるRORγt、Th17分化マーカーであるIL-23R、Th17分化調節因子として知られているAhRのmRNA発現増加が認められた。CD4+ T細胞のみを抗CD3/抗CD28抗体刺激して分化誘導した場合には、ナリンゲニン添加によるIL-17とRORγtの発現増強は観察されなかったが、分化誘導時にさらにTGF-βとIL-6を添加したところ、IL-17およびRORγtの発現増強が認められた。ナリンゲニンの添加によるAhRのmRNA発現増強はTGF-βおよびIL-6非添加時にも観察された。一方、BALB/cマウス脾臓由来APC、さらに脾臓から精製した樹状細胞(DC)、マクロファージおよびB細胞を抗CD40抗体で刺激したところ、特にDCにおいてナリンゲニン添加でTGF-βおよびIL-6 mRNAの顕著な発現増強が認められた。さらに、NIH3T3細胞を用いてAP-1およびNF-кB応答領域を含むマウスIL-6遺伝子プロモーターおよびAhR応答領域であるXRE配列をもつプロモーターの転写活性に与える影響を調べたところ、両者ともにナリンゲニン処理により転写活性が増強されることが示された。

これらの結果より、ナリンゲニンはAPC、特にDCに作用しTGF-βやIL-6の発現を増強するとともに、CD4+ T細胞に対してAhRのmRNA発現を増強させることにより、両者への作用の相乗効果でTh17への分化を促進することが示唆された。

本研究の結果から、フィトケミカルがヘルパーT細胞の機能分化に大きな影響を与えることが示された。これらのフィトケミカルのヒト免疫系における作用については未知であるが、アレルギーや感染症など免疫関連疾患の予防・治療に寄与する可能性がある。また、Th17は感染防御に重要な役割を果たす一方、炎症反応に深く関わるT細胞でもあり、消化管等で炎症がある場合にそれを増悪する可能性のある食品成分の存在は、食品の安全性についての新たな視点を提供するものと考えられる。今後の研究により、フィトケミカルが免疫系細胞に影響を及ぼす分子メカニズムの解明、さらに免疫関連疾患の予防・治療効果の検証が行われることに期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

ヘルパーT細胞は、獲得免疫反応と炎症性疾患の制御を担うリンパ球である。抗原未感作なCD4+ T細胞が抗原刺激を受けて増殖する過程で1型ヘルパーT細胞(Th1)、2型ヘルパーT細胞(Th2)または17型ヘルパーT細胞(Th17)のいずれに機能分化するかは、免疫調節において重要な意義をもつ。一方、果物や野菜など植物に含まれる非栄養素成分であるフィトケミカルが、ヘルパーT細胞の機能分化を調節する作用に関する知見は十分に得られていない。本研究は、マウス脾臓由来の抗原未感作CD4+ T細胞の機能分化に及ぼすフィトケミカル、特にイソフラボンとナリンゲニンの作用およびその作用機作について解析を試みたもので、序論および2章からなる。

研究の背景と目的が述べられている序章に続き、第1章では、ダイゼインはエストロゲン受容体シグナル非依存的にTh1への機能分化を促進することが述べられている。ダイゼイン存在下で分化誘導したT細胞は、ダイゼインの濃度依存的に抗原再刺激後のIL-4産生の低下およびIFN-γ産生の増強が観察された。この時、IFN-γおよびTh1特異的転写因子であるT-betのmRNA発現の増強、IL-4およびTh2特異的転写因子であるGATA-3のmRNA発現の減少も観察された。さらにダイゼイン経口投与の影響を調べた結果、ダイゼイン投与群では、抗原再刺激後のT細胞のIFN-γ産生の有意な増強が観察された。ダイゼインの作用点を調べるため、抗原提示細胞の非存在下でT細胞を分化誘導したところ、ダイゼイン濃度依存的にIL-4産生の低下およびIFN-γ産生の増強が観察された。ダイゼインはエストロゲン受容体(ER)のアゴニストとして作用することが知られているが、上記の現象はERアンタゴニストであるICI 182780の存在下でも同様に認められた。さらに、BALB/cマウス由来の抗原未感作CD4+ T細胞を用いた実験では、抗IFN-γ抗体の添加・非添加のいずれの場合にもダイゼインのTh1分化誘導作用が認められた。また、Th1誘導に重要な、IFN-γ受容体からのシグナリングに関与するSTAT1のリン酸化がダイゼイン濃度依存的に増加した。一方、IL-12のp35およびp40、IL-18のmRNA発現には変化が認められなかった。これらの結果より、ダイゼインはCD4+T細胞に直接作用しTh1への分化を誘導すると考えられた。その活性にはERからのシグナリングは関与しないこと、また抗原未感作CD4+T細胞のSTAT1の活性化がこの現象に関与している可能性が示唆された。

第2章では、ナリンゲニンは抗原提示細胞のIL-6およびTGF-βの産生増強とCD4+T細胞のアリル炭化水素受容体(AhR)の発現増強を介してTh17への機能分化を誘導することが述べられている。ナリンゲニン存在下で分化誘導したT細胞は、IL-17の産生増強およびTh17特異的転写因子であるRORγt、Th17分化マーカーであるIL-23R、Th17分化調節因子として知られているAhRのmRNA発現を増加することが観察された。CD4+ T細胞のみを培養して分化誘導した場合には、ナリンゲニン添加によるIL-17とRORγtの発現増強は観察されなかったが、分化誘導時にさらにTGF-βとIL-6を添加したところ、IL-17およびRORγtの発現増強が認められた。しかし、AhRの発現増強はTGF-βおよびIL-6非添加時にも観察された。さらに樹状細胞(DC)、マクロファージおよびB細胞を抗原提示細胞として用いて分化誘導したところ、特にDCにおいてナリンゲニン添加で顕著なTh17の誘導が観察され、DCにおけるTGF-βおよびIL-6 mRNAの顕著な発現増強が認められた。さらに、AP-1およびNF-кB応答領域を含むマウスIL-6遺伝子プロモーターおよびAhR応答領域であるXRE配列をもつプロモーターの転写活性に与える影響を調べたところ、両者ともにナリンゲニン処理により転写活性が増強されることが示された。これらの結果より、ナリンゲニンは抗原提示細胞、特にDCに作用しTGF-βやIL-6の発現を増強するとともに、CD4+ T細胞に対してAhR発現を増強させることにより、両者への作用の相乗効果でTh17への分化を促進することが示唆された。

総合討論では本研究の意義や新規性についての考察がなされており、フィトケミカルが免疫系細胞に影響を及ぼす分子メカニズムに関する新しい知見をもたらしたことが述べられている。

本研究は、マウス脾臓由来の抗原未感作CD4+T細胞の機能分化に及ぼすフィトケミカル、特にイソフラボンとナリンゲニンの作用およびその作用機作について新しい視点から詳細に解析したもので、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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