学位論文要旨



No 126892
著者(漢字) 伊藤,晋作
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,シンサク
標題(和) ストリゴラクトン生合成の化学的制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 126892
報告番号 甲26892
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3645号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 教授 藤原,徹
 東京大学 准教授 石神,健
内容要旨 要旨を表示する

ストリゴラクトン (SL)は世界的に大きな農業被害を引き起こしている根寄生植物の発芽誘導や共生菌であるアーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐誘導を起こす根圏情報物質として知られていたが、近年、SLまたはその代謝物が植物の枝分かれを負に制御する植物ホルモンとして認識されるようになった。植物におけるSLの生合成やシグナル伝達に関連する遺伝子は変異体を用いた解析によって幾つか同定されてきてはいるが、未だ未知の部分が非常に多い。特に、生合成経路に関してはカロテノイド由来であることを除いて全く確定していない。また、枝分かれ抑制以外のSLの生理機能に関しても明らかとなっていない。そのため、新たなSL生合成、シグナル伝達関連遺伝子の同定、SLの生理機能の発見のためには変異体の解析と併せて別の解析方法を用いる必要がある。

生理活性物質の生合成阻害剤は、機能重複した酵素を一度に制御できることや植物種を選ばず生理活性物質の欠損状態を現出させることができる点が特徴である。そのため、変異体を取得しづらい植物種においても生理活性物質を欠損状態にすることでその生理機能解析を行うことができる。また、阻害剤と近年整備が進んだ変異体植物資源を併用することで新たな変異体の取得も可能となる。

本研究では、SL研究の新たなツールとして使用可能な生合成阻害剤の創製を目指し、これまで、当研究室で整備されてきたトリアゾール型化合物の中から、SL生合成阻害剤のリード化合物を選抜し、リード化合物を構造展開することで特異性の高いSL生合成阻害剤の合成を行った。また、リード化合物選抜の過程で得られた知見により、ストリゴラクトンの生合成に関わる新たな因子として植物ホルモンであるジベレリン (GA)を見いだし、GAの根寄生植物防除への利用可能性を検討した。

ストリゴラクトン生合成阻害剤リード化合物 (TIS13)の選抜

ストリゴラクトンの生合成には少なくとも2つのカロテノイド酸化開裂酵素 (CCD)、1つのシトクロムP450一酸化酵素 (CYP711A)、1つの鉄含有タンパク質が関与していることが明らかとなっており、またウニコナゾール-Pやパクロブトラゾールのようなトリアゾール環を有する化合物は様々なP450を阻害することが知られている。そこで本章では、当研究室でこれまで合成し整備してきたトリアゾール型化合物を用いて、CYP711AまたはSLの生合成に関与する未知のP450を阻害する化合物をスクリーニングすることとした。選抜方法としては、ストリゴラクトン生合成変異イネでは吸水後2週間で野生型イネには見られない第一分げつ及び第二分げつ伸長が観察されることを利用して、吸水後2週間のイネの分げつ伸長を指標として選抜を行った。その結果、第一分げつ伸長を促進する化合物は見つからなかったものの、第二分げつ伸長を促進する化合物が複数見つかった。しかしほとんどの化合物は同時に強い矮化作用も示した。これらの化合物の中にはパクロブトラゾールや、その類縁体が多く含まれていた。GA欠損イネにおいて分げつ伸長が誘導されるという報告があることから、得られた化合物がGA生合成阻害剤である可能性も考えられたため、強く第二分げつ伸長を促進したTIS13とTIS29について、SLの1つである2'-epi-5-deoxystrigol (epi-5DS)の根内生量及び滲出量を測定することとした。その結果、どちらの化合物もepi-5DS根内生量及び滲出量が減少していた。特にTIS13は強くepi-5DS量を減少させており、10μMのTIS13を処理することで90%以上の抑制効果が観察された。一方、GAの生合成阻害剤であるウニコナゾールやパクロブトラゾールはepi-5DS根内生量及び滲出量を減少させず、1μM処理時ではむしろ若干の増加傾向が観察された。以上のことからTIS13やTIS29はSLの生合成を阻害している可能性が示唆された。またTIS13処理によって観察された第二分げつの伸長が合成SLであるGR24処理によって一部回復したことからTIS13処理によって誘導された第二分げつ伸長は少なくとも一部はSLの生合成を阻害したことに起因すると考えられた。次にTIS13処理したイネの根滲出液を根寄生植物であるStrigaの種子に処理したところ、未処理のイネの根滲出液を処理した対照区に比べ、発芽率の減少が観察された。このことから、TIS13はepi-5DSだけでなくその他のSL類の生合成も阻害していることが示唆された。以上より、TIS13は副作用を有するものの、SL生合成阻害剤であり、TIS13を構造展開することで特異的SL生合成阻害剤が創製できる可能性が示唆された。

特異的ストリゴラクトン生合成阻害剤 (TIS108)の開発

TIS13の特異性を高めるため、複数のTIS13アナログを合成し、そのepi-5DS滲出量抑制活性と矮化活性を評価した。その結果TIS13のt-ブチル基をフェニル基に、ヒドロキシル基をケトンに、フェノキシ基に結合しているアルキル鎖の炭素数を1つ増やしたTIS108を高活性型化合物として選抜した。TIS108においては、epi-5DS滲出量抑制活性が約100倍上昇し矮化活性が減少していた。TIS108をイネに処理することでepi-5DSの滲出量や根内生量が減少していただけでなく、TIS108処理イネの根滲出液中のStriga発芽刺激活性も減少していたことから、この化合物は特異的SL生合成阻害剤であると考えられた。

ストリゴラクトン生合成におけるジベレリンの効果

GA生合成阻害剤がepi-5DS根内生量及び滲出量を増加させたことから、GA処理時のepi-5DS根内生量及び滲出量を測定した結果、GA3処理によってepi-5DS根内生量及び滲出量の減少が確認された。Epi-5DSの減少が観察される濃度は1nMと非常に低濃度であり、この濃度のGA3をイネに処理した場合でも背丈の伸長などGAによる形態変化は観察されなかった。またGAによるepi-5DS根内生量の減少はGA3以外の活性型GAでも観察され、不活性型GAでは観察されなかった。続いてGA生合成変異体やシグナル伝達変異体を用いて、epi-5DS根内生量、滲出量を測定した。その結果、GA生合成変異体では野生型に比べ、epi-5DS量が増加しており、GA処理によってepi-5DSの減少が観察された。一方GAシグナル伝達変異体であり、GAシグナルが抑制された形態を示すgid2-2変異体では野生型と比べepi-5DS量の増加が観察され、GA処理によってepi-5DS量は変化しなかった。またGAシグナルが過剰な状態であるslr1変異体ではepi-5DS滲出量が野生型と比べ減少していた。以上の結果から、GAによるepi-5DS量の減少には既知のGAシグナル伝達因子の正常な働きが必要であることが示唆された。続いて、根寄生植物防除に対するGAの効果を検討した。まずGA処理したイネの根滲出液中のStriga発芽刺激活性を調べたところ対照区に比べ明瞭に減少していた。さらに、より圃場に近い条件のリゾトロンを用いてStrigaの感染率を調べた結果、GA処理によって有意にStrigaの感染が抑制され、この時、イネの形態変化は観察されなかった。以上よりGAは根寄生植物防除に有用であり、低濃度のGA処理または根特異的なGAシグナルの過剰状態を作り出すことにより、根寄生植物の防除が可能となる可能性が示唆された。

上述した通り、SL生合成阻害剤リード化合物のスクリーニング、リード化合物の構造展開を行うことにより、SL生合成を阻害する化合物を見いだすことができた。また、GA生合成阻害剤処理によりepi-5DS量が増加するという現象より、GAによるSL生合成調節経路の存在が明らかとなった。

Ito S, Kitahata N, Umehara M, Hanada A, Kato A, Ueno K, Mashiguchi K, Kyozuka J, Yoneyama K, Yamaguchi S, Asami T. (2010) A new lead chemical for strigolactone biosynthesis inhibitors. Plant Cell Physiol. 51:1143-1150.

TIS13

TIS108

審査要旨 要旨を表示する

ストリゴラクトンは世界的に大きな農業被害を引き起こしている根寄生植物の発芽誘導や共生菌であるアーバスキュラー菌根菌の菌糸分岐誘導を起こす根圏情報物質として知られていたが、近年、ストリゴラクトンまたはその代謝物が植物の枝分かれを負に制御する植物ホルモンとして認識されるようになった。植物におけるストリゴラクトンの生合成やシグナル伝達に関連する遺伝子は変異体を用いた解析によって幾つか同定されてきてはいるが、未だ未知の部分が非常に多い。特に、生合成経路に関してはカロテノイド由来であることを除いて全く確定していない。また、枝分かれ抑制以外のストリゴラクトンの生理機能に関しても明らかとなっていない。新たなストリゴラクトン生合成、シグナル伝達関連遺伝子の同定、ストリゴラクトンの生理機能の発見のためには変異体の解析と併せて別の解析方法を用いる必要がある。また、根寄生植物の防除は非常に重要な問題であると考えられている。そこで本博士論文研究ではストリゴラクトンの生合成、シグナル伝達経路や生理作用解明のためのツールとして、また新規根寄生植物防除法を開発するために、ストリゴラクトン生合成制御剤の創製を試みた。

2章では、ストリゴラクトン生合成阻害剤創製のためにストリゴラクトン生合成阻害剤のリード化合物の取得を目指したスクリーニングを行い、TIS13を発見することができた。TIS13を処理したイネでは第二分げつの伸長が促進され、その伸長促進は合成ストリゴラクトンであるGR24と共処理することで一部抑制されたこと、TIS13を処理したイネではストリゴラクトンの1つとして存在が確認されているepi-5DSの根内生量及び滲出量が減少していたこと、TIS13を処理したイネでの根滲出液中のStriga発芽刺激活性は未処理のイネに比べて弱いこと、を総合して考察し、TIS13はイネにおいてストリゴラクトンの生合成を阻害していると結論付けた。一方、TIS13を処理したイネ、シロイヌナズナは矮化を示したことから、TIS13はストリゴラクトン生合成の他にも副作用としてジベレリンのような植物の伸長に関わる植物ホルモンの生合成を阻害している可能性が考えられた。

3章ではTIS13のSL生合成への特異性を高めるために、TIS13のアナログを合成し、ストリゴラクトン生合成阻害活性を残したまま副作用を軽減させることを目指した。TIS13の構造を基にして置換基の変換などを行い、複数のTIS13アナログを合成した。合成した化合物に関してイネに対するepi-5DS滲出量抑制活性と第2葉鞘長伸長阻害活性を指標とし、評価した結果、epi-5DS生合成阻害活性がTIS13の約100倍強いだけでなく矮化活性が非常に弱い化合物としてTIS108を得ることができた。TIS108を処理したイネの根滲出液中のStriga発芽刺激活性は未処理のイネに比べて弱いことから、TIS108はTIS13と同様にイネにおいて様々なストリゴラクトンの生合成を阻害していると結論付けた。また、TIS108はTIS13のように矮化作用をほとんど示さないことからTIS108が根寄生植物の発芽制御物質として有用であることが示唆された。

4章では、ジベレリン生合成阻害剤であるウニコナゾール-Pやパクロブトラゾールを1μMで処理することによってepi-5DSの根内生量や滲出量が微量ながら増加するという現象に基づき、ジベレリンによって内生ストリゴラクトン量が制御されている可能性を追究した。ジベレリン処理による内生ストリゴラクトン量や植物形態への影響、ジベレリン生合成変異体、シグナル伝達変異体でのepi-5DS内生量の定量により、ジベレリンが極低濃度でストリゴラクトン内生量を調節しており、ジベレリンによる内生ストリゴラクトン量の調節が新たな根寄生植物の防除法となりうる可能性を示すことができた。

以上のように本研究において、トリアゾール基を含む化合物ライブラリーからのリード化合物のスクリーニング、リード化合物の構造展開により新規ストリゴラクトン生合成阻害剤を創製することができた。また、ストリゴラクトン生合成阻害剤開発過程で得られた知見を基にジベレリンが内生ストリゴラクトン量を制御することができるということを示した。これらの結果は新規植物ホルモンであるストリゴラクトンの機能を明らかにして行く上での重要な知見を与え、学術的にも応用的にも寄与するところが多い。よって審査委員一同は、本研究が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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