学位論文要旨



No 126895
著者(漢字) 小林,宣章
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ノリアキ
標題(和) 特徴的な生物活性を有するテルペン関連化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 126895
報告番号 甲26895
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3648号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 東原,和成
 東京大学 准教授 石神,健
内容要旨 要旨を表示する

天然には数多くの生物活性物質が存在し、今日に至るまでそれらの作用機序の解析や構造活性相関研究などがなされ、医薬や農薬に応用されている。しかしながら、このような生物活性物質は天然からは非常に微量にしか得られない、もしくは非常に構造が複雑なためにその応用研究が進んでいないといったケースが多々ある。このような中、有機合成の担う役割は大きい。第一に応用研究を行うにあたり有機合成により、試料の大量供給が可能となる。第二に生命現象を解明するためには、天然物の類縁体を用いた構造活性相関研究や、標識体をプローブとして用いた標的タンパク質の同定が必要であり、このような化合物の創製にも有機合成は重要な役割を担っており、ここにも有機化学合成の生物学的意義を見ることができる。筆者はこれらの有機合成化学の有用性を活かすために、本論文において特徴的な生物活性を示すテルペン関連化合物の合成研究を行った。1つはプロテアソーム非依存的にタンパク質の分解を促進する新規活性物質として単離されたFF8181-Aの合成研究ならびに構造活性相関研究を行った。2つ目は強力な昆虫摂食阻害作用を示すアザジラクチンの合成研究を行った。

1. プロテアソーム非依存的タンパク質分解促進物質FF8181-Aならびに類縁体の合成および構造活性相関研究

FF8181-A (1)は、1995年にHayesらのグループによりAspergilus ustus var pseudodeflectusの培養液から単離・構造決定されたドリマン骨格を有するセスキテルペンである。本化合物はエンドセリンのエンドセリンB型受容体に対する結合を阻害する活性を持っており、有用な循環器系の薬剤となることが期待されている。

また、最近になって東京大学の堀之内、吉田らによってプロテアソーム非依存的にβ-カテニンの分解を促進する新規物質としてFF8181-A (1) が再単離された。筆者はこの新規な活性に興味を持ち、その構造活性相関や作用機序解析などを目的として合成研究に着手した。

合成戦略としてはl-メントールを不斉補助基として用いるDiels-Alder反応を利用して光学活性体のFF8181-A (1)を合成しようと考えた。ところが実際には種々条件検討を行った結果、立体選択的に反応が進行しないことが判った。そこでラセミ体の中間体 6を合成し、そこで生じる水酸基を利用して光学分割を行うこととした。ジエン 3とアセチレンジカルボン酸ジメチル (4)のDiels-Alder反応により得られる環化体5に対して種々官能基変換を行い目的とするアリルアルコール 6 へと導いた。

得られたアリルアルコール 6をカンファン酸エステルへと導き、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより両異性体7と8を分離した。得られた7と8はMeLiを用いて (-)-6 および (+)-6 へと変換した。

これらの絶対立体配置はTBS基を除去し、Pereniporin Aへ導くことによって決定した。つまりPereniporin Aは森らによって光学活性体合成が達成され絶対立体配置が決定されているので、比旋光度の符号を比較することによりアリルアルコール6の絶対立体配置をそれぞれ決定した。

天然物に対応する(-)-6を、別途調製したオクタトリエン酸 (9)と椎名法を用いて縮合し、中程度の収率ではあるが、(-)-10を得ることができた。最後にTBS基の除去を行うことにより、光学活性体のFF8181-A (1)の合成を達成した。また、光学分割によって得られた(+)-6を用いて、ent-FF8181-Aも合成した。得られたFF8181-A (1)は無色の板状結晶であり、その1H NMR、13C NMRは文献記載のものとよい一致を示した。

また類縁体合成としてラセミ体のアリルアルコール6に対して、オクタン酸および桂皮酸を縮合させ、TBS基を除去することで類縁体11および12の合成も行った。

合成した両鏡像体ならびに類縁体を生物活性試験に供した結果、類縁体の2種に関しては細胞毒性があり、測定するに至らなかったが、FF8181-Aに関しては、鏡像体より天然物の方がより活性が強いことがわかった。

2. 昆虫摂食阻害物質アザジラクチンの合成研究

アザジラクチンは1968年にMorganらによってインドセンダン(Azadirachta indica A. Juss(Meliaceae))の種子から単離されたC-seco-リモノイドである。アザジラクチンの摂食阻害活性は天然物の中では最強に近く、しかも広範な種に対して活性を持つ。アザジラクチンは高度に官能基化されており、複雑な構造をしているため世界中で活発に合成研究が行われており、当研究室でも合成研究を行ってきた 。私は当研究室で得られた知見をもとにアザヂラクチンの全合成に着手した。そこでモデル化合物14および15を合成し、初めに位置異性体14を用いてアセトニドの脱保護の検討を行ったところ一般的な脱保護の条件では反応は進行しなかったが、シュウ酸を用いた時にのみ反応が進行し、ジオール16を得ることに成功した。そこで15を用いて脱保護を試みたところ転位反応が優先してしまい17が得られるのみでジオールを得ることはできなかった。

そこで別の保護基を用いて合成を進めていくこととした。種々検討の結果、既知化合物のジオールに対してジフェニルアセタール保護を行い、その後、種々官能基変換を行うことによって23まで導いた。

続いてモデル化合物の調製のため、更なる官能基変換を行った。23の二重結合をWacker酸化を行い、メチルケトンとした後、アセチレンの付加、続く脱保護、セレノアセタール化を経てラジカル環化前駆体のアレンへと変換した。続いてラジカル環化反応を行ったところ、架橋環を形成した28とその位置異性体の混合物を得た。そこで混ざりのまま続く反応を行い、エポキシド30とその位置異性体を得た。

エポキシド30を得ることができたので、ジフェニルアセタールの除去の検討を行うこととした。種々検討の結果Birch還元を用いてジフェニルアセタールを高収率で除去することができた。ジオール32が得ることができたので、二重結合の導入をするべく、ジオールの脱水反応を試みた。しかしながら、現在のところ二重結合が導入された33を得るに至っていない。今後はさらなる検討を行いモデル化合物の合成を達成し、全合成に向けた研究を行っていきたいと考えている。

まとめ

以上筆者はFF8181-Aおよび類縁体とアザジラクチンの合成研究を行った。FF8181-Aの合成研究では光学分割によって両鏡像体を合成することに成功し、その絶対立体配置を決定することができた。また両鏡像体ならびに類縁体を生物活性試験に供し、天然物が強い活性を示すことがわかった。また、アザジラクチンの合成研究ではジフェニルアセタールを用いてジオールを得ることに成功した。筆者の行った合成研究が、未知の生理機能解明のツールとなり、よりよい人間社会の形成に貢献できたら幸いである。

審査要旨 要旨を表示する

天然には数多くの生物活性物質が存在し、今日に至るまでそれらの作用機序や構造活性相関研究などがなされ、医薬や農薬に応用されている。しかしながら、このような生物活性物質は天然からは非常に微量にしか得られない、もしくは非常に構造が複雑なためにその応用研究が進んでいないといったケースが多々ある。本論文では特徴的な生物活性を示すテルペン関連化合物の合成研究を行っており、二部より構成されている。

第一部ではプロテアソーム非依存的タンパク質分解促進物質FF8181-Aとその類縁体の合成研究および構造活性相関研究を行っている。FF8181-Aはプロテアソーム非依存的にβ-カテニンの分解を促進する新規活性物質として再発見されたドリマン骨格を有するセスキテルペンである。筆者はこの新規な活性に興味を持ち、その構造活性相関や作用機序解析などを目的として合成研究を行っている。

既知のDiels-Alder反応により得られる二環性化合物を出発原料として各種官能基変換を行い、ラセミ体の三環性アリルアルコールへと導いた。これをカンファン酸エステルへと誘導後、光学分割を行い、最後にエステル側鎖を縮合させてFF8181-Aの両鏡像体の合成に成功している。また側鎖が異なる二種類の類縁体の合成も行い、それらを用いて活性試験を行った結果、β-カテニンの分解促進作用にはFF8181-Aのオクタトリエン酸エステル部ならびに立体化学が重要であることを見出した。

第二部では昆虫摂食阻害物質アザジラクチンの合成研究を行っている。アザジラクチンは1968年にMorganらによってインドセンダン(Azadirachta indica A. Juss (Meliaceae))の種子から単離されたC-seco-リモノイドである。アザジラクチンの摂食阻害活性は天然物の中では最強に近く、しかも広範な種に対して活性を持つ。アザジラクチンは高度に官能基化された複雑な構造とその興味深い生物活性のため、世界中で活発に合成研究が行われている。筆者はこれまでの合成研究の知見をもとにアザヂラクチンのジヒドロフランアセタール部に関する合成研究を行った。既知のジオールより出発し、ジフェニルメチレンアセタール基を保護基として用い、分子内環状アセタール中間体へと変換した。その後Wacker酸化、アセチレンの付加、セレノアセタール化などを経てアレンへと導き、続くラジカル環化反応による架橋環部分の構築とエポキシ化により、目的の骨格の合成に成功した。これまで困難であったジオール部分の脱保護にもBirch還元により成功し、現在は二重結合の導入を検討中である。

以上本論文は、プロテアソーム非依存的タンパク質分解促進物質FF8181-Aの合成および構造活性相関研究と昆虫摂食阻害物質アザジラクチンの合成研究をまとめたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51983