学位論文要旨



No 126898
著者(漢字) 八代,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ヤシロ,タクヤ
標題(和) LDL受容体遺伝子の発現調節に関する研究
標題(洋)
報告番号 126898
報告番号 甲26898
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3651号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 特任教授 加藤,久典
 東京大学 准教授 武山,健一
 東京大学 講師 井上,順
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

動脈硬化性疾患は、日本人の死因の約30%を占め、ガンと並んで日本人の二大死因とされている。今後、高齢社会の進展と共に、患者数は益々増加することが懸念されており、その予防・治療法の確立は極めて重要な課題となっている。

動脈硬化性疾患発症の最重要危険因子は、血中のLDL (Low density lipoprotein)であることが立証されており、LDLの細胞内取り込みを担うLDL受容体 (LDLR : Low density lipoprotein receptor)の高発現が、動脈硬化性疾患発症のリスクを低減させることが知られている。従って、LDLR遺伝子の発現調節機構の解明は、抗動脈硬化性疾患を謳う機能性食品や治療薬の開発に繋がると期待される。

転写調節および翻訳後調節におけるLDLRの発現調節機構に関しては解明されつつあるが、転写後調節、つまりmRNAの安定性調節機構に関しては未解明な部分が多く残されている。また、食品成分がLDLRの発現を変動させるという報告はあるが、そのメカニズムは未解明なものが多く存在する。本研究では、これらの課題に取り組み、LDLR遺伝子の発現調節機構の包括的な解明による、動脈硬化性疾患に対する新たな予防・治療法の提案を目指した。

第2章 HuRによるLDL受容体mRNAの安定性調節機構の解析

LDLR mRNAの安定性を制御する因子を探索するため、RNA結合タンパク質に対するsiRNAスクリーニングを行ったところ、HuR (Human antigen R)がその候補として見出された。HuRはユビキタスに発現するAUBP (AU-rich element binding protein)で、通常は核内に存在するが、ある種の刺激に応じて細胞質に移行し、標的mRNAの3'UTR (Untranslated region)上のARE (AU-rich element)に結合して、mRNAの分解を抑制することが報告されている。そこで、本章では、HuRによるLDLR mRNAの安定性調節機構の解析を行った。

遺伝子操作により、HuRをノックダウンするとLDLR mRNAは不安定化し、逆に過剰発現するとLDLR mRNAは安定化することが示された。また、同様にLDLRのタンパク質も増減することが示された。

次に、これらの現象がHuRとLDLR mRNAの直接の結合に起因するかについて検討した。HuR抗体で免疫沈降した共沈物中にLDLR mRNAが含まれるか解析した結果、HuRとLDLR mRNAの結合が示された。

最後に、HuRとLDLR mRNAの結合に必要な領域の決定を試みた。LDLR mRNAは、約半分の2500bを3'UTRが占めており、3'UTRにはAREが4つ存在することが明らかとなっている。そのため、様々なLDLR mRNA 3'UTRのRNAプローブを作製し、HuRとの結合を解析したところ、HuRは最も5'側に位置するAREに結合することが示された。また、HuRには、RNAとの結合に必要なRRM (RNA recognition motif)が3つ存在するが、RRM2を欠いた変異体では、LDLR mRNAと結合できないことが示された。

以上の結果より、HuRは、LDLR mRNAに結合することでmRNAを安定化させて、LDLRの発現を正に制御していることが明らかとなった。

第3章 AICARによるLDL受容体発現誘導機構の解析

AICAR (5-aminoimidazole-4-carboxamide ribonucleoside)は、細胞に取り込まれるとアデノシンキナーゼによってリン酸化され、ZMP (5-aminoimidazole-4-carboxamide ribotide)となる。ZMPは、AMP同様AMPK (AMP-activated protein kinase)に結合して活性化する。AICARは、AMPKの活性化を介して、脂肪酸合成に関与するACC (Acetyl-CoA carboxylase)をリン酸化不活性化することや、コレステロール合成の律速酵素であるHMGCR (3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A reductase)をリン酸化不活性化することなどが報告されており、脂質代謝改善効果があるとされている。

近年、HepG2細胞において、AICARがLDLR mRNA量を増加させると報告され、AICARによるLDLR発現誘導が、AICARの脂質代謝改善効果の一翼を担っている可能性が示された。そこで本章では、AICARによるLDLR発現誘導機構の解析を行った。

HepG2細胞をAICARで処理して、LDLRを含む脂質代謝関連遺伝子のmRNA量の変化を解析したところ、AICARによるLDLR mRNA量のみの増加が示された。また、AICARがLDLRのプロモーター活性に及ぼす影響をレポーターアッセイにて解析したところ、AICARはLDLRの転写には関与しないことが示された。そこで、AICARによるLDLR mRNAの安定性への影響を解析したところ、AICARはLDLR mRNAの分解を抑制し、安定化させることが示された。

次に、AICARによるLDLR mRNA安定化のシグナル伝達経路を解明するために、各種阻害剤を用いて検討した。その結果、AICARによるLDLR mRNA安定化は、AMPKではなく、MEK/ERK (Extracellular signal regulated-kinase)経路を介して誘導されることが示された。

培養細胞を用いた実験から、AICARによるLDLR mRNA安定化は、LDLRタンパク質およびLDL取込み能の上昇にまで及ぶことが示されたため、生体において、AICARが同様の作用を及ぼすかについて検討した。高コレステロール状態にしたハムスターに、AICARを投与して、血中脂質成分を測定したところ、AICARによる血中LDLコレステロール値の低下が示された。

以上の結果より、AICARは、LDLR mRNAの安定化を介してLDLRの発現を亢進し、LDLのクリアランスを高めることが明らかとなった。

第4章 ResveratrolによるLDL受容体発現誘導機構の解析

フランス人が、他の欧米諸国の人々よりも動物性脂肪を大量に摂取しているにもかかわらず、動脈硬化性疾患での死亡率が低いことは、「フレンチ・パラドックス」と呼ばれて広く認知されている。一般に、この現象の理由として、赤ワインに豊富に含まれるポリフェノールが動脈硬化巣形成の要因となる酸化LDLの生成を抑制することによると考えられている。その他に、赤ワインの成分でHepG2細胞を処理すると、LDLRのmRNA量および活性が増加することから、遺伝子発現を介したポリフェノールの生体調節機能の関与も考えられている。そこで本章では、赤ワインに含まれるポリフェノールの中でも特に注目度の高いリスベラトロールが、LDLRの遺伝子発現を誘導するかについて検討した。

HepG2細胞を様々な濃度のリスベラトロールで処理して、LDLRを含む脂質代謝関連遺伝子のmRNA量の変化を解析したところ、リスベラトロールの濃度依存的にLDLRやSQS (Squalene synthase)、HMGCRなどのmRNA量の増加が示された。

これら全ての遺伝子の転写には、共通して転写因子SREBP (Sterol regulatory element-binding protein)が関与することから、リスベラトロールによるLDLRの発現誘導にSREBPが関与することが考えられた。そこで、リスベラトロールがLDLRのプロモーター活性に及ぼす影響をレポーターアッセイにて解析したところ、リスベラトロールによるLDLR転写亢進へのSREBPの関与が示された。

次に、リスベラトロールによるSREBP活性化のメカニズムを検討するために、SREBPのタンパク質を解析したところ、リスベラトロールはSREBPの前駆体から活性型へのプロセシングを亢進することが示された。そこで、細胞を過剰なコレステロールで処理してプロセシングを阻害したところ、リスベラトロールによるLDLR mRNA量の増加が抑制された。

以上の結果より、リスベラトロールがSREBPのプロセシングを亢進してLDLRを含む標的遺伝子の発現を誘導することが明らかとなった。

第5章 総合討論

既存のLDLコレステロール低下薬であるスタチンは、動脈硬化性疾患の予防に多大な貢献をしてきたが、過去に心臓発作などの経験がある高リスク患者においては、よりLDLコレステロールを低下させる必要がある。そのため、スタチンとは異なるメカニズムでLDLRの発現を亢進することが、先進的な動脈硬化予防法として望まれている。

本論文で明らかにした「HuRによるLDLR mRNA安定化」および「AICARによるLDLR mRNA安定化」は、正にスタチンとの相乗効果が期待できる薬剤の開発の一助となり得るだろう。

また、「リスベラトロールによるLDLRの転写亢進」は、日々摂取する食品成分が、LDLコレステロールの上昇を抑制する可能性を示したものであり、抗動脈硬化性疾患を謳う機能性食品の開発の一助となり得るだろう。

審査要旨 要旨を表示する

今後、高齢社会の進展と共に、動脈硬化性疾患の患者数は益々増加することが懸念されている。動脈硬化性疾患発症の最重要危険因子は、血中のLDL (Low density lipoprotein)であることが立証されており、LDLの細胞内取り込みを担うLDL受容体 (LDLR)の高発現が、動脈硬化性疾患発症のリスクを低減させることが知られている。そこで本研究では、LDLR遺伝子の発現調節機構の包括的な解明による、動脈硬化性疾患に対する新たな予防・治療法の提案を目指した。

始めに、LDLR mRNAの安定性は、3'UTR (Untranslated region)上のARE (AU-rich element)によって規定されることから、そこに結合するAUBP (AU-rich element-binding protein)を同定するため、siRNAスクリーニングを行ったところ、その候補としてHuR (Human antigen R)を見出した。また、遺伝子操作により、HuRを過剰発現したところ、LDLR mRNAは安定化することが示された。次に、これらの現象がHuRとLDLR mRNAの直接の結合に起因するかについて検討した。HuR抗体で免疫沈降した共沈物中にLDLR mRNAが含まれるか解析した結果、HuRとLDLR mRNAの結合が示された。最後に、HuRとLDLR mRNAの結合に必要な領域の決定を試みた。LDLR mRNAの3'UTRにはAREが4つ存在するため、様々な長さのRNAプローブを作製し、HuRとの結合を解析したところ、HuRは最も5'側に位置するAREに結合することが示された。以上の結果より、HuRは、LDLR mRNAに結合することでmRNAを安定化させていることが明らかとなった。

続いて、AMPK (AMP-activated kinase)活性化剤であるAICAR (5-aminoimidazole -4-carboxamide ribonucleoside)がLDLRの発現を誘導するかについて検討した。まず、AICARによるLDLR mRNAの安定性への影響を解析したところ、AICARはLDLR mRNAを安定化させることが示された。次に、AICARによるLDLR mRNA安定化のシグナル伝達経路を解明するために、各種阻害剤を用いて検討した。その結果、AICARによるLDLR mRNA安定化は、MEK/ERK (Extracellular signal regulated-kinase)経路を介して誘導されることが示された。さらに、高コレステロール状態にしたハムスターに、AICARを投与して、血中脂質成分を測定したところ、AICARによる血中LDLコレステロール値の低下が示された。以上の結果より、AICARは、LDLR mRNAの安定化を介してLDLRの発現を亢進し、LDLのクリアランスを高めることが明らかとなった。

最後に、赤ワインに含まれるポリフェノールであるリスベラトロールが、LDLRの遺伝子発現を誘導するかについて検討した。HepG2細胞を様々な濃度のリスベラトロールで処理して、LDLRを含む脂質代謝関連遺伝子のmRNA量の変化を解析したところ、リスベラトロールの濃度依存的にLDLR mRNA量の増加が示された。そこで、リスベラトロールがLDLRのプロモーター活性に及ぼす影響をレポーターアッセイにて解析したところ、リスベラトロールによるLDLR転写亢進へのSREBP (Sterol regulatory element-binding protein)の関与が示された。次に、リスベラトロールによるSREBP活性化のメカニズムを検討するために、SREBPのタンパク質を解析したところ、リスベラトロールはSREBPの前駆体から活性型へのプロセシングを亢進することが示された。以上の結果より、リスベラトロールがSREBPのプロセシングを亢進してLDLRを含む標的遺伝子の発現を誘導することが明らかとなった。

最近では、既存のLDLコレステロール低下薬であるスタチンとは異なるメカニズムでLDLRの発現を亢進することが、先進的な動脈硬化予防法として望まれている。本論文で明らかにした「HuRによるLDLR mRNA安定化」および「AICARによるLDLR mRNA安定化」は、正にスタチンとの相乗効果が期待できる薬剤の開発に貢献し得るだろう。また、「リスベラトロールによるLDLRの転写亢進」は、日々摂取する食品成分が、LDLコレステロールの上昇を抑制する可能性を示したものであり、抗動脈硬化性疾患を謳う機能性食品の開発の一助となることが予想される。

上述のように、本研究は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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