No | 126899 | |
著者(漢字) | 田,綾子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシダ,アヤコ | |
標題(和) | Lactobacillus gasseri OLL2809の免疫調節機能に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126899 | |
報告番号 | 甲26899 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3652号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 乳酸菌のアレルギー疾患の予防・治療に対する有効性は多くの研究者により報告されている。その抑制メカニズムとしては、(1)I型ヘルパーT細胞(T helper 1; Th1)を活性化させることで、アレルギー疾患に深く関与しているII型Th細胞(Th2)を抑制すること、(2)T細胞の増殖を抑制する作用を有する制御性T細胞を活性化させることで、過剰な免疫反応を抑制し症状を緩和させることが考えられている。Lactobacillus gasseri OLL2809(LG2809)は、ヒト糞便から単離された乳酸菌であり、経口投与することでマウスにおける血清中Immunoglobulin(Ig)E抗体の増加を抑制する効果や、ヒトの花粉症の症状を緩和する効果を有するなど、抗アレルギー作用があることが明らかにされている。 乳幼児における食物アレルギーが大きな問題になって久しい。これに対し以前から、経口免疫寛容を誘導させることで食物アレルギーを予防しようとする考え方がある。経口免疫寛容は抗原の経口投与により、抗原特異的な免疫応答が抑制される現象のことであり、食物アレルギーは経口免疫寛容の破綻と捉えることもできる。つまり経口免疫寛容の機能を強化することができれば、食物アレルギーの予防、あるいは寛解を維持、促進することができると考えられる。また、T細胞は獲得免疫系における司令塔としての役割を果たしているがアレルギー等の免疫疾患にも深く関与している。そのためT細胞の増殖を制御することができればT細胞を原因とする免疫疾患を予防・治療することができる可能性がある。しかしながら、乳酸菌による経口免疫寛容の強化およびその作用機構、また乳酸菌によるT細胞の増殖応答の抑制に関する知見は限られたものに過ぎない。そこで本研究では、LG2809の免疫調節機能を検討するため、経口免疫寛容に対する効果、T細胞の増殖応答に対する抑制効果について検討した。 第1章Lactobacillus gasseri OLL2809の強制経口投与による経口免疫寛容誘導の強化 DO11.10マウスは、オボアルブミン(ovalbumin; OVA)特異的なT細胞受容体遺伝子を導入した、BALB/cマウスと遺伝背景を同じくするトランスジェニックマウスである。DO11.10マウスに20%OVA水を5日間自由摂取させ経口免疫寛容を誘導すると、脾臓CD4+ T細胞は、抗原刺激に対する増殖応答およびInterleukin(IL)-2産生応答が抑制され、CD4+ T細胞の抗原刺激に対する増殖応答を抑制する活性が誘導される。本研究ではまず、この経口免疫寛容誘導系に対するLG2809の投与効果を調べた。その結果、LG2809生菌体の強制経口投与により、経口免疫寛容により誘導される上記の効果が強化されることを見出した。フローサイトメトリー解析の結果、LG2809の投与は、経口免疫寛容誘導時の脾臓でのCD62Llow CD44high CD4+ T細胞集団の割合を増加させることが明らかになり、その細胞集団の増加と相関して脾臓CD4+ T細胞のIL-10産生が増強されることを見出した。CD62Llow CD44high CD4+ T細胞集団は低応答化した、抑制活性の強い細胞集団である。セルソーターを用いて当該細胞集団を精製し抑制活性を測定したところ、LG2809投与により抑制活性が強化されていることも明らかにした。これらのことから、LG2809の投与は経口免疫寛容誘導時の脾臓でのCD62Llow CD44high CD4+ T細胞集団の割合を増加させ、その細胞集団自身の抑制活性を強化することで全身性の経口免疫寛容の誘導を強化していることが示唆された。 次に腸管免疫系におけるLG2809生菌体の強制経口投与の効果を検討した。LG2809または生理食塩水投与中のDO11.10マウスに、20%OVA水を0、3、5日間自由摂取させたときの小腸粘膜固有層(lamina propria; LP)に存在するT細胞による、CD4+ T細胞の増殖応答およびIL-2産生の抑制活性を測定したところ、OVA水投与日数の増加と共に強い抑制活性が誘導され、生理食塩水投与群と比べてLG2809投与群ではその抑制活性がより早い段階で獲得されていた。しかし、OVA水投与の5日目にはLPのT細胞による抑制活性には、差は認められなくなった。フローサイトメトリー解析を行ったところ、LPのCD62Llow CD44high CD4+ T細胞集団の割合は、OVA水の投与日数の増加と共に増加するが、LG2809生菌体を投与した方がより早く増加することを見出した。しかし、この差もOVA水投与5日目には認められなくなった。これらの結果から、LG2809投与により、LPでの経口免疫寛容の誘導が促進されていることが示唆された。 経口免疫寛容の誘導にはLPの樹状細胞(dendritic cell; DC)が関与していることが知られている。そこでLPにおけるDCの状態をフローサイトメトリー解析したところ、LG2809投与によりDCのうち特に形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid DC; pDC)が増加していることが明らかになった。LG2809投与群でのpDCの割合の増加は、OVA水投与5日目には生理食塩水投与群と比べて差が認められなくなった。LG2809投与によるLPでのpDCの増加はBALB/cマウスにおいても認められ、また、そのLP細胞による抗原提示で分化誘導させたDO11.10由来CD4+ T細胞は、生理食塩水投与群のLP細胞で提示されたT細胞よりも、強い抑制活性を有することも明らかにした。以上のことから、LG2809投与はLPのpDCを増加させ、抗原提示によって抑制能の強いCD4+ T細胞の分化誘導を促進し、経口免疫寛容の誘導を促進しているのではないかと考えられた。 第2章Lactobacillus gasseri OLL2809およびToll-like receptorリガンドによる脾臓CD4+ T細胞の増殖応答の抑制効果 次に、CD4+ T細胞の増殖に与えるLG2809の効果を検討した。抗原および抗原提示細胞と、DO11.10マウスから調製した脾臓CD4+ T細胞との共培養系におけるLG2809の添加効果を検討したところ、生菌体、加熱死菌体共にCD4+ T細胞の増殖応答に対して抑制効果があることを見出した。次にLG2809菌体の破砕処理や酵素処理を行うことで、菌体のどの成分が増殖応答を抑制するかについて検討を行ったところ、そのRNAにCD4+ T細胞の増殖応答を抑制する効果があることが判明した。anti-CD3ε/CD28抗体刺激によるBALB/cマウス脾臓CD4+ T細胞の増殖応答に対しても、LG2809加熱死菌体およびそのRNAは抑制効果を示し、CD4+ T細胞の増殖を直接抑制していることが明らかになった。MyD88欠損マウスの脾臓CD4+ T細胞について同様の検討を行ったところ、その抑制効果は解除され、LG2809加熱死菌体およびそのRNAの抑制効果にはMyD88を介したシグナル伝達系が関与していることが明らかになった。また、抗酸化剤であるN-アセチルシステイン(NAC)処理によってもこれらの抑制効果が阻害されることが明らかになり、その抑制には酸化ストレスが関与していることが示唆された。 生体におけるLG2809由来のRNAの効果を検討するため、IV型アレルギーの一つである遅延型過敏反応(delayed-type hypersensitivity; DTH)への効果を検討した。DO11.10マウスにOVAを完全フロイントアジュバントと共に免疫し、足せきにOVAを含む生理食塩水を注射することでDTH反応を誘導した。その結果、LG2809由来のRNAはDTH反応を抑制できること、また、この効果はNACの投与により解除されることが明らかになった。 MyD88がLG2809加熱死菌体およびそのRNAのCD4+ T細胞の増殖抑制効果に関与していることが示されたことから、そのメカニズムを詳しく調べるために、次に各種Toll-like receptor(TLR)リガンドを用いた検討を行った。その結果、TLR7のリガンドであるImiquimodが、CD4+ T細胞の増殖に対して強い抑制活性をもつことが明らかになった。ImiquimodはCD4+ T細胞にDNAの断片化などアポトーシスを誘導していた。またフローサイトメトリー解析の結果、G0/G1期にcell cycle arrestしていることも判明した。アポトーシスの誘導はNAC処理で解除されたことから、酸化ストレスがアポトーシスの誘導に関与していることが示唆された。MyD88欠損マウスを用いた検討を行ったところ、ImiquimodによるCD4+ T細胞のアポトーシス誘導は解除されたが、興味深いことにcell cycle arrestはMyD88欠損マウスにおいても解除されなかった。CD4+ T細胞の増殖因子であるIL-2産生の抑制もMyD88欠損マウスで解除されなかったことから、ImiquimodによるIL-2産生の抑制がcell cycle arrestの原因であると考えられた。マウス生体での効果を調べたところ、Imiquimodの投与によりDO11.10マウスの足せきに誘導したDTH反応が顕著に抑制された。 本研究ではLG2809由来のRNAおよびImiquimodにCD4+ T細胞の増殖を抑制する効果があることを明らかにし、その抑制メカニズムにはMyD88と酸化ストレスが関与していることを示した。また、DTH反応を抑制できることから、これらの成分がIV型アレルギーの治療に利用できる可能性が示された。 総括 本研究では、LG2809生菌体に経口免疫寛容の誘導強化効果があることを明らかにした。この効果はLPにおけるpDCの増加により引き起こされていることが示唆された。また、LG2809生菌体および加熱死菌体共にCD4+ T細胞の増殖応答を抑制する効果があることを明らかにした。LG2809由来のRNAやImiquimodにも同様の抑制活性があることを示し、これらの成分がDTH反応を抑制できることを明らかにした。本研究により、LG2809に食物アレルギーやIV型アレルギーを予防、治療できる可能性があることと、その作用機作の一端が明らかにされ、乳酸菌体のもつ新規な免疫抑制機能を明らかにできたと考えている。 | |
審査要旨 | Lactobacillus gasseri OLL2809(LG2809)は、ヒト糞便から単離された乳酸菌であり、抗アレルギー作用が明らかにされている。乳幼児における食物アレルギーが大きな問題になって久しいが、これに対し経口免疫寛容の機能を強化することで食物アレルギーを予防、あるいは寛解を促進することが考えられている。また、T細胞はアレルギー等の免疫疾患に深く関与していることが知られている。そのためT細胞の増殖を制御することができればT細胞を原因とする免疫疾患を予防・治療できる可能性がある。しかしながら、乳酸菌による経口免疫寛容の強化及びその作用機構、また乳酸菌によるT細胞の増殖応答の抑制に関する知見は限られたものに過ぎない。本研究は、LG2809の経口免疫寛容に対する効果、T細胞の増殖応答に対する抑制効果について解明を試みたもので、序論および2章からなる。 研究の背景と目的が述べられている序論に続き、第1章では、LG2809の強制経口投与による経口免疫寛容誘導の強化効果について述べられている。卵白アルブミン(ovalbumin; OVA)特異的なT細胞受容体遺伝子を導入したトランスジェニックマウスであるDO11.10マウスに20%OVA水を5日間自由摂取させる経口免疫寛容誘導モデルに対し、LG2809生菌体の投与により経口免疫寛容が強化されることが示された。LG2809の投与により、経口免疫寛容誘導時の脾臓でのCD62Llow CD44high CD4+ T細胞集団の割合の増加とIL-10産生の増強、その細胞集団自身の抑制活性の増強が起こることから、全身性の経口免疫寛容誘導を強化していることが示唆された。また、LG2809投与により、小腸粘膜固有層(lamina propria; LP)に存在するT細胞が強い抑制活性を早い段階で獲得すること、LPのCD62Llow CD44high CD4+ T細胞集団の割合が早く増加することが明らかになった。LPの樹状細胞(dendritic cell; DC)についての検討では、LG2809投与により形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid DC; pDC)が増加していることが示されると共に、LG2809を投与したLP細胞で分化誘導させたCD4+ T細胞は強い抑制活性を有することも示された。以上のことは、LG2809投与がLPのpDCを増加させ、抗原提示によって抑制能の強いCD4+ T細胞の分化誘導を促進し、経口免疫寛容の誘導を促進していることを示唆していると結論づけている。 第2章では、CD4+ T細胞の増殖に与えるLG2809の効果について述べられている。LG2809の加熱死菌体がCD4+ T細胞の増殖応答を抑制すること、また活性成分としてLG2809のRNAにCD4+ T細胞の増殖応答を抑制する効果があることが明らかにされた。その作用メカニズムには、MyD88を介したシグナリング経路と酸化ストレスが関与していることが示された。マウス生体では、LG2809由来のRNAの投与によりIV型アレルギーモデルの遅延型過敏反応(delayed-type hypersensitivity; DTH)を抑制できること、この効果に酸化ストレスが関与することが示された。LG2809及びそのRNAによる抑制メカニズムを調べるため、各種Toll-like receptor(TLR)リガンドを用いた検討を行ったところ、TLR7のリガンドであるImiquimodが、CD4+ T細胞の増殖を強く抑制すること、その抑制にはMyD88を介した酸化ストレスによるCD4+ T細胞のアポトーシス誘導と、MyD88非依存的なIL-2産生の抑制、G0/G1期へのcell cycle arrestが関与することが示された。ImiquimodがDTH反応を顕著に抑制することも明らかとなった。以上より、LG2809とそのRNAによるCD4+ T細胞の増殖応答抑制効果にMyD88及び酸化ストレスの関与が示され、TLR7が関与する可能性が示唆された。DTH反応を抑制できることから、これらの成分がIV型アレルギーの治療に利用できる可能性が示された。 総合討論では本研究の意義や課題についての考察がなされている。 本研究は、乳酸菌投与により食物アレルギーやIV型アレルギーを予防、治療できる可能性を示し、またその作用機作の一端を明らかにしたものであり、乳酸菌体のもつ新規な免疫調節機能を明らかにした点で、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認める。 | |
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