学位論文要旨



No 126905
著者(漢字) 栗田,朋和
著者(英字)
著者(カナ) クリタ,トモカズ
標題(和) 出芽酵母の細胞壁構成多糖β-1,6-glucan合成関連遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 126905
報告番号 甲26905
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3658号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 准教授 舘川,宏之
 東京大学 准教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

出芽酵母のβ-1,6-glucanは,glucoseが約350残基,β-1,6結合により繋がった細胞壁多糖である.細胞壁の主要な多糖であるβ-1,3-glucanにキチンやマンナンタンパク質を共有結合で繋ぐ働きをもち,細胞壁の形成に必須である.抗体を用いた解析でβ-1,6-glucanは細胞質膜の外側にしか検出されず,また芽の極性生長端で盛んに合成されると報告されている.β-1,6-glucanの合成酵素は未だに明らかにされておらず,分子機構はおろか合成を行われている場所すらも良くわかっていない.β-1,6-glucan合成に関る遺伝子は,β-1,6-glucanと結合する毒性タンパク質,K1 killer toxinに対する 耐性変異株から同定された.現在までに多くの遺伝子産物が調べられたが,そのほとんどは小胞体(ER)から細胞質膜(PM)までの小胞輸送経路中に局在すると示唆されている.β-1,6-glucan合成系における最大の問題は,PMの外側にしかβ-1,6-glucanが検出されないにも拘らず,変異によりβ-1,6-glucanが減少し且つ合成反応に関わりうるタンパク質がPMに発見されていない点にある.それ故,β-1,6-glucan合成関連遺伝子産物の局在に関する正確な知見は,非常に重要である.

本研究では,1章でβ-1,6-glucan合成酵素の最も有力な候補タンパク質であるKre6が極性生長端に集積する新たに発見した局在について検討した.2章ではβ-1,6-glucan合成に関わるERの必須膜タンパク質Keg1について,Kre6やCne1等との相互作用を中心に検討を行った.

1章 Kre6の極性生長端への集積に関する解析

KRE6遺伝子破壊株は,K1 killer toxinに対する耐性,キチンに結合して生育を阻害するCalcofluor White (CFW)に対する高感受性,アルカリ不溶性β-1,6-glucanの減少の形質を示す.このような表現型に加えC末端側内腔領域にはFamily 16 glycosylhydroraseとの相同性とUDP-glucose binding domainもある為,β-1,6-glucan合成酵素本体である可能性が高いと考えられている.しかしKre6の局在に関して,これまでにtagの種類や位置,発現量等によって,3種類もの異なる局在が議論された.そこで先ず,抗Kre6抗体を取得して真のKre6の局在と機能を調べた.

取得できた抗Kre6を用いて間接蛍光観察すると,従来見られたことのない,芽や出芽予定部位に極性化した局在が見出された.蔗糖密度勾配遠心分画と免疫電子顕微鏡観察では,このような株でも,大部分のKre6はERに存在し,より少量のKre6のみがPMや分泌小胞のような膜画分に局在すると考えられた.ERマーカーLip1との共染色によりKre6が出芽予定部位や芽に移行するのはERの移行より先行する事が分かった.芽の先端に極性化するPMのマーカーSnc1とKre6を共染色すると,PM上では局在が一致した.しかし,細胞質においては,Kre6はより内側の膜画分にも局在していた.

次にこの新規なKre6の局在の生物学的な意味を検討した.Kre6のN末端の細胞質側はKre6の正しい局在に必要な領域と考えられる.そこで,Kre6のN末端をそれぞれ137,230,280アミノ酸残基削った変異Kre6タンパク質を作出し,変異タンパク質の局在とその株の細胞壁の検討を行った.Δ137kre6株は間接蛍光観察により少数の細胞でとても弱いKre6の芽への局在が検出され,蔗糖密度勾配遠心分画ではPM領域にpeakが検出されたが,K1 killer toxinに対して弱い耐性化が見られた.この結果よりKre6が芽に強く極性化する局在はKre6の完全な活性に必要と考えられた.Δ230,Δ248kre6株は,細胞内に弱いdot状構造を検出するのみで,極性化した局在は全く失われ,蔗糖密度勾配遠心分画においてもPM領域のpeakは検出されなかったΔ230, Δ248株は,K1 killer toxinに対しΔkre6株と同等の耐性とCFW高感受性を示した.この結果より,N末端Δ230, Δ248 kre6変異タンパク質は,極性化する局在能を失い,且つKre6の本来の機能も完全に失っていると考えられた.以上の結果から,Kre6のN末端側の領域はERからの搬出に必要であり,PMへの極性局在が機能に必要と考えられる.

2章Keg1の機能についての解析

Yfr042wはERの必須膜タンパク質で,error-prone PCRで作製した温度感受性変異株においてCFW高感受性,アルカリ不溶性β-16-glucanの減少を示した.さらにKre6との結合が検出された為,KEG1 (Kre6-binding ER protein responsible for β-1,6-Glucan synthesis 1)と命名した(1).

本研究においては,これまでERに局在すると考えていたKre6が芽に極性化した局在を持つことがわかった為,Keg1の局在,Kre6との結合について再検討を行った.その結果,GFP-Keg1は発現量を変えても常にERへの局在した.各種条件の蔗糖密度勾配遠心からもGFP-Keg1はER局在のパターンを示した.芽に極性化する局在を示すKre6-3HAとGFP-Keg1を発現する株を用いて再検討したところ,やはりKre6-3HAとGFP-Keg1の結合は認められた.

ここまでの結果からKre6はERに局在している時にKeg1と結合し,おそらくはKre6が機能を発揮するPMや分泌小胞に局在している時は,ERにのみに局在するKeg1とは結合していないと考えられた.

β-1,6-glucanは,細胞質膜の外側にしか検出されないにも関わらず,ERに局在するKeg1の変異株においてβ-1,6-glucanが減少するのは,Kre6を介した間接的な影響なのかも知れない.温度感受性変異keg1-1株において調べると,Kre6の極性化局在が見られなくなった.このことから,Keg1はKre6の局在に必要な因子であると考えられる.

Cne1はcalnexinと24%の相同性を示すI型膜タンパク質で,ERへの局在が報告されている.Cne1にもシャペロンとしての機能がある可能性があるが,出芽酵母における本来の役割やtargetはよくわかっていない.keg1-1とΔcne1は二重変異株において合成生育遅延を示し,Cne1-3HAと6myc-Keg1は物理的な結合も示した.また,Cne1の破壊株において,Kre6の局在に影響が見られ,Cne1がKre6の折り畳みに関わる可能性が初めて示された.

総括

本研究ではβ-1,6-glucan合成に関わるとされる遺伝子の中で初めて芽への極性化した局在を持つ遺伝子産物としてKre6を同定し,この局在がKre6の機能に必要である事を示した.これまで,合成機構も合成の場所すらわからなかった,β-1,6-glucan合成に関して,少なくともKre6がPMやその近傍の膜画分に輸送され,β-1,6-glucan合成に関わる反応を行う,という知見が得られた.

これまでERのタンパク質の変異が,なぜPMの外にあるβ-1,6-glucanに影響を与えるのか,全く不明であった.本研究において,少なくともKeg1とCne1の変異は,Kre6の正しい局在に必要であるという事が示され,これら遺伝子の細胞壁への影響はKre6を介する可能性を示した.

(1) Journal of Biological Chemistry 2007,282(47) 34315-34324 「KEG1/YFR042w Encodes a Novel Kre6-binding Endoplasmic Reticulum Membrane Protein Responsible for β-1,6-Glucan Synthesis in Saccharomyces cerevisiae」 Nakamata,K.,Kurita,T.,Bhuiyan,S.M.A.,Sato,K.,Noda,Y.,and Yoda,K.(2) Journal of Biological Chemistry 2010, 投稿中 「Kre6 Protein Essential for Yeast Cell-Wall β-1,6-Glucan Synthesis Accumulates at Sites of Polarized Growth」 Kurita,T.,Noda,Y.,Takagi,T.,Osumi,M.,and Yoda,Y.
審査要旨 要旨を表示する

真菌の細胞壁多糖は抗真菌剤の標的としてきわめて有望だが、β-1,6-グルカンの生合成機構は本質的に明らかでない。出芽酵母では約350残基のグルコースがβ-1,6-結合でつなげられ、β-1,3-グルカン・キチン・マンナンタンパク質と共有結合する。β-1,6-グルカンは細胞質膜(PM)の外側にしか抗体で検出されず、芽の極性生長端で盛んに合成される。しかし、PM上には合成酵素候補が見出されておらず、β-1,6-グルカン合成が変異により低下する遺伝子の産物は、小胞体(ER)からPMに到る小胞輸送経路中のさまざまな領域に局在する。申請者は、糖鎖分解酵素との相同配列をもち糖鎖伸長に関る最有力候補タンパク質であるKre6が、生長端のPMに存在する事実を初めて明らかし、またERにおけるKeg1やCne1との相互作用の重要性を示した。

第一章ではKre6の局在に関して調べた結果が示されている。Kre6は、遺伝子破壊によりβ-1,6-グルカンが大きく減少するII型膜タンパク質で、C末端側領域にはファミリー16 グリコシルハイドロラーゼと相同性がみられ、β-1,6-グルカン合成に直接関る酵素の可能性が高い。しかし、タグ標識の種類や位置、発現量等により局在場所に異論があった。そこで、抗Kre6抗体を取得し、タグなしの真のKre6の局在を調べた。間接免疫蛍光染色観察では、芽や出芽予定部位に強いシグナルが観察され、これはC末端にHAタグをつけたKre6を染色体上から発現させたときの観察結果と一致した。細胞の蔗糖密度勾配遠心分画と免疫電子顕微鏡観察では、Kre6の大部分はERに局在するが、一部はPMや分泌小胞(SV)様の膜に存在することが示された。ERマーカーLip1と比較すると、Kre6はERより先に出芽予定部位や芽に移行し、芽の先端に極性化するPM/SVマーカーSnc1と比較すると、PM上のシグナルがほぼ一致するが、細胞質内の領域にもKre6のシグナルは認められた。

次にKre6がSV/PMに存在することの生物学的な意味を検討した。Kre6のN末端の細胞質側はKre6の細胞内局在に関与する。N末端から137,230,248アミノ酸残基削った変異タンパク質を唯一のKre6として持つ株を作った。Kre6のΔ137株は、少数の細胞で微弱な芽への局在がみられ、蔗糖密度勾配遠心分画でPM画分にもシグナルが検出されたが、K1キラー毒素にやや耐性化した。Δ230とΔ248株では、細胞内に弱いドット状シグナルが検出されるのみで、芽への極性化は全く失われ、PM画分には検出されず、細胞はkre6破壊株と同等のK1キラー耐性とカルコフラワー(CFW)高感受性を示した。この結果は、Kre6はERに多量存在するが、その一部がPMに移行することが正常なβ-1,6-グルカン合成に必要なことを示している。

第二章では、Kre6と結合するKeg1について解析した結果が示されている。Keg1はERに局在する必須膜タンパク質で、温度感受性変異株がCFW高感受性、K1キラー耐性、β-1,6-グルカンの減少を示す。Kre6がPMにも存在することが分かったため再検討したが、Kre6-3HAとGFP-Keg1の結合が再確認されるとともに、GFP-Keg1は発現量を変えても常にERのみに局在していた。Kre6は、ERに存在する時にKeg1と結合し、おそらく機能を発揮するPMでは解離していると考えられる。温度感受性keg1-1変異株において、Kre6は不安定化するとともに野生型でみられる芽への極性局在が認められなくなり、Keg1はKre6の安定化と局在に関る因子であることが明らかになった。Cne1はカルネキシンと24%の相同性をもつI型膜タンパク質で、ERへの局在が報告されている。Cne1もシャペロン機能をもつ可能性があるが、出芽酵母における役割や標的はよく分かっていない。keg1-1とΔcne1は二重変異株において合成生育遅延を示し、Cne1-3HAと6myc-Keg1が結合することも明らかになった。更にΔcne1株ではKre6の芽への集積が認められなかった。Keg1とCne1はERにおいて協同し、Kre6の正常な構造形成や活性化及びPMへの移行に働くと予想される。

以上、本論文は、β-1,6-グルカン合成に関るとされた遺伝子産物の中で初めて、Kre6が芽のPMに移行し、この局在がβ-1,6-グルカン合成に必要であること、及びこの局在化にERのKeg1とCne1が働くことを示した。これらの研究成果は、従来まったくPMに見つからなかった合成酵素の候補を明らかにしたことから、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51985