学位論文要旨



No 126908
著者(漢字) 堀嵜,允文
著者(英字)
著者(カナ) ホリサキ,タダフミ
標題(和) 有機ハロゲン化合物分解菌の単離と解析
標題(洋)
報告番号 126908
報告番号 甲26908
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3661号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 准教授 石井,正治
 東京大学 准教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

有機ハロゲン化合物は、農薬、医薬品、界面活性剤など様々な場面で利用されているが、後に環境残留性や毒性を持つことが報告され、使用制限、使用禁止、排出規制といった措置がとられることもある。現在、有機ハロゲン化合物の中でも特に難分解性が高い化合物で汚染されている環境を低コストで効率よく修復する方法として、微生物を用いたbioremediation(特に分解菌を汚染現場に添加するbioaugmentation)や分解能を付与した組換え体植物を用いたphytoremediationが注目されている。しかし、これらの方法を用いる場合には、まず対象化合物を分解可能な微生物、分解酵素遺伝子を取得する必要がある。

本研究では、環境汚染物質の中でも環境中での残留性・生物蓄積性・生物毒性が高く、長距離移動性が懸念される残留性有機汚染物質 [Persistent Organic Pollutans (POPs)]に着目し、POPs条約で製造及び使用の廃絶、排出の削減が規定されているドリン系農薬、有機フッ素化合物で汚染された土壌、排水の浄化を最終目標とし、それら化合物そのもの、あるいは構造類似化合物の分解菌、分解酵素遺伝子を取得すると共に、その過程で得られる脱ハロゲン化酵素に関する基礎的知見を収集することを目的とした。

1. ドリン系農薬分解菌の単離と解析 (第2章)

ドリン系農薬は、使用禁止から約40年が経過しているにも関わらず、今なお環境中より検出されていること、変異原性等の毒性を有することからPOPsに指定されている化合物である。本章では、ドリン系化合物を含む疎水性化合物吸収能が高いウリ科植物に微生物由来のドリン分解酵素を発現させ、ドリン分解のためのphytoremediation法を開発するために、ドリン系農薬分解微生物の単離と解析を行った。

過去において、好気的なドリン系農薬分解菌の単離が多く試みられてきたにも関わらず強い分解力を有する分解菌は報告されてないことから、通常の環境中にはドリン系農薬分解菌の存在割合は非常に低いことが考えられたため、ドリン系農薬(dieldrin, DIL)で汚染させた土壌、堆肥を作製することで、DIL分解菌の優占化を図ることとした。終濃度400ppmで汚染させた土壌、堆肥を作製し、汚染土壌、堆肥中の残存DIL量のモニタリングを行ったが、顕著な減少は見られなかった。しかし、DIL汚染堆肥を単離源としてDIL分解菌の単離を試みた結果、DIL懸濁三倍希釈LB(1/3LB)寒天培地上で明瞭なクリアゾーンを形成するGeobacillusに属する細菌(Geobacillus sp. DIL-1株と命名)の取得に成功した。DIL-1株は、液体培地で旺盛には生育できず、寒天培地上の培養が数日を超えると植え継ぎできないという性質を持っていた。DIL懸濁1/3LB重層寒天培地を用いて、DIL-1株によるクリアゾーン形成部のDIL残存量を非形成部と比較することで分解能を解析した。その結果、クリアゾーン形成部には非形成部の約25%のDILしか含んでおらず、有意にDILが分解されていることが示された。また、DIL-1株はendrin (END)で白濁させた懸濁1/3LB重層寒天培地上でもクリアゾーンを形成し、約90%のENDを分解していた。しかし、DIL、ENDともに基質の分解は確認できるものの、分解産物を検出するには至らなかった。

次に、Geobacillus属細菌が一般的にDILを分解可能であるか否かを検証した。DIL-1株近縁種を中心に10株のGeobacillus属標準菌株のクリアゾーン形成能を確認したところG. jurassicus、G. toebii、G. thermoglucosidasiusが明確なクリアゾーンを、G. caldoxyliticusが微弱なクリアゾーンを形成することが示された (図1)。現在、DIL-1株から分解酵素遺伝子を取得するため、ドラフトゲノム配列を決定すると共に、DIL-1株全ゲノムライブラリーで形質転換した枯草菌のクリアゾーン形成能を指標としたショットガンスクリーニングを試みている。また、クリアゾーン形成能欠失変異株を自然変異・変異原処理により標準菌株(寒天培地上での生育が容易)から取得し、変異点を同定するため、変異株の取得と上記4株の全ゲノム配列の決定を行っている。

2. Monochloroacetic acid (MCA)分解菌の単離と解析 (第3章)

脱ハロゲン化酵素を機能改変して新たな分解酵素を作出するには、脱ハロゲン化酵素に関する基礎的知見を収集する必要がある。そこで、単純な構造を持ち、容易に取得することが可能と予想されたMCAに注目し、MCA分解酵素を取得して、基質特異性を中心に既報の例と比較した。

300種の土壌、活性汚泥を単離源とし、MCAを唯一の炭素源とする液体培地を用いて集積培養を行った結果、5株のBurkholderia属MCA資化菌を取得した。得られた5株のMCA資化菌は、MCAを培養開始25時間以内に完全に分解すること、MCAの全ての塩素を脱離することが示された。MCA脱ハロゲン酵素遺伝子内の部分配列をPCR増幅し塩基配列を決定した結果、5株ともHillら (J. Bacteriol., 181, 2535-2547, 1999)の分類によるgroup II脱ハロゲン化酵素を持つことが明らかになった。分解菌培養液からの中間代謝物の同定には至らなかったが、PCR増幅された部分配列はglycolic acidを生成するPseudomonas sp. CBS-3株由来のDehCIとアミノ酸レベルで74.6%、Burkholderia cepacia MBA4株由来のHdl IVaと65.2%と高い相同性を示したことから、中間代謝物はglycolic acidであることが示唆された。また、MCA資化菌の生育基質特異性の解析から、脱ハロゲン酵素はmonofluoroacetic acidを除く全てのモノハロゲン化酢酸を基質とするものの、ジハロゲン化酢酸、トリハロゲン化酢酸を基質としないことが示唆された。しかし、dichloroacetic acid (DCA)を基質とした休止菌体反応の結果、DCAから一つの塩素を脱離可能であることが示された。今後、変異酵素による基質特異性の解析を行うことで、多様なハロゲン化物の分解反応を触媒できる酵素の造成やスクリーニングのための基盤情報が得られると考えてられる。

3. Monofluoroacetic acid (MFA)分解菌の単離と解析 (第4章)

Perfluorooctanoic acid (PFOA)やperfluorooctanesulfonic acid (PFOS)等のパーフルオロカルボン酸化合物は、フッ素樹脂製造時の助剤や、界面活性剤等に使用されている。しかし、2000年に、世界的なフッ素化学メーカーである3M社が、世界各地の野生生物中にPFOSが高濃度に検出されたことを明らかにしたこと、デュポン社の中国工場の労働者の血中から高いレベルのPFOAを検出したことにより、2006年1月末、米国環境保護庁が2010/2015 PFOA スチュワードシッププログラムを発表し、世界の主要フッ素化学メーカー8社に、PFOA、もしくは分解してPFOAを発生する前駆体物質、及びこれらより炭素数の多い類縁物質の、排出量、製品中含有量の両方について、2010年までに2000年比95%削減、2015年までに全廃すべく取り組んでいくことを定めた。現状では根本的な代替物質はなく、現在のところは炭素数を変えたパーフルオロカルボン酸を使用せざるを得ない。そのような背景から、パーフルオロカルボン酸類を微生物あるいは酵素によって分解するために、当該化合物分解菌の取得が求められている。本研究では、1,316種の土壌、活性汚泥を単離源とし、trifluoroacetic acid、pentafluoropropionic acid、あるいはheptafluorobutylic acidが唯一の炭素源となる液体培地を用いて集積培養を行って分解菌の取得を試みたが、いずれも成功しなかった。そこで、多置換有機フッ素化合物分解菌を環境中から直接単離することは困難であると考え、機能改変した脱フッ素化酵素を用いてそれらの化合物分解を目指すことにした。すなわち、その第一段階としてmonofluoroacetic acid (MFA)分解菌の単離と脱フッ素化酵素の取得・機能解析を目指し、300種の土壌、活性汚泥を単離源とし、MFAが唯一の炭素源・エネルギー源とした集積培養を行った。その結果、2株のBurkholderia cenocepacia属MFA資化菌を取得した (F-1、F-2株と命名)。得られた2株のMFA資化菌は、菌体の生育に伴って培養開始48時間以内にMFAを完全に分解して全てのフッ素を脱離させていることが示された。

MFA分解酵素をコードする遺伝子を取得するため、既知MFA分解酵素であるFAc-DEX FA1とFAc-DEX H1の配列を基に作成した縮重プライマーを用いて縮重PCRを行ったが、目的遺伝子断片の増幅には至らなかった。次に、トランスポゾン(Tn)挿入変異によるMFA分解能欠失変異株の取得とTn挿入領域周辺の解析により、MFA分解酵素遺伝子の取得を試みた。その結果、F-2株から求めるTn挿入変異株を1株取得したが、Tnはnitrite/sulfite reductaseとされる酵素遺伝子内に挿入されており、Tn挿入領域周辺約4kbには脱フッ素化酵素をコードする遺伝子は存在しなかった。そこで、次世代シーケンサーを用いてF1、F2株ゲノムのドラフトシークエンスを行った結果、両ゲノムに全く同じ推定MFA脱フッ素化酵素遺伝子の存在が明らかとなり、それはFAc-DEX H1と82.5%のアミノ酸相同性を有していた。また、ゲノム解析の結果よりTn挿入位置周辺の解析を行ったが、Tn挿入位置上流約7kb、下流14kbの合計約21kbの領域にMFA分解反応に直接関与すると考え得る酵素をコードする遺伝子が存在しないことからnitrite/sulfite reductase遺伝子そのもの、あるいはその下流の遺伝子がMFA分解に関与していることが示唆された。今後、推定MFA脱フッ素化酵素のパーフルオロカルボン酸類等を含む多種の基質に対する基質特異性の解析を行うことで、脱フッ素化酵素の機能評価を進める必要がある。また、F-2株由来のTn変異株がMFA分解能を失った原因を特定することで、未知のMFA代謝に重要な因子を特定できる可能性がある。

4. Pentachlorophenol (PCP)分解菌群の単離と解析 (第5章)

芳香環からハロゲンを脱離させる酵素は基質特異性が広いことが知られている。そこで本章では、POPs条約にてPOPsに指定されているhexachlorobenzene (HCB)と、構造類似なPCPを対象に、好気条件下でそれらを唯一の炭素源・エネルギー源として生育する細菌を単離し、脱ハロゲン化酵素の基質特異性の解析を行うことで新たな基盤情報を得ることを目的とした。集積培養の結果、HCB分解菌は取得できなかったが、約14日で100ppmのPCPを検出限界濃度以下まで分解するPCP分解菌群を10種取得した。得られた10種の分解菌群の培養液中における塩化物イオン濃度は、濁度の増加とPCPの減少に伴い増加し、理論上PCPの全ての塩素を脱塩素化していることが示された。そこで、様々な種類の寒天培地を用いて分解菌群の構成種の単離を行ってPCP分解能の確認を行うと共に、1000ppmのPCPを加えたPCP懸濁R2A寒天培地上でクリアゾーンを形成する構成種の単離も行った。液体培地にてPCP分解能を確認できた株は現在までに得られていないが、寒天培地上でのクリアゾーン形成株は12種単離できた。16S rRNA遺伝子の配列から、得られたクリアゾーン形成株のうち9株はPseudomonas属細菌、3株はBurkholderia属細菌であった。これら12株は、全てPCPを炭素源・エネルギー源として加えた無機培地で生育できずPCPを資化できないことが示された。現在、PCPの菌体への吸着の可能性を含めクリアゾーン形成株のPCP分解能力を評価している。

5. 今後の展望

本研究により、DIL-1株を含む5株のGeobacillus属細菌が、難分解性のドリン系農薬を分解できることが示された。これらから、ドリン類分解酵素をコードする遺伝子を取得することができれば、好気的なドリン系農薬分解酵素としては初の報告となる。今後は、それらをウリ科植物に導入することで微生物機能-植物機能の長所を生かしたハイブリット型のドリン系農薬汚染修復植物を作成し、農地土壌で問題となるドリン系農薬汚染の修復に直接的に貢献したい。

また、本研究での有機ハロゲン化合物に対する脱ハロゲン酵素の取得とそれらの基質特異性の解析から、脱ハロゲン化酵素には既知酵素で報告される以上の多様性があることが明らかになり、さらに多様な基質に対しアタックできる酵素の存在が示唆された。今後、さらに基質特異性決定の分子機構を詳細に解明することで、各種のハロゲン化物による汚染浄化や変換反応への応用に適用可能な酵素の造成のための基盤情報を取得できることが期待される。

図1. クリアゾーンを形成するGeobacillus属細菌

クリアゾーン形成株を黒矢印で示した

審査要旨 要旨を表示する

数ある環境汚染物質の中でも、dieldrin (DIL)、perfluorooctanesulfonic acidやhexachlorobenzeneなどの有機ハロゲン化合物は残留性有機汚染物質 [Persistent Organic Pollutants (POPs)]と呼ばれる化合物群に分類され、環境中での残留性・生物蓄積性・生物毒性が高く、長距離移動性が懸念されている。これらの化合物で汚染されている環境を修復するために、強力な分解微生物を用いたbioaugmentation (分解菌の汚染現場への添加)や、分解能を付与した組換え体植物を用いたphytoremediationに注目が集まっている。本研究は、bioremediation法を用いて低コストで効率よくPOPsで汚染された環境の修復方法を開発することを最終的な目標に、POPsそのもの、あるいは構造類似の有機ハロゲン化合物の分解菌、分解酵素遺伝子を取得すると共に、それらの化合物の分解に重要な役割を果たすと考えられる脱ハロゲン化酵素に関する基礎的知見を収集することを目的としている。本論文は6章からなり、1章の序論に続いて、2章から5章までの本論でドリン系農薬(2章)、モノクロロ酢酸(3章)、モノフルオロ酢酸(4章)、ペンタクロロフェノール(5章)の分解菌・分解菌群の単離と解析を行い、6章において総合討論を行っている。

第2章では、通常の環境中における存在割合が非常に低いと考えられるドリン系農薬分解菌を、終濃度400ppmでDILを汚染させた土壌・堆肥を作製することで優占化させ、DIL懸濁3倍希釈LB寒天培地上でのクリアゾーン形成能を指標に汚染化堆肥から単離する事に成功した。DIL-1株と名付けた本菌は、DIL懸濁寒天培地上で約75%のDILを、同様のendrin (END)懸濁寒天培地上で約90%のENDを分解することが明らかになり、分子系統解析の結果、Geobacillus属細菌であることも示した。また、他のGeobacillus属細菌のDIL懸濁寒天培地を用いた分解能評価の結果、G. jurassicus、G. toebii、G. thermoglucosidasiusが明確なクリアゾーンを、G. caldoxyliticusが微弱なクリアゾーンを形成することを示した。さらに、DIL-1株を含む上記菌株のドラフトゲノム解析を行うと共に、性状評価を進めることで、DIL-1株を用いたショットガンクローニング、あるいはG. thermoglucosidasiusを用いた変異株の取得と変異点同定のいずれかの方法でドリン系農薬分解酵素をコードする遺伝子の取得が可能であることを示した。

第3章では、菌体の生育に伴ってモノクロロ酢酸(MCA)を培養開始24時間以内に完全に分解し、全ての塩素を脱離させるBurkholderia属細菌5株を単離した。これら5株のMCA資化菌は、生育基質特異性の解析により、モノフルオロ酢酸を除く全てのモノハロゲン化酢酸を生育基質とする一方、ジハロゲン化酢酸、トリハロゲン化酢酸を生育基質としないことを示した。また、既知のMCA脱塩素化酵素と65~75%の相同性を有する推定MCA脱塩素化酵素を有することも示した。さらに、2株のMCA資化菌に関しては、ジクロロ酢酸から一つの塩素を脱離可能であることも明らかにした。

第4章では、モノフルオロ酢酸(MFA)資化菌としてBurkholderia cenocepacia F-1株、同F-2株の単離に成功した。これらのMFA資化菌に対し、トランスポゾン挿入変異を行ってMFA代謝関連遺伝子の探索を行うと共に、両株のドラフトゲノム配列の決定を行った結果、既知のMFA脱フッ素化酵素と83%程度の相同性を有する酵素の存在を見出すと共に、未知のMFA代謝に重要な因子が存在することを示した。

第5章では、約14日で100ppmのペンタクロロフェノール(PCP)を検出限界濃度以下まで分解するPCP分解菌群を10種取得した。各分解菌群は、理論上PCPの全ての塩素を脱塩素化していることを示すと共に、7種からPCP懸濁R2A寒天培地上でクリアゾーンを形成するPCP分解菌候補株を12株単離した。

以上、本論文は難分解性・残留性の有機ハロゲン化合物で汚染された環境の修復法開発のための材料として様々な有機ハロゲン化合物分解菌、分解菌群を取得し機能解析を行ったもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士 (農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51987