学位論文要旨



No 126909
著者(漢字) 淡川,孝義
著者(英字)
著者(カナ) アワカワ,タカヨシ
標題(和) 微生物由来ポリケタイドの新規生合成機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 126909
報告番号 甲26909
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3662号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

ポリケタイドとは植物、糸状菌、細菌等幅広い生物種より単離される二次代謝産物である。ポリケタイドには、芳香環、ラクトン環、エーテル、ポリエンなど多様な構造の化合物が存在する。微生物より単離されるポリケタイドは多くの生理活性物質を含み、その中には医薬品として実用化された化合物も多い。ポリケタイドの構造多様性は、ポリケタイド合成酵素(PKS)の反応多様性に起因する。PKSは基質の導入、伸長、環化反応、反応中間体の酵素からの解離に多様性を持ち、その反応機構に対する興味は尽きない。これらの反応機構に対する知見はコンビナトリアル生合成、酵素改変による新規化合物創成などの応用研究の基盤となる。また、ポリケタイド修飾酵素はポリケタイドの構造多様性を増幅し、その研究は物質生産への応用という面からも重要である。私は微生物由来PKSまたは修飾酵素の新規反応機構の探索を目的として、以下の研究を行った。ターゲット遺伝子は主にゲノム情報に対する相同性検索を行うことで見出した。

第二章 atrochrysone carboxylic acid合成におけるβ-lactamase型thioesteraseによるI型PKSからの生成物の解離機構の解明1)

代表的なアントラキノンであるemodinの生合成機構の解明を目的として糸状菌Aspergillus terreus NIH2624株のゲノムより、相同性検索にてI型PKS遺伝子(atrochrysone carboxylic acid synthase, ACAS遺伝子)を見出した。I型PKSであるACASは反応中間体とacyl carrier protein(ACP)ドメインがチオエステルで結合した状態でポリケタイドの伸長、環化を行い、チオエステルの分解によって生成物を解離する。ACASは生成物の解離に関わるthioestraseドメインを欠くI型PKSであったため、その生成物解離機構に興味が持たれた。Aspergillus oryzaeを用いて、ACASを組換えタンパク質として調製した。in vitro反応にて、ACASは単独では生成物を与えないことが明らかとなった。そこで、ACAS遺伝子に染色体上隣接して存在するβ-lactamase様タンパク質をコードする遺伝子(atrochrysone carboxyl ACP thioestrase, ACTE遺伝子)に注目した。ACAS、ACTEタンパク質を用いたin vitro反応の結果、ACASはACTEが共存する時のみ、生成物であるatrochrysone、endocrocin、emodinを含むアントラキノンを合成することが明らかとなった(図1)。また、ACP体アナログであるN-acetylcysteamineを用いてin vitro反応を行い、ACTEのthioesterase活性を検出した。本研究により、β-lactamase型のthioesteraseがI型PKSの生成物の解離に関わることがin vitroで初めて示された。

第三章 actinorhodin生合成における生成物解離機構の解明

actinorhodinはStreptomyces coelicolor A3(2)より単離される青色色素であり、II型PKSによって合成される。本II型PKSは伸長酵素(ActI)、環化酵素(ActIV)、芳香化酵素(ActVII)、還元酵素(ActIII、ActVI-1)、acyltransferase(AT)等によって構成され、一連の反応はacyl carrier protein(ACP)上で触媒される。II型PKSにおいてACPからの生成物解離機構がin vitroで詳細に研究された例は存在しない。本研究では、actinorhodin生合成をin vitroにて再構成し、ACPからの生成物解離機構を明らかにすることを目的とした。ActI、ActIII、ActVII、ActIV、ActVI-1、AT、ACPを大腸菌またはStreptomyces lividansを用いて組換えタンパク質を調製した。ActI、ActIII、ActVII、AT、ACPを用いたin vitro反応にて、SEK34が生成した(図2)。そこに、ActIVを加えた所、SEK34は生成せず、DMAC、aloesaponarin IIが生成した。これにより、ActIVによるB環の環化反応がin vitroで初めて示された。さらに、ActVI-1を加えたところ、(S)-DNPAが前反応より高収率で生成した。本結果より、ActVI-1の反応後、生成物がACPより解離する可能性が示唆された。

第四章糸状菌Neurospora crassa由来III型PKSの機能解析2)

III型PKSはketosynthaseのホモダイマーであり、ポリケタイド鎖の伸長、環化、芳香化の一連の反応を触媒する。III型PKSには、フラボノイドの前駆体であるnaringenin chalcone合成酵素を含む多様な分子種が存在する。植物、細菌由来のIII 型PKSとは異なり、糸状菌由来III型PKS反応の解析されていなかった。糸状菌より、新規III型PKSを取得することを目的として実験を行った。相同性検索にて糸状菌N. crassaのIII型PKSを見出し、in vitro反応を行った。同III型PKSを以下の解析より、2'-oxoalkylresorcylic acid synthase (ORAS)と命名した。大腸菌を用いてORASを組換えタンパク質として調製し、in vitro反応に用いた。その結果、ORASはスターター基質であるC18の脂肪酸CoAエステルにmalonyl-CoAを4分子縮合し、生じたpentaketideをaldol縮合にて環化し、alkylresorcylic acidを主生成物として与える新規III型PKSであることが判明した。

第五章 希少放線菌Actinoplanes missouriensis由来の新規テルペノイドーポリケタイド融合化合物合成に関わる遺伝子クラスターの機能解析3)

放線菌の二次代謝産物中には、ポリケタイドがプレニル基転移酵素によって修飾された複雑な構造をもつものが存在する。希少放線菌A. missouriensisよりIII型PKS遺伝子(agqA)、水酸化酵素(agqB)、メチル化酵素(agqC)、UbiA型プレニル基転移酵素(agqD)を含む遺伝子クラスターを相同性検索によって見出し、解析を行った。同遺伝子クラスターをalkyl-O-dihydrogeranyl-methoxyhydroquinone合成クラスター (agqクラスター)と命名した。agqA、agqAB、agqABC、agqABCDをS. lividansにて異種発現し、AgqAが合成したalkylresorcinolを、AgqBが水酸化、AgqCがメチル化、AgqDがプレニル基付加してalkyl-O-geranylhydroquinoneが合成されることを示した。また、A. missouriensisのagqA破壊株を構築し、生体内成分を野生株と比較した。その結果、agqクラスターがalkyl-O-dihydrogeranyl-methoxyhydroquinoneを合成することを示した(図4)。本研究において、agqクラスターを発現したS. lividans、A. missouriensisより単離された15種のテルペノイドキノンはいずれも新規化合物であった。また、本研究はUbiA型のプレニル転移酵素がIII型PKSの生成物の修飾を行うことを示した初めての例である。

1) Awakawa, T., Yokota, K., Funa, N., Doi, F., Mori, N., Watanabe, H., Horinouchi, S. (2009) Chem. Biol. 16, 613-623.2) Funa, N., Awakawa, T., Horinouchi, S. (2007) J. Biol. Chem. 282, 14476-14481.3) Awakawa, T., Fujita, N., Hayakawa, M., Ohnishi, Y., Horinouchi, S. (2010) Chembiochem in press.

図1. ACAS、ACTE反応の生成物

図2 本研究でin vitroで再現したactinorhodin生合成

図3 ORASのpentaketideのalkylresorcylic acid合成

図4 agqクラスターによるalkyl-dihydrogeranyl-methoxyhydroquione合成

審査要旨 要旨を表示する

ポリケタイドは医薬品資源として注目される化合物群である。微生物ポリケタイドは多くの構造多様性を持ち、その多様性はポリケタイド合成酵素 (PKS) および修飾酵素に由来する。本論文では、微生物ポリケタイド合成反応を担う酵素群より、新規なポリケタイド生合成機構を見出し、機能解析することを目的としている。本研究で得られる知見は、微生物を利用した有用物質生産などの応用にも役立つと考えられる。本論文は全六章より構成される。

第一章では、ポリケタイド合成反応の概略について、これまでの知見をまとめている。PKSはI型、II型、III型に分類されるが、本研究ではこれら3つのタイプのPKSをすべて研究対象としている。

第二章では糸状菌由来I型PKS (ACAS)の生成物の酵素からの解離に関わる新規thioesterase (ACTE)のin vitro機能解析について述べている。代表的なanthraquinoneであるemodinの生合成に注目して実験を行い、その過程でβ-lactamse型のthioesteraseであるACTEを見出した。ACASはACTEと共存する時にのみ、atrochrysone、endocrocin、emodinを含むanthraquinoneを生成物として与えることをin vitro反応で示した。また、反応中間体アナログを用いた反応によりACTEのthioesterase活性を示し、その金属要求性、活性中心アミノ酸を明らかにした。

第三章ではStreptomyces coelicolor A3(2)より単離される青色色素であるactinorhodinの生成物解離機構の解析について述べている。Actinorhodin合成酵素はII型PKSであるが、その生成物の酵素からの解離機構は未知だった。Actinorhodin中間体である(S)-DNPAまでの生合成経路をin vitroで再構成を行うことで、還元酵素ActVI-1の反応以降に生成物が解離する新規な生成物解離経路の存在を示唆した。

第四章では糸状菌Neurospora crassa由来のIII型PKSであるORASの触媒する反応の解析について述べている。本研究は、糸状菌由来III型PKSの初の機能解析であった。in vitro反応、速度論解析によって、ORASは長鎖脂肪酸CoAエステルとmalonyl-CoAより2'-oxoalkylresorcylic acidを合成する新規III型PKSであることを明らかにした。

第五章では希少放線菌Actinoplanes missouriensis由来の新規テルペノイド-ポリケタイド融合化合物合成に関わる遺伝子クラスターであるagqクラスターの機能解析について述べている。AgqクラスターはIII型PKS遺伝子 (agqA)、水酸化酵素遺伝子 (agqB)、メチル化酵素遺伝子 (agqC)、UbiA型プレニル基転移酵素遺伝子 (agqD)より構成される。agqクラスターの全部または一部をStreptomyces lividansにて異種発現した時に生成される化合物の構造を決定することによって、それぞれの酵素機能を明らかにした。すなわち、AgqAはalkylresorcinolを合成し、このalkylresorcinolをAgqBが水酸化、AgqCがメチル化、AgqDがプレニル化してalkyl-O-geranylhydroquinoneが合成されることを示した。また、A. missouriensisのagqA破壊株を構築し、生体内成分を野生株と比較することで、A. missouriensisがagqクラスターの機能によって、最終生産物としてalkyl-O-dihydrogeranyl-methoxyhydroquinoneを生産していることを示した。なお本研究で得られたテルペノイドキノン類はいずれも新規化合物であった。

第六章では、本論文で解析された生合成酵素のコンビナトリアル生合成への利用の可能性およびポリケタイド合成反応研究の今後の展望について考察している。

以上、本論文は微生物より見出された新規ポリケタイド合成反応機構に関する研究成果をまとめたものであり、学術上貢献するところが少なくない。また、本成果は応用研究にも貢献する可能性が高い。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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