学位論文要旨



No 126910
著者(漢字) 石垣,祐二
著者(英字)
著者(カナ) イシガキ,ユウジ
標題(和) 放線菌における翻訳後修飾タンパク質の網羅的同定とその生理的機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 126910
報告番号 甲26910
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3663号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 野尻,秀昭
 東京大学 教授 吉田,稔
内容要旨 要旨を表示する

放線菌は土壌中に広く分布するグラム陽性細菌であり、菌糸状に栄養増殖したのち、空中に伸長した菌糸の先端に胞子を着生する。このような形態分化を行うという点では放線菌は一般的な細菌よりもむしろ真核生物のカビによく似ており、原核生物における形態分化研究のモデル微生物とされてきた。一方、放線菌は抗生物質をはじめとする多種多様な二次代謝産物を生産するため、産業・医療上においても重要な菌群である。そのため、これまで放線菌の形態分化や二次代謝に関わる遺伝子の発現制御機構が詳細に解析されてきた。

翻訳後修飾によるタンパク質の機能調節は真核生物ではよく知られているが、これまで放線菌における翻訳後修飾の解析はあまりなされてこなかった。原核生物における翻訳後修飾はタンパク質のリン酸化が有名であり、シグナル伝達や酵素活性の調節に関与することが知られている。近年、翻訳後修飾タンパク質の網羅的同定法が開発され、翻訳後修飾を受けるタンパク質を網羅的に同定できるようになった。放線菌においても翻訳後修飾が生理的に重要な機能を有している可能性があり、詳細に解析する必要がある。そこで、本研究ではStreptomyces griseusを対象とし、翻訳後修飾タンパク質の網羅的同定から翻訳後修飾の全体像を明らかにするとともに、翻訳後修飾の生理的な機能を解析することを目的とした。

第1章 リジンアセチル化タンパク質の網羅的同定とその生理的機能の解析

細胞内でアセチル化を受けているタンパク質はごくわずかであり、MS解析によるアセチル化の検出は困難な場合が多い。そこで、野生株の細胞内タンパク質全体に対してトリプシン消化を行い、抗アセチル化リジン抗体を用いた免疫沈降によりアセチル化ペプチドを濃縮した。濃縮したアセチル化ペプチドのLC-MS/MS解析によってアセチル化タンパク質を同定するとともにアセチル化部位を決定した。この解析により、271箇所のアセチル化部位と211種のアセチル化タンパク質を同定した。同定されたアセチル化タンパク質は液体培養において検出されたものが75種、固体培養において検出されたものが65種、両方の培養で検出されたものが71種であった。これらの多くは糖や核酸の代謝酵素、翻訳関連タンパク質であり(図1)、大腸菌などで報告されているアセチル化タンパク質の種類とよく似ていたが、形態分化や二次代謝に関わるタンパク質も含まれていた。

これらのうち、分泌性のグリセロホスホジエステルホスホジエステラーゼGlpQ1は形態分化に関わることが明らかにされており、そのリジンアセチル化部位であるK197は活性に重要な残基であると考えられていた。そこで、このリジン残基を同じ塩基性のアルギニン残基に置換したGlpQ1 (K197R) やアセチル化を模倣するグルタミン残基に置換したGlpQ1 (K197Q)を大腸菌で生産・精製し、その酵素活性を野生型のGlpQ1と比較した。いずれの変異型GlpQ1においても酵素活性が野生型酵素と比べて大幅に低下したことから、GlpQ1のアセチル化部位K197は活性に重要な残基であり、そのアセチル化によって酵素活性が失われることが強く示唆された。

一方、さらに多くの形態分化や二次代謝に関わるアセチル化タンパク質を同定するために、野生株と形態分化や二次代謝を行わないadpA破壊株におけるアセチル化タンパク質の比較を行った。それぞれの株の細胞内タンパク質を二次元電気泳動で分離し、抗アセチル化リジン抗体を用いたウエスタンブロットでアセチル化タンパク質のスポットを比較したところ、野生株で強いアセチル化のシグナルがあるスポットが3個観察された。これらのスポットに対応するタンパク質をMSで解析したところ、putative glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase、putative lyase、ストレプトマイシン生合成酵素StrMであった。同時にこれらのアセチル化部位も決定した。strMはAdpAによる転写活性化を受けている遺伝子のため、野生株でのみ生産されているタンパク質がアセチル化を受けていると思われるが、他の2つのタンパク質のアセチル化は野生株で特異的に起こるものであると考えられる。

また、野生株の基底菌糸形成期と胞子形成期におけるアセチル化タンパク質を同様に比較したところ、基底菌糸形成期と比較して胞子形成期でアセチル化のシグナルが増加する6個のスポットが観察された。これらのうち、3個のスポットはStrMを含む前述したスポットと同一であり、残りの3個のスポットに対応するアセチル化タンパク質をMSで解析したところ、putative bifunctional purine biosynthesis protein、putative succinyl-CoA synthetase alpha chain、スーパーオキシドジスムターゼSodFであった。同時にこれらのアセチル化部位も決定した。現在、この実験で明らかになったストレプトマイシン生合成酵素StrMのK70のアセチル化の役割について解析を進めている。

第2章 チロシンリン酸化タンパク質の同定とそのタンパク質の機能解析

アセチル化タンパク質の同定と同様、免疫沈降とMS/MS解析によってチロシンリン酸化タンパク質を同定するとともにチロシンリン酸化部位を決定した。同定されたタンパク質はconserved hypothetical protein (SGR2042)とputative phosphoglycerate mutaseであり、それらのリン酸化部位はそれぞれY237とY36であった。

SGR2042はStreptomyces属では高く保存されているタンパク質であるが、他の生物種では保存されていない。そのため、SGR2042はStreptomyces属で重要な機能を有し、形態分化や二次代謝に関わる可能性があると考えた。そこで、SGR2042破壊株を作製し、SGR2042破壊株の形態分化能を野生株と比較したが、顕著な差はなかった。一方、培養4日目におけるストレプトマイシン生産量は野生株と比較して約半分まで低下していたことから、SGR2042はストレプトマイシン生産に関わることが示唆された。現段階ではSGR2042におけるチロシンリン酸化の役割は不明であるが、同定したこれらのタンパク質におけるチロシンリン酸化は何らかの生理的機能を有している可能性が高いと考えられる。

第3章 原核生物型ユビキチン様タンパク質とプロテアソームの機能解析

最近、Mycobacterium tuberculosisにおいて原核生物型ユビキチン様タンパク質Pupが発見され、原核生物でもユビキチン-プロテアソーム機構が存在することが明らかになった。Pupは放線菌で広く保存されており、S. griseusにおいてもPup化されるタンパク質が存在すると考えられる。

まず、Pupの機能を調べるために、pup破壊株を作製した。pup破壊株の形態分化能を調べたところ、野生株との違いは見られなかったが、pup破壊株では野生株と比べて胞子の色がわずかに濃くなっていた。そこで、より違いがはっきりと見られるように野生株とpup破壊株の胞子液をシングルコロニーになるように植菌したところ、野生株では中央部と周辺部で気中菌糸の盛り上がり方が異なった二重円のようなコロニーが観察されたが、pup破壊株では、そのようなコロニーが観察されなかった。

一方、プロテアソーム構成因子であるprcBとprcAを同時に破壊したprcBA破壊株の形態分化能を調べたところ、野生株との違いは見られず、pup破壊株のような胞子の色の変化も観察されなかった。しかしながら、野生株とprcBA破壊株の胞子液をシングルコロニーになるように植菌したところ、野生株では先に述べた二重円のようなコロニーが観察されたが、prcBA破壊株ではpup破壊株と同様にそのようなコロニーは観察されなかった。

次に、抗Pup抗体を作製し、ウエスタンブロットを行ってPup化されたタンパク質の検出を試みたところ、Pup化されたと考えられる複数のタンパク質が対数増殖期後期と定常期で確認された。また、Pup化タンパク質は液体培地では多く観察されたが、固体培地ではほとんど観察されなかった。

一方、prcBA破壊株においてPup化タンパク質が蓄積するかどうかについて、同様の実験で調べたところ、ほとんどのPup化タンパク質でその量は変化していなかったが、一部のタンパク質はprcBA破壊株でPup化量が増加していることが明らかになった。これらのPup化タンパク質はプロテアソームの標的になっており、Pup化を分解のシグナルとして使用していると考えられる。

図1 同定したアセチル化タンパク質の機能分類

審査要旨 要旨を表示する

土壌中に広く分布するグラム陽性細菌である放線菌は、菌糸状に栄養増殖したのち空中に伸長した菌糸の先端に胞子を着生するという形態分化能を有するため、形態分化のモデル細菌として、基礎生物学上、重要な菌群である。一方、放線菌は抗生物質をはじめとする多種多様な二次代謝産物を生産するため、医薬品等の製造に寄与する産業微生物としても重要な菌群である。タンパク質の機能は翻訳後修飾によって調節されていることが真核生物でよく知られているが、これまで放線菌における翻訳後修飾の解析はほとんどなされていなかった。本研究はStreptomyces griseusを対象とし、放線菌の翻訳後修飾タンパク質の網羅的同定を行い、その全体像を明らかにするとともに、翻訳後修飾の生理的な機能を解析することを目的としており、第一部と第二部(第一章から第三章)で構成されている。

第一部では放線菌の特徴と翻訳後修飾におけるこれまでの知見についてまとめている。

第二部・第一章では、S. griseusのリジンアセチル化タンパク質の網羅的同定とその機能解析について述べている。免疫沈降によるアセチル化ペプチドの濃縮とMS解析を行い、271箇所のアセチル化部位と211種のアセチル化タンパク質の同定に成功した。同定したアセチル化タンパク質は液体培養において検出されたものが75種、固体培養において検出されたものが65種、両方の培養で検出されたものが71種であった。これらの多くは糖や核酸の代謝酵素、翻訳関連タンパク質であったが、形態分化や二次代謝に関わるタンパク質も含まれていた。さらに、これらのアセチル化タンパク質の構造予測を行い、アセチル化の機能を推定した。

次に、同定したアセチル化タンパク質の中で形態分化に関与する分泌性のグリセロホスホジエステルホスホジエステラーゼGlpQ1に着目してアセチル化の機能に関する解析を行っている。変異解析によって、GlpQ1のアセチル化部位K197は酵素活性に重要な残基であることが明らかになり、K197のアセチル化によってGlpQ1の酵素活性が失われることが強く示唆された。

一方、野生株と形態分化や二次代謝を行わないadpA破壊株におけるアセチル化タンパク質を比較し、野生株で特異的なアセチル化が起こると考えられる2種のタンパク質を同定し、アセチル化部位を決定した。また、基底菌糸形成期と比較して胞子形成期でアセチル化が亢進する6種のタンパク質を同定しアセチル化部位を決定した。このうち、StrMのK70は活性部位であり、この部位のアセチル化は酵素活性の消失をもたらすと考えられた。

第二部・第二章ではチロシンリン酸化タンパク質の同定とそのタンパク質の機能解析について述べている。免疫沈降とMS/MS解析により、2種のリン酸化タンパク質を同定し、それぞれのリン酸化部位を決定した。これらのうち、conserved hypothetical protein (SGR2042)に着目し、遺伝子破壊株を作製してその機能を調べた結果、SGR2042はストレプトマイシン生産に正の影響を与えていることが示唆された。

第二部・第三章では原核生物型ユビキチン様タンパク質とプロテアソームの機能解析について述べている。S. griseusの原核生物型ユビキチン様タンパク質をコードするpupとプロテアソーム構成因子をコードするprcBとprcAの遺伝子破壊株を作製し、その機能を調べた。これらの破壊株と野生株の胞子液をシングルコロニーになるように植菌して培養したところ、pup破壊株とprcBA破壊株はコロニー形成時の菌糸成長の仕方において野生株との差異が観察され、pupやprcB, prcAが菌糸成長に影響を及ぼしている可能性が考えられた。また、pup破壊株は野生株と比べて胞子の色が濃くなっていた。次に、抗Pup抗体を用いたウエスタンブロットを行ってPup化されたタンパク質の検出を試みた。その結果、Pup化タンパク質は固体培養ではほとんど検出されなかったのに対して、液体培養の対数増殖期後期と定常期では複数個検出された。さらに、prcBA破壊株において一部のPup化タンパク質の量が増加することを示した。これらのタンパク質の一部を解析したところ、AlcB (putative acetyltransferase) が同定され、K153のPup化が確認できた。

以上、本論文は放線菌の翻訳後修飾に関する研究成果をまとめたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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