学位論文要旨



No 126914
著者(漢字) 武田,俊春
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,トシハル
標題(和) カルバゾール分解プラスミドpCAR1上にコードされる核様体タンパク質の機能解析
標題(洋)
報告番号 126914
報告番号 甲26914
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3667号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 特任准教授 西田,洋巳
 東京大学 准教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

核様体タンパク質 (NAPs, nucleoid-associated proteins)は細菌の細胞内に著量存在するタンパク質であり、DNAをコンパクトに折りたたむと共に、様々な遺伝子の転写制御に影響を及ぼすことが知られている。また、これらNAPsがプラスミド上にコードされる例も知られており、こうしたプラスミドが宿主細胞内に入ると、染色体・プラスミド双方にコードされるNAPsが協調的に機能し、遺伝子発現を制御することでプラスミド由来の難分解性物質分解能や重金属耐性、抗生物質耐性といった多様な形質を宿主に付与したり、染色体に由来する種々の機能を変動させたりすることとなる。すなわち、プラスミドの機能発現様式を理解するためにはNAPsの機能についての理解が重要となるが、プラスミド上にコードされるNAPsについての研究は本博士論文研究開始当初はほとんど行われていないのが現状であった。そうした中、我々の研究グループでは、全塩基配列が解読済みのカルバゾール分解プラスミドpCAR1をモデル土壌細菌Pseudomonas putida KT2440株に保持させ、プラスミド上にコードされるNAPsの役割・制御メカニズムについて解析を行ってきた。pCAR1上には3つのNAPs (Pmr、PhuおよびPnd)がコードされており、大腸菌で良く研究されているH-NS (Pseudomonas属細菌のMvaT)の相同タンパク質であるPmrについては高密度タイリングアレイを用いたトランスクリプトーム解析や結合位置の網羅的検出から、染色体・プラスミド双方の多数の遺伝子の転写制御に関わること、染色体由来のH-NS様因子と相互作用することが明らかにされた。このような状況から、pCAR1上の残る2つのNAPsもプラスミド機能の発現において重要な役割を担っていると推測された。

以上の背景から、本研究ではpCAR1上にコードされる各NAPsの役割に興味を持ち、これを明らかにすることを目的とした。まず基盤情報として、NAPsを保持するプラスミドの分布・特徴を解析した後に、pCAR1上にコードされるPhu、Pndの転写・発現様式および溶液中での性状を解析した。またPmrを含む各NAPsをコードする遺伝子を除去した破壊株を作製し、NAPsの除去が宿主に及ぼす影響を解析した。

1. 核様体タンパク質遺伝子を保持するプラスミドの分布とその特徴1)

可動性遺伝因子であるプラスミドの振る舞いや役割と、プラスミド上にNAPs遺伝子が存在することの間に何らかの普遍的な関連性があるか否かについて興味が持たれたが、本研究開始当初はプラスミド由来のNAPs研究自体が少なく、それらも特定のプラスミド由来の特定のNAPsの機能を追究するものに限られており、客観的考察は不十分・不可能であった。そこで、全塩基配列情報既知のプラスミドの配列情報データベースを取得し、NAPs遺伝子を保持するプラスミドを網羅的に抽出すると共に、それらのサイズ、G+C含量、接合伝達性等の特徴について考察を行った。

グラム陰性細菌由来の1,382個のプラスミドに対し、グラム陰性細菌由来のNAPs (Fis, H-NS, HU, IHF, Lrp, MvaT, NdpA)をクエリとしてTBLASTN解析を行った結果、136個のプラスミド上に計210個のNAPs遺伝子が存在していた。NAPs遺伝子を2つ以上保持するプラスミド、1つのみ保持するプラスミドの平均サイズはそれぞれ790kb、199kbであり、1,382個のプラスミドの平均サイズ (83kb)よりも大きいことが明らかとなった。サイズの大きなプラスミドほど宿主細菌の転写ネットワークを乱し適合度を低下させるような遺伝子を有する可能性が高くなると共に、宿主細菌由来のNAPsの多くがプラスミド上に結合することで染色体上に結合する量が不足して転写ネットワークに乱れが生じ、宿主にとって負荷となることが予想される。つまりサイズの大きなプラスミドはプラスミドを保持することにより宿主に生じる負荷を軽減させるため、NAPs遺伝子を保持する方が都合がよいという可能性が考えられた。

また、H-NSホモログ遺伝子を有するプラスミドはG+C含量が低い傾向があった。H-NSはA+T-richな領域に好んで結合するため、比較的サイズが大きくG+C含量が低いプラスミドが宿主細胞内に入ると、各種NAPsのうち特にH-NSが不足し宿主に負荷を与えると考えられた。すなわち、不足分を補うために低G+C含量プラスミドはH-NS遺伝子を持つ方が有利であると考えられた。

さらにプラスミドの接合伝達に必須なrelaxase配列の有無に基づき、プラスミドの伝達性とNAPs遺伝子の有無に関連があるか否かを調べた。その結果、NAPs遺伝子を有するプラスミドの方がrelaxase遺伝子を保持する傾向があることが明らかとなった。このことは、グラム陰性細菌由来プラスミドの接合伝達関連遺伝子群はサイズが大きく、そのため接合伝達性プラスミドが必然的にサイズが大きい傾向があることと関連があると考えられるが、NAPsが多数の遺伝子の転写を制御するglobal regulatorとして働くことを考慮するとプラスミドの伝達にも関与していると推測された。

2. 核様体タンパク質Pnd、Phuの発現解析

PndはNdpAホモログであるが、NdpAはグラム陰性細菌内で広く保存されるものの研究例が少なく機能がほとんど不明なタンパク質であった。またPhuはHUホモログであり、HUは主に大腸菌での研究から二量体を形成し湾曲したDNA領域に結合すること、様々な遺伝子の転写制御に影響を与えることが明らかとなっていたが、プラスミド上にコードされるHUの機能を追究した研究例は本研究開始当初まで存在しなかった。そのためPndおよびPhuの解析を行うことでNAPsの機能に関する有用な新知見が得られるものと期待された。

まずpCAR1を保持するP. putida KT2440株を用いて転写レベルの解析を行った結果、pnd、phuはいずれも対数増殖期をピークとして構成的に転写されることが明らかとなった。またphuは翻訳開始点の70塩基上流に転写開始点を持ち、その5'上流域にはσ70因子の結合配列が見出された。一方、我々のグループで以前行われたタイリングアレイ解析によりpndの転写レベルはpmrおよびphuよりも低いことが明らかとなっており、本研究でもpndの転写開始点の決定には至っていない。次にHisタグ融合Pnd、Phu発現株を作製し翻訳レベルの解析を行った。各株をコハク酸を唯一の炭素源とする無機液体培地で培養し、経時的にサンプリングした菌体から可溶性タンパク質を抽出してウェスタンブロッティング解析に供した。その結果、Phu、Pndいずれも可溶性タンパク質1μg中に少なくとも1.1ng以下しか存在していないことが明らかとなった。

さらにHisタグ融合Pnd、Phuの大腸菌での発現・精製系を構築した。ゲルろ過クロマトグラフィーおよびクロスリンク法により、Phuは溶液中で二量体を形成していることが示された。phuの転写プロファイルおよびPhuの性状はいずれも大腸菌とPseudomonas属細菌における染色体由来HUタンパク質の性質と一致していたことから、PhuはHUと配列の相同性を示すだけでなく、類似の機能・役割を有しているものと考えられた。一方、Pndについては明瞭な結果ではないものの溶液中で三量体を形成する可能性が示唆された。NdpAの多量体形成能を解析した研究例は現在までに無く、今後は立体構造解析などによる正確な性状の把握が期待される。

3. pCAR1由来NAPs遺伝子破壊が宿主に与える影響の解析

pCAR1上にコードされる3つのNAPsの機能を明らかにするため、各々をコードする遺伝子を除去した破壊株を作製し、表現型やトランスクリプトームの変化を解析した。

まず各遺伝子の単独破壊株を作製し、コハク酸を炭素源とする無機液体培地での生育や軟寒天培地での運動性、プラスミドの保持率といった表現型を調べたが、いずれも野生株との差異は認められなかった。一方、NAPs遺伝子を2つ除去した二重破壊株を作製したところ、pmrとpnd、pmrとphuの二重破壊株では継代培養を経ることでpCAR1の構造変化および脱落が生じる頻度が高くなることが明らかとなった。この表現型は各株へのpmrの導入により相補されたことから、各NAPs遺伝子破壊に起因するものであることが強く示唆された。これら二重破壊株では他にもバイオフィルム中で宿主菌体の糸状化が促進されること、pmrの相補によりこの表現型が消失することが明らかとなりつつある (当研究室、李ら、未発表データ)。

次に作製した破壊株をBIOLOG社製Phenotype MicroArrayに供し、利用できる基質や浸透圧ストレス耐性、pH耐性など576条件での表現型を解析した。その結果pmr、pnd、phu単独破壊株はそれぞれ野生株と比較して10、1、4個の条件で異なる表現型を示した。またpmrとpndの二重破壊株はpmr、pnd単独破壊株と比較してそれぞれ12、16個の条件で、pmrとphuの二重破壊株はpmr、phu単独破壊株と比較してそれぞれ23、19個の条件で異なる表現型を示した。すなわち、二重破壊株では単独破壊株よりも多くの条件で表現型の変動が検出された。さらに3つのNAPs遺伝子の転写量が共に最大となる対数増殖期まで各株を培養し、高密度タイリングアレイを用いたRNAマッピング解析を行ってトランスクリプトームを比較した結果、pmr単独破壊株および二重破壊株では多くの遺伝子の転写変動が検出された。各解析は培養条件が異なるため同列に議論することはできないが、トランスクリプトーム解析で転写変動遺伝子が多く抽出された破壊株ほどPhenotype MicroArray解析で変動した表現型の数も多い傾向が見出された。またpmr、pnd、phuのレギュロン間で多くの重複が認められたことから、各NAPsは協調的に機能し転写制御を行っている可能性が示唆された。二重破壊株でpCAR1の構造が不安定化する表現型はpmrともう1つのNAPs遺伝子を除去した株でのみ見出され、pndとphuの二重破壊株では認められなかったことも考慮すると、菌体内ではpCAR1由来の3つのNAPsのうちPmrが中心となって機能しPndおよびPhuが補佐的に働くことで、多数の遺伝子について協調的な転写制御を行っていることが推測された。

4. まとめと今後の展望

本研究により、pCAR1上の3つのNAPsが協調的に転写ネットワーク制御を行っていることが示唆された。今後は各NAPs間のタンパク質レベルでの相互作用の有無を明らかにすると共に、染色体上およびプラスミド上への結合能、染色体由来のNAPsとの相互作用の有無についても解析を行うことで、NAPsがプラスミド上にコードされる意義に迫ることができるものと期待される。

1) Takeda, T., Yun, C.-S., Shintani, M., Yamane, H., and Nojiri, H. 2011. Distribution of Genes Encoding Nucleoid-Associated Protein Homologs in Plasmids. International Journal of Evolutionary Biology. in press.
審査要旨 要旨を表示する

核様体タンパク質(NAPs)は細菌の細胞内に著量存在するタンパク質であり、DNAをコンパクトに折りたたむと共に、様々な遺伝子の転写制御に影響を及ぼすことが知られている。また、これらNAPsがプラスミド上にコードされる例も知られており、こうしたプラスミドが宿主細胞内に入ると、染色体・プラスミド双方にコードされるNAPsが協調的に機能し、遺伝子発現を制御することでプラスミド由来の難分解性物質分解能や抗生物質耐性といった多様な形質を宿主に付与したり、染色体に由来する種々の機能を変動させたりすることとなる。すなわち、プラスミドの機能発現様式を理解するためにはNAPsの機能についての理解が重要となるが、プラスミド上にコードされるNAPsについての研究例は極めて限られていた。

本研究の目的は、プラスミド上にコードされるNAPsの機能、役割を明らかにすることである。本論文は5章からなり、背景を概説した1章に続いて、2章においてプラスミド機能とNAPsに関連した基盤情報としてNAPs遺伝子のプラスミド上での分布・特徴について明らかにし、3章・4章において難分解性物質カルバゾールの分解プラスミドpCAR1上にコードされる3種のNAPs(Pmr、Pnd、Phu)の性質と各々を除去することで宿主に生じる影響を網羅的に解析している。また、5章では得られた結果に基づいて総合討論を行っている。

第2章では、1382個のグラム陰性細菌由来プラスミドのうち、約10%にあたる136個が主要なNAPs遺伝子を保持すること、それらのプラスミドはサイズが大きく、G+C含量が高い傾向があることを見出した。さらに、NAPs遺伝子の有無とプラスミドの接合伝達性の間に関連性を見出している。この解析はプラスミド上に存在するNAPs遺伝子について網羅的・客観的な情報を示した初めての例であり、細菌染色体上におけるNAPs遺伝子の分布を考察する上でも、また遺伝子の水平伝播による細菌の進化を考察する上でも非常に有用な基礎的知見を提供するものと考えられる。

第3章では、pCAR1上にコードされるNAPsであるPhu、Pndについて、いずれもコハク酸を炭素源とする培地で培養した際にほぼ構成的に転写されること、Phuがσ70因子依存性プロモーターの制御下にあることを明らかにしている。また、各NAPsについて大腸菌を用いた大量発現・精製系を構築し、Phuが二量体を形成すること、Pndが多量体を形成する可能性が高いことを明らかにしている。この解析は、プラスミド由来のPhuが染色体由来のHUと同様の性質・機能を有する可能性が高いという興味深い事実を示している。

第4章では、pCAR1上の3つのNAPsのうち1つあるいは2つを除去した破壊株を作製することで、pmrを含む2つのNAPs遺伝子を除去した場合に初めてpCAR1構造が不安定化する表現型が発現することを明らかにした。また各破壊株について高密度タイリングアレイを用いてトランスクリプトームを比較し、各NAPsのレギュロンを網羅的に抽出した結果、2つのNAPs、3つのNAPsにより制御されると考えられる遺伝子がそれぞれ89個、75個と多数存在することが明らかとなった。さらに、各破壊株をPhenotype MicroArrayによる網羅的な表現型解析に供した結果、タイリングアレイ解析と同様に2つのNAPsによる複合的な制御下にあると考えられる表現型が多く見出された。また、PhuとPndでは、宿主の浸透圧ストレス耐性の発現において、その制御機構が異なる可能性も示唆された。以上の結果から、菌体内ではpCAR1由来の3つのNAPsのうちPmrが中心となって機能し、PndおよびPhuが補佐的に働くことで多数の遺伝子について協調的な転写制御を行い、菌体の表現型を決定している可能性が強く示唆された。本研究は、複数のNAPs遺伝子を保持するプラスミドにおいて、複数のNAPs遺伝子を除去した際の影響を網羅的に解析した初めての例であり、極めて新規性の高いものである。

以上、本論文は従来の研究とは一線を画し、プラスミド上にコードされる各NAPsの機能や、それらがプラスミド上にコードされる意義について客観的考察を可能とする基盤情報を提示すると共に、HUホモログやNdpAホモログなど新規NAPsの役割に関する情報を示すものである。また、難分解性物質分解酵素を有するプラスミドにおけるNAPsの機能を解析した初めての例でもある。これらの知見や考察は、細菌のゲノム機能やその進化に関わる学術研究のみならず、実際の環境汚染修復など応用分野においても貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51989