学位論文要旨



No 126915
著者(漢字) 對崎,真楠
著者(英字)
著者(カナ) ツイザキ,マクス
標題(和) 糸状菌Aspergillus nidulansの菌糸先端生長におけるキチン合成酵素の機能と動態に関する研究
標題(洋)
報告番号 126915
報告番号 甲26915
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3668号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 有岡,学
 東京大学 准教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

糸状菌は極性的な先端生長により菌糸型の形態を形成する生物であり、先端生長はあらゆる生物の細胞において普遍的に見られる現象である。糸状菌の細胞表層は細胞壁によって覆われており、キチンは糸状菌細胞壁の主要構成成分の一種である。糸状菌においてキチンの生合成は菌糸型の形態形成に必須であり、糸状菌のモデル生物であるAspergillus nidulansにおいて、キチンの生合成を担うキチン合成酵素は7つのクラスに分類される8個が存在する。これらのキチン合成酵素のうち、クラスIIIに属するChsB、クラスVに属するCsmA、クラスVIに属するCsmBをコードする遺伝子の破壊株は生育遅延や顕著な表現型の異常を示す。またこれらのキチン合成酵素は膜タンパク質であり、菌糸先端及び隔壁形成部位に局在し、菌糸先端生長並びに隔壁形成において重要な役割を果たしていると考えられる。クラスV及びVIに属するCsmAとCsmBはタンパク質のN末端側にアクチン細胞骨格上を移動するモータータンパク質であるミオシンと相同性のあるドメイン (myosin motor-like domain: MMD)を有する。クラスIII、V、VIに属するキチン合成酵素をコードする遺伝子は菌糸型の形態をとり得る真菌類のゲノム中にのみ存在し、出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、分裂酵母Schizosaccharomyces pombe、二形性酵母Candida albicans等のゲノム中には存在しないことから、菌糸型の形態形成に重要であると考えられる。糸状菌の菌糸先端生長に関わる因子については近年解析が進められているが、菌糸先端における形質膜形成や細胞壁合成に直接的に関わると考えられる因子については、その局在化機構や輸送機構等は殆ど明らかとなっていない。そこで本研究では、ChsB、CsmA、CsmBの菌糸先端生長における機能と、その局在化機構に関する解析を行なった。

1 CsmBの機能におけるMMDの役割及びCsmAとのドメイン互換性

CsmAのMMDはアクチンと相互作用し、CsmAの正常な局在化と機能に必要であることが示唆されている。本研究ではCsmBについてもその機能におけるMMDの役割について検討した。CsmBのMMD欠失株はcsmBの全長破壊株と同様の表現型異常を示し、MMD欠失型CsmBは菌糸先端及び隔壁形成部位に局在が観察されなかった。またin vivoにおいて野生型CsmBはアクチンとの相互作用が確認されたが、MMD欠失型CsmBはアクチンとの相互作用が見られなかった。これらの結果から、CsmBの正常な局在化と機能にはMMDとアクチンとの相互作用が必要であることが示唆された。

また、CsmAとCsmBのドメインの互換性について検討するため、csmA破壊株あるいはcsmB破壊株において、CsmA及びCsmBのMMDと酵素の活性部位を含むCSD (chitin synthase domain)を相互に交換した融合タンパク質を野生型CsmAあるいはCsmBの代わりに生産する株を作製し、csmAあるいはcsmBの破壊による生育遅延や表現型の異常を抑圧できるか解析した。その結果、CsmAのMMDはCsmBのMMDにより機能の一部を代替できるが完全には代替できないこと、CsmBのMMDはCsmAのMMDにより機能を代替できること、両者のCSDは相互に機能を代替できないことが示唆された。また、CsmAとCsmBは界面活性剤による膜の可溶化条件に差が見られ、CsmBの方が可溶化され易く、その差異は両者のMMDに依存しないことが示された。

2 CsmAの菌糸内局在化機構

CsmAは間接蛍光抗体法による観察により、菌糸先端及び隔壁形成部位における局在が観察され、細胞骨格形成阻害剤による局在変化の観察から正常な局在化に微小管及びアクチンが必要であることが示唆されていたが、その局在化機構の詳細は不明であった。そこで本研究ではCsmAの局在化における微小管及び微小管上を移動するモータータンパク質であるキネシンの機能、及びMMDの役割について解析した。

生細胞におけるCsmAの局在観察の結果、CsmAは菌糸先端を含む形質膜上及び形成中の隔壁部位に局在が観察され、一部菌糸内においてもエンドソームにおける局在が観察された。また微小管重合阻害剤による処理やキネシンkinAあるいはkipA遺伝子の破壊により、菌糸先端付近においてCsmAのドット状の局在や細胞質に拡散した局在等の異常が観察された。一方、kinAあるいはkipA破壊株において隔壁形成部位におけるCsmAの局在には顕著な異常は観察されなかった。微小管に沿ってフィラメント状の局在を示す変異型KinArigorまたはKipArigorとCsmAの局在部位を同一の株において比較した結果、菌糸先端から後方においてCsmAとこれらの変異型キネシンとのフィラメント状の共局在が観察された。更に、KinArigor及びKipArigorはCsmAとin vivoにおいて相互作用することが示された。これらの結果から、CsmAはKinAあるいはKipAとの相互作用により微小管上を菌糸先端付近へ輸送されることが示唆された。次にこの微小管上の輸送におけるMMDの役割について検討した。MMD欠失型CsmA (DMA) 及びアクチンとの結合能の欠失したCsmA (D10A)の局在観察の結果、菌糸先端から後方においてKinArigorのフィラメント状の局在との共局在が観察された。また、DMA及びD10AとKinArigorとのin vivoにおける相互作用が示された。これらの結果から、菌糸先端付近へ向かう微小管上のCsmAの輸送にはMMDが不要であることが示唆された。

3 CsmAとChsBの菌糸内局在化機構の比較

ChsBは菌糸の生長に必須の機能を持ち、菌糸先端及び隔壁形成部位における局在が観察されている。ChsBは特に菌糸の最先端部において局在が観察され、先端生長において極性的なキチン合成に関わる可能性が考えられている。しかしChsBについてもCsmAと同様その局在化機構の詳細は不明であった。そこでChsBの菌糸内局在化における微小管及びキネシンの役割について解析し、CsmAの局在化機構との比較を行なった。

ChsBは微小管重合阻害剤による処理やkinAあるいはkipAの破壊により菌糸先端における局在異常が観察され、菌糸先端から後方においてKinArigorあるいはKipArigorとのフィラメント状の共局在が観察された。一方、kinAあるいはkipA破壊株において隔壁形成部位におけるChsBの局在に顕著な異常は観察されなかった。また、ChsBとKinArigorあるいはKipArigorとのin vivoにおける相互作用が示された。これらの結果から、ChsBはCsmAと同様にKinAあるいはKipAとの相互作用により微小管上を菌糸先端付近へ輸送されることが示唆された。

CsmAとChsBの局在化機構の比較のため、生細胞における観察、あるいは間接蛍光抗体法による観察により両者の菌糸内における局在を同時に観察したところ、菌糸先端及び隔壁形成部位において一部共局在が観察されたが、菌糸先端においてChsBは菌糸最先端部に局在するのに対し、CsmAは先端からやや後方の形質膜上に局在するという局在部位の違いが一部観察された。隔壁形成部位においても両者の局在は隔壁形成の異なる時期に一部観察された。生化学的な解析により、両者は近接した膜画分に存在することが示唆されたが、in vivoにおける両者の相互作用は検出されなかった。また、csmA破壊株においてChsBの顕著な局在異常は観察されなかった。これらの結果から、CsmAとChsBはKinAあるいはKipAとの相互作用を介してそれぞれ独立に微小管上を菌糸先端付近へ輸送され、菌糸先端の形質膜上の一部異なる領域に局在化することが示唆された。

総括

糸状菌の菌糸型の形態形成は菌糸先端における極性的な生長によって支持されており、菌糸先端の形質膜上において機能するキチン合成酵素は細胞壁形成と先端生長とをリンクする重要な因子であると考えられる。本研究における解析から、少なくとも一部のキチン合成酵素が微小管上をキネシンによって菌糸先端方向へ輸送され、菌糸先端の形質膜上の一部異なる領域に局在化し、先端生長に寄与することが示唆された。キチン合成酵素は菌糸先端や隔壁形成部位において局在部位及び局在時期が異なることにより、時間的、空間的に異なる段階でこれらの部位におけるキチンの生合成に機能する可能性が考えられる。今後これらのキチン合成酵素と相互作用するタンパク質や輸送に関わるキネシン以外の因子等を明らかにし、その機能的相関を解析することにより、キチン合成酵素による菌糸の極性的な先端生長と細胞壁形成のメカニズムがより明確に示されると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

糸状菌は極性的な先端生長により菌糸型の形態を形成する生物である。糸状菌の細胞表層は細胞壁によって覆われており、その主要構成成分の一種であるキチンの生合成は菌糸型の形態形成に必須である。糸状菌のモデル生物であるAspergillus nidulansのキチン合成酵素CsmA、CsmB、及びChsBは菌糸生長に必須の機能を持ち、CsmA及びCsmBはタンパク質のN末端側にミオシンと相同性のあるドメイン (MMD)を有する。糸状菌の菌糸先端生長に関わる因子については近年解析が進められているが、菌糸先端における形質膜形成や細胞壁合成に直接的に関わると考えられる因子については、その局在化機構や輸送機構等は殆ど明らかとなっていない。

本論文は、菌糸先端生長に必須の機能を担う上記のキチン合成酵素の機能及び局在化機構について解析したものであり、3章からなる。

第1章では、CsmBのMMD欠失株を作製し、その表現型、局在、アクチンとの相互作用を解析し、CsmBの正常な局在化と機能にMMDが必要であることが明らかとなった。また、CsmAとCsmBについて、酵素の活性中心を含むCSD (キチン合成酵素ドメイン)とMMDを交換したキメラタンパク質を生産する株を作製し、両者のドメインの互換性について検討した。その結果、両者のMMDの一部の機能は代替可能であること、CSDの機能は代替不能であることが示唆された。

第2章では、CsmAの菌糸先端への局在化における微小管及びキネシンの寄与について解析した。微小管重合阻害剤による処理やキネシン遺伝子kinAあるいはkipAの破壊によりCsmAの菌糸先端における局在異常が観察された。また、CsmAとKinAあるいはKipAとの菌糸内における共局在が観察され、免疫沈降実験によりin vivoにおける両者の物理的相互作用が示された。これらの結果から、CsmAはKinAあるいはKipAとの相互作用により微小管上を菌糸先端付近へ輸送されることが示唆された。また、MMD欠失型CsmAあるいはアクチンとの結合能の欠失したCsmAについてもKinAとの共局在及びin vivoにおける物理的相互作用が示されたことから、CsmAの菌糸先端へ向かう微小管上の輸送にMMDは不要であることが示唆された。

第3章では、元来MMDを持たないキチン合成酵素ChsBの菌糸先端への局在化機構について解析し、CsmAの局在化機構と比較検討した。ChsBについても、微小管重合阻害剤処理やkinAあるいはkipA遺伝子破壊により菌糸先端における局在異常が観察された。また、ChsBとKinAあるいはKipAとの菌糸内における共局在が観察され、免疫沈降実験によりin vivoにおける両者の物理的相互作用が示された。これらの結果から、ChsBについてもCsmAと同様にKinAあるいはKipAとの相互作用により微小管上を菌糸先端付近へ輸送されることが示唆された。

CsmAとChsBの局在化機構の比較のため、生細胞における観察、あるいは間接蛍光抗体法による観察により両者の菌糸内における局在を同時に観察したところ、菌糸先端部において一部両者の共局在が観察されたが、ChsBは菌糸最先端部に局在するのに対し、CsmAは先端からやや後方の形質膜上に局在するという局在部位の違いも一部観察された。生化学的な解析により、両者は近接した膜画分に存在することが示唆されたが、in vivoにおける両者の相互作用は検出されなかった。これらの結果から、CsmAとChsBはKinAあるいはKipAとの相互作用を介して微小管上を菌糸先端付近へ輸送され、菌糸先端の形質膜上の一部異なる領域に局在化することが示唆された。

以上、本論文は細胞壁形成と先端生長とをリンクする重要な因子であると考えられる一部のキチン合成酵素が微小管上をキネシンによって菌糸先端方向へ輸送され、菌糸先端の一部異なる形質膜上の領域に局在化し、先端生長に寄与するメカニズムの一端を明らかにした。本論文で得られた結論は、今後菌糸の極性的な先端生長と細胞壁形成のメカニズムを更に明らかにしていく上で基礎となる重要な事実を含んでおり、学術上、応用上の貢献は多大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51990