No | 126917 | |
著者(漢字) | 畠山,理広 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハタケヤマ,リコウ | |
標題(和) | エンドサイトーシスを制御する新規アダプター分子Aly2の機能解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126917 | |
報告番号 | 甲26917 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3670号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1) 背景・目的 細胞が様々な外部環境に適応する上で、細胞膜タンパク質を柔軟かつ厳密に入れ替える(再編成する)ことは重要である。 タンパク質を速やかに細胞膜から除去する手段として、エンドサイトーシスを介して細胞内に取り込む機構が知られる。細胞膜タンパク質がエンドサイトーシスされるためにはユビキチン化修飾を受けることで積み荷として認識される必要があるが、(a)ユビキチン化を受ける細胞膜タンパク質が選択される機構、および(b)ユビキチン化が細胞の置かれた様々な状況に応答して制御される機構は多くの場合不明である。 酵母では知られている限り全ての細胞膜タンパク質について、E3ユビキチンリガーゼRsp5がユビキチン化を触媒する。しかしRsp5依存的にエンドサイトーシスされる細胞膜タンパク質の多くは、Rsp5との結合モチーフとして機能するPYモチーフを持たず、Rps5とは直接結合できない。従ってRsp5が働くためにはアダプタータンパク質の助けが必要である。 最近になり、アレスチン様タンパク質ファミリーのタンパク質群がRsp5アダプターとして働くことが報告された。これらのタンパク質はPYモチーフおよびアレスチンドメインを有する。アレスチンドメインはGPCR (G protein-coupled receptor)と結合してエンドサイトーシスを促す哺乳類アレスチンとの相同性から命名された。これらアレスチン様タンパク質はPYモチーフを介してRsp5と結合するとともに、アレスチンドメインを介して細胞膜タンパク質と結合することでアダプター機能を果たすと考えられる。 これらアレスチン様タンパク質は細胞膜タンパク質との結合に関して互いに異なる選択性をもち、多対多の対応関係にある。しかし10個のアレスチン様タンパク質のうち標的とする細胞膜タンパク質が同定されているのは5つのみであり、残りの5つはエンドサイトーシスに関与するかどうかさえ不明である。本研究ではそのうちの1つであるAly2の機能解析を行い、標的を同定するとともに上記(a)、(b)の問題へのアプローチを試みた。 2) 結果 2-1) Aly2の標的の探索 aly2Δ株はカナバニン(毒性を有するアルギニンアナログ化合物)に耐性であることがわかっていた。そこでaly2Δ株ではアルギニントランスポーターCan1の制御に異常がある可能性を考え、Can1-EGFPの局在を観察した。様々な条件を試したところ、培地にアスパラギン酸またはグルタミン酸を加えた際のCan1の局在が野生株と異なることがわかった。野生株ではこれらのアミノ酸に応答してCan1の一部のみが細胞膜から液胞へと局在を変えたが、aly2Δ株ではより多くのCan1が液胞へと局在を変えた。 aly2Δ株でアスパラギン酸やグルタミン酸への応答が過剰に起こるのは、これらのアミノ酸の取り込み量が多いからである可能性を考え、次にアスパラギン酸・グルタミン酸トランスポーターDip5の局在を観察した。その結果、野生株ではDip5-EGFPは細胞膜と液胞の両方に局在が見られたのに対して、aly2Δ株では細胞膜局在が顕著であった。エンドサイトーシス欠損変異株ではDip5はほとんど細胞膜上に局在したことから、野生株で見られる液胞局在は細胞膜からのエンドサイトーシスを経たものであり、aly2Δ株もこの過程に欠損があると考えられた。さらに細胞を高濃度のアスパラギン酸またはグルタミン酸で刺激したところ、野生株ではほとんどのDip5が液胞へと輸送されたが、aly2Δ株では細胞膜上に留まった。よってAly2はDip5の正常なエンドサイトーシスに必要であることがわかり、Dip5がAly2の標的であることが示唆された。 2-2) Aly2のRsp5アダプター機能 次にAly2がDip5のエンドサイトーシスに際してRsp5アダプターとして機能するかを調べた。まずrsp5-1株(RSP5温度感受性変異株)でDip5-EGFPの局在を観察したところ、制限温度下で顕著に細胞膜上に局在した。またDip5のユビキチン化状態を抗ユビキチン抗体を用いたウエスタン解析で調べたところ、rsp5-1株ではユビキチン化が低下していた。よってDip5も他の細胞膜タンパク質と同様に、Rsp5によるユビキチン化を受けてエンドサイトーシスされることが示唆された。 Dip5のユビキチン化はaly2Δ株でも低下していた。in vivoにおけるAly2とRsp5の物理的な結合を検討するために共沈降実験を行ったところ、共沈降が見られた。この結合はAly2のPYモチーフをアラニンに置換した変異体では見られず、またその変異株ではDip5のエンドサイトーシスが正常に起こらなかった。以上からAly2はPYモチーフを介してRsp5と結合すること、およびその結合が機能に必須であることがわかった。 さらにAly2はDip5とも共沈降が見られ、Dip5とRsp5とをつなぐアダプターとして機能することが示唆された。 次にDip5のエンドサイトーシスが輸送基質に応答して制御される機構について調べた。細胞をアスパラギン酸で刺激したところ、Aly2とDip5との結合が亢進した。よってAly2は基質依存的にRsp5をDip5へとリクルートしてユビキチン化を促進することでエンドサイトーシスを誘導すると考えられた(図1)。 2-3) TORC1-Npr1経路によるDip5エンドサイトーシス制御機構 Dip5のエンドサイトーシスはラパマイシン処理によっても誘導され、これにもAly2が必要であった。ラパマイシンは栄養源応答に中心的な役割を果たすTORC1(target of rapamycin complex 1)キナーゼ複合体の阻害剤である。TORC1下流のキナーゼNpr1の遺伝子破壊株ではDip5のエンドサイトーシスがラパマイシン処理によって正常に誘導されなかったことから、TORC1はNpr1を介してDip5のエンドサイトーシスを制御していると考えられた。 次にAly2がTORC1経路による制御を受けている可能性を考え、その量に注目したところ、ラパマイシン処理によってNpr1依存的に増加することがわかった。またAly2の過剰発現はDip5のエンドサイトーシス誘導に十分であったことから、ラパマイシン処理によって起こるAly2量の増加はDip5のエンドサイトーシス誘導に寄与していると考えられた。 2-4) 細胞周期の進行によるDip5エンドサイトーシス制御機構 Dip5は通常の培養条件下でも一部液胞局在が見られ、細胞に刺激を与えなくてもある程度の効率でエンドサイトーシスされていると考えられた。そこで単一の細胞でDip5-EGFPの局在を経時的に観察したところ、芽が大きくなるタイミング、すなわちM期に集中してエンドサイトーシスされることがわかった。同調培養した細胞を用いたウエスタン解析で、M期サイクリンが多い時期にDip5の量の減少が見られたこと、さらにノコダゾール処理によりM期で停止させた細胞でDip5が顕著に液胞局在を示したこともこれを支持した。 Aly2の量に注目したところ、M期に増加することがわかった。またノコダゾール処理によってもAly2は増加した。さらにPhos-tag(リン酸化タンパク質特異的捕捉試薬)によって捕捉されるAly2の割合がノコダゾール処理によって増加したことから、Aly2はM期特異的にリン酸化されていることが示唆された。以上からAly2はM期特異的に量が増えるとともにリン酸化を受け、それがDip5のエンドサイトーシス誘導に寄与していると考えられた。 なお培地にアスパラギン酸やグルタミン酸があると細胞のG1期からS期への移行がDip5依存的に阻害されることが、細胞の形態観察によりわかった。従ってG1期に進入する前にDip5がエンドサイトーシスされることは合目的的であると考えられた。 3) まとめ 本研究によりAly2がRsp5アダプターとしてエンドサイトーシスに関与することがわかり、標的としてDip5が同定された。 また環境に応答してユビキチン化とそれに続くエンドサイトーシスが制御される機構が明らかになった。基質濃度によってDip5とAly2との結合が制御されるのに対して、TORC1や細胞周期進行によって制御されるのはAly2自体の量やリン酸化であった。 二つの制御点の相違の生理的意義は次のように解釈できる。過剰量の基質が存在する際には対応するトランスポーターのみがエンドサイトーシスされるべきであり、そのためにそのトランスポーター特異的にアレスチン様タンパク質との結合が促進される(個別制御)。それに対してより広い意味での栄養源飢餓(TORC1阻害)や細胞周期の進行に対しては、多くの膜タンパク質を同時にあるルールに従って再編成する必要があるため、細胞はアレスチン様タンパク質自体の機能を制御し、それが選択的に標的とする細胞膜タンパク質のエンドサイトーシスを一括して制御する(グループ制御)(図2)。 このように本研究ではAly2の機能解析を通して、エンドサイトーシスの積み荷選択性の分子基盤と環境に応答した制御機構の一端を明らかにすることが出来た。 図1.輸送基質によるDip5のエンドサイトーシス誘導 図2.エンドサイトーシスの個別制御とグループ制御 | |
審査要旨 | 細胞が様々な外部環境に適応する上で、細胞膜タンパク質を柔軟かつ厳密に入れ替えることは重要である。タンパク質を速やかに細胞膜から除去する手段として、エンドサイトーシスを介して細胞内に取り込む機構が知られる。細胞膜タンパク質がエンドサイトーシスされるためにはユビキチン化修飾を受けることで積み荷として認識される必要があるが、ユビキチン化を受ける細胞膜タンパク質が選択される機構、およびユビキチン化が細胞の置かれた様々な状況に応答して制御される機構は多くの場合不明である。本研究ではユビキチンリガーゼアダプターとして働くと考えられている酵母アレスチン様タンパク質の1つ、Aly2の機能解析を通してこれらの問題へアプローチしている。 背景・目的の章ではエンドサイトーシスとアレスチン様タンパク質の関連を中心に既存の知見について詳説し、本研究の目的(上記)を明らかにしている。 結果の章ではまず野生株とaly2Δ株においてアスパラギン酸・グルタミン酸トランスポーターDip5の局在を観察している。その結果としてaly2Δ株では野生株と比較して細胞膜局在が顕著であり、さらに細胞を高濃度のアスパラギン酸またはグルタミン酸で刺激した場合に野生株ではほとんどのDip5が液胞へと輸送されるのに対し、aly2Δ株では細胞膜上に留まることを示している。これらの観察からAly2はDip5の正常なエンドサイトーシスに必要であると結論づけている。 次にDip5のユビキチン化がaly2Δ株で低下していることを示している。またin vivoにおけるAly2とユビキチンリガーゼRsp5の物理的な結合を共沈降実験によって示し、さらにRsp5と結合しなくなる変異をAly2に導入した株ではDip5のエンドサイトーシスが正常に起こらないという結果から、Rsp5との結合がAly2の機能に必須であることを示している。加えてAly2とDip5との共沈降も示し、Aly2はDip5とRsp5とをつなぐアダプターとして機能すると結論づけている。 次に細胞をアスパラギン酸で刺激することでAly2とDip5との結合が亢進することを見出し、Aly2は基質依存的にRsp5をDip5へとリクルートしてユビキチン化を促進することでエンドサイトーシスを誘導すると結論づけている。 さらにDip5のエンドサイトーシスは、栄養源応答に中心的な役割を果たすTORC1経路の阻害剤であるラパマイシン処理によっても誘導されること、これにもAly2が必要であることを示している。TORC1下流のキナーゼNpr1の遺伝子破壊株ではDip5のエンドサイトーシスがラパマイシン処理によって正常に誘導されないことより、TORC1がNpr1を介してDip5のエンドサイトーシスを制御することを示している。またAly2の量がラパマイシン処理によってNpr1依存的に増加することを見出している。さらにAly2の過剰発現はDip5のエンドサイトーシス誘導に十分であることを示し、従ってラパマイシン処理によって起こるAly2量の増加はDip5のエンドサイトーシス誘導に寄与していると結論づけている。 次に単一の細胞でDip5の局在を経時的に観察した結果より、M期に集中してエンドサイトーシスされていることを示している。またAly2の量がM期に増加することを見出している。さらにAly2のM期特異的なリン酸化を見出している。以上からAly2はM期特異的に量が増えるとともにリン酸化を受け、それがDip5のエンドサイトーシス誘導に寄与していると結論づけている。 考察の章では以上の結果を踏まえ、エンドサイトーシスの個別制御とグループ制御という概念を提唱している。過剰量の基質が存在する際には対応するトランスポーターが特異的にアレスチン様タンパク質との結合が促進される(個別制御)のに対し、広い意味での栄養源飢餓(TORC1阻害)や細胞周期の進行に対してはアレスチン様タンパク質自体の機能が制御されることで、それが選択的に標的とする細胞膜タンパク質のエンドサイトーシスが一括して制御される(グループ制御)という状況に応じた制御機構の使い分けが合目的的であると論じている。 以上、本研究ではAly2の機能解析を通して、エンドサイトーシスの積み荷選択性の分子基盤と環境に応答した制御機構の一端を明らかにすることに成功しており、学術上、応用上貢献するところが少なくない。従って審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位として価値あるものとして認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/51991 |