学位論文要旨



No 126919
著者(漢字) 村田,拓哉
著者(英字)
著者(カナ) ムラタ,タクヤ
標題(和) ヒストンH1による特異的ヘテロクロマチン構造変換機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 126919
報告番号 甲26919
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3672号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 多羽田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

高等真核生物における遺伝子の時期・組織特異的な転写制御やDNA複製・組換え・修復には、クロマチン高次構造のダイナミックな変換が必要とされる。クロマチン高次構造はゲノム全体で均一の構造ではなく、ヌクレオソームが弛緩したユークロマチン領域と、ヌクレオソームが凝集した構造を形成するヘテロクロマチン領域に大別される。

ヘテロクロマチンはその凝集した構造による染色体構造の安定性の維持が転写抑制を制御すると考えられている。ヘテロクロマチン形成の調節は、ヒストン修飾やヒストンH1との結合により制御されることが知られている。ヒストンH1はヌクレオソーム間のリンカーDNA部分に結合する因子で、これまでにin vitroの解析からヌクレオソームを固定し、ヌクレオソームを凝集させることで30nmファイバーと呼ばれるクロマチン高次構造の形成に機能することが知られている。実際、ショウジョウバエ唾液腺染色体を用いたin vivo解析より染色体全体にわたるヘテロクロマチン高次構造の形成・維持に重要であることが示されている。

近年、このようなヘテロクロマチン構造は必ずしも均一ではなく、染色体上の特定領域においては特徴的な構造を形成していることが明らかになりつつある。細胞分裂間期の間、セントロメア、テロメア領域は常に凝集し、ゲノムを安定化している。その一方、条件的ヘテロクロマチンと呼ばれる領域では、分化・発生過程や外的刺激によりクロマチン構造が可変的に変換される。そのため、ヒストンH1もクロマチン上に一様に非特異的に結合するのではなく、領域特異的にリクルートされる機構の存在が示唆されている。しかしながら、ヒストンH1タンパク自身には領域特異性を規定するモチーフは存在しない。そのため、ヒストンH1のクロマチン局在を規定し、ヘテロクロマチン構造変換を制御するヒストンH1に相互作用する未知因子の存在が示唆される。

そこで本研究ではヒストンH1による特異的ヘテロクロマチン領域のクロマチン構造変換を制御する新規因子を同定し、その分子機構を解明することを目的とした。まず、ヒストンH1の相互作用因子を生化学的アプローチにより取得・同定し、取得因子の機能を生化学的手法及びショウジョウバエ個体やその分子遺伝学的手法を用いて解析した。

第二章 ヒストンH1の複合体精製と新規相互作用因子の同定

ヒストンH1を介したクロマチン構造変換の分子メカニズムの解明のため生化学的手法によりヒストンH1の相互作用因子の取得・同定を試みた。ショウジョウバエ胚由来S2細胞の核抽出液及びクロマチン画分からショウジョウバエヒストンH1をベイトとしたGST精製をおこなった。その結果、質量分析法によりヒストンH1相互作用因子の一つとしてBj1を同定した。Bj1はヒトRCC1のショウジョウバエホモログである。RCC1はタンパク質の細胞質―核間輸送、細胞分裂の際のスピンドル形成、核膜の再構成に重要である因子として知られており、これらの機能はRCC1内の機能ドメインであるRCCドメインを介して発揮されている。通常、RCCドメインは核輸送制御因子RanGTPaseに結合しているGDPをGTPに交換することでRanGTPaseを活性化させ、輸送などに機能している。一方、ヒストンH2A/H2Bとの直接結合を介してヌクレオソームに結合する機能が知られている。また、RCC1のクロマチン上の局在が知られていることから、クロマチン構造変換機能を有することが示唆される。そこで次にBj1がヒストンH1依存的なクロマチン構造変換に関与する可能性を考え、Bj1に着目してその機能解析をおこなった。

Bj1のクロマチン構造変換機能の有無を、ショウジョウバエwhite遺伝子の班入り位置効果の系を用いて評価したところ、Bj1がSu(var)活性すなわちヘテロクロマチン化能を有する可能性が示唆された。さらに、ショウジョウバエBj1ノックダウン系統を用いて3齢幼虫の唾液腺多糸染色体における染色体構造への機能を評価したところ、染色体バンドパターンが破綻する表現型が観察された。この表現型はヒストンH1をノックダウンした際の表現型と同じであった。これらの結果より、ヒストンH1相互作用因子として同定されたBj1がヒストンH1と協調してクロマチン構造変換制御を担う因子であることが示唆された。

第三章 Bj1のヒストンH1クロマチンリクルートメントの機能解析

次に、クロマチン上でのBj1とヒストンH1との共局在を免疫染色により検討した。S2細胞及び唾液腺染色体を用いた免疫染色の結果、Bj1はヘテロクロマチン領域に局在し、その大部分がヒストンH1との共局在を示した。一方、ヒストンH1はBj1と共局在の他、広範囲に局在した。このことから、Bj1とヒストンH1の染色体上の共局在には特異性がある事が明らかになった。次に、GSTプルダウン法によりBj1とヒストンH1の結合を検討したところ、両者は直接的に結合していた。またBj1のRCCドメイン活性部位がヒストンH1との結合にも重要であることを見出した。これらの結果より、Bj1のクロマチン構造変換機能としてヒストンH1のクロマチン結合の制御あるいはヒストンH1のクロマチン結合後のクロマチン構造変換が考えられた。

そこで、Bj1のクロマチン構造変換機能を明らかにするため、Bj1をノックダウンした際のヒストンH1のクロマチン結合能を調べた。ショウジョウバエ個体でBj1をノックダウンした結果、クロマチンのH1依存的なマイクロコッカルヌクレアーゼ(MNase)耐性の減弱が見られ、またヒストンH1のクロマチンへの結合能が低下していた。また、Bj1をノックダウンした唾液腺染色体ではヒストンH1のクロマチン上の局在の消失が見られた。さらにin vitroクロマチン再構築系を用いたMNaseアッセイをおこなった。その結果、Bj1を加えることでヒストンH1によるクロマチンのMNase耐性の増強が認められ、その耐性増強はRCCドメイン変異体により消失した。その結果より、Bj1がヒストンH1のクロマチンリクルートメントを促進していることが示唆された。

第四章 Bj1依存的なヒストンH1のヘテロクロマチン構造変換の解析

次にH1依存的なヘテロクロマチン領域におけるBj1のクロマチン構造変換調節活性を検討した。まず、クロマチン画分の免疫沈降法によりBj1と結合するヌクレオソームのヒストン修飾を調べた。その結果、H3K9ジメチル、H4K20ジメチルとBj1の相互作用を検出した。S2細胞の免疫染色においてもこれらヒストン修飾との共局在を認めた。一方でヒストンアセチル化修飾との相互作用は検出されなかった。次にS2細胞におけるBj1のノックダウン後のヒストン修飾の変化を検討したところ、H3K9ジメチル、H4K20ジメチルが減少し、Bj1がヘテロクロマチンの形成に必須であることが示唆された。次に、Bj1を介したH1依存的ヘテロクロマチン形成の分子機構解明を目指し、更にBj1/ヒストンH1相互作用未知機能因子の探索をおこなった。また、Bj1をベイトとした精製をおこない、未知因子の同定を試みた。その結果、リボソーマルタンパクやスプライシング因子がBj1相互作用因子として同定された。これらの因子はヒストンH1の精製では同定されなかったことから、Bj1を介したヒストンH1によるヘテロクロマチン形成のクロマチン特異性を規定する可能性が考えられた。

第五章 総合討論

本研究では生化学的手法によりヒストンH1の新規相互作用因子としてBj1を同定し、ヒストンH1がBj1によりクロマチンへのリクルートメントの制御を受けて、ヘテロクロマチン領域のクロマチン抑制化構造変換をすることを見出した。

ヒストンH1によるヘテロクロマチン領域の構造変換において、染色体上での特異性を規定するメカニズムはこれまで不明であった。本研究によりBj1がヒストンH1のリクルートメントを介してクロマチン局在を規定する可能性が示唆された。また、Bj1により調節を受けたH3K9、H4K20メチル化修飾は条件的ヘテロクロマチンの指標と知られていることから、この機構は条件的ヘテロクロマチンにおけるクロマチン構造変換を制御していることが示唆された。これまでヒストンH1とヒストン修飾酵素の関連は知られていないが、Bj1がヒストン修飾酵素の活性あるいはクロマチン局在を制御し、両者の相互作用の介在する可能性も考えられる。

これまでにリボソーマルタンパクRpL22がヒストンH1と相互作用し転写抑制に機能すると報告されているが、本研究のBj1相互作用因子の精製によりそれと異なるリボソーマルタンパクRpL3やRpL4を同定した。このことから、種々のリボソーマルタンパクがヒストンH1依存的なクロマチン構造変換の特異性を規定し、ヘテロクロマチンにおける構造の多様性を制御している可能性が考えられた。これまでに、non-coding RNAを介したヘテロクロマチン構造変換機構が提唱されていることから、リボソーマルタンパクがRNA結合能を有することからBj1を介したヒストンH1クロマチン構造変換の特異性にはRNAが介在している可能性が示唆された。

これまでヒトRCC1の機能として細胞質―核間輸送や細胞分裂時のスピンドル形成および核膜再構成の制御が知られていたが、間期におけるそのクロマチン局在の意義は不明であった。本研究の解析により初めてショウジョウバエホモログBj1がクロマチンの構造変換を制御する機能を持つことを見出し、Bj1のクロマチン局在の意義の一端を明らかにした。また、核輸送とクロマチン構造変換がカップリングした転写制御が近年提唱され、核膜再構成後に染色体のクロマチン構造の再構築の必要性が指摘されている。そのため、Bj1のヒストンH1リクルートメント機能を介したヘテロクロマチン構造変換が、この細胞周期に依存した染色体構造の再構築に関与する可能性が考えられる。

以上、本研究ではヒストンH1によるヘテロクロマチン構造変換機構においてクロマチン上の特異性を示す新規因子の同定とそれによるヘテロクロマチン構造変換機構の一端を明らかにした。今後、Bj1およびヒストンH1のゲノム上の特異性を規定するさらに上流の分子機構やヒストンH1によるクロマチン凝集とヒストン修飾などの他のヘテロクロマチン高次構造変換機構との相互作用を解明することにより、ヘテロクロマチン領域特異的なクロマチン構造変換の一連の分子機構を明らかにできると考えられる。

Murata T., Suzuki E., Ito S., Sawatsubashi S., Zhao Y., Yamagata K., Tanabe M., Fujiyama S., Kimura S., Ueda T., Matsukawa H., Kouzmenko A., Furutani T., Kuranaga E., Miura M., Takeyama K., Kato S. Biosci. Biotechnol. Biochem.,72, 2255-2261 (2008)Sawatsubashi S., Murata T., Lim J., Fujiki R., Ito S., Suzuki E., Tanabe M., Zhao Y., Kimura S., Fujiyama S., Ueda T., Umetsu D., Ito T., Takeyama K., Kato S. Genes Dev., 24, 159-170 (2010)
審査要旨 要旨を表示する

高等真核生物における遺伝子の時期・組織特異的な転写制御やDNA複製・組換え・修復には、クロマチン高次構造のダイナミックな変換が伴う。クロマチン高次構造は、ユークロマチン領域とヘテロクロマチン領域に大別され、ヘテロクロマチンはその凝集した構造による染色体構造の安定性の維持が転写抑制を制御すると考えられている。ヘテロクロマチン形成の調節は、ヒストン修飾やヒストンH1との結合により制御されることが知られている。

ヒストンH1はクロマチンの主要構成因子であり、ヌクレオソームを凝集させることでクロマチン高次構造の形成に機能し、ヘテロクロマチン構造の形成・維持に重要であることが示されている。近年、ヘテロクロマチンの構造の多様性からヒストンH1もクロマチン上に一様に非特異的に結合するのではなく、領域特異的にリクルートされる機構の存在が示唆されているが、その機構は不明である。本研究ではヒストンH1による特異的ヘテロクロマチン領域のクロマチン構造変換を制御する新規因子を生化学的に同定し、その分子機構の解明を試みている。

第一章の序論に引き続き、第二章ではショウジョウバエ培養細胞株を用いてタンパク質精製、質量分析をおこない、生化学的手法によりヒストンH1の相互作用因子を取得・同定した。同定因子の中で核輸送制御因子Bj1に着目し、その機能解析をおこなった。解析の結果、Bj1は生物個体の発生においてヒストンH1と協調的に機能すること、クロマチン構造のヘテロクロマチン促進能を有することを明らかにした。

第三章では、ヒストンH1を介したクロマチン構造変換へのBj1の分子機能を解析した。in vivoおよびin vitroの解析の結果、Bj1がヒストンH1のクロマチン結合を促進し、ヒストンH1によるクロマチン凝集を促進することを明らかにした。

第四章では、Bj1、ヒストンH1によるクロマチン凝集とその他のクロマチン構造変換機構との関連を検討した。その解析により、Bj1が抑制的ヒストン修飾の制御に関連することを見出し、さらにBj1、ヒストンH1とリボソーマルタンパク質が相互作用することを見出した。

本論文は、in vitroの生化学的な解析およびショウジョウバエ個体を用いた分子遺伝学的な解析から、ヒストンH1によるヘテロクロマチン形成機構に関する新たな知見を得ることに成功した。すなわち、これまで不明であったヒストンH1のクロマチン結合制御機構の一端を説明し得る新規因子を同定し、その因子のヒストンH1クロマチンリクルートメント制御機能を明らかにした。本研究は、生体内における時期・組織特異的なヘテロクロマチン構造調節の理解に繋がるものであると期待される。以上より、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク