学位論文要旨



No 126925
著者(漢字) 額尓徳尼
著者(英字)
著者(カナ) エリデニ
標題(和) リモートセンシングによる中国内蒙古自治区における植生の長期変化に関する研究
標題(洋)
報告番号 126925
報告番号 甲26925
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3678号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 芝野,博文
 東京大学 准教授 大手,信人
 東京大学 准教授 露木,聡
内容要旨 要旨を表示する

中国においては,砂漠化や土地劣化の進行が憂慮され,またその改善のため長年に亘って大規模な植林・植草政策が行われてきた.しかし,中国における人工林面積の増加や土地利用の変遷による植生変動の地域分布及び時系列変動の実態はまだ十分に把握されてない.特に内蒙古自治区は,面積が約120万km2と広く,西部の砂漠から中部の半乾燥地,草地,東北部の森林まで多様な自然環境があり,砂漠化が報告される地域がある一方,緑化事業や農地造成も活発なことが報告されている.本研究では,内蒙古自治区を対象に衛星リモートセンシング手法を用い1980年代から2000年代半ばまでの期間で,どのような植生変化が生じたかを行政区毎の特徴に立ち入って明らかにしたものである.

第1章では,本研究の背景及び研究の目標を述べ,既往研究に基づく内蒙古自治区における砂漠化と緑化の検討課題の把握と課題を提示した.これまでに,森林減少・劣化(乾燥地域の砂漠化)状況について統計や特定地域のみの衛星画像解析の研究事例は多くあるが,内蒙古自治区全域を対象とした解析や地域的特徴を明らかにした研究事例が少なく,特に衛星画像データでの解析事例ではある時期での土地利用変動が検討されるが,長期的継続的な変動が把握されてない.本研究では1980年以降約25年間の土地利用の経年変化・空間分布の特性を解明することを目標とし,植生の長期間での経年変化及び季節変動のトレンドを解析し,内蒙古全域の統計資料とも対比する研究の必要性を述べた.

第2章では,内蒙古自治区における地形,植生などの既往データセットについて収集するとともに,土地利用の統計データを整理し,統計データに基づく土地利用変遷を示した.内蒙古全域における造林・耕地面積の時系列変遷及び家畜頭数の時系列変遷から,土地利用の要因を探る重要なデータである.内蒙古自治区全域において,継続的な造林面積の拡大及び耕地面積の変動から,内蒙古における植生被覆率の変化が造林による効果が大きいと示唆される.一方で,家畜頭数の変化から1980年代よりの増加が草地に与える植生劣化への影響も存在すると考えられる.しかし,内蒙古全域において生態政策に関する実地報告などから,近年における緑化事業及び耕地利用の数値公表が多くあるものの,どこでどれほど変わったかの情報が乏しく,土地利用の実態を把握するには統計データや報告などでは実態が把握しきれないという限界性も指摘した.

第3章では,内蒙古自治区全域における砂漠化と緑化事業がもたらした植生変化の実態を把握するために,衛星データ及び統計データとの検証に基づき,植生変動の空間分布と時系列変動を求め,土地利用統計資料と対比した。植生変動を捉える指標として最も一般的に用いられている手法は,正規化植生指数(NDVI)データであり,本章では1982~1999年における衛星リモートセンシングNOAA/AVHRR PALシリーズデータを用いた検討を行った。まず,文献から植生変化の実態が明らかな4地域を選び出し,NDVIの変化と植生変化について比較し,1982~1999年までの約18年間における植生の変動を調べた.植生変化が少ない東北部の森林地域でのNDVI変動から,植生増減を判断するNDVI変化の閾値の検討し,1982~1999年における植生増加と減少に対応するNDVIが正負に変動した面積を比較し,各地域における植生変動を示した.また,植生が変化した地域を抽出して図化し,植生変化の空間分布及とその時期を明らかにした.また,行政区毎における衛星リモートセンシングデータから求めた植生変化と統計資料による人為的要因による造林面積と耕地面積を比較した.その結果,内蒙古自治区全体としては,NDVIが増加した地域の割合が減少した地域の割合を大きく上回り,植生増加の傾向が顕著であると示された.これにより,1982~1999年間における植生変動の地域分けから,赤峰市(特に敖漢旗)の植生増加が最も顕著であり,次いでシリンゴル盟,フフホト市,バヤンヌール市の一部にまとまったNDVI増加が示され,内蒙古全域においてNDVIが増加した面積が約20万Km2程度見られた.北半球の高緯度地域では温暖化によるNDVIの増加が報告されているが,内蒙古自治区における夏季のNDVI増加は主に緑化と農耕地の拡大という人為的な要因による植生増加であると推測された.一方で,NDVI減少が抽出された内蒙古自治区西部(アラシャ盟),東北のホルチン砂地周辺などは,もともと植生が乏しい地域であり,これらの地域では砂漠化による植生減少が顕著であることを示した.

第4章では,内蒙古自治区における2000年以降の植生変化が1990年代までの植生変化と同じ傾向が継続しているか否かについて,NOAA/AVHRR(GIMMS and PAL)データとSPOT/Vegetationのデータセットを用いて,NDVIの変化を調べた.その結果,内蒙古自治区の広域を対象にし,第3章で用いたNOAA/AVHRR(PAL)データを加えた3つのデータセットを対比すると,得られた植生変動の傾向性は,ほぼ一致した.また,NDVIデータに示された植生増加変化について,時系列変動性や空間分布の地域性が統計年鑑による統計データと多くの行政区で正の相関があることが示された.その一方,一部の行政区レベルでの統計データにおける過大評価や過小評価の実態が明らかとなった.これにより,内蒙古全域において単に行政による統計のみによる植生変化より正確に植生変化の時期及び空間分布の地域性を明らかにした.

衛星データと統計データを内蒙古自治区にある12の行政区毎に比較すると,烏海市・バヤンヌール市・オルドス市・フフホト市においては,2000年代初期における統計データの面積率の変化が同期間におけるNDVI正変化の面積率より大きく変動していた.つまり,統計データでは2000年代初期において,これらの地域は造林や耕地面積が増加しているが,NDVIデータからはそれに対応する程の植生変動が検出されておらず,統計データの過大報告があると考えられる.一方で,シリンゴル盟においては1990年代から2000年代初期にかけて統計データでの面積が小さいが,NDVIデータからはシリンゴル盟全域の40%以上の地域で植生増加が抽出され,統計データによる推定が衛星データの推定より小さく示され,土地利用の変動が統計データに反映されてないと考えられた.また,ウランチャブ市においては,1990年代における統計値の面積率が約5%増加しているのに対して,NDVIの正変化による植生増加推定面積率が統計値に基づく推定より10倍以上となり,統計数値が過小であると判読された.その他の行政区において,植生増加面積とその時系列変化の動向は,衛星解析と統計資料は対応していたために,統計データと衛星データによる推定が対応しない地域においては,衛星データによる推定が土地利用変化の詳細を表していると考えられる.

第5章では,第3章と第4章で明らかになった内蒙古自治区の植生変化が,もともとどのような植生のところで生じたか, 12の行政区毎に植生・土地利用データセット(GLC2003)を加えて土地利用区分毎の植生変動の実態を明らかにした.特に,統計資料との対比ができなかった植生が減少した地域について詳しい検討を行った.

内蒙古自治区全体について衛星データのNDVIから見ると,1980年代前半から2000年代半ばにかけて全般的に植生が増加しているが,もともと植生が乏しいところ(NDVI<0.2)と,植生が豊かなところ(NDVI>0.7)は植生の増加はほとんど見られず,植生増加がみられたのは,1980年代前半のNDVIが0.2~0.7の草地と農地である.行政区別にみると,乾燥地である西部のアラシャ盟では,全般に植生増加は見られず,アラシャ盟としては植生の多いNDVI>0.4のところで植生の減少が示された.その他の行政区では,NDVIが0.2~0.7で植生増加があり,植生減少の可能性があるのはNDVI>0.7の比較的植生の豊かなところである.アラシャ盟と烏海市を除くと,内蒙古自治区ではもともとある程度の植生が存在した地域で,草地における植生増加と農地化が進んだことが明らかとなった.

一方,第3章と第4章で論じていなかった植生が減少したところの評価について,植生・土地利用データセットによって,NDVIが減少したところを植生別に区分した.その結果,NDVIが減少した植生は主に草地として区分された土地である.そのうち,面積割合としては小さいものの行政区毎に400km2以上で草地のNDVIが減少したとされたところは,アラシャ盟,オルドス市,包頭市,シリンゴル盟,フルンベル盟などに見られた.内蒙古自治区ではアラシャ盟を除き,最近30年間は植生が増加する傾向が顕著であるが,その他の行政区でも部分的に植生が減少する地域が存在する.これらの地域は,主に草地であり,砂漠化の進行及び不適切な土地利用の可能性が示唆される.なお,フルンベル盟など東部において,もともと森林であるNDVI>0.7の地域で2000年以降NDVIが減少傾向にあることについて,何らかの植生の劣化であるか,NDVIデータセットに残されているデータ処理上の特性であるか,判断材料がなく,本研究で植生変化の実態に言及することはしなかった.

第6章では,本論文で得られた知見をまとめて総括とした.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、中国内蒙古自治区全域を対象に、1980年代から2000年代半ばまでの期間に、どこでどのような植生変化が生じたかを明らかにしたものである。

第1章では、研究の背景及び研究の目標を述べている。内蒙古自治区は、西部の砂漠から中部の半乾燥地、草地、東北部の森林まで多様な自然環境があるが、面積が約120万km2と広く、これまでに森林減少・劣化(乾燥地域の砂漠化)状況について特定地域のみの衛星画像解析の研究事例は多くあるが、内蒙古自治区全域を対象とした解析や地域的特徴を明らかにした研究事例が少なく、特に衛星データでの解析事例では長期的継続的な変動が把握されてないことが示された。

第2章では、内蒙古自治区における地形、植生などの既往データセットを示すとともに、土地利用の統計データを整理、検討した。内蒙古各行政区における造林・耕地面積の時系列変遷及び家畜頭数の時系列変遷を示し、内蒙古における植生の変化では造林の役割が大きいこと、その一方で家畜頭数の1980年代よりの増加が草地に与える植生劣化への影響も存在する可能性を述べた。しかし、近年における緑化事業及び耕地利用の数値公表は多くあるものの、どこでどれほど変わったかの情報が乏しく、統計データや報告のみでは土地利用の実態が把握しきれないという限界性を指摘した。

第3章では,衛星リモートセンシング情報であるNOAA/AVHRR PALデータ(空間分解能約8km)を用い、正規化植生指数(NDVI)によって1982~1999年における植生変動の空間分布と時系列変動を求め、土地利用統計資料と対比した。まず文献から植生変化の実態が明らかな4地域を選び出し、NDVIの変化と植生の変動を調べ、対応する結果を得た。また、植生変化が少ない東北部の森林地域でのNDVI変動から,植生増減を判断するNDVI変化の閾値を得た。この結果を内蒙古自治区全域に適用し、内蒙古自治区全体としては,NDVIが増加した地域の割合が減少した地域の割合を大きく上回り,植生増加の傾向が顕著であることを明らかにした。1982~1999年間における植生変動は、赤峰市(特に敖漢旗)の植生増加が最も顕著であり、次いでシリンゴル盟、フフホト市、バヤンヌール市の一部にまとまったNDVI増加が示され、内蒙古全域においてNDVIが増加した面積が約20万Km2程度見られた。一方、NDVI減少が抽出された内蒙古自治区西部(アラシャ盟)、東北のホルチン砂地周辺などは、もともと植生が乏しい地域であり、これらの地域では砂漠化による植生減少があることを示した。

第4章では、2006年までの衛星情報が検討可能なNOAA/AVHRR(GIMMS)データを用い、植生変化の2000年以降の植生変化をそれ以前と対比して検討した。統計年鑑による行政区毎の造林面積、農耕地面積の変化とNDVIにより植生増加がみられた面積を対比すると、得られた植生変動の傾向はほぼ一致した。しかし、一部の行政区での統計データには明らかな過大評価、過小評価がある。また、植生変化の時期は統計値が数年遅れる傾向がある。内蒙古全域において統計データ及び衛星データに基づいて得られた植生変動の比較検証から、衛星データではより正確に植生変化の時期及び空間分布の地域性が示されるという結論を得た。

第5章では、内蒙古自治区の植生変化が、もともとどのような植生のところで生じたか、12の行政区毎に植生・土地利用データセット(GLC2003)を加えて土地利用区分毎の植生変動の実態を明らかにした。内蒙古自治区全体について1980年代前半から2000年代半ばにかけて全般的に植生が増加しているが、もともと植生が乏しいところと,植生が豊かなところでは植生の増加はほとんど見られず、植生増加がみられたのは,1980年代前半のNDVIが0.2~0.7の草地と農地である。行政区別にみると,乾燥地である西部のアラシャ盟では、全般に植生増加は見られず、アラシャ盟としては植生の多いNDVI>0.4のところで植生の減少している。その他の行政区では、NDVIが0.2~0.7で植生増加がある。内蒙古自治区では、草地における植生増加と農地化が進んだことが明らかとなった。植生が劣化した地域は、内蒙古自治区西部(アラシャ盟)と東北のホルチン砂地周辺のもともと植生が少ない地域の他、面積割合としては各行政区とも小さいものの主に草地であり、砂漠化の進行及び不適切な土地利用の可能性が示唆された。なお、北半球の高緯度地域では温暖化によるNDVIの増加が報告されているが、内蒙古自治区における夏季のNDVI増加は主に緑化と農耕地の拡大という人為的な要因による植生増加であることを明らかにした。第6章では,本論文で得られた知見をまとめて総括としている。

以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/48422