学位論文要旨



No 126926
著者(漢字) 黒河内,寛之
著者(英字)
著者(カナ) クロコウチ,ヒロユキ
標題(和) 千曲川河川敷におけるニセアカシア林の動態
標題(洋)
報告番号 126926
報告番号 甲26926
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3679号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寶月,岱造
 東京大学 教授 井出,雄二
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 准教授 練,春蘭
 東京大学 准教授 松下,範久
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,「日本各地の中下流域で広大な樹林を形成しているニセアカシア林を,持続的利用により効果的に管理できるのではないか」という考えのもと,河川敷のニセアカシア林の動態を繁殖特性および成長特性の面から解明した.

近年,中下流域の河川敷では,河川の安定化や河川敷利用の減少に伴い樹林化の進行が著しい.我が国の河川敷の樹林化を担う樹種にニセアカシアがある.ニセアカシアは北米原産のマメ科木本植物で,幅広い環境に定着可能な上,初期成長が良好なため,世界各国で古くから木材資源や緑化樹として植栽されてきた.日本でも,ニセアカシアは明治初期に導入されて以来100年以上もの定着の歴史があり,過去には炭鉱跡地の緑化樹や治山事業の砂防樹として利用されるなど,有用樹種として歓迎されていた.また現在でも,本種は養蜂家が蜜源として利用する主要な樹種である上,木材資源としても用いられている.一方で,過去の植栽地を逸脱し,侵略的に河川敷へ分布拡大したニセアカシアの一部には問題もある.例えば,河川の安全管理の観点からは流木化などが懸念されており,また保全生態の観点からは生物多様性低下などが危惧されている.このように河川敷のニセアカシア林には有用樹種としての側面と有害樹種としての側面があるが,ニセアカシアを効果的に管理するためには,本種の河川敷における動態を科学的根拠に基づき理解することが必要である.

通常,河川敷のニセアカシア林は駆除を意図した管理が行われるが,本種の旺盛な繁殖力により伐採後もニセアカシア林が回復していて,その上,ニセアカシア林は駆除が追いつかないほど広範囲に分布している.近年は,そのようなニセアカシアの繁殖生態を解明するための事例研究が増えてきたが,河川敷のニセアカシア個体群の種子繁殖と栄養繁殖の双方を,同時にしかも量的に把握した研究は少ない.そこでまずは,「河川敷のニセアカシア林は,皆伐による管理の後,どのように回復するのだろうか?」,「どのように河川敷のニセアカシア林は成立するのだろうか?」といったニセアカシアの繁殖や成長に関わる課題の解決に取り組む必要がある.また,ニセアカシアは侵略性が懸念されているが,「ニセアカシア林では,ニセアカシアと他の樹種との共存は可能なのだろうか?」といった課題の実証的なケーススタディは不十分で,更なる蓄積が必要である.

本研究では,河川敷のニセアカシア林を適切に管理するために必要な基礎データとして,『1.ニセアカシア個体群の回復過程』,『2.ニセアカシア個体群の分布拡大過程』,『3.ニセアカシア林内への他樹種の定着過程』の3点を明らかにすることを目的とした.そして,1,2,3から得られた基礎データをもとに,従来の駆除を目指した管理とは異なる『4.ニセアカシア林の持続的利用による管理』を考察および提案した.

『1.ニセアカシア個体群の回復過程』の解明.

皆伐後の年数が異なるニセアカシア林内と皆伐されていないニセアカシア林内にそれぞれ調査区を設置し,毎木調査,地際部の年輪解析,樹幹解析,核SSRマ-カ-による個体識別を行い,ニセアカシア林が伐採後どのような繁殖様式に依存し,どのような特徴を持って成長し,成林にまで回復したのかを明らかにした.

その結果,河川敷のニセアカシア林伐採後の回復は,以下の"I"または"II"のように進むと判断した.さらに,ニセアカシア林伐採が行われない場合は"III"のように林分が更新すると推測した.

I, 伐採後に大規模な土壌撹乱が無い場合

[1]伐採後直ちに,切株や根から大量の萌芽発生が起こる.[2]伐採後数年間は萌芽の発生が続き,同時に自己間引きにより発生した萌芽の多くは枯死する.また,樹高成長はこの間がもっとも盛んである.[3]伐採後5年ほどたつと,萌芽発生は減少し,新たな個体の定着はほとんどなくなる.[4]定着した個体は成長を続け,15年程度で樹高成長は横ばいになり,材積の増加率も緩やかになる.[5]さらに時間がたつと,密度効果により立木密度の高い場所では成長が抑制され,林分内および林分間における成長差が顕著になる.

II, 伐採後に大規模な土壌撹乱がある場合

少しでも残された切株や根が再生能力を保持していれば,"I"と同様な回復が進行する.植物体がほとんど除去されてしまった場合は,[1]伐採後数年以内に,種子由来の個体が一斉に発芽し定着する.[2]定着した個体は,水平根由来の個体をほとんど発生させず単木として成長する.[3]成長は"I"と同じように進行するが,種子由来の個体の初期生長は萌芽由来の個体に比べて小さい.

III, 伐採が行われない場合

[1]ニセアカシアの成木が風や寿命などにより倒れる.[2]倒木の刺激により,地際付近の水平根から大量の萌芽が直ちに発生する.[3]上記"I"と同様に自己間引きが進行し,生き残ったものが年々成長するが,周囲にある高木の影響で十分な光が得られず,初期成長は皆伐跡地に比べて悪くなる.[4]定着後の時間経過とともに,皆伐地と同程度まで成長する.

『2.ニセアカシア個体群の分布拡大過程』の解明.

千曲川河川敷のニセアカシア林の中で,樹高の高い個体が広く分布していた場所に調査地を設置し,「葉緑体SSRマーカーによる母系解析」と「核SSRマーカーによる集団遺伝解析および親子兄弟解析」を行い,ニセアカシア林がどのように分布拡大したのかを明らかにした.

その結果,河川敷におけるニセアカシア個体群の特徴,および分布拡大様式を,以下のように推測した.[1]流域に広がるニセアカシア個体群は任意交配集団で,その集団に由来する種子が散布され,一部がニセアカシアの定着していなかった河川敷へ流れ着く.[2]流れ着いた幾つかの種子が,安定した場所で発芽し,定着する.[3]定着した個体は,水平根を伸長させ新たなラメットを栄養繁殖により発生させると同時に,種子を近傍に散布する.[4]その散布された種子の一部が定着し,栄養繁殖によりジェネットを拡大する.[5]その結果,先に定着した大きなジェネットと後から定着した小さなジェネットが混在するニセアカシア林が形成される.また,大きなジェネット間には互いに親類関係が無い場合が多いが,小さなジェネットは大きなジェネットや他の小さなジェネットと親類関係が認められる場合が多い.

『3.ニセアカシア林内への他樹種の定着過程』の解明.

ニセアカシア個体群の回復過程を追った各調査区で,植生調査と特定の種を対象に年輪生態学的手法を軸とした解析を行い,ニセアカシア以外の樹種がニセアカシア林内へどのように定着したのかを明らかにした.

その結果,ニセアカシア林伐採後にニセアカシア以外の樹種の定着が確認され,特にエノキとヌルデの定着個体数が多かった.エノキは,ニセアカシアの伐採や倒木があった時に定着できたと解釈した.一方,ヌルデは,本来は裸地や林縁などに定着する樹種であり光環境の悪いニセアカシア林内への定着は難しいと考えられるが,水平根による栄養繁殖能が機能したために個体数を維持できたと推測した.

『4.ニセアカシア林の持続的利用による管理』の可能性.

本研究で明らかにした繁殖特性から,伐採後にニセアカシア林は主に栄養繁殖で直ちに林分の回復を開始することが判明した.また,流域全体にニセアカシアの種子源が存在し,ニセアカシア林が形成されていない場所にも,種子繁殖と栄養繁殖を織り交ぜながら分布拡大する過程が検証された.以上を勘案すると,河川敷に定着したニセアカシアを全て駆除することは,現実的ではない.確かに,上流域や中下流域の一部では,保全生態や安全管理,レクリエーションの各観点からニセアカシアの除去が望まれる場所もある.しかし,それ以外のほとんどのニセアカシア林については,従来の駆除を目指した管理とは異なる観点からの管理手法を推奨したい.

中下流域のニセアカシア林が問題になるのは,特に,老齢化した高木が倒れやすく流木化することである.これは伐期齢を適切に設定し,積極的に木材を利用することで回避可能である.

本研究で明らかにした成長特性から,河川敷のニセアカシアは伐採後15年程度で樹高成長や主幹材積の増加率が低下することが判明した.また,ニセアカシア一斉林の1年目の成長量と,そのニセアカシア一斉林を皆伐した翌年に発生した萌芽個体の1年目の成長量とは同程度であった.よって,10-15年間隔で皆伐を繰り返すことにより,ニセアカシア林の木材を効率的かつ持続的に利用できると判断した.

以上を考慮し,河川敷におけるニセアカシア林の管理理念として,ニセアカシア林の持続的利用を提案した(図).

図 河川敷におけるニセアカシア林の持続的利用による管理のモデル.

審査要旨 要旨を表示する

我が国の河川敷の樹林化を担う樹種に北米原産のマメ科木本植物ニセアカシアがある.ニセアカシアは,幅広い環境に定着可能な上,初期成長が良好なため,世界各国で古くから木材資源や緑化樹として植栽されてきた.日本でも,ニセアカシアは明治初期に有用樹種として導入されて以来100年以上もの定着の歴史があり,現在でも利用されている.一方で,過去の植栽地を逸脱し,侵略的に河川敷へ分布拡大したニセアカシアには、流木化や在来種の駆逐などの危惧も指摘されている.「日本各地の中下流域で広大な樹林を形成しているニセアカシア林を,持続的利用により効果的に管理できるのではないか」という考えのもと,本論文では、ニセアカシアの有効活用と有害性の除去が両立するような科学的管理法を模索している。

本研究の第一章では、川辺林、ニセアカシア林、ニセアカシア樹木に関する、利用、管理、生態特性の研究の歴史とこれまでの研究内容を総括している。

第二章では、ニセアカシア個体群の回復過程の解析している。皆伐後の年数が異なるニセアカシア林内と皆伐されていないニセアカシア林内にそれぞれ調査区を設置し,毎木調査,地際部の年輪解析,樹幹解析,核SSRマ-カ-による個体識別を行い,ニセアカシア林が伐採後どのような繁殖様式に依存し,どのような特徴を持って成長し,成林にまで回復したのかを明らかにした.

その結果,河川敷のニセアカシア林は伐採後、その直後にのみ起こる新たな立木の定着によって回復することを明らかにした。さらに,ニセアカシア林伐採が行われない場合は、時折起こる倒木によって出来たギャップを、栄養繁殖で出来た立木が埋める形で更新していることを明らかにした。

第三章では、ニセアカシア個体群の分布拡大過程を解析している。千曲川河川敷のニセアカシア林の中で,樹高の高い個体が広く分布していた場所に調査地を設置し,「葉緑体SSRマーカーによる母系解析」と「核SSRマーカーによる集団遺伝解析および親子兄弟解析」を行い,ニセアカシア林がどのように分布拡大したのかを明らかにした.

その結果,河川敷におけるニセアカシア個体群は、種子繁殖によって始まり、次いで定着した個体がその場で萌芽更新および種子更新して森林を形成するようになることを明らかにした.

第四章では、ニセアカシア林内への他樹種の定着過程のを解析している。ニセアカシア個体群の回復過程を追った各調査区で,植生調査と特定の種を対象に年輪生態学的手法を軸とした解析を行い,ニセアカシア以外の樹種、エノキとヌルデのニセアカシア林内における定着様式を調べている.

その結果,エノキは,ニセアカシアの伐採や倒木があった時にのみ定着できること、一方,ヌルデは,水平根による栄養繁殖を通して、ニセアカシア林内に定着していることを明らかにしている。

第五章では、以上の繁殖特性の解析結果から,アカシア林の生態特性に基づいて、アカシア林の持続的利用とカップルした管理について総合考察を行い、従来の駆除を目指した管理とは異なる観点からの管理手法を提案している.即ち、ニセアカシアの繁殖特性に応じて伐期齢を10-15年間隔に設定し,積極的に木材を利用することで、河川管理上問題な流木化や保全生態的観点から問題視されている侵入性を回避しようというアイディアである.

以上のように本研究では、アカシア林の生態特性に基づいて、アカシア林の持続的利用とカップルした管理について考察し、管理モデルを提案している。とりわけ、科学的根拠に基づいて、樹種特性、利用、管理の三者を有機的かつ具体的に結びつけようとする試みは、基礎と応用を融合させた新たな森林科学研究に先鞭を付けたものと評価して良い。以上のように、得られた知見は独創的、先駆的でありかつまた学術上、応用上の意義も大きく、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49082