学位論文要旨



No 126927
著者(漢字) 當山,啓介
著者(英字)
著者(カナ) トウヤマ,ケイスケ
標題(和) シミュレーションによる林業経営の経済性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 126927
報告番号 甲26927
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3680号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白石,則彦
 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 教授 石橋,整司
 東京大学 准教授 龍原,哲
内容要旨 要旨を表示する

主に戦後に造成された人工林資源が成熟するに伴い、我が国では収益性改善による林業の再興や木材生産量の拡大が大きな課題となってきている。また、間伐の団地化や長伐期化、再造林放棄といった具体的課題の改善や解決も求められる。さらに、地球温暖化防止や生物多様性維持といった公益的機能発揮のためにも、検討の基礎となる林業経営情報が必要である。このため、包括的な林業経営シミュレーターを構築し、収益性や補助の効率性といった経済面から望ましい林業の在り方を把握し、提示することを目指した。

本研究の構成は大きく二つの部分から成っている。まず前半で、林業経営上の最小単位となる単一森林区画の経済性を柔軟に算出することを目指し、単一林分経営シミュレーションを行った。次に後半で、そのシミュレーターを活用して、森林区画の集合体である地域スケールの林業経営に対して検討を行った。

前半ではまず、「材価は一律としか想定できないのか材種間の違いを反映できるのか」「伐出費計算は集材距離の違いを考慮できるのか」といった、単一林分経営シミュレーターを構成する各サブモデルの構造(構造仮定)を適切に設計する必要がある。本研究では、単一森林区画の経済性に影響を与える因子(例えば材価や集材距離)をなるべく多く可変的に扱うことができて汎用性の高い単一林分経営シミュレーターを構築した。続いて、シミュレーションを適用して出力結果を観察する舞台となる標準的な森林区画状態や社会状態の各因子(例えば集材距離や材価)の値を設定する必要がある。本研究では、標準的な各因子の値(標準仮定)を設定した上で、各因子の値を変化させた場合の出力の挙動も観察できるようにした。なお、全因子が標準仮定である状態を「標準状態」と呼ぶこととする。

その上で、(1-1)適切な経済性評価のために要求される構造仮定の検証 (1-2)普通伐期方針、最適伐期方針、皆伐・再造林放棄方針及び混交林化方針の下での収益性等の経済性が持つ基本的特徴の整理 (1-3)収益性感度分析による、林業収益性確保の条件の包括的把握 (1-4)林業収益性確保のために有利な間伐・皆伐体系の決定論的探索――を行った。シミュレーション結果評価のため想定する対象地は山形県最上郡金山町のスギ人工林、想定する伐出作業システムはチェーンソー伐木・グラップル木寄せ・プロセッサ造材・フォワーダ集材である。

本研究の後半は地域森林管理シミュレーションを行った。ここでは、前半で構築した単一林分経営シミュレーターを用いて作成した各森林区画の管理方針案を使用し、まとまった規模の地域森林経営の0-1整数計画問題を構築した。具体的には二段階の最適化問題として、第一段階で利用間伐団地形成数の最小化(間伐団地の最大化)、第二段階で10分期(50年)の収益最大化を行った。そして、(2-1)現実的課題である利用間伐時の団地化を最大限推進することを想定し、その課題抽出 (2-2)森林資源の現況から見て望ましい伐期や間伐体系の選択についての検討――を行った。想定する対象地は金山町内の所有規模が小さく高齢級の少ない民有林(スギ人工林は1,474区画554ha)である。

(1-1)妥当な構造仮定

材価や伐出費の代わりに立木価格を単純に採用した場合は標準状態と比べて、最適伐期齢が大きく若齢にシフトし、また区画面積等の伐出費関連の因子を考慮しないため、収益性推定値が妥当となる条件は非常に限られた。従って、立木価格を採用することは単一林分経営シミュレーターにとって妥当な構造仮定ではない。また、土地純収益説に従い土地期望価(SEV)で収益性を表す場合、長伐期林業地における本研究で2%~3%程度以上の割引率を想定することは、造林費(及び管理費)が圧倒的に大きな影響を収益性に及ぼすことになるため非現実的である。構造仮定としてSEVを収益指標に採用する場合は、1%程度の低割引率以外は想定し得ない。一方、40年生からの将来収益現在価値(PVFP)を採用する場合は、比較的高い割引率を採用することも可能である。収益性や最適伐期の試算を行う際には以上の点を必ず踏まえ、また、標準状態設定において区画面積等各因子の選択は慎重に行われ、かつ明示されるべきである。

(1-2)4方針の特徴と差異

標準状態においては再造林費を長伐期の皆伐収入で賄えるため、低割引率でのSEVは最適伐期方針と皆伐・再造林放棄方針において高く、普通伐期方針と混交林化方針では低かった。SEVではなくPVFPで見るならば、4%の割引率下でも収益は正であった。皆伐・再造林放棄及び混交林化方針は1輪伐期の補助総額が小さいため、対補助費の収益や原木販売額は非常に大きくなった一方、必要労働量は小さかった。高齢林間伐への高額補助がある場合を想定しても収益性の大小関係にはほとんど変化がなく、混交林化方針のPVFPを最適伐期方針及び皆伐・放棄方針のそれより大きくすることはできなかった。

(1-3)収益性に対する感度分析

各因子の収益性に対する影響の度合いは、連年費用(収入)に換算すると理解しやすい。収入に直結する材価等の因子や平均集材距離等は、収益性に対する影響が一般に大きかった。

標準状態において区画面積を想定の最小値(0.3ha)から最大値(5ha)へ変化させた場合の収益性への影響も大きかったが、0.3haなどの過小な状態からの規模拡大による収益性改善効果は大きいのに対して、3haなどのある程度の規模を既に持つ区画の拡大による効果は小さかった。面積が過小であると平均集材距離や作業道単価といった付帯費用に関連する因子の影響が非常に大きくなり、好条件でない限り収益性の確保が難しくなった。

本研究の感度分析の結果は、他のシミュレーションが拠って立つ構造仮定や標準仮定を検証する際に参照できる。また、林業の各ステークホルダーが標準状態を設定し、自らの興味に合った感度分析図を入手できるようにすればなお有効であろう。

(1-4)林業経営の経済性において有利な間伐・皆伐体系

最適伐期齢は、割引率が0~1%の場合はほぼ全ての因子の組合せにおいて110年(上限)であった。2%以上の割引率においては、75年~100年生程度を最適伐期齢とするものも見られた。

最適な間伐体系については、上限の110年を最適伐期齢とした因子組合せにおいても、利用間伐を1回のみ行うのが最適だとした場合が全体的に最も多かった。利用間伐3回が最適となったのは、間伐補助タイプを高齢林間伐への高額補助があるものにした場合が大半だった。構造仮定によるが、利用間伐を繰り返すことによる費用のかかり増しがあるため、多回数利用間伐が収益面で有利と言えないと思われる。

なお、最適伐期齢での収益最大値に近い収益性を達成できる伐期齢の範囲は30年前後あるなど、伐期に対して収益性は明確な極大値を示すわけではなかった。

(2-1)地域森林管理モデルにおける利用間伐団地化の課題

シミュレーションの結果、形成される間伐団地には収穫量・立木材積制約水準の違いによる影響は少なかった。団地候補内の人工林資源量の制約から、利用間伐を極力同期化しても間伐団地の十分な規模を確保できない場合が多かった。間伐団地の平均面積はおよそ4haとなり、5ha未満が団地数の約7割、1ha未満も約2割を占めた。団地化については、団地化の困難な小規模飛び地状の森林を条件不利森林と認め、これが多数存在しうることを認識して適切な処置を講じるべきである。

(2-2)森林資源の現況から見て望ましい伐期や間伐体系の選択

本格的な収穫を行うまで3分期ほど収穫を抑制し、その後は徐々に比較的若齢林を皆伐しながら資源成熟を図るのが有利とされた。立木材積・収穫量水準の制約による皆伐齢級構成への影響はあまりなかった。すなわち、収穫量水準が小さい場合、実施すべき団地間伐は変わらないが条件不利区画での皆伐を見送るのが有利とされた。また、選択された間伐体系は利用間伐が1~2回のものが多く、未成熟な齢級構成下で収益性を追求すると、多回数高齢利用間伐より皆伐が(最適伐期齢より若くとも)選択されることとなった。前半の結果と併せて望ましい伐期・間伐体系について考察すると、団地間伐を含む少数回の利用間伐を行った上で条件有利区画のみで最終的に皆伐する「選択と集中」型林業が有利である。この認識が、公益的機能の発揮の方策や効率的な補助のあり方を考える上で必要ではないか。

以上のように本研究は、林業の経済性を検討する際の客観的基礎を提供するとともに、客観的かつ妥当な仮定に基づくシミュレーションを通じて適切な判断材料を林業のステークホルダーに提供し、望ましい森林管理を実現するのに資するものである。

審査要旨 要旨を表示する

我が国では、戦後から暫くの間に造林した大面積の人工林が成熟期を迎えつつあり、木材資源の有効活用が重要な課題となっている。しかし林業の採算性は不透明なままであり、所有者が自己の森林の管理を放棄したり、皆伐後に再造林をせず放置したりする問題も顕在化してきた。今日、再生可能な資源である森林を適切に管理することで、地球温暖化防止や生物多様性の維持といった公益的機能を発揮させるためにも、人工林経営の収益を正確に評価することは極めて重要となっている。本研究は、多様な経営条件をカバーする包括的な林業経営シミュレーターを構築し、主に収益性や補助金の効率性などの経済面から、望ましい林業経営のあり方を探求したものである。本論文は全4章からなる。

第1章には、研究の背景と目的が記されている。我が国の国土の1/4以上を占める人工林で林業経営が成り立ちにくくなっている現状を述べ、それが国土保全等の公益的機能の発揮にも重大な影響を及ぼすことを指摘している。多様な条件下での林業経営の収益を正確に評価することが不可欠であるが、これまでなされておらず、それを時間割引を考慮したシミュレーションの手法を用いて行うことが述べられている。

第2章では、林業経営の評価のベースとなる単一林分の経営シミュレーションとその経済的評価を扱っている。個々の林分における経営の収益は、苗木の植栽から下刈、除伐や間伐、そして最後に皆伐をして材を林道端あるいは市場に運び出すところまでに掛かった総費用と、材を売って得られた代金の差をもって評価される。それらの費用や売り上げは、経営方針、伐期齢、その結果収穫される材の太さや材積、林地の面積、林道までの距離や傾斜、市場までの距離などの各要因によって変化する。そこでこれらの変数が取り得る範囲を複数の値で代表させ、それらを様々に組み合わせて約109万通りのケースについて収益を計算した。その結果、人工林経営の収益性にそれぞれの要因が与える影響が明らかとなった。まず林分の面積は3ha以上の規模が必要で、面積が小さいと作業の効率が極端に低下した。また割引率が0ないし1%と低いとき、収益が最大となる伐期齢は110年(上限)で、特に利用間伐1回の場合が最も有利であった。伐期110年の前後に相当長きにわたって収益最多に準ずると見なせる期間が存在することが推察された。弱度の利用間伐を繰り返すことは、環境面では望ましいと考えられているが、収益面では収穫費用が掛かり増しとなり有利ではなかった。割引率が2%よりも高くなると林業経営の黒字化は困難であることがわかった。

第3章では、山形県の民有林人工林を例に、樹種や林齢が類似した隣接林分を同時に施業(団地化)することによる経済性の評価を行った。その結果は、人工林資源の賦存状況の制約から、利用間伐を極力団地化しても充分な規模を確保できない場合が多いことがわかった。団地化を推奨したとしても、それが困難な小規模飛び地が多数存在するということである。こうした状況を踏まえ、地域資源を有効利用する方策を検討した結果、本格的な収穫を行うまで3分期(15年)ほど収穫を抑制し、その後は徐々にやや若い林分を含めて皆伐しながら資源の成熟を図ることが有利とされた。

第4章では、総合的考察が記されている。2,3章で得られた結果を元に、地域で林業を振興しようとする場合、適当な規模まで団地を形成することが必須である。また選択された施業体系は、多数回の高齢林間伐よりも利用間伐は1,2回に控え、搬出条件の有利な林分において皆伐で収穫量を上げる方が全体として有利であることが明らかとなった。

以上の通り、本研究は妥当な仮定の下でのシミュレーションを通して、林業の経済性を検討する際の基礎的かつ客観的な情報を提供することを可能にした。そして得られた結果は単に林分や地域森林の経済性評価に止まらず、政策や補助金のあり方にも重要な示唆を与えうるものである。本研究で開発された評価手法は応用可能性が極めて高く、学術上応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51016