学位論文要旨



No 126928
著者(漢字) 土岐,和多瑠
著者(英字)
著者(カナ) トキ,ワタル
標題(和) ニホンホホビロコメツキモドキ(鞘翅目:オオキノコムシ科:コメツキモドキ亜科)雌成虫の左右非対称な頭部形態と適応度
標題(洋) Exaggerated asymmetric head morphology and fitness of female Doubledaya bucculenta (Coleoptera: Erotylidae: Languriinae)
報告番号 126928
報告番号 甲26928
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3681号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 富樫,一巳
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 教授 石川,幸男
 東京大学 教授 鎌田,直人
 東京大学 准教授 久保田,耕平
内容要旨 要旨を表示する

動物の外部形態は一般に左右対称であるが,左右非対称なものも存在する。左右非対称の外部形態を示す動物では,生存や繁殖に非対称性が適応的意義を持つことが知られている。

左右非対称性は以下の3つに大別されている。左右対称からランダムにずれる場合(Fluctuating asymmetry, FA),左右非対称な形態が一方の側だけ,または一方の側だけに大きく偏る場合(directional asymmetry, DA),左右非対称な形態が両側でほぼ等しい頻度で生じる場合(antisymmetry, AS)である。甲虫における頭部形態,特に大顎形態のDAは,これまでにいくつか報告されているが、その機能や方向性の意味について調べた研究は少ない。非対称性に適応的意義があるとすれば,DAである大顎形態には,その利用行動と関係して重要な意義が生じる可能性がある。

ニホンホホビロコメツキモドキDoubledaya bucculenta(鞘翅目:オオキノコムシ科:コメツキモドキ亜科,以下ホホビロ)の雌成虫は,頭部左側(左頬)と左大顎が右よりも顕著に大きい(顕著なDA)のに対して,雄成虫の頬や大顎は左右対称とされてきた。春にホホビロの成虫は枯れた竹に孔を穿って出てくる。成虫は竹の表面を小顎でこしとるような摂食行動を示す。雌成虫は枯れて間もない竹の節間に大顎で小孔を掘り,節間内に産卵する。雄成虫は雄間闘争や交尾時に頭部を持ち上げてハンマーのようにして相手にぶつける。

ホホビロの左右非対称性は,雌成虫のみに見られることから雌成虫特有の行動と関係すると考えられる。その一つとして産卵行動が挙げられる。すなわち,左右非対称性が雌の繁殖を通してホホビロの適応度を高めるという仮説が立てられる。すなわち,雌成虫の非対称部位が産卵行動の中で有効に機能している可能性がある。ホホビロの雌成虫に見られる顕著な左右非対称性の適応的な意義を明らかにすることを目的として,以下のような研究を行った。

1. コメツキモドキ族の頭部形態の左右非対称性のタイプと,左右非対称性と体サイズとの関係

ホホビロの雌雄成虫と幼虫および左右対称なコメツキモドキ族4種について,左右の頬幅,大顎長を測定し,非対称度(Asymmetry index)を調べた。ホホビロの雄成虫の頬幅はFA,大顎長はleft-DAを示した。雌成虫の頬幅,大顎長はともに顕著なleft-DAを示した。幼虫では,頬幅はFAを示し,大顎長は明確な非対称性が認められなかった。非対称度と体サイズとには有意な相関がなかった。それに対して,左右対称な4種では雌雄とも大顎長はleft-DAを示した。頬幅はFAを示したか,明確な非対称性が認められなかった。

2. ホホビロの寄主植物利用様式

ホホビロの産卵痕の形態と産下された卵の位置を調べた。節間に付けられた産卵痕は外部に対して長方形に開口しており,竹の繊維が詰められていた。詰められた繊維を除去すると節間内部に達する孔があり,内部に向けて孔は狭まくなり,節間内空への開口部は円形ないし楕円形であった。1つの産卵痕あたり1卵が産下されていた。卵は節間内表面の産卵孔から離れた位置に産まれていた。このことから産卵には材を貫通する孔を開ける必要があることを分かった。

次に,宮崎県高鍋町内のメダケ林において,稈及び節間に対する産卵痕の分布,節間サイズと羽化成虫の体サイズとの関係を調べた。産卵痕の大部分は枯死稈に見られ,外表面積の大きな節間に集中していた。このような節間は外径が大きく,材は厚かった。枯死稈数は健全稈数のおよそ四分の一であり,また,節間あたりの産卵痕数は正の2項分布を示した。このことから資源は制限的であることが示唆された。一節間内のホホビロの個体数は,産卵痕数に関係なく1頭であった。ホホビロのいた節間の節は貫通しておらず,幼虫は一つの節間内で発育を完了することが明らかとなった。成虫の体サイズと利用した節間の外表面積の間には有意な正の相関が見られた。

3. ホホビロの節間サイズに対する産卵選択

太さの異なる4本の節間を与え,雌成虫の産卵選択を調べた。大きな雌は太い節間を選んで産卵を完了した。しかしながら,小さな雌は中間の太さの節間を選び,その多くは産卵を完了しなかった。これは,ホホビロがより太い節間に産卵しようとする傾向があることを示し,太い節間に産卵することが生態学的に有利であることを示すと考えられた。

4. ホホビロの幼虫食性

野外において,ホホビロ幼虫は一節間内で発育を完了するが,竹の繊維を摂食した形跡は認められない。このため,幼虫は微生物を摂食している可能性があった。そこで,節間内表面,ホホビロ幼虫および成虫から微生物の分離を行い,分離した微生物を用いて摂食実験を行った。さらに,成虫を解剖して微生物保持器官(マイカンギア)の探索を行った。

節間内表面,幼虫体の表面,雌成虫の腹部第8節から発見された嚢状器官から酵母Wickerhamomyces anomalus (Saccharomycetes)が分離された。幼虫はW. anomalusに絶対的栄養依存性を示した。

5.産卵時のホホビロの大顎の使い方

産卵行動は支点作成,産卵孔の穿孔,産卵,産卵孔の埋め戻しの4段階にわかれた。穿孔段階が最も長く,その時間は雌の体サイズ,節間の外径および材の厚さに依存した。しかしながら,他の3段階にかかる時間は雌の体サイズや節間サイズに影響されなかった。観察から,一方の大顎先端を支点に固定して,もう一方の大顎で材を掘削することによって穿孔が行われることが示された。穿孔が進むにつれて,右大顎による掘削時間は有意に減少したが,左大顎のそれは一定であった。このことから,深い部分の穿孔には長い左大顎が効果的に機能することが示唆された。

数理モデルを用いて剪断力と産卵孔の深さとの関係を調べた。左右大顎とも孔が深くなるほど剪断力は低下したが,右大顎の剪断力は孔が浅いうちに低下して0になったのに対し,左大顎のそれはより深い部分まで持続した。このことは,大顎の使い方の違いが剪断力の低下パターンと関連することを示唆する。左右対称な形態と左右非対称な形態を比較すると,産卵孔が浅いときは,左右対称な大顎の剪断力が非対称なそれを上回り,深い部分では逆転した。このことは,薄い基質に穿孔する際は左右対称な形態が有利であり,厚い基質に穿孔する際は左右非対称な形態が有利であることを示している。すなわち,ホホビロ雌成虫の非対称な頭部形態は厚い基質に穿孔するための適応的な形態であることが示唆された。

6. コメツキモドキ族種間とホホビロ個体群間における成虫の頭部形態の左右非対称度と寄主植物の物理的形質の関係

コメツキモドキ族を対象に,頭部の非対称度と寄主植物の物理的形質との関係を調べた。雌において,材の厚い植物を利用する種ほど,頬幅と大顎長の非対称度が大きくなった。雄については,材の厚い植物を利用する種ほど大顎長の非対称度は大きくなったが,頬幅は有意な相関を示さなかった。ホホビロ6個体群の比較では,雌では頬幅の非対称度の増大に伴って利用する節間の材の厚さと外径は有意に大きくなった。大顎長に有意な相関は見られなかったものの,同様な傾向を示した。雄では大顎長の非対称度の増大に伴って利用する節間の材の厚さと外径は有意に大きくなった。頬幅については有意な相関は見られなかった。材の厚さと外径は有意な正の相関を示した。

数理モデルを用いて,産卵基質の厚さとそれへの穿孔に最適な非対称度の関係を調べた。薄い基質を利用する際は左右対称な形態が有利であったが,対照的に厚い基質を利用する際は左右非対称な形態が有利であることが推定された。

頭部のDAに関して,これまでの研究は,雄のみが左右非対称性を示すか,あるいは両性が示す動物を対象にしていた。それらの例では,非対称性は雄間闘争や摂食行動と深く関連していた。従って,ホホビロは特異な例だと考えられた。

ホホビロ雌成虫は枯れた節間に小孔を穿ち,節間内に産卵するとともに共生酵母を接種していた。幼虫は一節間内で発育を完了し,羽化後の体サイズは節間サイズに依存した。これは節間内の餌資源が制限的であることを示し,それは幼虫が酵母に栄養的に依存しているためだと考えられた。産卵痕は大きな節間に集中していたが,このような節間の径は太く,材は厚く,数は少なかった。大きな雌は大きな節間に産卵できたが,小さな雌は失敗する傾向を示した。節間内へ貫通する孔が必要であることは,大顎に強い選択圧がかかることを示唆する。

産卵行動において穿孔が律速段階となっており,産卵孔が深くなるほど長い左大顎が有効に機能していた。左右大顎の使い方の違いは剪断力の違いで説明され,節間内への孔の貫通に関して左大顎が重要な役割を果たすことが示された。また,非対称度は産卵基質の厚さや太さに関係しており,産卵基質の物理的形質に応じて穿孔に最適な非対称度の存在が示唆された。

ホホビロの属するオオキノコムシ科において,このような雌特異的に肥大した非対称は知られていないため,ホホビロの形質は固有派生形質と考えられる。厚い材を持つ植物に産卵孔を開ける上で,左右非対称な頭部が有利であったことから,左右対称から非対称への進化が起こったと考えられる。寄主植物の材の厚さは頭部非対称性の進化と維持に大きく関係することが示唆された。

大顎の非対称の方向は,調べたコメツキモドキ族の種間で違いはなく,左に固定されていた。これはコメツキモドキ族における系統的な制約を示唆する。系統的な制約と厚い産卵基質に対する非対称な頭部形態の優位性が,ホホビロ雌成虫の非対称の方向性の固定に関係したと考えられる。

ホホビロは枯死した節間の中に産卵し,同時に共生酵母をそこに接種する。能動的な微生物の伝播は,枯死竹の分解を促進するかもしれない。ホホビロが利用した後の節間は,ホホビロの開けた産卵孔や脱出孔を介して他の節足動物や木材腐朽菌が侵入する。ホホビロの存在は竹林生態系における物質循環に寄与すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

左右非対称の外部形態を示す動物では,生存や繁殖に対して非対称性が適応的意義を持つことが多い。左右非対称性は個体群内の非対称度の頻度分布によって,1)左右対称からランダムにずれるfluctuating asymmetry (FA),2)左右非対称が一方の側だけ,または一方の側に大きく偏るdirectional asymmetry (DA),3)左右非対称が両側でほぼ等しい頻度で生じるantisymmetry (AS)に分けられる。甲虫類の頭部形態については,雄または両性のDAとそれが雄間闘争または摂食に関係することが報告されているが,雌だけのDAの適応的意義の研究はない。

ニホンホホビロコメツキモドキDoubledaya bucculenta(ホホビロと略記)の雌成虫は,頭部左側(左頬)と左大顎が右よりも顕著に大きい(顕著なDA)が,雄成虫の頬や大顎は左右対称とされてきた。雌成虫は枯れて間もないメダケなどの節間に大顎で小孔を開け,節間内に産卵し,幼虫は節間内で成長する。枯れた竹は微生物によって分解されるが,節間内生息性昆虫も分解に寄与する。本論文は,森林生態系における樹体内生息性昆虫の機能を理解するために,ホホビロ雌の顕著なDAの適応的意義および本種と共生微生物の関係を明らかにしたものである。

本論文は8章から構成されている。1章は序論である。2章では,ホホビロの雌成虫の頬幅と大顎長は顕著なleft-DAを,雄成虫の頬幅と大顎長はそれぞれFAとleft-DAを,幼虫の頬幅と大顎長はそれぞれFAと明確な非対称性のないこと,および非対称度と体サイズの間に有意な相関がないことを示している。それに対して,左右対称的な他の4種では,雌雄の大顎長はleft-DAを示したが,頬幅はFAまたは明確な非対称性のないことを示した。3,4章では,野外のホホビロの雌成虫は表面積の大きな節間に集中して産卵するが,そのような節間は外径が大きく,材は厚いこと,1節間内では1頭の幼虫しか発育しないこと,成虫の体サイズと節間の外表面の面積の間に有意な正の相関があることを示した。また,実験的に,大きな雌は太い節間を選んで産卵し,小さな雌は中間の太さの節間を選ぶが,産卵孔を作ることができないことを示している。5章では,幼虫の餌の検討を行っている。雌成虫の腹部第8環節に微生物保持器官(マイカンギア)があり,その中に酵母Wickerhamomyces anomalusがいることを初めて発見した。この菌は幼虫の体表面と幼虫のいる節間内の表面からも検出された。飼育実験によってこの菌だけで幼虫が発育を完了することを示した。6章では,穿孔に関わる時間が産卵行動の大部分を占めることを示している。また,大顎の剪断力と産卵孔の深さとの関係を調べるために,数理モデルを作成し,ホホビロ雌成虫の非対称な頭部形態は厚い基質に穿孔するための適応的な形態であることを示唆した。7章では,ホホビロの6個体群の比較によって,雌成虫の頬幅と大顎長の非対称度は利用する節間の材の厚さまたは外径と正の相関があることを示した。コメツキモドキ族5種10個体群の比較では,雌成虫の頬幅と大顎長の非対称度は,利用する植物の材の厚さと高い相関があることを示した。さらに,数理モデルを用いて,節間の材の厚さと曲率が穿孔に最適な非対称度に及ぼす影響を解析し,非対称度は曲率より厚さに大きく影響されることを示唆した。8章は総合考察であり,ホホビロの雌成虫の非対称性の適応的意義と進化および竹林生態系における物質循環の中での機能について論議している。

このように,本論文は,枯れたばかりの竹材を利用する昆虫の非対称性の適応的意義を,野外調査,昆虫を用いた実験,同種の複数個体群間または種間の比較,数学モデルによって解析し,1)ホホビロの雌の頭部の非対称性は厚い材をもつ節間に穴を開けるための適応であること,2)産卵時に雌はマイカンギア内の酵母を節間内に接種すること,3)幼虫は酵母だけで発育を完了し,節間内で酵母を食べていること,4)大きな節間は厚い材をもつが,大きな成虫を生産し,雌の適応度を高めることを示した。本論文は,ホホビロを用いて,樹体内生息性昆虫の雌成虫の左右非対称形態と産卵の関係および成虫や幼虫と共生微生物の相互関係を明らかにし,それらが森林生態系に及ぼす影響を考察したものであり、審査委員一同は,本論文が学術的にも応用的にも価値が高く,博士(農学)の学位論文に値すると判断した。

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