学位論文要旨



No 126944
著者(漢字) 小島,和雄
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,カズオ
標題(和) 木材における液体の移動現象とぬれに関する研究
標題(洋)
報告番号 126944
報告番号 甲26944
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3697号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 斎藤,幸恵
 東京大学 准教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

本研究は木材における液体の移動現象とぬれとの関わりについて研究したものである。

I 木材における液体の移動現象

木材中への液体の浸透・拡散等の移動現象に関する研究は、木材工業上特に木材の処理・保存、改良木材の製造上基本的にしてかつ重要であるため、これまで多くの人々によって研究されてきた。その結果、木材中への液体の浸透については、液に加える圧力、温度、液種、樹種及び材の構造方向等によって、影響を受けることが分かった。しかしながら、木材中への液体の浸透速度を統一的に表す移動係数やそれと浸透液の密度、粘度及び表面張力などの物理的諸因子との関係を定量的に扱ったものは意外と少ない。本研究においては、木材に対する液体の浸透速度を設定し、針葉樹ベイツガについて、接線方向を中心に調べ、液体移動速度と液体の物理的特性(密度及び溶液濃度、粘度、表面張力)との関係を、定量的に明らかにすることを目的とした。木材における液体の浸透速度を表示するために、Fickの拡散係数のアナロジーとしてみかけの拡散係数Kを定義した。その結果、算出された数値やオーダーは一般木材の拡散係数と対比しうる妥当な範囲に納まることが判った。これによって各種水溶液の浸透速度また浸透しやすさの目安として、K値の妥当性を定性的かつ定量的に明らかにすることができた。更に、これらの次元解析を行うことにより、K値の、水溶液に対する挙動の物理的意味について解明することができた。

II木材の表面性状とぬれ

木材における液体のぬれと接触角は密接に係わっていて,後者はぬれ角とも呼ばれる。ところが木材の表面粗さとぬれとの関係になると簡単には結論が出せない。それは表面粗さの定義や測定の方法が様々であることにもよる。しかし、これは本テーマの「液体の移動現象」と「ぬれ」を結びつけるためには避けて通れない問題である。液体の移動現象の研究では、浸透速度の目安となる係数を定義しその値を求めたが、それを構成する物理的諸因子の一つである表面張力が駆動力としての役割を演じていることに着目した。この表面張力が液体の推進力となる場は、木材内の繊維組織等の並ぶ窪みや毛管中であって、表面張力をもつ浸透液体はそれぞれの構造内において、そこの接触角に見合った液の移動と密接な関係がある。木材の表面粗さに関しては、表面に存在する凹凸が大きければ大きいほど、ぬれの速度が増すという報告があるが,本研究でも木材の表面の算術平均粗さと水の接触角との相関やZisman Plotによる評価でこのことを裏付けるいくつかの知見を得ることができた。即ち、木材表面の算術平均粗さの増加に対する水の接触角の減少や臨界表面張力の値の増加の傾向からは、木材の表面の粗さもぬれと密接に関わっていた。

III 木材表面における接触角測定法によるぬれの定量的評価について

固体の表面上のぬれ現象の研究については、Young,およびDupreの関係を活用することにより、Zismanは低エネルギー表面を持つ個体にこの関係を適用することによってぬれの新たな分野を築き上げた。Zismanの理論は木材の分野に導入されて久しいが、木材の持つ複雑さゆえ、解決されずに残されている課題も少なくない。本研究の目的はZismanらの手法を木材の固/液接触角の測定方法に活かしことを目指しているが、得られた新しい知見の一つである、木材におけるNeumann Plotの回帰曲線(または直線)の決定係数が、Zisman法のそれをかなり上回る精度で得られた。同時に,Zisman Plot法による臨界表面張力の値はNeumann Plotによる臨界ぬれ張力のそれより総じて低いことが判った。これら二つのパラメータの値は,Lucassen -Reyndersの水溶液に対する補正数値と比較することにより,妥当であることがわかった。次に、木材のセルロ-ス構造にみられる水素結合の働きに着目し、J.K.Craverの水素結合能をパラメータとし、作業液体の水素結合能を横軸にとり、木材の臨界表面張力あるいは臨界濡れ張力を縦軸にとってそれらとの関係を調べた。その結果は、どの樹種においても強い正の相関があることが判った。即ち、作業液体の水素結合能の増大に伴い臨界表面張力等の値も増大し、木材はぬれ易くなることが判明した。同時に、この水素結合軸のグラフを活用することで、各木材間のぬれを系統的に把握する糸口が得られた。

以上,本研究は,木材における液体の浸透とぬれに関して,詳細に検討したものであり,両者において液体の水素結合能が重要な役割をはたしていることを見出したものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,木材における液体の移動現象ならびにその開始時点で重要な位置を占める木材表面でのぬれに関して詳しく研究したもので,全体は5章よりなる。

第1章は序論であり,液体の移動現象とぬれについて不明な点を解明することが木材を化学処理する上で重要な課題であることを述べ,本研究の位置づけを明確にしている。

第2章では木材中の液体の移動現象を,拡散現象と浸透現象を合わせてFickの拡散方程式で近似することを試みている。これは,本来異なるこれら二つの現象の進行速度を別々の理論式で捉えるよりも,一つの式やパラメータで表現できた方が実用上有益ではないかとの観点から行われた試みで,「みかけの拡散係数」というものを定義している。カナダ産ベイツガを供試材とし,水を始めとする9種の純溶媒ならびに濃度の異なる8系列の無機,有機,高分子化合物の水溶液を使用して,それぞれの液体に対する木材の接線方向のみかけの拡散係数を実験的に明らかにした。また液体の物性値とみかけの拡散係数との間で次元解析を行い,無次元数間の相関を求めた。このことより,次元解析で得られる見かけの拡散係数というものも定義した。実験で得られる生の値と解析で得られる値とは,一元的に線形関係で結びつけられるものとはならなかったが,液種ごとの関係が存在することがわかった。その結果,液体の粘性係数,表面張力,密度などの物性値がわかっていれば,計算によってみかけの拡散係数を求めることができる可能性があることを示すことができた。

第3章では,木材の表面性状とぬれとの関係について研究した。ここでは,さまざまな樹種と数種の液体を用い,まさ目面に液体を滴下したときにできる液滴の接触角の大きさが,試料表面作成時の加工方法の違いや,木材の組織構造に由来する表面粗さにどのように左右されるかを詳細に調べた。ミクロトームで形成した表面とプレーナーで作成した表面において,液滴を滴下する部分の表面粗さをあらかじめ測定し,そこに形成される液滴の接触角を画像拡大法により求めた。これより,プレーナーで作った表面の方がミクロトームで作った表面よりもぬれにくいこと,また,ミクロトームで形成される表面の方が粗さのばらつきが大きいこと,などが判明した。液滴のサイズが接触角の測定結果に及ぼす影響についても検討を行い,1μlから10μlの範囲では,得られる接触角に違いがないことを明らかにした。また,これらの結果を踏まえて次章の実験条件の根拠とした。

第4章は,前章の研究で明らかになった,木材で適切な接触角を測定することの困難さを克服し,木材表明に固有の固体表面張力に相当するものを,できるだけ再現性良く求めるためのデータ処理方法の検討と,得られた表面張力パラメータと液体の特性との関係を明らかにすることを目的とした。

表面のぬれ性状は,W. A. Zismanにより提唱された臨界表面張力,すなわち接触角の余弦を縦軸に,試験液体の表面張力を横軸にとり,両者の関係に回帰式をあてはめる方法によって得られる物性値で表現される場合が多い。しかし,この値は木材ではバラツキが大きく,再現性もあまり良くない。本研究ではこれを少しでも改善することを目的として,4系列の液体を用いて,種々の表面張力を求めることを試みた。Zisman法に加え,A. W. Neumannによる方法やその他の方法を用いて表面張力指標を求め,相互の比較を行った。Neumann法はZisman法の横軸に接触角の余弦を乗じたものであるが,安定した表面張力指標(臨界ぬれ張力)が得られることが判明した。また,使用する作業液体によって得られる臨界表面張力等の値が異なることがわかった。さらに,液体のさまざまな性質を検討した結果,J. K. Craverにより提唱された水素結合能という値が臨界ぬれ張力と密接な関係があることを明らかにした。また,臨界ぬれ張力が蒸留水を用いた場合の接触角と強い相関関係にあることを見いだした。また,木材の表面張力を測定するためにはJIS K6768規格で規定されているホルムアミド水溶液が適していることを示した。

第5章は総括である。

以上本研究は,木材に対する液体の浸透速度に関わる液体側の因子に関して次元解析を適用して,速度を支配する諸物性の寄与率を明確にし,その結果を用いることで,液種ごとにではあるが,液体の物性値から浸透速度を予測できる可能性を示したこと,ならびに臨界ぬれ張力を測定すれば,木材のぬれやすさを安定して求めることができること,さらには液体の水素結合能がぬれ現象と密接に関係していることを明らかにしたもので,学術上,応用上貢献するところは非常に大きい。よって審査委員一同は,本論文が,博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51996