学位論文要旨



No 126945
著者(漢字) 磯貝,拓也
著者(英字)
著者(カナ) イソガイ,タクヤ
標題(和) TEMPO触媒酸化法および有機電解酸化法を用いたセルロースの化学改質に関する研究
標題(洋)
報告番号 126945
報告番号 甲26945
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3698号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 准教授 竹村,彰夫
 東京大学 准教授 和田,昌久
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 准教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

水系の穏和な条件下で選択的に1級水酸基を酸化するTEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジンオキシラジカル)触媒酸化(図1)は、近年特に多糖化学分野においてその優位性が認められ、TEMPO触媒酸化多糖の応用展開に関する検討が活発に行われている。

天然セルロース試料に対してTEMPO触媒酸化を適用した場合、酸化反応は結晶表面にのみ進行するが、再生セルロースにTEMPO触媒酸化を適用した場合、酸化反応は試料全体に進行し、水溶性のポリグルクロン酸、すなわちセロウロン酸が得られる。セロウロン酸はC6位のみが酸化された均一な構造をもち、生物代謝性を有することから、新規セルロース誘導体としての利用が期待される。

しかし、この反応中では試料の低分子化が避けられないために、生成するセロウロン酸の重合度は約40となることがわかっている。この40という値が再生セルロースのレベルオフ重合度(LODP)の値(=40)と対応していることから、この低分子化傾向が再生セルロースの高次構造を何らかの形で反映しているのではないかと考えた。よって、再生セルロースおよび高いLODPを持つマーセル化セルロース試料(LODP=80程度であると報告されている2))のLODPについて、SEC-MALLS法を用いて詳細に検討した後、TEMPO触媒酸化反応の出発物質として用い、得られたセロウロン酸の分子量および分子量分布をSEC-MALLS法で測定してLODPとの関係を比較した。

また、天然セルロースの酸化が結晶表面のみにとどまることの理由として結晶性の高さが考えられることから、ボールミル粉砕処理によって天然セルロースを非晶化したものを出発物質とし、セロウロン酸の調製を試みた。

一方、従来のTEMPO触媒酸化法において、弱アルカリ性の反応条件や塩素系共酸化剤の使用が試料の低分子化等の副反応を引き起こしていることから、グリーンケミストリーの分野で近年注目を集めている有機電解酸化法に着目した。この方法を用いれば、共酸化剤等を用いずに電気化学エネルギーを用いてTEMPO触媒酸化反応を行うことができ、電解液の選択によって様々なpH条件の設定も可能となる。しかしながらこれまで、TEMPO電解触媒酸化はポリマー、とりわけセルロースのような水不溶な固体試料に対し適用された報告が無い。従って、この反応法が各種セルロース系試料に対し適用可能かどうかについての基礎的な実験から行い、最終的に電気化学的アプローチによるセルロース高機能化のアウトラインを示すことを本発表の目的とした。

再生セルロースのTEMPO触媒酸化およびその高次構造に関する検討

マーセル化セルロース試料およびその希酸加水分解物の重合度について、SEC-MALLSを用いることによって詳細に検討したところ、セルロースの希酸加水分解物の重合度はSEC溶出パターンにおいて二山型になり、多角度光散乱による分子量測定結果は60-70程度となった。この二山型のピークのうち副成分に当たる低分子側の画分は再生セルロース試料の希酸加水分解物中にも含まれていることが判明した。また、再生セルロースを高濃度アルカリ浸漬処理したのちに希酸加水分解すると、LODPの値が増大するという現象が確認された。溶出パターン上では副成分である低分子側の画分の位置は変わらずに主成分のピークトップが大きく高分子側にシフトしていることから、高濃度アルカリ処理によって再生セルロースの結晶領域にあたる部分で新たな高次構造が形成されたと考えた。

一方、pH10/TEMPO/NaBr/NaClO酸化により再生セルロースから調製されるセロウロン酸の重合度は、由来となる再生セルロース自身のLODPに対応する値であると予測し、実際にマーセル化天然セルロースからは、ほぼ元のLODPに等しい重合度のセロウロン酸を調製することに成功した。しかしながら、前項の検討で再生セルロースのLODPがマーセル化処理によって増大していたにも拘らず、そこから調製されたセロウロン酸はもとの再生セルロース自身がもつLODP=40に等しい値であった。このことから、再生セルロースのマーセル化処理によって生じた新たな高次構造は希酸加水分解処理による低分子化においては反映されるがTEMPO触媒酸化による低分子化においては反映されないものであること考えた。

また、セルロースI型結晶をもつ天然セルロースからセロウロン酸を調製するために、物理的粉砕による結晶領域の非晶化を試みた。こうして得られた非晶セルロースを出発物質としてTEMPO触媒酸化を行ったところ、セロウロン酸の調製に成功した。このことから、必ずしも化学的前処理を用いたセルロースII型結晶への変換処理を経ずとも、粉砕処理セルロースからセロウロン酸が調製出来ることが判明した。

有機電解酸化法を用いた各種セルロースのTEMPO触媒酸化

グルコースのみを構成糖とし、水不溶でありながらも比較的低結晶性の多糖であるカードランおよびアミロデキストリンに対しpH6.8のリン酸緩衝液を電解液とし、4-アセトアミドTEMPOを触媒として用いた電解酸化を行ったところ、水溶化物として対応するほぼ均質なポリウロン酸を調製することに成功した。また、従来のpH10条件下TEMPO/NaBr/NaClO系と比較すると大幅に低分子化が抑制されており、より高重合度の水溶性ポリマーが調製可能であることが判明した。

一方、再生セルロースであるビスコースレーヨンに対しpH6.8/4-アセトアミドTEMPO電解触媒酸化法を適用したところ、C6位の1級水酸基に対する酸化反応が進行し、相当量のカルボキシル基(1.1mmol/g)およびアルデヒド基(0.6mmol/g)が導入されたにもかかわらず、水可溶化成分の溶出による重量損失もほとんど無く、元の繊維形態がその表面微細形状に至るまで保持された(図2)。すなわちpH6.8/4-アセトアミドTEMPO電解触媒酸化は、セルロースの成型加工物である再生セルロースに対し、その形状を維持したままカルボキシル基およびアルデヒド基を導入するという2次改質を可能とする特徴的な化学改質プロセスであった。本検討において得られたカルボキシル化再生セルロース繊維は従来のNaClO やNaClO2を主酸化剤とするTEMPO触媒酸化法では調製不可能であった酸化物である。

また、針葉樹クラフトパルプ(SBKP)に対し、pH10の炭酸緩衝液を電解液とし、TEMPOを触媒として用いた電解酸化およびpH6.8/ 4-アセトアミドTEMPO電解触媒酸化を行った。どちらの反応法を用いてもおよそ1mmol/gのカルボキシル基を導入することに成功し、さらに水中でホモジナイザー処理を行うことでセルロースナノファイバーとして水中で安定にナノ分散させることに成功した(図3)。しかしながら、pH 10で調製された電解酸化SBKPに比べ、pH6.8のものは酸化後の固形分回収率が高く、低分子化が抑制されており、さらには得られたナノファイバーの形状にも差異があることから、その材料特性には大きな違いが見られた。

本検討においてpH10/TEMPO電解触媒酸化およびpH6.8/4-アセトアミドTEMPO電解触媒酸化のどちらの手法を用いても、相当量のカルボキシル基およびアルデヒド基をSBKPのセルロースミクロフィブリル表面に導入する出来ることが判明し、結果として塩素系酸化剤を用いることなく、セルロースナノファイバーの調製に成功した。

図1TEMPO触媒酸化によるセルロースC6位の1級水酸基の選択的酸化機構

図2 電解酸化レーヨンの光学顕微鏡写真

図3 電解酸化法によって得られたセルロースナノファイバーのTEM観察写真

審査要旨 要旨を表示する

水系の穏和な条件下で位置選択的に1級水酸基を酸化するTEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジンオキシラジカル)触媒酸化は、近年特に多糖化学分野においてその有意性が認められ、TEMPO触媒酸化多糖の基礎および応用に関する研究が活発に行われている。再生セルロースにTEMPO触媒酸化を適用した場合、元のセルロースのC6位の1級水酸基が全てカルボキシル基に酸化された水溶性のポリグルクロン酸、すなわちセロウロン酸が得られる。しかし、著しい低分子化が避けられない。そこでまず、セロウロン酸の重合度と出発試料であるセルロースの固体構造との関係を検討した。

TEMPO触媒酸化によって水溶性のセロウロン酸を与える出発物質である、再生セルロース、濃アルカリ膨潤セルロース(マーセル化セルロース)の希酸加水分解で得られる固体残渣の分子量、分子量分布を光散乱検出機付きの溶質排除クロマトグラフィー(SEC-MALLS)により分析した。その結果、再生セルロースで重合度40、マーセル化セルロースで重合度80のレベルオフ重合度(LODP)が得られた。この値はそれぞれの結晶領域のセルロース分子長に対応した値である。一方、再生セルロースを濃アルカリ処理したところ、LODP値は80に増加した。従って、濃アルカリ処理によって再生セルロース中の結晶領域が伸長したことを示していた。

続いて、同試料についてTEMPO触媒酸化を行い、得られた水溶性セロウロン酸の分子量および分子量分布をSEC-MALLS法で測定した。その結果、再生セルロース、マーセル化セルロース共に、それぞれのLODP値に極めて近い重合度を有するセロウロン酸が得られた。従って、TEMPO触媒酸化では非晶領域が切断され、結晶領域サイズに相当する分子量のセロウロン酸が得られることが判明した。

更に、天然セルロースから水溶性のセロウロン酸を得ることを目的として、条件を変えてボールミル粉砕して非晶化した天然セルロースのTEMPO触媒酸化を検討した。その結果、セルロースの非晶化の進行と共にセロウロン酸の収率が上昇し、最大で90%に至ったが、重合度は30程度にまで低下した。一方、木粉を出発物質としてボールミル粉砕してTEMPO触媒酸化した場合には、得られるセロウロン酸の重量回収率は55%程度であったが、重合度は170程度にまで増加した。

続いて、従来のTEMPO触媒酸化法では、中性~弱アルカリ性条件でも塩素系共酸化剤である次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸ナトリウムの添加が不可欠であった。しかし、上記のセロウロン酸の低分子化やその他の副反応においても、これら塩素系共酸化剤の関与が考えられた。そこで、TEMPO触媒でも塩素系共酸化剤を用いない有機電解酸化法を各種多糖およびセルロース類に適用してみた。

まず、常温で水不溶の多糖であるカードランおよびアミロデキストリンに対しpH 6.8のリン酸緩衝液を電解液とし、4-アセトアミドTEMPOを触媒として電解酸化を行った。その結果、両多糖共にC6位がほぼ全てカルボキシル基に酸化された水可溶性のポリウロン酸が得られた。更に、従来法に比べて大幅に低分子化が抑制されており、高重合度の水溶性ポリウロン酸類が調製可能であることが判明した。

一方、再生セルロースであるビスコースレーヨンに対しpH6.8で4-アセトアミドTEMPOを触媒とする電解酸化法を検討したところ、最大で1.1mmol/gのカルボキシル基および0.6mmol/gのアルデヒド基が導入された。しかし、水可溶化せず、元の繊維形態、繊維表面形状が維持されていた。すなわち、レーヨン繊維の形状を維持したまま相当量のカルボキシル基とアルデヒド基を導入することができた。

続いて木材由来の漂白クラフトパルプ(SBKP)に対し、pH 10の炭酸緩衝液中でのTEMPOによる電解触媒酸化と、pH 6.8のリン酸緩衝液中での4-アセトアミドTEMPOによる電解触媒酸化を行った。両反応共にSBKPに約1mmol/gのカルボキシル基を導入することができた。更に、得られた電解TEMPO酸化SBKPを水中で解繊処理することで、幅約4nmで完全ナノ分散したTEMPO酸化セルロースナノフィブリルを得ることができた。pH 10で得られた電解酸化SBKPに比べ、pH 6.8では酸化後の固形分回収率が高く、低分子化が抑制されていた。従って、本電解TEMPO触媒酸化法により、SBKPに相当量のカルボキシル基およびアルデヒド基を結晶性セルロースミクロフィブリル表面に位置選択的に導入可能であることが判明し、塩素系共酸化剤を用いることなく、TEMPO酸化セルロースナノフィブリルの調製に成功した。

以上のように、水溶性高分子電解質であるセロウロン酸の低分子化機構の解明、低分子化抑制機構の提案、天然セルロースからのセロウロン酸調製法の開発、更にTEMPO電解酸化法による高分子量水溶性ポリウロン酸の調製、ビスコースレーヨン、SBKPに対するTEMPO電解酸化による改質あるいはナノフィブリル調製条件を見出した。特に電解TEMPO触媒酸化によるセルロースの改質方法は、環境適合性のあるグリーンケミストリーとしての応用展開が期待される。これらの成果は、セルロースの基礎科学的観点と共に、セロウロン酸の利用、TEMPO酸化ナノフィブリルの応用研究に発展でき、新規バイオナノ材料開発分野の観点からも高く評価される。従って、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51997