学位論文要旨



No 126946
著者(漢字) 沖田,祐介
著者(英字)
著者(カナ) オキタ,ユウスケ
標題(和) TEMPO触媒酸化で得られる単一セルロースミクロフィブリルの構造と特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 126946
報告番号 甲26946
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3699号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 特任教授 空閑,重則
 東京大学 特任教授 木村,実
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 准教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

近年、石油資源依存の軽減を目指し、生物資源の有効活用に対し注目が集まっている。生物資源の内、植物の主要構成多糖であるセルロースは(i)植物が空気中の二酸化炭素を固定化して産生する、(ii)年間産生量が地球上で数千億トンと莫大である、(iii)非可食性である、と機能材料としての利用が期待される素材である。

2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)触媒酸化(図1)は一級水酸基を選択的に酸化できることから、セルロースをはじめとした多糖類のC6位のカルボキシル基への変換手法として精力的に研究がすすめられている。天然セルロースにTEMPO触媒酸化を適用した場合、繊維形状を維持しながらミクロフィブリル表面にカルボキシル基が導入される。当研究室の検討結果から、得られたTEMPO酸化セルロース繊維を水中で軽微に機械処理することでミクロフィブリル単位へのナノ分散が可能であることが明らかになった。このナノ分散フィブリルはイオン交換能・高い親水性・酸素バリア性など優れた性質を持つ新規ナノ材料としての応用が期待できる。

本研究では起源の異なる天然セルロース類へ検討を広げ、それによる酸化機構及び酸化物の構造解析を目的とした。これらの検討からTEMPO酸化法の特性を利用したセルロースのフィブリル表面構造の新規分析法としての可能性や材料変換への応用等の観点で求められている有機溶媒中への分散手法についても検討した。

各種天然セルロースのTEMPO触媒酸化

木材、コットン等の植物セルロース、ホヤ・バクテリアセルロース・クラドフォラ等の高結晶性セルロースをTEMPO触媒酸化した。それぞれのTEMPO触媒酸化物はX線回折パターンおよびそのピーク幅がTEMPO酸化処理前後で変化せず、全てのTEMPO触媒酸化物でミクロフィブリル表面への位置選択的なカルボキシル基導入が確認された。X線回折パターンから求めた結晶サイズを元に算出した結晶表面の一級水酸基量の計算値と導入されたカルボキシル基の最大量とを比較したところ高い相関が見られた。従って、セルロースの由来によらずミクロフィブリル表面に露出しているC6位水酸基は選択的にほぼ全てカルボキシル基へ変換されていることが示された。(1)

また、セルロース・リグニン・ヘミセルロース間で一部複合体を形成している針葉樹機械パルプに対し、TEMPO触媒酸化を適用すると、リグニン・ヘミセルロースの可溶化とセルロースミクロフィブリル表面の酸化が同時に進行し、最終的にほぼ純粋な酸化セルロースが得られることが分かった。この際、リグニンの漂白・ヘミセルロースへのTEMPO触媒酸化による可溶化よっても次亜塩素酸ナトリウムが消費されるため、次亜塩素酸ナトリウムの消費量は3~4倍程度となる。得られた固形分に軽微な機械処理をすることで漂白パルプのTEMPO酸化物と同様にミクロフィブリル単位で分散したナノファイバーが得られた(図2) (2)。

セルロースミクロフィブリル表面のLBL剥離

TEMPO触媒酸化したセルロースを各pH・温度条件で処理し、カルボキシル基量及び結晶サイズの変化について確認したところ、アルカリ・高温条件下ではカルボキシル基の導入された表面分子鎖がオリゴマーとして可溶化して除去され、カルボキシル基をほぼ含有しないセルロースが得られることが確認された。

この現象とTEMPO触媒酸化セルロースのミクロフィブリルの表面構造を利用し、セルロースミクロフィブリルの表面剥離→露出した新たなセルロースフィブリル表面に対する再度のTEMPO酸化を繰り返した。その結果、セルロースミクロフィブリルの表面が一層ずつはがれる「Layer-by-layer剥離」が可能であることが確認された(図3)。

この手法を分析法として応用し、セルロースミクロフィブリルの構造解析を行った。高結晶性である動物性のホヤセルロース及び植物由来のコットンリンターに上記表面剥離を適用したところ、結晶サイズの減少パターンに違いが見られた(図4)。これらの結果からホヤセルロースは表面の第一層から結晶に寄与しているのに対し、コットンリンターの場合にはTEMPO触媒酸化後であっても表面に結晶構造の乱れた層が残存していることが示された。

セルロースミクロフィブリルの有機溶媒中への分散

TEMPO酸化セルロースミクロフィブリル表面に存在するカルボキシル基の対イオンは、元々ナトリウム塩型であり、水中で電離しやすい構造を有している。しかし、この塩構造が有機溶媒中ではマイナスに働き電離を阻害するため、ナノ分散が不可能であった。そこで、塩酸処理を通してナトリウム塩型からプロトン型へ変換したミクロフィブリルを調製し、その有機溶媒へのナノ分散性を確認したところ、高収率でセルロースミクロフィブリルがDMAc、DMF、DMI等の非プロトン性極性有機溶媒中へナノ分散することを見出した。(図4)

ミクロフィブリル表面の荷電状態をζ電位測定により確認したところ、カルボキシル基プロトン型は電離しており、電荷反発が要因となり安定分散していると考えられる。(3)

1) Okita, Y., Saito, T., Isogai. A., HOLZFORSCHUNG, 2009, 63, 529-5352) Okita, Y., Saito, T., Isogai. A., Biomacromolecules, 2010, 11, 1696-17003) Okita, Y., Fujisawa, S., Saito, T., Isogai. A., Biomacromolecules, IN PRESS

図1. TEMPO触媒酸化模式図

図2. TEMPO酸化サーモメカニカルパルプから作製したナノファイバー

図3. セルロースミクロフィブリル表面のLayer-by-Layer剥離処理模式図

図4. 有機溶媒中へ分散させたセルロースミクロフィブリルの写真(左:通常光下、右:偏光板間)

審査要旨 要旨を表示する

植物の主要構成多糖であるセルロースは植物による二酸化炭素の固定化物で、年間産生量が数千億トンと膨大で非可食性であるため、循環型社会対応の機能材料としての更なる有効利用が期待される素材である。

2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)触媒酸化は1級水酸基を選択的に酸化できることから、セルロース等にカルボキシル基を導入する手法として研究が進められている。各種天然セルロースにTEMPO触媒酸化を適用した場合、繊維形状を維持しながらミクロフィブリル表面にカルボキシル基が導入される。また、得られたTEMPO酸化セルロース繊維を水中で解繊処理することでミクロフィブリル単位へのナノ分散が可能であることが明らかになった。このナノ分散フィブリルから得られるフィルムは、酸素バリア性など優れた性質を持つ新規バイオ系ナノ素材として期待できる。

そこで本研究では、起源の異なる各種天然セルロースへのTEMPO酸化反応の適用を検討し、酸化機構および酸化物の構造解析を行った。すなわち、木材、綿等の植物セルロース、ホヤ、バクテリアセルロース、藻類等の高結晶性セルロースを各種条件でTEMPO触媒酸化し、得られたTEMPO触媒酸化物のX線回折パターンおよび生成したカルボキシル基量を測定した。その結果、全てのTEMPO触媒酸化物において、天然セルロースミクロフィブリル表面の一級水酸基への選択的な酸化→カルボキシル基への変換が確認された。

X線回折パターンから得られた結晶幅に基づいて算出した結晶表面の1級水酸基量の計算値と、実際に導入されたカルボキシル基の最大量を比較したところ、いずれの場合も高い相関が見られた。従って、最大量のカルボキシル基を生成するTEMPO触媒酸化条件では、セルロースの起源、結晶幅の大小によらず、結晶性セルロースミクロフィブリル表面に露出しているC6位の1級水酸基が選択的に、ほぼ全てカルボキシル基へ変換されていることが明らかになった。

続いて、セルロース・リグニン・ヘミセルロースが木材成分と同様に共存する針葉樹材機械パルプに対してTEMPO触媒酸化を行った。その結果、非晶性のリグニン・ヘミセルロースの水可溶化-除去と結晶性セルロースミクロフィブリル表面のC6位のカルボキシル基への酸化が同時に進行し、最終的にほぼ純粋なTEMPO酸化セルロースが得られた。その際、リグニンの酸化分解、ヘミセルロースのTEMPO触媒酸化による水可溶化反応にも次亜塩素酸ナトリウムが消費されるため、その消費量は漂白クラフトパルプの3~4倍程度となった。水不溶の固形分として得られたTEMPO酸化セルロース成分に対して水中で軽微な機械処理を行うことで漂白クラフトパルプのTEMPO酸化物と同様にミクロフィブリル単位で分散したTEMPO酸化セルロースナノフィブリルが得られた。

天然セルロースのTEMPO触媒酸化物をpHの異なる水中で加熱処理し、カルボキシル基量および結晶幅の変化について検討した。その結果、アルカリ性下100℃で処理することにより、TEMPO酸化によって導入されたカルボキシル基を有するミクロフィブリル表面の酸化セルロース分子鎖がオリゴマーとして可溶化して除去され、カルボキシル基をほぼ含有しないセルロースが得られた。この現象とTEMPO触媒酸化が結晶性セルロースミクロフィブリルの表面のC6位のみに起こる特徴を利用し、「セルロースミクロフィブリルの表面分子の剥離→露出させた新たなセルロースフィブリル表面に再度のTEMPO酸化」処理を繰り返した。その結果、セルロースミクロフィブリルの表面に生成したTEMPO酸化セルロース分子を一層ずつ剥離可能であることが確認できた。この「Layer-by-layer剥離」手法を、高結晶性であるホヤセルロースおよび植物由来の綿リンターに適用したところ、結晶サイズの減少パターンに違いが見られた。すなわち、ホヤセルロースは表面の第一層のセルロース分子でも結晶に寄与した規則的な構造を有しているのに対し、綿リンターの場合にはフィブリル表面に結晶構造の乱れた非晶層が存在していることが示された。

続いて、TEMPO酸化セルロースナノフィブリルを疎水性高分子材料と複合化することで、高強度軽量化コンポジット材料の開発を目指すため、TEMPO酸化セルロースミクロフィブリル表面に存在するカルボキシル基の対イオンをナトリウム塩型からプロトン型へ変換し、有機溶媒への分散性を検討した。その結果、TEMPO酸化セルロースミクロフィブリルはDMAc、DMF、DMI等の極性有機溶媒中でもナノ分散することを見出した。ミクロフィブリル表面の荷電状態をζ電位測定により確認したところ、カルボキシル基のプロトンは電離しており、フィブリル間の電荷反発によって有機溶剤中で安定分散している。

以上のように、TEMPO酸化セルロースのナノフィブリル化と構造解析という手法を用いることにより、天然セルロースの結晶表面の固体構造、TEMPO酸化反応機構、他の高分子との複合材料化へ利用の可能性などを明らかにすることができ、学術的にも応用技術としても貴重な成果を得ることができた。これらの研究成果は、セルロースの基礎科学はもとより、新規バイオ系ナノ材料開発分野の観点からも高く評価される。従って、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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