学位論文要旨



No 126948
著者(漢字) 大澤,一実
著者(英字)
著者(カナ) オオサワ,カズミ
標題(和) 木造軸組工法住宅の生産性に関する調査研究
標題(洋)
報告番号 126948
報告番号 甲26948
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3701号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 准教授 信田,聡
 芝浦工業大学 教授 蟹澤,宏剛
内容要旨 要旨を表示する

第1章序論

木造軸組工法住宅の生産性は、構造躯体のプレカット化により飛躍的に向上した。一方、上棟後の内装・造作工事については十分な合理化手法が確立されているとは言えず、施工者の経験や勘に頼るところが大きい。その結果、内装・造作工事は工期全体の過半を占めており、材料の部品化・乾式化、あるいは規格化によって一定の合理化が図られてきたものの、より効率的なジョブコーディネート手法の確立が期待されている。

一方、研究分野において,内装・造作工事に関する既往事例は数少ない。特にプレカット化以降の木造軸組工法住宅に関する詳細な調査事例はなされていない。調査事例が蓄積されない理由は様々考えられるが、常に障壁となってきたのは「調査の精度確保と省力化」、その両立の難しさにある。これは、工事の性質上,実作業以外にも多様な事象が発生するために調査データにバラツキが発生しやすく,労力を抑えた調査手法では,データの精度確保に至らないことに起因する。反対に,工程が長期にわたることから,詳細すぎる調査法では膨大な調査量・分析労力が求められることになり、現実性に乏しい。

従って、バランスの良い調査方法を採ることと、適切な調査物件の選定、十分な調査体制の確保が、研究成果を示す上で重要である。本研究では,既存の調査手法の欠点を補った新たな調査手法として「毎分写真撮影評価法」をまず提唱し、建て方工事における試行調査を経てその有用性を確認、必要な改良を加えた。次に、規模や間数、施工環境などを近似させた二棟の調査棟を選定し、同一大工・同一調査チームによる体制で本調査を実施した。

調査対象の二棟は規模等の条件の大半を近似させる一方で、施工手順や耐力壁配置、電気配線計画などに差を設け、比較調査の対象とした。それぞれ「一般棟」、「SI棟」と呼び、工法等の異なる二現場を比較することにより、生産性向上のノウハウを定量的に示すことが、本論文の目的である。

第2章調査概要

提案した「毎分写真撮影評価法」は,調査員が作業者にマンツーマンで張りつき、デジタルカメラ撮影と用紙記録(作業推移一覧表)を並行するものである。すべての「作業原単位」を時系列測定するため、従来の調査手法より「調査漏れ」が生じにくい(図1)。また、長期調査のため調査法の簡便性・現実性にも考慮し、1名の調査員で記録可能なものとした。

○試行調査

躯体の建て方工事において、予備的に調査を実施し次の結果を得た。

・調査方法の正確性、特にデータ(写真・記録紙)からの作業状況の復元正確性を確認した。

・調査方法の簡便性の確認。現実に長期に調査可能な程度のものであった。

・カウントルールの徹底の必要性。複数調査員へのカウントルールの周知徹底が重要。

・生産性に影響を与える要素の洗い出し。各作業原単位まで細分化することで、データのばらつき要因や、生産性に影響を与える因子の特定が可能であることを確認した。

・データ分析方法の確立。調査結果をエクセルシート上でフィルタリングし、部位別・材料別・工法別比較など、さまざまな角度から合理性評価を行えることを明らかにした(図2)。

○調査物件(本調査)

次の2物件を調査対象に選定した(図3,4)。調査におけるバラツキ変数を最小限に抑えた一方、工法・耐力壁配置・配線計画に差をつけ、比較対象項目とした。施工は原則的に同一大工による事とし、工務店の直雇大工16名の中から、能力・年齢等が中程度に位置する者を選定した。

○カウントルール

作業の分類は,IE分野の考え方を参考に10項目に分けた(表1)。作業回数は1作業行ったら記録1回とし,表2のように要素作業と作業部位を定義した。また,測定した作業回数を時間に変換する際には、次のように算出した。

所要時間野集計は分析項目によってネット値とグロス値を使い分けた。要素作業別所要時間や材料別所要時間は主作業のみの時間(ネット)で算出し,部位別や全体的な所要時間は、作業・余裕,手戻りの時間を含めた時間(グロス)で算出している。なお、特定休憩である10時,12時,15時の休憩はグロス値に含めない。

第3章調査結果(本調査)

2現場の調査データをもとに、全体比較の他、材料別・部位別・要素作業別比較等を実施した。

・全体比較

図5に、2現場の内装造作工期全体の作業回数、作業時間累計(グロス集計)とその内訳を示す。作業時間合計は「SI棟」521時間、「一般棟」556時間であり、その差は35時間であった。特定休憩を除いた一日の作業時間は約7時間であるため、5日分の工程短縮効果にあたる。

・材料別比較

各材料別比較の中から床材施工時の例を示す(図6)。作業時間に24時間の差が確認された。「SI棟」では間仕切りのないがらんどうの状態で床材を先行施工したため、「採寸」・「切断」等の加工プロセスが抑えられた。一方、「一般棟」では間仕切壁施工後の床施工であり、加工の必要な隅角部等の施工量が増え、作業量に影響している。「SI棟」では作業空間に余裕があるため加工場の盛替え回数が少ないこと、加工数自体が少なく清掃回数も減少することにより、「仮設・養生」、「片付け・清掃」「運搬」といった「付帯作業」量の違いとして表れている。

第4章 結論

木造軸組工法住宅における内装造作工事の生産性調査法として、従来の課題だった調査精度と簡便性確保を両立した手法として「毎分写真撮影評価法」を提案、工法の異なる2棟の建築現場における生産性比較調査を行った。材料別・部位別等の比較考察を実施した結果、これまで整理されていなかった生産性決定要素を明確にし、各要素が生産性に与える影響が定量化された。

図1 ワークサンプリング法と毎分写真撮影評価法

図2 作業推移一覧表と画像による分析例

図3 調査物件概要

図4 各棟平面図

表1 作業分類

表2 要素作業,作業部位の分類

図5 作業回数・時間比較(全日程合計グロス集計)

図6 作業回数・時間比較(床材施工時)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、木造軸組工法住宅における施工現場について、建方から竣工までの約3ヶ月間の作業内容と作業工数を、施工全日数について毎分ごと写真撮影で記録するという調査を、住宅2棟ぶんについて実施して膨大なデータを収集し、得られたデータを分析・比較を行うことにより、現代の木造住宅の現場生産性についての細部を明らかにしたものであり、5章よりなる。

第1章 序論

第1章では、機械プレカット化が普及し合理化の進んだここ十数年の木造軸組工法住宅については、既往の研究において現場工数調査が全く行われてきておらず、そのために現場の各工程における作業内容と工数に関するデータが皆無であるため、現場生産性を定量的に分析することができないことを問題点として指摘している。その上で、本論文では、複数の木造住宅について現場の工数調査を実施して詳細なデータを収集し、調査データを多角的に分析することにより、木造軸組工法住宅の現場生産性の細部まで明らかにし改善手法の提案を行うことを本論文の目的とした。

第2章 調査概要

第2章では、第1章で定めた目的を達成するための調査方法として、「毎分写真撮影評価法」を提案、既存の工数調査方法と比較してそのメリットを示した。また、試行調査として、建方工事の推移調査を行い、調査方法の有用性を確認するとともに、課題と改善点を確認した。

次に、確立した調査方法を用いて本調査を行うにあたり、一般化に際しての変動要因である規模・構法・大工技能などが平均的な木造軸組工法住宅の調査物件2棟を選定し、予定する調査体制と調査内容を示した。調査内容は次の3点を明らかにすることを目標とした。(1)全体推移 (2)工種・部位別比較 (3)工法別比較(SI化による合理化効果)

第3章調査結果

第3章では、調査結果を示した。歩係り等工事全体の推移を集計し、作業効率の低下要因を明らかにした(図3)。特に、手戻り等の大きな要因についてはその発生原因についても明らかにした。また、工具等の使用回数変遷をまとめ、これまで明らかにされてこなかった現代の木造軸組工法における大工作業の工程明細を明らかにした。

さらに、工種・部位別・材料別の作業傾向を明らかにした上で、工法の異なる2物件の作業推移を比較し、SI分離化による合理化効果を検証した。その結果、大工工事の施工性はその加工数に大きく左右されることが明らかになった。また、床材や壁下地材の施工性比較を実施した結果から、SI分離化によって、一定の合理化効果が得られることが確認された。また、SI分離化によって影響を受ける電気配線工事についても更新性の高い配線手法を提案し、その施工合理性を確認した。

第4章普及型SI分離住宅の提案とシミュレーション

第4章では、第3章の調査結果で得られた施工合理化のポイントを踏まえ、より生産性の高い普及型のSI分離住宅を提案、その生産性を検証し、施工合理化効果や廃棄物量削減効果を確認した。

第5章結論

第5章では、本論文で提唱した調査手法とその効果、調査で得られた具体的な内容と成果をまとめた。また、今後の課題として一般化する上での更なる調査棟数の必要性等を挙げた。

以上、本研究は木造軸組工法住宅における施工現場について、建方から竣工までの約3ヶ月間の作業内容と作業工数を、施工全日数について毎分ごと写真撮影で記録するという調査を、住宅2棟ぶんについて実施して膨大なデータを収集し、得られたデータを分析・比較を行うことにより、木造住宅の現場生産性についての細部を明らかにしたものである。木造建築の現場工数データをこのように詳細に収集・分析した例は過去に存在せず、本論文は木造建築生産論の分野に新たな知見を加えたものであり、学術上、応用上の貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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