学位論文要旨



No 126953
著者(漢字) 北村,亘
著者(英字)
著者(カナ) キタムラ,ワタル
標題(和) ツバメにおける家族内の餌配分を決定する行動機構
標題(洋)
報告番号 126953
報告番号 甲26953
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3706号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,廣芳
 東京大学 教授 佐野,光彦
 東京大学 准教授 石田,健
 立教大学 教授 上田,恵介
 北海道大学 准教授 綿貫,豊
内容要旨 要旨を表示する

動物の社会は複数の個体の相互作用により成り立っている。その中でも、様々な場面で生じる個体間の資源の受け渡しに関する相互作用は、資源を得ることにより得られる利益が大きいため特に重要だと考えられている。中でも、家族内での子の世話(資源)をめぐる問題はよく研究されている。家族内には子の世話の量をめぐって3通りの対立が存在する。すなわち1)夫婦間の対立、2)親子間の対立、3)兄弟間の対立の3つである。この中の親子間や兄弟間の対立を解消する手段として注目されてきたのが、子が親に対して餌などの資源をねだるbegging行動であり、特に鳥類の雛で研究されてきた。Beggingは複数の機能を持つ複合信号だと考えられている。親からの給餌量を増やそうとする際には、巣全体への給餌量を高める機能(以下、給餌総量の機能)と、巣内での分配を高める機能(以下、分配の機能)の2つが考えられている。この2つの機能は、それぞれ親子間の対立と兄弟間の対立の2つの家族内の対立に結びついており、それぞれ理論モデルが提唱されている。これらのモデルから雛間相互作用に関して、競争相手のbeggingが激しくなると自身のbeggingを激しくすると予測されてきた。しかし、鳥類でbeggingを介した雛同士の行動を調べた実証研究では、予測通りの結果のほかにも、競争相手のbeggingが激しいときに、自身のbeggingを弱めたり、互いに無反応であるという結果も報告されている。

しかし、なぜこのような矛盾が生じているかに関してこれまで検証がされてこなかった。これは、雛が複数のときに給餌総量に関する機能(親子間の対立に影響)を考慮してこなかったことにあると指摘されている。近年のモデルによれば、2羽の雛がbeggingを利用して餌を獲得する際に、分配の機能に関してはこれまでのモデルと同様に雛同士が競争的に振舞うが、給餌総量の機能に関しては、一方の雛のみbeggingを行う場合にも巣全体の餌量が増えるため、競争的に振舞わない可能性が出てくる。このような雛間相互作用を正しく把握するためには、beggingの機能を特定しながら親と複数の兄弟の関係を同時に扱うことが重要になる。しかし、これまでbeggingの機能を明確に分けて、機能ごとにbeggingがどのように変化するかを検証した研究はされてこなかった。

本研究では、家族内に存在する複数の対立を同時に考慮することで、給餌時の親と子の行動を正しく理解することを目的とした。このために、ツバメ(Hirundo rustica)雛のbeggingに注目して、子同士がどのような相互作用を行っているかを検証した。このために、まず、ツバメ雛のbeggingのどの要素に給餌総量と分配の機能があるかを検証した。次に雛が単独の状況でbeggingが変化する条件を調べた。最後に、雛が複数存在する場合に雛のbeggingがどのように変化するかを調べた。

序論に続く第2章では、複合信号であるbeggingの機能と要素の結びつきを調べた。Beggingは複数の機能を持つだけでなく、音声や動作などの複数の要素で構成されているため、beggingの持つ2つの機能がどの要素と結びついているかを調べた。この際、もう一つ考慮するべきこととして、親の給餌パターンが現在だけでなく過去の雛の状態によっても影響を受けるかについても検証した。

ツバメの繁殖期間中に巣を撮影したビデオを解析し、特定の給餌時点における親の給餌パターンが現在の情報のみを用いているか、または過去(1~20分前)の情報を用いているか、複数のモデルから最も当てはまりのよいモデルを選ぶことで調べた。分配の機能に関する解析では特定の雛が餌を得る確率が、給餌総量の機能に関する解析では親の給餌頻度が、beggingの激しさにどのような影響を受けるかを調べた。Beggingの激しさには、様々な時間スケールの、1)begging時の姿勢を点数化した指標、2)beggingの長さ、3)beggingの回数、の3つを用いた。

分配の機能に関する解析で選択されたモデルは、現在のbeggingの長さのみを情報として利用しているモデルであった。餌を得る確率とbeggingの長さに正の相関が見られたため、より早くbeggingを行った雛がより餌を得られやすいことを意味する。給餌総量に関する解析で選ばれたモデルでは、雌雄ともに、雛のbegging時の姿勢が親の給餌頻度と負の相関がみられた。また選ばれたモデルは、雄で過去14分、雌で過去6分の情報を利用しているモデルであり、この結果は、過去のbeggingの激しさに応じて未来の給餌レベルを上げていることを示唆している。

本章から、ツバメ雛のbeggingには少なくとも2つの機能があることが示唆された。親が雛の情報を利用する時間スケールが機能ごとに異なっている理由として、雛の正確な情報を得るために親は過去の情報を利用したほうが有利な状況であっても、雛一羽一羽の情報を覚えることが困難であるためにこのような差が生まれたと考えられる。

第3章では、ツバメ雛のbeggingがどのような状態で変化するかを調べた。Beggingを用いて親子間や兄弟間の利害の対立を解消していると考える大部分のモデルでは、beggingは短期間で変動する子の状態(空腹度)に影響を受けるものと仮定されている。しかし、これらのモデルで仮定されているような状態以外にも、巣立ちまでに必要なエネルギーといった長期に変動する状態(雛の体サイズで表される)によってもbeggingの激しさが変化することが実証研究から示されてきた。

そこでツバメ雛が単独のときに、どの状態がbeggingに影響を与えるかを調べる実験を行った。巣からランダムに雛を選び、実験を開始する前に満腹になるまで人工給餌を行った。その後、雛は一定の期間放置されることで、徐々に空腹になるような処理を行った。長期に変動する要因として、日齢や雛数の違う巣から体サイズの異なる雛を用いた。実験では、人工的な刺激により雛のbeggingを誘発させて、状態の変化におけるbeggingの変化を検証した。Begging時の姿勢に関する点数(給餌総量に影響を与える)を測定し、指標として用いた。

その結果、空腹処理をしてからの時間が長くなるほど有意にbeggingが激しくなることが明らかになった。また、長期的に変動する状態もbeggingに反映することが示唆された。成長の程度の指標となる雛の翼長がbeggingの激しさと負の関係を持つことが示され、体の小さな雛の方が激しくbeggingすることが示された。これは、巣立ちまでに必要な総エネルギー量が同じであれば、体サイズが小さく、現時点でエネルギーの総量が低い雛の方がより多くの餌を必要とするためだと考えられた。

第4章では雛間競争がbeggingに与える影響を調べた。Beggingの進化に雛間競争が重要である可能性も指摘されており、ほかの雛の存在でbeggingが変化すると考えられている。この際に機能ごとに相互作用の方向性が異なり、給餌総量に関する機能では非競争的な相互作用が見られると予測されている。

他雛が存在することによって雛のbeggingが変化するか実験をおこなった。ある巣からランダムに2羽の雛を選び、空腹度を調整するために、両方の雛が満腹になりそれ以上食べなくなるまで人工給餌をした。その後一方の雛、または双方の雛に餌を与えずに雛の状態(=beggingの激しさ)を変化させた。相手の体サイズで戦略を変化させる可能性があるため、体サイズに差があるものとないものの二通りの実験を行った。指標としてはbegging時の姿勢の激しさ(給餌総量に影響を与える)を用いた。

その結果、体サイズに違いのある雛を用いた実験のうち、小さな雛のみを空腹にさせた場合と双方の雛を空腹にさせた場合では、他雛の存在によってbeggingの変化は起こらなかった。一方で、大きな雛のみを空腹にさせた実験では、他に雛が存在することで、大きな雛は1羽のときよりもbeggingを弱めることが示された。体サイズに違いのない雛の実験では、一方の雛のみを空腹にさせた場合のみ、ほかの雛の存在によりbeggingを弱めることが示された。

本章の結果から雛間の相互作用が検出できた。給餌総量の機能を持つbeggingについては、競争相手が自分より大きくない場合にbeggingを弱くするという相互作用が見られた。これは、体の大きな雛は競争能力が強く、常に巣内での餌配分多くすることができるために、巣内へ運ぶ餌量を増加させることに費やすエネルギーより競争に対してより投資をするからだと考えられる。

これまでの雛間相互作用の理論研究からは、競争相手のbeggingが強くなると自身のbeggingは強くなるという予測しかされてこなかったが、これは家族内に存在する対立が別々に検証されてきたことに由来している。複数の対立を同時に扱うモデルからはbeggingの機能ごとに異なる相互作用が想定されており、本研究ではそのような相互作用を実際に検出することができた。すなわち、複数の家族内対立を同時に扱うことが、給餌をめぐる各個体の行動のよりよい理解につながると考えられる。家族は動物社会の最小単位である。動物社会は利害が対立したり、重複したりする他個体と相互作用を行う必要が生じる。これまでに2者間の相互作用に関する研究は多くあるが、それ以上の個体の相互作用に関する研究は進んでいない。本研究は、利害が様々に絡み合う複数の個体間の相互作用に関する研究の基礎になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

動物の社会は複数の個体の相互作用によりなりたっており、その中でも個体間の資源の受け渡しに関する相互作用は、資源を得ることにより得られる利益が大きいため特に重要だと考えられている。動物社会の最小単位である家族内には、子の世話(資源)の配分をめぐり、1)親子間の対立、2)兄弟間の対立の2つがあることが知られている。この対立を解消する手段として注目されてきたのが、子が親に対して餌をねだるbegging行動であり、特に鳥類の雛で研究されてきた。鳥類の雛のbeggingには、巣全体への給餌量を高める機能(以下、給餌総量の機能)と、巣内での分配を高める機能(以下、分配の機能)の2つが考えられている。

Beggingに関する理論研究からは、雛どおしは競争相手のbeggingが激しくなると自身のbeggingを激しくすると予測されてきた。しかし、鳥類での実証研究からは、予測に反した結果も報告されており、なぜこのような矛盾が生じているかはこれまで検証されてこなかった。これは、給餌総量に関する機能(親子間の対立に影響)を用いた相互作用を考慮してこなかったことにあると指摘されている。雛間相互作用を正しく把握するためには、beggingの機能を特定しながら親と複数の兄弟の関係を同時に扱うことが重要になるが、そのような研究はなされてこなかった。本研究では、家族内に存在する複数の対立を同時に考慮することで、給餌時の親と子の行動を正しく理解することを目的とした。このために、ツバメ(Hirundo rustica)雛のbeggingに注目して、子同士がどのような相互作用を行なっているかを検証した。

Beggingは複数の機能を持つだけでなく、音声や動作などの複数の要素で構成されているため、まず、beggingの持つ2つの機能がどの要素と結びついているかを調べた。子のbeggingが親の給餌パターンに与える影響を調べる際に考慮すべきこととして、特定の給餌時点における親の給餌パターンが雛の現在の状態に関する情報のみを用いているか、または過去の情報も用いているかという問題がある。そこで複数の時間スケールを考慮した解析を試みた。その結果、親は餌を与える雛を決定する際には現在の情報のみを用い、より早くbeggingする雛に給餌を行なっていた。一方で、給餌頻度は雛の過去のbeggingに影響を受けており、過去に激しくbeggingした巣により多くの餌量をもたらすことが示唆された。ツバメ雛のbeggingには少なくとも給餌総量と分配の2つの機能があることが示唆された。

次に、ツバメ雛のbeggingがどのような状態で変化するかを調べた。先行研究から、beggingは、子の空腹度に影響を受けるだけでなく、巣立ちまでに必要なエネルギーといった長期に変動する状態によっても激しさが変化することが示されてきた。そこで、日齢や体サイズがさまざまに異なる雛の空腹度を変化させて、beggingの激しさを調べる実験を行なった。その結果、空腹処理をしてからの時間が長くなるほど有意にbeggingが激しくなることが明らかになった。また、雛の翼長がbeggingの激しさと負の関係を持つことが示され、体の小さな雛の方が激しくbeggingすることが示された。これは、巣立ちまでに必要な総エネルギー量は決まっており、体サイズが小さく、現時点でエネルギーの総量が低い雛の方がより多くの餌を必要とするためだと考えられた。

最後に雛同士がbeggingを介して相互作用を行なうか調べた。Beggingの進化に雛間競争が重要である可能性も指摘されており、ほかの雛の存在でbeggingが変化すると考えられている。そこで2羽の雛を同じ容器に入れ、雛が単独のときと比較してbeggingが変化するか調べた。この際、空腹度や体サイズの違う雛の組み合わせを複数用意した。その結果、競争相手が満腹で体サイズが自分と同じか小さいときに、ほかの雛の存在により給餌総量に影響を及ぼすbeggingを弱めることが示された。これは、体の大きな雛が巣内での分配をめぐる競争により投資をしていることが原因だと考えられる。この結果は、雛どおいがbeggingを解した相互作用を行なっていることを示している。

これまでの雛間相互作用の理論研究からは、競争相手のbeggingが強くなると自身のbeggingは強くなるという予測しかされてこなかったが、これは家族内に存在する対立が別々に検証されてきたことに由来している。本研究では、複数の家族内対立を同時に考慮した結果、雛間相互作用をより詳細に明らかにすることが可能になった。家族は動物社会の最小単位であり、動物社会では利害が対立したり、重複したりする他個体と相互作用を行なう必要が生じる。本研究から、beggingなどの情報伝達に用いられる信号が、動物社会内での利害の対立解消に与える重要性を示唆することができた。

以上より、本研究は、動物社会における家族内の親と子の行動のあり方を解明した重要な研究と考えられる。したがって、本研究は生態学および動物行動学などがかかわる科学分野の上で貢献するところが大きく、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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