学位論文要旨



No 126954
著者(漢字) 石原,孝
著者(英字)
著者(カナ) イシハラ,タカシ
標題(和) 北太平洋産アカウミガメの性成熟過程における生活史
標題(洋)
報告番号 126954
報告番号 甲26954
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3707号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員准教授 亀崎,直樹
 東京大学 教授 佐野,光彦
 東京大学 教授 樋口,広芳
 東京大学 准教授 岡本,研
 東京大学 准教授 佐藤,克文
内容要旨 要旨を表示する

第1章緒言

アカウミガメ (Caretta caretta)の北太平洋個体群の産卵地は日本に存在し、幼体は太平洋を横断し、カリフォルニア半島沿岸を摂餌域として成長する。その後、再び太平洋を横断し日本近海に戻ってくる。しかし、太平洋を広く使った生活史の中で、どの時期に性成熟が始まり、いつ完了するのかは明らかになっていない。そこで,本研究では北太平洋産アカウミガメの性成熟過程における生活史を明らかにするため,第2章で甲長と性成熟の関係について,第3章で性成熟と二次性徴、特に二次性徴の性的二型の形質である尾部伸長について,第4章で日本近海へ戻る甲長と性成熟階級について,第5章で性成熟年齢と成長速度について論じた。また、本研究の成果を交えながら、第6章ではウミガメ類全般の生活史についてまとめ,第7章では得られた知見に基づき保全に関する提言を行った。

第2章性成熟のはじまる甲長と性成熟が完了する甲長

日本で産卵するアカウミガメについて,甲長と生殖腺の性成熟状態との関連を様々な甲長の死亡個体を得て調べ,性成熟のはじまる甲長と性成熟が完了する甲長を明らかにした.試料としたのは死亡して間もない152個体のアカウミガメで,標準直甲長 (SCL: straight carapace length)を計測した後,解剖して性と性成熟階級を判別した.性成熟階級は性成熟を開始している個体を幼体,性成熟の過程にある個体を亜成体,性成熟の完了している個体を成体とした.また,精子の確認された生存個体8個体を成体の雄とみなし試料に加えた結果、雄は合計54個体,雌は106個体になった。

幼体,亜成体,成体のすべての性成熟階級で甲長に性差は見られず,以降の解析は雌雄を合わせて行った.性成熟がはじまるSCLの範囲を亜成体の最小値から幼体の最大値までとし,性成熟が完了するSCLの範囲を成体の最小値から亜成体の最大値までとすると,それぞれ636-750mm,738-853mmであった.また,これらの範囲の中で半数の個体で性成熟がはじまる甲長と,性成熟が完了する甲長を推定するため,幼体と亜成体,亜成体と成体の割合を求め,ロジスティック曲線で回帰した.その結果,半数が性成熟をはじめるSCLは 660mm,半数が性成熟を完了するSCLは821mmと求められた.

第3章雄の尾部伸長と性成熟

カメ類の雄では二次性徴の発現を代表する形態変化として尾部の伸長がある.アカウミガメもその例外ではなく,尾部の伸長は性成熟の進行状況を測る指標として期待される.そこで,第3章では北太平洋のアカウミガメについて性成熟状態と甲長および尾長との関連について検討した.

試料として用いたのは定置網で捕獲された128個体のアカウミガメで,第2章と同様に性と性成熟階級を分類した結果,幼体は雄が5個体で雌が8個体,亜成体は雄が29個体で雌が55個体,成体が雄11個体で雌20個体であった.これらの個体はSCLと尾長 (TL: tail length)が計測され,SCLに対するTLの長さを示す相対尾長 (rTL: relative tail length, TL/SCL)が求められた.また,尾部の伸長の程度を表すため,TLの相対成長係数を求めた.相対成長係数とはY=b・Xaで示される定数aのことであり,定数aが1以上ならば優成長とした.

rTLは幼体では雌雄で差が認められなかったが,亜成体や成体では明確に雄の方が長く (p < 0.001, Mann-Whitney U-test),亜成体になった後に雄の尾部が伸長することが明らかになった.雄の尾部伸長の開始点を雌雄の尾長に違いが現れはじめる点とし,雌雄それぞれに亜成体および成体のデータからSCLとrTLとの回帰直線の交点を求めたところ,雄の尾部伸長がはじまるSCLは670mm,その時のrTLは0.155と求められた.

また,SCLに対するTLの相対成長係数から雄の尾部伸長は亜成体の時期が顕著で (a=4.3898, n=29, r2=0.5542, p < 0.01, 無相関検定),成体になってからも伸長し続けることが示唆された.また、雌の亜成体と成体をあわせて相対成長係数を求めると,雄ほど顕著ではないものの性成熟とともに尾部が伸長することが示され (a=1.7528, n=83, r2=0.3366, p < 0.01, 無相関検定)、雌にとっても尾部が伸長することに繁殖活動に関わる機能的な意義があると考えられた.

第4章繁殖海域である日本近海への再加入サイズ

日本は北太平洋唯一のアカウミガメの産卵地であり,成熟した雌が生息することは明らかである.しかし,未成熟の個体や雄の生態については断片的な情報がいくつかあるにすぎない.そこで,本章では定置網で捕獲されたアカウミガメから,日本近海に生息するアカウミガメの甲長分布や生活史における性成熟の段階を明らかにし,日本近海へ戻ってくる甲長や性成熟段階について議論した.

試料としたアカウミガメは高知県室戸市の大型定置網で2002年7月から2009年11月までの期間に無作為に捕獲された1392個体である.これらの個体は計測したSCLの値によって,孵化幼体,幼体,亜成体,成体の4つの性成熟階級に分類された.分類の基準となるSCLには第2章で求めた半数が性成熟をはじめるSCL 660mmと半数で性成熟が完了するSCL 821mm,さらに、日本の孵化個体の平均値42mmを用いた.捕獲されたアカウミガメのSCLは757±67 (SD)mm (range: 563-1050mm)で,SCLの分布は単峰性を示した。これらの個体を性成熟段階で分けると亜成体が全体の77.7% (1081個体)を占めた.

SCLの分布から,アカウミガメはSCLが560-570mmで日本近海に出現し始め,740-750mmで最頻値を迎えるまで増加し,その後減少に転じた.ここでの増加要因は日本近海への再加入であり,主にSCL 560-750mmの幼体の後期から亜成体の個体が日本近海に再加入すると推察された.また,北太平洋のアカウミガメが摂餌域の一つとして過ごすカリフォルニア半島沿岸では,SCLの分布から500-700mmに達した頃に沿岸を離れはじめると示唆され,日本近海に再加入する個体とのSCLの差や,先行研究で明らかにされた北大西洋での成長速度や衛星発信器による追跡の軌跡から,カリフォルニア半島から日本までは1-2年で太平洋を横断することが示唆された.

第5章北太平洋における成長速度と性成熟年齢

本章では,性成熟を完了する年齢を上腕骨に残された成長停止線 (LAG: lines of arrested growth)から骨年代学的手法で推定し,さらに日本近海に生息するアカウミガメが性成熟を完了するまでの成長速度を明らかにした.

試料は日本国内で混獲死および死亡漂着したアカウミガメの雄27個体,雌42個体,性の判別ができなかった個体10個体の計79個体の上腕骨を用いた.LAGを観察するため,上腕骨から厚さ1mm以下の切片を切り出し,LAGの半径と幅を計測した.LAGは1年に1本できるとされており,LAGの幅はSCLの1年あたりの成長量に比例した.

成長速度はBack Calculation protocolでLAGの幅から逆算し,当時のSCLをLAGの半径から求めた.個体ごとの年齢はCorrection Factor protocolで求めたが,年齢が過大に推定されるおそれがあるため,Regression Growth protocolではvon Bertalanffyの成長式を求め,SCLまたは上腕骨の幅と年齢との関係式から年齢を推定した.

各個体から9.3±4.3本 (range: 3-20),合計で732本のLAGが確認され,653箇所でLAGの幅が算出された.Back Calculation protocolで求めた成長速度の平均は13.9±7.8 (SD)mm/year (range: 0.0-64.5)であり,求められた当時のSCLは694±75 (SD)mm (range: 374-935, n=732)であった.Regression Growth protocolでは成熟する年齢を,第2章で求めた性成熟を完了するSCL 821mmから求めた結果,37歳と推定された.同様に,日本近海に再加入する年齢は18-31歳と推定された.Correction Factor protocolでは,成熟した個体では雄が38, 46, 47歳 (n=3)で雌が43±11歳 (n=15, range: 22-61)であった.また,成熟した個体は未成熟の個体よりも構成年齢が高かく,SCLも大きかったが (p < 0.05, Mann-Whitney U-test),SCLが大きければ年齢が高いという関係は成り立たなかった.(p > 0.05, 無相関検定).このことは,同じ個体群においても成長と性成熟にばらつきがあることを示唆している。

第6章ウミガメ類の生活史-成長と生息域-

第6章ではアカウミガメの生活史を他のウミガメ類の生活史と比較して,ウミガメ類全般の生活史について論じた.

第7章総合考察

日本近海はアカウミガメの幼体の後期から成体までが利用している.すなわち,繁殖に都合の良い場所であるだけでなく,アカウミガメの生息環境として適していることが示唆された.また,性成熟するまでに孵化して方37-43年もの年月が必要であることが明らかになり,将来にわたって個体群を維持するためには,産卵個体や産み落とされた卵や孵化幼体だけでなく,日本近海に再加入した未成熟な幼体や亜成体の生態も注視する必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

アカウミガメ(Caretta caretta)の北太平洋個体群の産卵地は日本に存在し,幼体は太平洋を横断し,カリフォルニア半島沿岸を摂餌域として成長する.その後,再び太平洋を横断し日本近海に戻ってくる.しかし,太平洋を広く使った生活史の中で,どの時期に性成熟が始まり,いつ完了するのかは明らかになっていない.そこで,本研究では北太平洋産アカウミガメの性成熟過程における生活史を明らかにするため,高知県室戸市および三重県北牟婁郡紀北町に設置された大型定置網で混獲されたアカウミガメを用い,生殖腺の性成熟状態と甲長(SCL: straight carapace length),年齢および雄の二次性徴の形態的特徴を代表する尾部伸長との関係を明らかにした.

まず,性成熟のはじまるSCLと性成熟が完了するSCLを明らかにするため,解剖等により性成熟段階の明らかな雄54個体,雌106個体になった.性成熟段階は性成熟の始まっていない幼体,性成熟の進行する過程にある亜成体,性成熟の完了した成体に分類され,すべての性成熟段階でSCLに性差は見られなかった.性成熟がはじまるSCLの範囲を亜成体の最小値から幼体の最大値までとし,性成熟が完了するSCLの範囲を成体の最小値から亜成体の最大値までとすると,それぞれ636-750mm,738-853mmであった.また,これらの範囲の中で半数の個体で性成熟がはじまる甲長と,性成熟が完了する甲長を推定するため,幼体と亜成体,亜成体と成体の割合を求め,ロジスティック曲線で回帰したところ,それぞれのSCLは660mmと821mmと求められた.

次に,性成熟状態と甲長および尾長との関連について検討した.これらの個体はSCLと尾長 (TL: tail length)が計測され,SCLに対するTLの長さを示す相対尾長 (rTL: relative TL, TL/SCL)が求められた.雄の尾部伸長の開始点を雌雄の尾長に違いが現れはじめる点とし,雌雄それぞれに亜成体および成体のデータからSCLとrTLとの回帰直線の交点を求めたところ,雄の尾部伸長がはじまるSCLは670mm,その時のrTLは0.155と求められた.

また,高知県室戸市の大型定置網で捕獲された1392個体を用い、日本近海に生息するアカウミガメの甲長分布や生活史における性成熟の段階を明らかにし,日本近海へ戻ってくる甲長や性成熟段階について議論した.先ほど求めた半数が性成熟をはじめるSCL 660mmと半数で性成熟が完了するSCL 821mmを基に便宜的にSCLから性成熟段階を判別した.その結果,亜成体が全体の77.7% (1081個体)を占めることが示された.また,SCLの分布から,アカウミガメはSCLが560-570mmで日本近海に出現し始め,740-750mmで最頻値を迎えるまで増加し,その後減少に転じた.ここでの増加要因は日本近海への再加入であり,主にSCL 560-750mmの幼体の後期から亜成体の個体が日本近海に再加入すると推察された.

続いて,性成熟を完了する年齢を上腕骨に残された成長停止線 (LAG: lines of arrested growth)から骨年代学的手法で推定し,さらに性成熟を完了するまでの成長速度を明らかにした.LAGが各個体から9.3±4.3本(3-20本),合計で732本が確認され,653箇所でLAGの幅が算出された.成長速度をLAGの幅から求めたところ、SCLが大きくなる毎に成長速度は低下し,SCL 500-600mmでは20.7±12.4mm/year,SCL 800-900mmでは11.2±5.4mm/yearとなった.年齢はRegression Growth protocolとCorrection Factor protocolを用いて推定され、日本近海への再加入はそれぞれ18-31歳あるいは16歳以降、性成熟の完了する平均年齢はそれぞれ37歳あるいは43±10歳 (n=18, range: 22-61)であった.

以上の結果を基に南太平洋や北太平洋の個体群と比較すると,北太平洋のアカウミガメは繁殖海域へ再加入する甲長は北大西洋の個体群より大きく,他個体群より性成熟甲長は小さいものの,性成熟年齢は高いことが示された.また,北太平洋のアカウミガメの保全を考える上で,日本近海での大半を占める亜成体期の個体の死亡率を軽減していくことが重要であると考えられた.これらの成果は北太平洋のアカウミガメの生活史研究を前進させ,本種の保全にも寄与すると考えられる.従って,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた.

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