学位論文要旨



No 126955
著者(漢字) 土屋,一彬
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,カズアキ
標題(和) 都市近郊における多様な主体による里山の保全と管理に関する研究
標題(洋)
報告番号 126955
報告番号 甲26955
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3708号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 准教授 大黒,俊哉
 東京大学 准教授 青柳,みどり
 東京大学 准教授 山本,勝利
 明治大学 教授 倉本,宣
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景と目的

都市近郊に残存する樹林地の多くは、農村景観の構成要素であった里山を起源としている。こうした里山由来の樹林地は、都市圏の緑地基盤として重要であり、積極的に保全すべき対象として考えられてきた。また、生物相の保全、伝統的景観の維持、レクリエーション利用といった観点から、従来の薪炭林や農用林としての管理に代わる植生管理の継続が求められている。保全地域の担保に関して、地方公共団体の条例整備などにより保全地域の拡大は進んでいるものの、管理の放棄は常態化している。新たな管理の担い手として地方公共団体や市民団体の役割が期待されるが、管理の範囲・内容は依然として限定されている。そのため、土地所有者に加えて地方公共団体、市民団体による管理の範囲を拡大し、管理の内容を向上させるための制度的枠組みの整備が求められている。

制度的枠組みの検討にあたって、都市近郊における里山のどの範囲の管理を行うのかを空間的に捉える視点と、里山をどのような制度で確保するのかという制度内容の視点が、上記のどの主体が管理を行うのかという観点に加えて必要であると考えられる。しかし、既往の研究において、各主体が行う里山管理は空間と制度内容を組み合わせた視点から十分に検討されておらず、そのため、土地の確保と管理の推進に有効な制度および各主体の役割をふまえた、里山保全のための計画論の展開につながってこなかった。

そこで本研究では、里山管理の範囲・内容とその規定要因を、空間的な分析、関連制度内容の分析、管理主体の活動分析を統合的に把握することで、各主体による管理を促進させるための制度的枠組みを提示することを目的とした。具体的には、まず里山の分布と、政策類型に応じた指定範囲や市民団体活動数の解明を通して、地方公共団体や市民団体の管理範囲の拡大に寄与する要因を把握した。つぎに、市街化状況、政策類型、管理主体に応じた管理状態の比較を通して、その規定要因を把握した。さらに、市民団体の活動や参加者の経験に関する実態解明を通して、主体間の関係が里山管理にどのように影響しているかを把握した。最後に、これらの結果をふまえて、里山保全のために、空間的要因、保全制度、各主体の役割をどのように組み合わせていくことが有効であるかを検討した。

本研究の対象地は、東京都市圏西部に位置する川崎・町田・八王子各市の多摩丘陵部分とした。対象地の選定理由は、丘陵地という同一の自然立地条件であり、里山管理に関する基礎的な条件が共通するとみなせるため、また、保全政策展開や市街化の状況などが多様であり、管理を空間・制度・主体の観点から検討するのに適しているためである。

2.保全政策の展開と各主体による管理の範囲

里山の分布状況、地方公共団体による保全政策の展開、および管理に関わる主体とその管理の範囲について把握するために、植生図などの地図資料と、保全制度や市民団体の活動などに関する行政資料を用いて、保全制度の適用範囲および各主体による管理の範囲を解析した。保全制度については、地方公共団体による管理に影響する土地の確保の強さの観点から、公園緑地指定に基づく「公有地型」、土地所有者の申出に応じて土地を必ず購入する「買入れ型」、購入が可能な「買入れ可能型」、購入に関する規定のない「買入れ無し型」の4つに類型化した上で、これら政策類型ごとの指定面積の変化と市民団体数を把握した。

その結果、解析の対象とした2007年の時点で、公有地型および買入れ型に指定されている箇所が、対象地に残存する里山の2割程度にのぼることがわかった。各市で主に用いられている政策類型は異なり、川崎市では買入れ型が、町田市では買入れ可能型が、八王子市では公有地型が、他市と比較して高い面積割合で指定されていた。これは、保全指定に基づく土地の買入れに関する予算規模が市によって異なることが要因であると考えられた。市民団体の活動数も、指定面積割合と同様、川崎市で買入れ型、町田市で買入れ可能型、八王子市で公有地型において最も多かった。これは、川崎市や町田市において、積極的な買入れによって地方公共団体が管理を行うべき範囲が広がったために、活動開始支援などとあわせて市民団体による管理を推進している一方、八王子市においてはそのような買入れがみられず、市民団体に関しては公有地型における支援に留まっていることが原因であると考えられた。すなわち、土地の買入れに関する予算の規模の違いは、保全指定に基づく管理範囲の拡大のみならず、市民団体による管理範囲の拡大にも寄与していることが示唆された。

3.各主体の林床管理状況の差異とその規定要因

市街化状況、保全政策、管理主体に応じた管理状況の違いを把握するため、上記条件の異なる里山を階層サンプリングした上で、対象地において普遍的な管理内容である下刈りの状況に関する現地調査を実施し、その規定要因を分析した。下刈りの状況は、アズマネザサの稈高を指標として把握した。都市計画区域の区分、政策類型、管理主体に加え、傾斜度、斜面方位、斜面上の位置、地方公共団体を説明変数とし、稈高の違いに与える影響を回帰木により解析した。都市計画区域の区分は、事前の分析において市街化区域の里山の周辺で調整区域に比べ市街地の割合が高かったため、周辺の市街化状況の指標として用いた。あわせて、保全指定のもとで各主体が行う管理に関する規定とその運用実態について、地方公共団体を対象とした聞き取り調査を行った。

回帰木の結果、一回目で地方公共団体および市民団体が土地所有者より、二回目で市民団体が地方公共団体より、三回目で地方公共団体のうち市街化区域が調整区域より低い稈高として分枝された。政策類型と管理主体の組み合わせごとに稈高を比較した結果、市街化区域では、地方公共団体や市民団体が管理を行う場所の稈高が土地所有者に比べて有意に低かった。調整区域では、市民団体が管理を行う場所の稈高は土地所有者に比べて有意に低いものの、地方公共団体の保全指定箇所での管理は、土地所有者と同水準の稈高であった。聞き取りの結果、管理計画がある一部を除き、地方公共団体として積極的な管理は行っておらず、市民団体や土地所有者の管理が規定されている場合でも、管理状況の確認や管理促進の指導などは行われていないことがわかった。

地方公共団体が調整区域の保全指定箇所において管理の程度が低いのは、施策において明確に管理内容が規定されていないことなどが要因として考えられた。市民団体が管理を行う場所が一貫してよく管理された状態にあるのは、同一箇所で数年にわたり継続して活動を行ってきたためと考えられた。

4.市民団体が行う管理の範囲・内容とその規定要因

市民団体のうち、活動場所の地方公共団体、政策類型が多様な12団体を対象に,下刈り以外も含めた管理内容の違いと、団体と活動参加者の観点からみたその規定要因を把握するため、代表者への半構造化形式での活動内容などに関する聞き取りと、活動参加者への管理の経験などに関する調査票調査を実施した。

その結果、管理内容については、下刈りと間伐の実施は共通するものの、皆伐は2団体、炭焼きは3団体のみの実施であった。皆伐を行う団体は、炭焼きの実施、公有地型での活動、地方公共団体などによる施設整備や農家による技術指導が共通していた。活動参加者は、活動の場での個別の技術指導に加え、川崎市の公園緑地における活動開始時の職員による技術指導や、東京都の保全地域での活動団体を対象とした講習会などを通して、里山管理に関する技術習得を行っていた。一方で、活動開始から10年以上経過した団体の多くで、参加者の高齢化が問題として認識されるようになり、新規参加者の少ない団体では、搬出などの体力の必要な管理内容が廃止・縮小されていた。活動参加経緯は、団体関係者に呼びかけられての参加が最も多く、地方公共団体の案内や紹介に基づく参加はあまり行われていなかった。

以上から、市民団体による里山管理の内容は、個々の団体への地方公共団体など他の主体からの関与に規定されていると考えられた。また、参加者の継続的な獲得と技術習得は、管理内容の維持向上の観点から重要であると考えられた。技術習得には地方公共団体の施策の影響が認められたが、参加者の継続的な獲得には、地方公共団体による育成講座などの施策が必ずしも貢献していないことが示唆された。

5.総合考察

本研究では、従来明確でなかった、各主体の里山管理の範囲と内容と、空間的な要因との関係性を明らかにした。また、制度内容の分析と関連づけたことにより、里山保全に関する政策類型が、地方公共団体や市民団体による管理の範囲をも規定していることが示された。さらに、市民団体の活動分析を通して、管理内容の維持向上に、地方公共団体など他の主体の関与が関係していることが明らかとなった。

以上を踏まえ、各主体による管理の促進手段を考察した。地方公共団体については、予算の担保とあわせ、地方公共団体として行うべき管理を施策に明確に位置づけることが必要であると考えられた。市民団体については、土地の買入れと活動開始支援を組み合わせた取り組みの推進や、新規参加者を継続的に獲得していく仕組みの整備が有効であると考えられた。土地所有者については、制度上の規定だけでなく、管理実態の評価に応じた助成などを充実させる必要があると考えられた。

上記の知見は、本対象地以外も含めた大都市近郊における里山の保全を今後推進していくための制度的枠組みとして、汎用性を有すると考えられる。すなわち、地方公共団体による里山の漸次的な買入れによる確保を前提に、市民団体への活動開始時およびその後の継続的な支援を組み合わせていくことが、土地の確保と管理促進の両立に重要であると結論づけられた。今後は、他地域の事例を収集し分析していくことで、都市近郊里山の保全に向けたより確固たる制度的枠組みを構築していく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

都市近郊に残存する樹林地の多くは、農村景観の構成要素であった里山を起源としている。こうした里山由来の樹林地については、生物相の保全、伝統的景観の維持、レクリエーション利用といった観点から、従来の薪炭林や農用林としての管理に代わる植生管理の継続が求められている。しかし、地方公共団体の条例整備などにより保全地域の拡大は進んでいるものの、土地所有者による管理の放棄は常態化している。新たな管理の担い手として地方公共団体や市民団体の役割が期待されるが、管理の範囲・内容は依然として限定されている。そのため、土地所有者に加えて地方公共団体、市民団体による管理の範囲を拡大し、管理の内容を向上させるための制度的枠組みの整備が求められている。

本研究は、このような問題意識に基づき、各主体の里山管理の範囲・内容とその規定要因を、関連制度内容の分析と管理主体の活動分析を統合して把握することで、各主体による管理を促進させるための制度的枠組みを提示することを目的とした。具体的には、まず保全政策類型に応じた指定面積や市民団体活動数の解明を通して、地方公共団体や市民団体の管理範囲の拡大に寄与する要因を把握した。つぎに、市街化状況、政策類型、管理主体に応じた林床管理状態の比較を通して、その規定要因を把握した。さらに、市民団体の活動や参加者の経験に関する実態解明を通して、主体間の関係や参加者の動向が市民団体による里山管理の内容にどのように影響しているかを把握した。最後に、これらの結果をふまえて、各主体による管理を促進していくための手段と、都市近郊において里山管理を促進していくための制度的枠組みのあり方を検討した。

研究対象地である川崎・町田・八王子各市の多摩丘陵部分において、地方公共団体による保全政策が各主体の管理範囲をいかに規定しているかを把握するために、保全政策の適用範囲および各主体の管理範囲を解析した。土地の確保の方法の違いから保全政策を公有地型、買入れ型、買入れ可能型、買入れ無し型の4つに類型化した上で、これら政策類型ごとの指定面積と市民団体数を把握した。その結果、川崎市では買入れ型が、町田市では買入れ可能型が、八王子市では公有地型が、他市と比較して高い面積割合で指定されていた。市民団体の活動数も、各市において指定面積割合と同様の類型において最も多かった。これは、川崎市や町田市において、積極的な買入れによって地方公共団体が管理を行うべき範囲が広がったために、活動開始支援などとあわせて市民団体による管理を推進している一方、八王子市においてはそのような買入れがみられず、市民団体に関しては公有地型における支援に留まっていることが原因であると考えられた。すなわち、土地の買入れに関する予算の規模の違いは、保全指定に基づく管理範囲の拡大のみならず、市民団体による管理範囲の拡大にも寄与していることが示唆された。

次に、市街化状況、保全政策、管理主体に応じた林床管理状況の違いを把握するため、下刈り状況に関する現地調査をアズマネザサの稈高を指標として実施し、その規定要因を分析した。稈高を目的変数とした回帰木の結果、一回目で地方公共団体および市民団体が土地所有者より、二回目で市民団体が地方公共団体より、三回目で地方公共団体のうち市街化区域が調整区域より低い稈高として分枝された。政策類型と管理主体の組み合わせごとに稈高を比較した結果、市街化区域では、地方公共団体や市民団体が管理を行う場所の稈高が土地所有者に比べて有意に低かった。調整区域では、市民団体が管理を行う場所の稈高は土地所有者に比べて有意に低いものの、地方公共団体の保全指定箇所での管理は、土地所有者と同水準の稈高であった。地方公共団体が調整区域の保全指定箇所において管理の程度が低いのは、施策において明確に管理内容が規定されていないことなどが要因として考えられた。市民団体が管理を行う場所が一貫してよく管理された状態にあるのは、同一箇所で数年にわたり継続して活動を行ってきたためと考えられた。

林床管理の状況から今後の主要な管理主体として期待される市民団体12団体を対象に、団体ごとの管理内容の違いとその規定要因を把握するため、代表者への半構造化形式での活動内容などに関する聞き取りと、活動参加者への管理の経験などに関する調査票調査を実施した。その結果、管理内容については、下刈りと間伐の実施は共通するものの、皆伐と炭焼きは一部団体のみの実施であった。皆伐を行う団体は、炭焼きの実施、地方公共団体などによる施設整備や農家による技術指導が共通していた。活動参加者は、活動開始時は地方公共団体職員による技術指導を通して、活動開始時以降は団体内の個別の技術指導を通して、管理に関する技術習得を行っていた。以上から、市民団体の管理内容は、地方公共団体など他の主体からの関与に規定されていると考えられた。また、活動開始から10年以上経過した団体の多くで、参加者の高齢化が問題として認識されるようになり、新規参加者の少ない団体では、伐採した樹木の搬出などの体力の必要な管理内容が廃止・縮小されていた。このことから、参加者の継続的な獲得は、管理内容維持の観点から重要であると考えられた。

以上を踏まえ、各主体による管理の促進手段を考察した。地方公共団体については、予算の担保とあわせ、地方公共団体として行うべき管理を施策に明確に位置づけることが必要であると考えられた。市民団体については、土地の買入れと活動開始支援を組み合わせた取り組みの推進や、新規参加者を継続的に獲得していく仕組みの整備が有効であると考えられた。土地所有者については、制度上の規定だけでなく、管理実態の評価に応じた助成などを充実させる必要があると考えられた。上記の知見は、本対象地以外も含めた大都市近郊における里山の保全を今後推進していくための制度的枠組みとして、汎用性を有すると考えられる。すなわち、地方公共団体による里山の漸次的な買入れによる確保を前提に、市民団体への活動開始時およびその後の継続的な支援を組み合わせていくことが、土地の確保と管理促進の両立に重要であると結論づけられた。

以上、本研究より、保全政策の展開が地方公共団体や市民団体が管理を行う範囲の拡大に貢献しているものの、地方公共団体については施策上の位置づけの不在から、市民団体については参加者の高齢化などの理由から、管理内容やその継続に課題がみられることが明らかになった。また、こうした知見をもとに、今後、都市近郊において地方公共団体や市民団体による里山管理を促進させていくための具体的な制度的枠組みを提示した。これらの成果は、これまで都市近郊における緑地保全の計画論の中心であった土地の確保に関する議論に、土地の管理の観点を組み合わせて発展させたものとして評価できる。よって審査委員一同は、博士(農学)の学位を与えるに十分値する論文であると判断した。

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