学位論文要旨



No 126956
著者(漢字) 吉岡,明良
著者(英字)
著者(カナ) ヨシオカ,アキラ
標題(和) 外来植物の侵入がハビタット改変を通じてジェネラリスト植食性昆虫に与える影響
標題(洋) Impacts of non-native plant invasion on generalist insect herbivores through habitat modification
報告番号 126956
報告番号 甲26956
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3709号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鷲谷,いづみ
 東京大学 教授 樋口,広芳
 東京大学 教授 高村,典子
 東京大学 准教授 宮下,直
 東京大学 准教授 吉田,丈人
内容要旨 要旨を表示する

序論

侵略的外来種の侵入は, 気候変動, ハビタット(生息場所)の喪失・分断化などともに生物多様性と生態系サービスを脅かす主要な要因であると考えられている. 特に侵略的外来植物の侵入は, 生態系の基盤となっている在来植生を別の植生に置き換え, 栄養段階上位の在来生物群集全体に大きな影響を及ぼす可能性がある. そのため, 侵略的外来植物と栄養段階上位の在来種との相互作用を理解することは, 生物多様性の保全・再生の計画や実践の前提として重要である.

一般に, 生物間相互作用を評価する際に重要なことは「スペシャリスト」と「ジェネラリスト」を区別することである. 進化の歴史を共有する特定の種に対して特殊な適応をしているかどうかによって, 新たに外来種との間に生じる生物間相互作用のあり方が異なると考えられるからである.

餌とハビタットを植物に依存する植食性昆虫は, 外来植物の侵入に敏感に反応する. 一方で、上位捕食者にとっては, 餌資源として重要な存在である. 狭食性(フードスペシャリスト)の種は外来植物侵入に負の応答を示すことが予想され, 実際にそのような事例が報告されている. それに対して, 広食性の種(フードジェネラリスト)については, 侵入種と侵入先の系に応じて正負両方の応答が報告されている.

侵略的外来植物の植食性昆虫への影響としては, 餌資源となる在来植物種を競争排除するという栄養的なプロセスに加え, 物理的なハビタット構造の改変という非栄養的なプロセスを介した影響も知られている. 植食性昆虫がハビタットスペシャリストかどうか, 外来植物侵入がそれらのハビタットを喪失させるか, あるいは新たなハビタットを提供するかにより, フードジェネラリスト昆虫の外来植物への反応が異なることが予想される. また, 地域に侵入した外来植物は, 少なくとも侵入初期は空間的に不均一に分布することから, 外来植物がつくるハビタットの空間構造も植食性昆虫の反応に影響する可能性がある.

本研究では侵略的外来植物によるハビタット改変がフードジェネラリスト植食者にもたらすと考えられる生物間相互作用を介した影響について, 次の2つの仮説を検討することを目的とした.

1)フードジェネラリストであっても, ハビタットスペシャリストである植食者は外来植物侵入によって負の影響を受ける場合がある.

2)フードジェネラリストの在来植食者が外来植物のパッチをハビタットとして利用する際, その空間配置が在来植食者の動態に影響する場合がある.

1)の仮説に関しては, 植生構造が比較的単純でハビタット改変の効果を検討しやすい系として, 侵略的外来牧草のシナダレスズメガヤが侵入している栃木県鬼怒川中流の河川域(第2, 3章)を調査地に選んで検証を試みた.

仮説2)に関しては, 外来牧草ネズミムギを転作作物として栽培する調整水田がパッチ状に分布している, 宮城県大崎市田尻地区の水田地帯(第4, 5章)を調査地として研究を実施した.

第2章 シナダレスズメガヤの侵入が在来バッタ群集に与える影響

栃木県鬼怒川の砂礫質河原において, 代表的なフードジェネラリストであるバッタの在来群集のハビタット要求性を把握し, きわめて侵略性の高い外来牧草シナダレスズメガヤが, それら要求性を異にするバッタ類に及ぼす影響を検討した.

本来, 氾濫の頻度に応じて植被のまばらな砂礫地と在来草地が見られる河原に調査地を設定し, 侵入初期に作成された植生図をもとにシナダレスズメガヤ侵入前のハビタットタイプ(砂礫地と在来草地の2タイプに分類)を判別して地図化した. 侵入前のハビタットタイプと現況のシナダレスズメガヤ被度が相関しないように53の調査区(10m×10m)を設置し, シナダレスズメガヤの被度ならびにバッタの種および個体数を調査した. その結果をもとに, いずれかのハビタットタイプに有意に高い結びつきを示す種(5種)をハビタットスペシャリスト, それ以外の種をハビタットジェネラリスト(7種)と分類した.

ハビタットスペシャリストのバッタ種の個体数は, 5種すべてにおいてシナダレスズメガヤの被度と負の関係を示した. それに対してハビタットジェネラリスト7種のうち負の影響がみられたのは2種のみであった. すなわち, ハビタット要求性の高いバッタほどシナダレスズメガヤの負の影響を受けやすいという仮説が支持された.

第3章 シナダレスズメガヤの侵入によるカワラバッタの餌資源とハビタットの減少

本章では植生構造が単純である植被がまばらな砂礫地において, 砂礫地のスペシャリストであるカワラバッタにシナダレスズメガヤが与える負の影響(第一章)のメカニズムを検討した. メカニズムとしては, (1)餌資源として利用, (2)在来植物の排除による餌資源の制限, (3)優占群落形成によるハビタット改変作用のうちいずれか, もしくはこれらが同時に関与していると想定される.

2006年夏に調査地においてカワラバッタの行動を追跡調査したところ, シナダレスズメガヤが密生する群落には入らないこと, 主な餌はシナダレスズメガヤによって競争排除されている河原固有植物であることが観察された. 室内摂食実験からは, カワラバッタは河原固有植物を好み, シナダレスズメガヤは, 唯一の餌として与えられた場合でもほとんど摂食しないことが示された.

シナダレスズメガヤの被度と河原固有植物の被度の異なる10m×10m調査区22地点でのセンサスでは, 餌資源となる河原固有植物が少ない場所ではカワラバッタも少ないが, シナダレスズメガヤが優占する場所では河原固有植物の被度に関わらずカワラバッタが少ないことが示された.

以上のことから, シナダレスズメガヤの影響のメカニズムとしては, (2)と(3)の両方が寄与していると考えられた. 行動観察とセンサスの結果はハビタット改変作用がとりわけ重要であることを示唆する. 侵略的外来植物の優占は, ハビタット改変を介してハビタットスペシャリストの行動を変え, その分布に顕著な短期的影響をもたらすことが示唆された.

第4章 外来牧草ネズミムギによる在来イネ害虫アカスジカスミカメの促進効果

近年, イネ害虫として注目されるようになったアカスジカスミカメは, 広範なイネ科・カヤツリグサ科植物の穂を餌資源およびハビタットとする在来フードジェネラリストである. アカスジカスミカメは水田では個体群を維持できず, 減反政策で増加した外来牧草ネズミムギが栽培されている調整水田やイネ科雑草が繁茂する休耕地を発生源(ソースハビタット)としていると推測されている.

本研究では環境保全型の冬期湛水稲作が行われている宮城県大崎市田尻地区を調査地とし, ネズミムギが栽培されている調整水田および休耕地でアカスジカスミカメの密度とイネ科・カヤツリグサ科植物各種の穂密度の関係を調べた. 水田侵入前の二世代, すなわち越冬世代と第一世代の両方において, アカスジカスミカメの密度はネズミムギの穂密度と正の関係を示し, 水田侵入直前のソース個体群にとってネズミムギは特に重要なハビタットを提供していることが示唆された.

第5章 在来ジェネラリスト植食性昆虫への外来牧草のランドスケープレベルの影響

宮城県大崎市田尻地区の農業ランドスケープにおいては, 牧草を導入した調整水田の配置に応じて外来植物ネズミムギの優占群落が空間的に不均一(パッチ状)に分布している. スペシャリスト植食者のメタ個体群ではそのようなハビタットパッチの空間配置に個体群サイズが非線形な影響を受けることが知られている.

本章では, 水田侵入直前のアカスジカスミカメおよびイネ科・カヤツリグサ科植物のデータ(局所レベルの調査, 第4章)と, ランドスケープレベルで調査したネズミムギのパッチ(空間的に連続し, 均一な管理が行われているネズミムギが優占した農地と定義)・休耕地, 樹林の空間分布のデータを用いてネズミムギの空間的な影響を分析した. アカスジカスミカメの密度は局所レベルでのネズミムギの穂密度だけでなく, 周辺200-300m内の刈り取られていない, すなわち穂をつけているネズミムギパッチの面積と正の関係を示した. 以上のことから, ジェネラリスト植食者の個体群も, 特定の外来植物種の一時的な空間配置から影響を受けることが示唆された.

結論

本研究では2つのモデルシステムにおいて, 次の2つの仮説が支持された.

1)フードジェネラリストであっても, ハビタットスペシャリストである植食者は外来植物侵入によって負の影響を受ける場合が存在する.

2)フードジェネラリストの在来植食者が外来植物のパッチをハビタットとして利用する際, その空間配置が在来植食者の動態に影響する場合が存在する.

これらは, 在来フードジェネラリスト植食者と外来植物の相互作用を予測し、外来植物が生態系全体に及ぼす影響を明らかにする上で有用な知見であると考えられる.

農学上の応用としては, 外来植物が他作物の害虫のソースハビタットとなっている場合, その外来植物のパッチを分断化することで, 農薬を用いずに効率的に害虫個体群の防除ができる可能性が示唆された.

ただし, 本研究で得られた結果がどの程度一般的なものなのかについては, 今後より広範な生態系を対象とした経験的および理論的研究による検証が必要である.

審査要旨 要旨を表示する

世界経済のグローバル化に伴い,侵略的外来種の侵入が生物多様性や生態系に甚大な影響を及ぼすようになってきた.とりわけ,侵略的な外来植物は,多様な物理的・生物的メカニズムを介して生態系を大きく改変する可能性がある.植食性昆虫は,直接の生物間相互作用を通じて外来植物の侵入の影響をうける一方で,その変化が食物段階の同位もしくはより高次の生物種群に影響を与える.そのため,「植食性昆虫の反応」は,外来植物の生態系全体への影響を理解するにあたって最も重要な「環」の一つであるといえる.

一般に,生物間相互作用がかかわる生態的現象の評価においては「スペシャリスト」と「ジェネラリスト」を区別することが重要である.進化の歴史を共有する特定の種に対して特殊な適応をしているかどうかは,外来種との間に新たに生じる生物間相互作用に大きく影響するからであるといえる.

申請者は,侵略的外来牧草の侵入に対する,植食性昆虫のうちでも餌に関する選択幅の広いジェネラリスト(フードジェネラリスト)の反応を研究した.すなわち,野外調査で得られたデータを用いて,外来牧草がつくるハビタット,およびその空間構造がもたらす影響に関する,次の2つの仮説を検証した.

1) フードジェネラリストであっても,ハビタットスペシャリストであれば,植食者は外来植物侵入によって負の影響を受ける場合がある.

2) フードジェネラリストの植食者が外来植物のパッチをハビタットとして利用する際,その空間配置によって顕著な影響を受ける場合がある.

仮説1)は,侵略的外来牧草シナダレスズメガヤが侵入している栃木県鬼怒川中流域の河原において,バッタ類を対象として検討した.侵入をうける前のハビタットタイプ(砂礫地と在来草地の2タイプに分類)を判別して設置した53調査区(10m×10m)において,シナダレスズメガヤの被度ならびにバッタの種および個体数を調査し,ハビタットに対するスペシャリスト5種とジェネラリスト7種のバッタに対する同外来牧草の影響を分析した.ハビタットスペシャリスト 5種のすべての,個体数がシナダレスズメガヤの被度と負の関係を示したのに対して,ハビタットジェネラリストでは負の影響が認められたのは2種のみであった.すなわち,ハビタット要求性の高いバッタが外来牧草の負の影響を受けやすいという仮説が支持された.

さらに申請者は,砂礫地のスペシャリストであるカワラバッタについて,負の影響のメカニズムを,行動の追跡調査,室内摂食実験および,シナダレスズメガヤの被度と個体数の関係の現地調査によって検討した.カワラバッタは河原固有植物を好み,唯一の餌として与えられた場合でも同外来牧草をほとんど摂食しないこと,シナダレスズメガヤが優占する場所では,河原固有植物の被度に関わらずカワラバッタが少ないことが明らかにされた.すなわち,侵略的外来植物の優占は,ハビタット改変を介してハビタットスペシャリストの行動を変え,その分布に顕著な短期的影響をもたらすことが示された.

仮説2)に関しては,外来牧草ネズミムギを転作作物として栽培する調整水田がパッチ状に分布する,宮城県大崎市田尻地区の環境保全型稲作地帯で,近年イネ害虫として注目されるようになったアカスジカスミカメを対象に研究した.アカスジカスミカメは,広範なイネ科・カヤツリグサ科植物の穂を餌資源およびハビタットとする在来フードジェネラリストである.水田では個体群を維持できず,外来牧草が栽培されている調整水田やイネ科雑草が繁茂する休耕地を発生源(ソースハビタット)とする.

調整水田および休耕地でアカスジカスミカメの密度とイネ科・カヤツリグサ科植物各種の穂密度の関係を調べたところ,水田侵入前の二世代,すなわち越冬世代と第一世代の両方において,アカスジカスミカメの密度はネズミムギの穂密度と正の関係を示した.このことから,水田侵入直前のソース個体群にとっては,外来牧草栽培地が特に重要なハビタットとなっていることが示唆された.

また,この害虫の局所密度は局所レベルでネズミムギの穂密度の影響をうけるだけでなく,周辺200-300m内の出穂しているネズミムギのパッチ面積と正の関係をもつことが示された.以上のことから,ジェネラリスト植食者の個体群も,特定の外来植物種の空間配置の影響を受けることが示唆された.

申請者は,このように,2つのモデルシステムを活用して,侵略的な外来植物がフードジェネラリスト植食性昆虫に与えるハビタットの量と質を改変する効果の重要性を明らかにした.ここで得られた知見は,外来植物の侵入が生態系にもたらす影響を予測・評価する上で重要な示唆を与えるとともに,生態学的害虫管理の新たな可能性を示すものであり,科学的にも社会的に有用である.

したがって,本研究は,学術的にも社会的にも十分な成果をあげたといえる.よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51998