学位論文要旨



No 126964
著者(漢字) 坂井,祐介
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ユウスケ
標題(和) トレハロースジミコレート(TDM)誘発性肉芽腫病変の退縮因子の検索
標題(洋) Investigation for regression factors in trehalose 6, 6'-dimycolate(TDM)-induced granulomatous lesions
報告番号 126964
報告番号 甲26964
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3717号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 松本,芳嗣
 東京大学 准教授 松本,安喜
 東京大学 准教授 松木,直章
 東京大学 准教授 内田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

マクロファージの結節性集簇病変である肉芽腫は結核の特徴的病変である。同病変は菌体を隔離することで病変を限局化するという意義がある一方で、マクロファージ内の菌体に抗生物質や免疫機構による攻撃が届きにくく菌体の長期的な生存に貢献するという側面も指摘されている。本研究ではこのような肉芽腫病変の免疫学的性状・病理学的性状を明らかにし、その中から肉芽腫の退縮に関与する因子を検索することを目的とした。本県球では肉芽腫病変を惹起するためにトレハロースジミコレート(TDM)を使用した。TDMは結核菌の細胞壁に最も多く含まれるトレハロースとミコール酸から成るMycobacterium属菌に特有の糖脂質であり、実験動物に投与すると単独で肉芽腫病変を誘発するため、肉芽腫病変の研究に広く使用されている。また、TDMはマクロファージの食作用を阻害する機能により菌体の食細胞内寄生能に貢献していることも知られている。生体内で果たすこれらの役割から、TDMは結核菌の主要な病原因子であると考えられている。一方で、TDMは結核菌自体とは異なり生体内で増殖しないため、TDM誘発性肉芽腫モデルで病変の形成から退縮までの過程を比較的速やかに観察することが可能である。

本研究では、まず第一章で、TDMを7週齢の雌のBALB/cマウスに腹腔内投与して肉芽腫病変を惹起し、投与後0, 3, 7, 14, 21日に解剖・採材を行った。病変はTDM投与後7日まで拡大し、以降縮小した。肉芽腫病巣を構成する炎症細胞は、投与後3日では少数の顆粒球(polymorphonuclear cells ; PMN)とマクロファージで、投与後7日ではPMNが増加し、線維増生が加わった。投与後14日ではリンパ球が増加し、PMNや線維芽細胞の比率は低下し、投与後21日ではPMNはほとんど消失し、リンパ球とマクロファージのみからなる病変が主体であった。免疫染色によりリンパ球のサブセットを解析した結果、IgG陽性の形質細胞はほとんど存在せず、CD3陽性のT細胞が主体であった。この内、Granzyme B陽性の細胞傷害性T細胞はほとんど存在しなかったことから、リンパ球のほとんどはヘルパーT細胞であると考えられた。

アポトーシスが病変の縮小に寄与している可能性があると考えたため、TUNEL染色を行ったところ、TUNEL陽性細胞率は投与後14日にピークを示した。この時期は病変縮小の時期と一致することからアポトーシスは病変縮小の1因子であると考えられた。

投与後の炎症性・炎症抑制性サイトカインの発現をReal-time PCRにより解析した。炎症性サイトカインを調べたところ、TNF-alpha, IL-1beta, IL-6は投与後7日をピークとする発現動態を示し、病変の大きさを反映していた。IL-4の発現はいずれのタイムポイントでも抑制されており、IFN-gammaの発現は常に高値を示していた。IL-4はTh2サイトカインであり、IL-6, IFN-gammaはTh1サイトカインであることから、TDM誘発性肉芽腫応答はTh1が優位であることが確認された。一方、炎症抑制性サイトカインであるIL-10, IL-27は病変の経過とは無関係に常に低値を維持していた。このことから、肉芽腫病変の退縮には炎症性サイトカインの発現抑制が重要であると考えられた。炎症抑制性サイトカインの1つであるTGF-betaは炎症性サイトカインと同様投与後7日をピークとする推移を示したが投与後14日にも高い発現量を維持していた。TGF-betaは炎症抑制の他、線維増生などにも関与しており、炎症性サイトカインと共に病変退縮に関与している可能性が示唆された。

次いで各種ケモカインの発現についてReal-time PCR法による解析を行った。病巣構成細胞の変化と対応するように投与後3, 7日後では顆粒球誘引ケモカインであるRANTES, MIP-1alpha, MIP1-betaの発現が顕著で、それ以降ではリンパ球誘引ケモカインであるIP-10, MCP-1の発現が顕著であるという結果が得られた。上述したTGF-betaはリンパ球誘引ケモカインの分泌を促進し、顆粒球誘引ケモカインの分泌を抑制する機能および線維増生を促進する機能も有することから、投与後7~14日に生じたケモカインプロファイルの変化や投与後7日に顕著であった線維芽細胞の増殖にもTGF-betaが関与した可能性がある。

なぜ上述のような炎症性サイトカインの発現抑制が生じるのかを調べるために、炎症性サイトカインの細胞内シグナル伝達を抑制する因子であるSOCS family, A20, ABIN familyについてReal-time PCR法により発現の解析を行った。この結果、SOCS-3, A20, ABIN-3の発現が投与後7~14日にかけて顕著に上昇しており、この発現上昇が炎症性サイトカインの発現抑制に関与しているのではないかと考えられた。他のSOCS familyおよびABIN-2は全て発現が抑制されていた。ABIN-1については発現の上昇が見られたものの上昇率が低く、あまり重要ではないと考えられた。

A20とABIN-3は複合体を形成し、炎症細胞の活性化に深く関与するNF-kappa B経路の活性化を抑制することが知られていることから、ABIN-3の病巣における役割や相互作用の相手を探索することは重要であると考え、第二章では、A20とABIN-3についてWestern blot法による発現解析、リン酸化抗体を用いたNF-kappa Bの活性化状態の検索、および共免疫沈降法によるABIN-3が相互作用する相手因子の探索を行った。リン酸化NF-kappa B陽性細胞率、リン酸化IKK alpha / beta陽性細胞率、Western blotで測定されたリン酸化NF-kappa Bのタンパク量は、投与後7日まで増加し、以降減少した。この活性型の増加は病変の大きさと相関しており、NF-kappa B経路が病変の拡大に関与していることが示唆された。また、NF-kappa Bは代表的なアポトーシス抑制因子であることから病変の縮小を阻害しているとも考えられた。

A20, ABIN-3についてWestern blot法によるタンパクレベルでの発現量変動の解析を行ったところ、より緩やかではあるもののmRNAと同様の動態を示した。さらに、抗ABIN-3抗体を用いた共免疫沈降法によりABIN-3の相互作用相手を探索したところA20が検出された。すなわち、TDM誘発性肉芽腫モデルにおいてもA20とABIN-3は複合体を形成していることが確認された。これに対し、NF-kappa B 経路のタンパクでありABIN-3類似タンパクであるABIN-1と相互作用することが知られているRIP, IKK-gammaは検出されなかった。また、これらと同様にNF-kappa B経路の1つであるTAK-1が検出されたことから、ABIN-3とTAK-1の相互作用が示唆された。A20は標的タンパクのユビキチン化状態を変化させる酵素で、多くの場合標的タンパクはユビキチン化され、プロテアソームでの分解が促進される。ABIN-1,-2は標的タンパクをA20と接続する役割を果たしている。したがって、ABIN-3はTAK-1とA20の架け橋としての役割を果たしており、その結果TAK-1は分解されNF-kappa Bの活性化が抑制されると考えられた。

以上、本研究の成果により、TDM誘発性肉芽腫病変の拡大および維持にはTNF-alpha, IL-1beta, IL-6などの炎症性サイトカインや、これらの因子を介したNF-kappa B経路の活性化が関与していることが推測された。また、病変の退縮にはTGF-betaの発現上昇、SOCS-3によるサイトカインシグナル伝達の抑制およびA20, ABIN-3によるTAK-1の抑制を介したNF-kappa B経路の抑制が関与すると示唆された。本研究で初めて明らかになったTDM誘発性肉芽腫病変の消長に関する各種因子の動態は結核病変の制御に有用な知見を供するものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

肉芽腫は結核の特徴的病変である。本研究ではこの肉芽腫病変の免疫学的性状・病理学的性状を明らかにし、その中から肉芽腫の退縮に関与する因子を検索することを目的としている。肉芽腫病変を惹起するためにMycobacterium属菌の細胞壁に特有の糖脂質であるトレハロースジミコレート(TDM)を使用した。

第一章では、TDMを7週齢の雌BALB/cマウスに腹腔内投与して肉芽腫病変を惹起し、投与後0, 3, 7, 14, 21日に解剖・採材を行った。病変はTDM投与後7日まで拡大し、以降縮小した。肉芽腫病巣を構成する炎症細胞は、投与後3, 7日では顆粒球(polymorphonuclear cells ; PMN)とマクロファージを主体とし、投与後14, 21日ではリンパ球とマクロファージを主体としていた。免疫染色の結果、リンパ球はT細胞がほとんどで、形質細胞や細胞傷害性T細胞はほとんど存在しなかった。

TUNEL染色を行ったところ、TUNEL陽性細胞率は投与後14日にピークを示した。この時期は病変縮小の時期と一致することからアポトーシスは病変縮小の1因子であると考えられた。

各種サイトカイン及びケモカインの発現をReal-time PCRにより解析した。炎症性サイトカインでは、TNF-alpha, IL-1beta, IL-6は投与後7日をピークとする発現動態を示した。IL-4の発現は常に低値で、IFN-gammaの発現は常に高値を示していた。これらの結果から、TDM誘発性肉芽腫ではTh1が優位であることが確認された。一方、炎症抑制性サイトカインであるIL-10, IL-27は比較的低値であった。このことから、肉芽腫病変の退縮には炎症性サイトカインの発現抑制が重要であると考えられた。炎症抑制性サイトカインの1つであるTGF-betaは3日後から21日後まで高い発現量を維持していた。よって、TGF-betaも炎症性サイトカインと共に病変退縮に関与している可能性が示唆された。ケモカインでは病巣構成細胞の変化と対応して、投与後3, 7日後では顆粒球誘引性のRANTES, MIP-1alpha, MIP1-betaの発現が、それ以降ではリンパ球誘引性のIP-10, MCP-1の発現が高かった。上述のTGF-betaはリンパ球誘引ケモカインの分泌を促進し、顆粒球誘引ケモカインの分泌を抑制する機能も有することから、投与後7~14日に生じたケモカインプロファイルの変化にもTGF-betaが関与した可能性がある。

なぜ上述のような炎症性サイトカインの発現抑制が生じるのかを調べるために、炎症性サイトカインの細胞内シグナル伝達を抑制する因子であるSOCS family, A20, ABIN familyについてReal-time PCR法により発現の解析を行った。この結果、SOCS-3, A20, ABIN-3の発現が顕著に上昇しており、炎症性サイトカインの発現抑制への関与が示唆された。A20, ABIN-3ではWestern blot法をでも、mRNAと同様の動態を示した。

第二章では、A20とABIN-3について更なる検索を進めた。A20とABIN-3は複合体を形成し、炎症細胞の活性化に深く関与するNF-kappa B経路の活性化を抑制することが知られている。リン酸化NF-kappa B陽性細胞率、リン酸化IKK alpha / beta陽性細胞率、Western blotで測定されたリン酸化NF-kappa Bのタンパク量は、投与後7日まで増加し、以降減少した。この活性型の増加は病変の大きさと相関しており、NF-kappa B経路が病変の拡大に関与していることが示唆された。

さらに、抗ABIN-3抗体を用いた免疫沈降を行い、次いで免疫沈降産物を用いてウェスタンブロット法を行った結果、A20, TAK-1が検出された。これに対し、RIP, IKK-gammaは検出されなかった。これらの結果から、A20とABIN-3の複合体形成、ABIN-3とTAK-1の相互作用が示唆された。ABIN-3はTAK-1をA20と接続する役割を果たしており、その結果TAK-1は分解されNF-kappa Bの活性化が抑制されると考えられた。

以上の結果から、TDM誘発性肉芽腫病変の拡大および維持にはTNF-alpha, IL-1beta, IL-6などの炎症性サイトカインや、これらの因子を介したNF-kappa B経路の活性化が関与していることが推測された。また、病変の退縮にはTGF-betaの発現上昇、SOCS-3によるサイトカインシグナル伝達の抑制およびA20, ABIN-3によるTAK-1の抑制を介したNF-kappa B経路の抑制が関与すると示唆された。

本研究の成果は肉芽腫、さらには結核病変の形成および退縮機構の分子病理学的理解に大いに寄与すると思われた。よって審査委員一同は申請者が博士(獣医学)の学位を授与するに値すると認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/48421