No | 126965 | |
著者(漢字) | 佐藤,雅彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サトウ,マサヒコ | |
標題(和) | 犬リンパ腫における微小残存病変測定の臨床的有用性 | |
標題(洋) | Clinical significance of minimal residual disease (MRD) quantification in dogs with lymphoma | |
報告番号 | 126965 | |
報告番号 | 甲26965 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3718号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | イヌのリンパ腫は発生頻度の高い悪性腫瘍であり、その症例のほとんどが致死的な経過を辿ることから、臨床的にきわめて重要な疾患である。症例の多くは、化学療法に反応して臨床的寛解に達するが、最終的に再発を免れず死に至る。これまで30年以上にわたってさまざまな化学療法プロトコールが検討されてきたが、1990年代に導入されたシクロフォスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、およびプレドニゾロンを組み合わせたCHOPプロトコールで得られた成績を大幅に上回るプロトコールの報告はなく、従来の方法ではさらに治療成績を向上させるのには限界があるものと考えられる。 この現状を打破するため、再発時の腫瘍細胞の源となるが寛解時には一般的な方法では検出できない残存した腫瘍細胞である微小残存病変(Minimal Residual Disease: MRD)を検出する系が有用であるものと考え、この方法をイヌのリンパ腫症例に応用しようと考えた。ヒトのリンパ腫において、化学療法終了後のMRDレベルは再発までの期間と相関すること、また再発の前にMRDレベルが上昇することが報告されており、その臨床的重要性が示唆されている。しかしながら、イヌのリンパ腫ではMRDの定量系が報告されているが、その臨床的重要性については十分な検討がなされていない。イヌにおいてリンパ腫の治療成績向上のために、また将来的にMRDレベルに基づいたテーラーメイド型の治療を実現するため、実際のリンパ腫症例におけるMRDの臨床的意義を把握する必要があるものと考えた。 本論文における一連の研究は、イヌリンパ腫における臨床的有用性を検討することを目的として行ったものである。第1章においては、化学療法プロトコールの早期段階におけるMRDレベルの予後予測因子としての有用性を検討した。第2章では、第1章の結果を受け、多剤併用化学療法中に用いられる各抗癌剤の腫瘍細胞減少効果の違いおよびその治療成績との関連を検討した。本研究の第1章および第2章において、MRDレベルが治療効果の指標として利用できることが示されたが、MRDが低レベルになった症例においても高頻度で再発が起きることが示された。そこで、第3章ではMRD測定の再発早期予測に関する有用性を明らかにしようとした。 第1章:多剤併用化学療法プロトコールの早期段階におけるMRD測定の臨床的重要性 イヌリンパ腫多剤併用化学療終了時のMRDは、その後の再発までの期間を予測する上で有用であることが報告されている。しかし、イヌリンパ腫症例においては、化学療法プロトコールを予定通り最後まで終了できる症例は約半数に過ぎない。そこで本章では、化学療法プロトコールの早期段階におけるMRD測定の有用性について検討した。ここでは、イヌリンパ腫治療に用いられている代表的なプロトコールであるウィスコンシン大学多剤併用化学療法 (UW-25)で治療したリンパ腫36症例を対象とした。診断時の腫瘍細胞数およびUW-25第6週目、UW-25第11週目の末梢血中MRDを、各症例の腫瘍細胞に特異的なプライマーとプローブを設計し、リアルタイムPCRで定量した。その結果、第11週目に測定を行った31症例のうち、17症例ではMRDが検出限界レベル以上(MRD+, 11-2555コピー/105末梢血単核球)が、14症例ではMRDが検出限界レベル未満 (MRD-)であった。これら31症例のうち29症例は臨床的に完全寛解に達していた。MRD-症例の無進行生存期間はMRD+症例のものに比べて有意に長かった (無進行生存期間中央値:MRD-, 337日;MRD+, 196日)(P=0.0002)。しかし、診断時における末梢血液中の腫瘍細胞数および第6週目のMRDレベルによって症例群を層別化した場合には、各群の間に無進行生存期間の差は認められなかった。これらの結果から、UW-25第11週目のMRDレベルは予後予測因子となりうることが示された。 第2章:多剤併用化学療法中に使用される各抗癌剤の腫瘍細胞減少効果の比較 イヌのリンパ腫に対して広く用いられているUW-25は、ビンクリスチン (VCR)、シロフォスファミド (CPA)、およびドキソルビシン (DXR)の3剤を1-2週おきに交互に使用するプロトコールである。しかし多くの症例では、治療開始後短期間のうちに完全寛解が得られるため、各抗癌剤の効果を確認できずに治療を継続しているのが現状である。すなわち、これら3剤がどの程度腫瘍細胞を減少させているかどうかは不明であった。第1章において、治療プロトコールの早期においてMRDレベルが検出限界未満になる症例とそうでない症例では、各抗癌剤の腫瘍細胞減少効果に差があるのではないかと考えられた。そこで、本章ではリアルタイムPCRを用い、各抗癌剤の投与前後における腫瘍細胞数を定量することにより、それぞれの抗癌剤の腫瘍細胞減少効果を比較したいと考えた。本章では、UW-25によって治療を行ったリンパ腫のイヌ29症例を対象とした。その結果、UW-25の第1-4週における各薬剤の腫瘍細胞を減少させる頻度は、VCRで100% (29/29)、CPAで51.7% (15/29)、DXRで96.3% (26/27)であり、CPAは他の2剤に比べて有意に腫瘍細胞を減少させる頻度が低かった (P < 0.0005)。初回CPA投与後に腫瘍細胞が減少した群 (CPA奏効群)と減少しなかった群 (CPA無効群)との間には体重に関して有意な差が認められた (CPA奏効群-23.5 kg, CPA無効群-9.0 kg) (P < 0.01)。また、CPA奏効群は無効群に比べて無進行生存期間が有意に長かった (CPA奏効群の中央値-305日, CPA無効群の中央値-95日) (P < 0.01)。一方、第6-9週における各薬剤の腫瘍細胞を減少させる頻度は、VCRで19.2% (5/26)、CPAで25.0% (5/20)、DXRで73.7% (14/19)であった。VCRの腫瘍細胞を減少させる頻度は、第1-4週よりも第6-9週において有意に低かった (P < 0.0001)。第6-9週においてDXRの腫瘍細胞減少頻度は他の2剤に比べて有意に高かった (P <0.01)。 本研究により、イヌのリンパ腫治療としてUW-25で用いられているCPA投与量(250mg/m2)は不十分である可能性が示され、それはとくに大型犬において問題となるものと考えられた。また、プロトコールが進むにつれてVCRの腫瘍細胞減少効果は低くなることから、本剤はおもに初期治療に使用すべきものと考えられた。本章の成果は、MRD測定を多剤併用化学療法の改良に利用できる可能性を示すものと考えられた。 第3章:MRDモニタリングによる早期再発予測 第1章および第2章において、MRDは治療効果の指標として利用でき、イヌリンパ腫症例の予後予測に有用であることが明らかとなった。しかし、MRDが低いレベルにまで低下しても再発が認められることにより、十分な寛解期間が得られないことが示された。そこで本章では、MRD測定の早期再発予測における有用性を検討した。本章では、イヌリンパ腫症例で抗癌剤治療終了後に完全寛解に達している20症例を対象とし、その後の末梢血液中のMRDレベルを定期的にモニタリングした。その結果、再発が認められた15症例のうち、14症例において臨床的な再発の前からMRDレベルの上昇が認められることが明らかとなった。これら再発が認められた症例において、MRDレベルの上昇から再発までの期間の中央値は42日 (0-63日)であった。一方、観察期間内において再発が認められなかった5症例においてはMRDレベルの上昇は認められてなかった。以上の結果から、治療終了後のMRDレベルのモニタリングにより、再発予測が可能であることが明らかとなった。 以上のようなMRDの臨床的有用性を検討した一連の研究成果により、イヌにおけるリンパ腫治療成績向上のため次のような新規化学療法指針を提示できるものと考えられた。 (1) 多剤併用化学療法の早期段階におけるMRDレベル測定により、治療反応性を客観的に評価することが可能となり、それに基づいた地固め療法の必要性を示唆することができる。 (2) 各抗癌剤の投与前後におけるMRDレベルを測定することにより、化学療法プロトコールを改良する方針が得られ、より効果的なプロトコールを開発することが可能となる。 (3) MRD上昇による早期再発予測を可能とし、それに基づいて早期再寛解導入療法を開始することができる。 本論文の成果は、MRDレベルの測定結果を基にした治療、つまりMRD-guided therapyを可能とするものであり、これはテーラーメイド型治療の方法論につながるものである。これら一連の研究成果は、化学療法の発展のために客観的評価法を導入したものとして意義あるものと考えており、イヌのリンパ腫における化学療法の進歩につながるものと確信している。 | |
審査要旨 | イヌのリンパ腫治療の第一選択は抗癌剤の多剤併用化学療法であるが、各種プロトコールを検討してもその治療成績を改善できない状況にある。この現状を打破するため、再発時の腫瘍細胞の源となるが寛解時には一般的な方法では検出できない残存した腫瘍細胞である微小残存病変 (Minimal Residual Disease: MRD)を検出する系が有用であるものと考え、この方法をイヌのリンパ腫症例に応用しようと考えた。ヒトのリンパ腫において、MRD測定は、治療の効果判定、再発予測など、その臨床的重要性は多数報告されている。しかしながら、イヌのリンパ腫ではMRDの定量系が報告されているが、その臨床的重要性については十分な検討がなされていない。イヌにおいてリンパ腫の治療成績向上のために、また将来的にMRDレベルに基づいたテーラーメイド型の治療を実現するため、実際のリンパ腫症例におけるMRDの臨床的意義を把握する必要があるものと考え、一連の研究を行った。 第1章: 多剤併用化学療法プロトコールの早期段階におけるMRD測定の臨床的重要性 イヌリンパ腫多剤併用化学療終了時のMRDは、その後の再発までの期間を予測する上で有用であることが報告されている。しかし、イヌリンパ腫症例においては、化学療法プロトコールを予定通り最後まで終了できる症例は約半数に過ぎない。そこで本章では、化学療法プロトコールの早期段階におけるMRD測定の有用性について検討した。イヌリンパ腫治療に用いられている代表的なプロトコールであるウィスコンシン大学多剤併用化学療法 (UW-25)で治療したリンパ腫36症例を対象とした。その結果、第11週目に測定を行った31症例のうち、17症例ではMRDが検出限界レベル以上 (MRD+, 11-2555コピー/105末梢血単核球)が、14症例ではMRDが検出限界レベル未満 (MRD-)であった。MRD-症例の無進行生存期間はMRD+症例のものに比べて有意に長かった (無進行生存期間中央値:MRD-, 337日;MRD+, 196日)。これらの結果から、UW-25第11週目のMRDレベルは予後予測因子となりうることが示された。 第2章:多剤併用化学療法中に使用される各抗癌剤の腫瘍細胞減少効果の比較 イヌのリンパ腫に対して広く用いられているUW-25は、ビンクリスチン (VCR)、シロフォスファミド (CPA)、およびドキソルビシン (DXR)の3剤を1-2週おきに交互に使用するプロトコールである。しかし多くの症例では、治療開始後短期間のうちに完全寛解が得られるため、各抗癌剤の効果を確認できずに治療を継続しているのが現状である。そこで、本章ではリアルタイムPCRを用い、各抗癌剤の投与前後における腫瘍細胞数を定量することにより、それぞれの抗癌剤の腫瘍細胞減少効果を比較したいと考えた。UW-25によって治療を行ったリンパ腫のイヌ29症例を対象とした。その結果、UW-25の第1-4週においてCPAは他の2剤に比べて有意に腫瘍細胞を減少させる頻度が低かった。初回CPA投与後に腫瘍細胞が減少した群 (CPA奏効群)と減少しなかった群 (CPA無効群)との間には体重に関して有意な差が認められた。また、CPA奏効群は無効群に比べて無進行生存期間が有意に長かった。VCRの腫瘍細胞を減少させる頻度は、第1-4週よりも第6-9週において有意に低かった。第6-9週においてDXRの腫瘍細胞減少頻度は他の2剤に比べて有意に高かった。本章の成果は、MRD測定を多剤併用化学療法の改良に利用できる可能性を示すものと考えられた。 第3章:MRDモニタリングによる早期再発予測 イヌのリンパ腫は現状の治療では、治癒する症例は少なくほとんどの症例が再発をする。そこで本章では、MRD測定の早期再発予測における有用性を検討した。イヌリンパ腫症例で抗癌剤治療終了後に完全寛解に達している20症例を対象とし、その後の末梢血液中のMRDレベルを定期的にモニタリングした。その結果、再発が認められた15症例のうち、14症例において臨床的な再発の前からMRDレベルの上昇が認められることが明らかとなった。これら再発が認められた症例において、MRDレベルの上昇から再発までの期間の中央値は42日 (0-63日)であった。一方、観察期間内において再発が認められなかった5症例においてはMRDレベルの上昇は認められてなかった。以上の結果から、治療終了後のMRDレベルのモニタリングにより、再発予測が可能であることが明らかとなった。 本研究は、イヌのリンパ腫においてMRD測定の臨床的有用性を明らかとしており、今後MRDレベルの測定結果を基にした治療、つまりMRD-guided therapyを可能とし、これはテーラーメイド型治療の方法論につながるものである。本研究成果は、化学療法の発展のために客観的評価法を導入したものとして意義あるものと考えており、イヌのリンパ腫における化学療法の進歩につながるものと考えられる。 本申請論文を審査した結果、博士 (獣医学)の学位を授与するに値すると判断した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/48413 |