学位論文要旨



No 126969
著者(漢字) 淺井,理恵子
著者(英字)
著者(カナ) アサイ,リエコ
標題(和) エンドセリンA型受容体発現解析による心臓予定領域内特定細胞集団の同定と心形成におけるエンドセリンシグナルの役割の解明
標題(洋) Endothelin receptor type-A expression defines a distinct subdomain within the heart field and contributes to chamber myocardium formation
報告番号 126969
報告番号 甲26969
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3579号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 吉川,雅英
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
 東京大学 准教授 武井,陽介
内容要旨 要旨を表示する

The avian and mammalian heart originates from the two embryonic regions, the crescent-forming first heart field and the second heart field located in the pharyngeal mesoderm. It remains largely unknown when and how these subdivisions of the heart field divide into regions with different fates.

The endothelin-1 (Edn1)/endothelin type-A receptor (EdnrA) signaling is now implicated in craniofacial and cardiovascular development. To identify target cells of the Edn1/EdnrA signaling in heart development, we knocked-in lacZ/EGFP marker genes into the mouse EdnrA locus. In developing heart, lacZ/EGFP was expressed in cardiac neural crest-derived structures in the outflow tract and pharyngeal arteries. In addition, lacZ/EGFP expression was also found in the inflow tract at primitive heart tube through looping/ballooning stages. This expression overlapped partially with expression of first heart field marker, Nkx2.5 and Mlc2a, in the ventral side from early heat developing stage, indicating the first heart field origin of lacZ/EGFP-expressing cells. Toward chamber formation, distribution of lacZ expression was extended along the left ventrolateral side of the atrium to the left ventricle in a characteristic pattern. This apparent upward movement was confirmed fluorescent dye labeling into the inflow region and transplantation experiment in which excised EGFP positive inflow tissues were placed into the same region of wild-type embryos.

Furthermore, the Ednra-lacZ/EGFP-expressing subpopulation is characterized by the presence of Tbx5-expressing cells. Ednra-null embryonic hearts often demonstrate hypoplasia of the ventricular wall, low mitotic activity and decreased Tbx5-expression with reciprocal expansion of Tbx2 expression. Conversely, endothelin-1 stimulates ERK phosphorylation and Tbx5 expression in the early embryonic heart. These results indicate that early Ednra expression defines a subdomain of the first heart field contributing to chamber formation in which Edn1/Ednra signaling is involved.

Here, I identify in the mouse a subpopulation of the first (crescent-forming) field marked by Ednra gene expression, which contributes to chamber myocardium through a unique type of cell behavior. The present finding provides an insight into how subpopulations within the crescent-forming (first) heart field contribute to the coordination of heart morphogenesis through spatiotemporally defined cell movements. These findings may contribute to the understanding of coordinating cell behavior in cardiac morphogenesis.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、心臓形成におけるエンドセリンA型受容体(Ednra)陽性細胞群の挙動とエンドセリンシグナルの役割について解析したものである。

1.これまで、エンドセリン1(Edn1)/Ednraシグナルは神経堤細胞に作用し顎顔面・心大血管系の形成に重要な役割を果たすことが知られていた。そこで、このシグナルの標的細胞を同定するため、Ednra遺伝子座にマーカー遺伝子であるlacZまたはEGFPをノックインしたマウスを作製した。胎生8.5日(E8.5)におけるEdnraの発現をLacZ染色およびin situ hybridizationによって検討した結果、神経堤細胞以外に心流入路付近において強いシグナルが確認された。このlacZ陽性細胞群は神経堤細胞マーカーを発現しておらず、また、これまでにこのような発現パターンを示す遺伝子の報告はなかったことから、心流入路におけるEdnra陽性細胞群の性質や挙動、エンドセリンシグナルの役割について調べることを研究の目的として研究を行った。

2. まず、心流入路領域のEdnra陽性細胞について、各発生段階におけるEdnra-lacZ/EGFPの発現を検討し、心臓形成に寄与する各細胞系譜のマーカー遺伝子の発現パターンと比較した。結果、E8.0の心臓原基腹側においてEdnraおよびEdnra-lacZの発現が認められ、一次心臓予定領域マーカーであるNkx2.5・Mlc2aの発現領域の一部が一致した。E8.25では、Ednra-EGFPの発現は原始心筒流入路付近の腹側にてNkx2.5と一致が認められたが、二次心臓予定領域マーカーであるIsl1とは一致しなかった。以上の結果から、Ednra-lacZ陽性細胞群は一次心臓予定領域に由来することが示唆された。

3.Ednra陽性細胞群の心臓形成への寄与について検討するため、E8.25以降の心臓領域におけるEdnra-lacZ陽性細胞群の分布を解析した。lacZ陽性細胞群は、E8.25では原始心筒流入路付近に存在していたが、E8.5では心流入路から左心室にかけて強い帯状の発現と左心室、および心房領域特異的に拡大していた。また、左心室マーカーであるTbx5とEdnra-EGFPの発現領域について、in situ hybridizationおよびFACSによりE8.25・E9.5で検討した結果、Ednra陽性細胞群の中にはTbx5陽性な細胞群が含まれることが確認された。一方で、蛍光色素PKHによる追跡・心流入路領域の移植実験から、Ednra陽性細胞群はE8.25~E9.5において静脈洞領域から心房左側壁に沿って左心室方向に移動しその形成に寄与する細胞群であることが明らかになった。

4.また、Ednra欠損胚の一部では心室の低形成、心筋における増殖活性および転写因子Tbx5の発現低下が見られ、初期の心臓形成の過程でEdn1/Ednra signalingはERKのリン酸化と左心室マーカーTbx5の発現を促進していることが示唆された。Tbx5はHolt-Oram症候群の原因遺伝子であり、haploinsufficiencyにより症状が現れる。ゆえに、Tbx5の発現レベルの調節は心臓形成において非常に重要であると考えられる。今後、Tbx5の発現調節へのEdn1/Ednra signalingの関与を明らかにすることで、疾患の発症機序についてさらに理解が深まることが期待される。

以上、本研究では次の2点が明かとなった。

・一次心臓予定領域に生じるEdnra陽性細胞群は心流入路より腹側を通って移動し、左心室形成に寄与する。

・心臓発生初期において、Edn1/Ednra signalingはERKリン酸化とTbx遺伝子の発現を調節する可能性が示唆された。

これまでに一次・二次ともに予定心臓領域内に存在する特定細胞集団のマーカー遺伝子や細胞集団の挙動について同定を行った研究はなく、心臓発生初期におけるエンドセリンシグナルの機能について解析した例もないため、本研究の新規性は高く評価される。さらに、疾患の発症機序とエンドセリンシグナルの関連性が示唆される結果も得られており、今後の研究の展開が医学の発展に貢献することも期待される。よって、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク