学位論文要旨



No 126971
著者(漢字) 丹羽,俊輔
著者(英字)
著者(カナ) ニワ,シュンスケ
標題(和) 抗GPR87モノクローナル抗体を用いた扁平上皮癌の診断・治療法の開発
標題(洋)
報告番号 126971
報告番号 甲26971
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3581号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 講師 栗原,由紀子
内容要旨 要旨を表示する

肺癌による死亡者数は世界中で全癌死の17%を占め最も多く、5年生存率は約15%で、年間約130万人がこの疾患で死亡している。肺癌は、組織学的に、非小細胞癌と小細胞癌に大別され、肺癌の約80%が非小細胞癌である。非小細胞癌には腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌などが含まれ、そのうち、扁平上皮癌の出現頻度は肺癌全体の約25%で、腺癌(約40%)に次いで多い。

非小細胞癌の治療は外科切除が主な手段であるが、転移・浸潤を伴い手術困難な場合には化学療法、放射線治療も行われる。しかし、肺癌患者の75%は転移・浸潤を伴った進行期であり、進行期肺癌では、化学療法などにより生存期間の延長は認められるものの効果が限定的で、予後も不良である。そのため、進行期肺癌でより有効な治療手段の開発が求められている。

近年、系統的マイクロアレイ解析で標的候補を特定できるようになったことに伴い、各種の癌細胞に特異的な分子標的薬の開発が行われている。例えば、Gefitinib(EGF受容体キナーゼ阻害剤)は、非小細胞の進行期肺癌に対する分子標的薬として臨床適応されている。しかし、Gefitinibは、既治療進行期非小細胞肺癌に対し、10~19%の奏功率しか示さず、また、腺癌で効果が高く扁平上皮癌では有効性が低いことが報告された。

また、分子標的薬の一つとして、抗体医薬の開発も進められている。米国では、2007年時点で5種類の抗体診断薬及び18種類の治療用抗体医薬が認可され、固形癌に対する抗体医薬として、Trastuzumab、Cetuximab、Bevacizumabが上市されている。このうち、Bevacizumabは抗VEGFヒト型化モノクローナル抗体(IgG1)で、Bevacizumabと化学療法剤の併用が化学療法剤単独の場合と比較して、非扁平上皮非小細胞の進行期肺癌に対し、生存期間を延長させたことが報告されている。しかし、肺の扁平上皮癌に対して臨床適応された抗体医薬品はまだない。

GPR87は、構造からGPCR(Gタンパク質共役型受容体)の一つと推定される7回膜貫通型タンパク質であり、肺扁平上皮癌などで高発現していることが知られている。当研究室における系統的マイクロアレイ解析においても、肺扁平上皮癌の培養細胞株などでGPR87の発現が高かった。しかし、今日まで内在性のGPR87を認識できるモノクローナル抗体は得られていない。

そこで、本研究では、(1)肺扁平上皮癌の治療用抗体のリードとなる特異性・有用性の高い抗hGPR87マウスモノクローナル抗体を作製するとともに、(2)作製した抗体の体外イメージングへの有用性を検討することを目的とした。

(1)抗体作製について

GPCRの一つと推定されるGPR87について、hGPR87 stable CHO細胞株を樹立して、hGPR87 stable CHO細胞を用いたフローサイトメトリーにより、hGPR87特異的抗体をスクリーニングする系を確立するとともに、免疫寛容回避のためにhGPR87ノックアウトマウスを用いて、DNA免疫(ジーン癌免疫)と細胞免疫で免疫することで、6種類のモノクローナル抗体(C0804, C0812, C0815, C0806, C0807, C0814)の作製に成功した。

系統的マイクロアレイ解析では、子宮頚癌培養細胞株であるMe180細胞でhGPR87が内在性に高発現していた。そこで、作製抗体C0804, C0812, C0815を一次抗体に用いて、hGPR87をノックダウンしていないMe180細胞(control siRNAをトランスフェクションした細胞)とノックダウンしたMe180細胞(hGPR87に対するsiRNAをトランスフェクションした細胞)のフローサイトメトリーを行った。その結果、hGPR87をノックダウンしていないMe180細胞では、抗体濃度依存的なスペクトルのシフトが検出されたのに対し、hGPR87をノックダウンしたMe180細胞を用いるとスペクトルのシフトが減少した。これより、作製抗体C0804, C0812, C0815は、子宮頚癌培養細胞株Me180細胞の細胞膜上に内在性に存在するhGPR87を特異的に認識することが分かった。

そこで、このうち、作製抗体C0804を用いて、癌組織の免疫組織染色を試みた結果、扁平上皮癌及び移行上皮癌で癌細胞に陽性所見が認められた。扁平上皮癌は、肺癌のほか、皮膚癌、頭頚部癌、食道癌、子宮頚癌などで、移行上皮癌は膀胱癌及び腎盂腎癌で発生頻度が高い。従って、肺の扁平上皮癌に加え、他の各扁平上皮癌、移行上皮癌など、発生頻度の高い広範な癌の病理組織診断に対する作製抗体C0804の有用性が示唆された。

(2)PETイメージングについて

進行期の肺扁平上皮癌に対する化学療法の効果は限定的であり、進行期肺癌でより有効な治療手段の開発が求められている。これに対し、RI標識化抗体を用いて治療用放射線を癌部へ運搬し、癌部を直接照射して抗癌効果を奏する治療法であるRIT(Radioimmunotherapy)が有効な可能性がある。

RIT用抗体として、RI標識化抗CD20モノクローナル抗体のIbritumomab Tiuxetanが悪性リンパ腫に臨床適応されている。Ibritumomab Tiuxetanは、β線核種の90Yで標識した抗体を用いて治療を行うRI標識化抗体医薬である。Ibritumomab Tiuxetanでは、治療前に、90Yの代わりにγ線核種の111Inで標識した同じ抗体を用いてSPECTで抗体の癌部への集積を確認する。このSPECT/RIT法では、抗体治療前に有効性、標的以外の組織への集積の有無など、その適格性を確認できる。

PETは陽電子核種を用いたコンピュータ断層撮影法であり、SPECTと比較して高い感度・解像度を有する。そこで、γ線核種の代わりに64Cuなどの陽電子核種を用いることにより、陽電子核種標識化抗体でPET診断し、治療前に適格性を確認した上でRITを行う癌治療法であるPET/RIT法を確立できる可能性がある。

そこで、肺扁平上皮癌のPET/RIT法の開発に向け、作製抗体C0804を用いてmicroPETによる体外イメージングへの適用性を検討した。

大腸腺癌培養細胞株DLD1をhGPR87発現の少ない細胞、子宮頚癌培養細胞株Me180をhGPR87発現細胞として、免疫不全マウスの左肩部にDLD1細胞、右肩部にMe180細胞を移植し、DLD1/Me180担癌モデルマウスを作製した。このDLD1/Me180担癌モデルマウス2個体に、64Cu標識化C0804を投与し、microPETで撮像した。その結果、いずれの個体でも、心プール集積は64Cu標識化C0804投与後24時間から72時間で減少し、肝集積は投与後24時間と72時間でほぼ同等であったのに対し、Me180移植部では、DLD1移植部と比較して投与後72時間に高い集積が認められ、Me180移植部への特異的集積が示された。

以上より、作製抗体C0804は、RI標識化することにより癌部への高い特異的集積を認め、肺扁平上皮癌に対するPET/RIT法のリード抗体としての有用性が示唆された。

今後、PET/RIT法におけるRI標識化C0804の人体への投与を考慮した場合、抗体をヒト型化するとともに、心・血液プール及び肝臓への集積を抑制し、RI標識化抗体投与の際における正常組織のRI被ばくを低減することが必要となる。

抗体のヒト型化は、マウス抗体の免疫原性を低下させるために行うが、ヒト型化により、抗体の親和性が低下する場合が多い。抗体の親和性を保持又は向上させる抗体改変方法として、分子動力学計算を用いた改変抗体設計技術の開発が提案されている。具体的には、抗原抗体複合体を結晶化し、抗体のCDRの配列と、結晶化で得られた座標情報に基づき、分子動力学計算を行い、最適な改変抗体を設計する。これにより、抗体を最適にヒト型化改変でき、かつ抗体の親和性を保持又は向上させることができる可能性がある。また、抗体の親和性を向上できれば、癌部への集積を高くでき、その分正常組織の被ばくを減少できる。

RI標識化抗体投与の際における正常組織のRI被ばくを低減する手段として、抗体の低分子化とプレターゲティング法が有効な可能性がある。scFv化など、抗体の低分子化により、その人工抗体の癌部への集積が速くなり、かつ投与後腎臓から速やかに排出されるため、正常組織の被ばくを抑制できる。また、プレターゲティング法は、Goldenbergらによって提唱された方法であり、まず、scFv化した人工抗体とストレプトアビジンを融合させたタンパク質を投与し、次に、RI標識したビオチンを、数日後に投与する。これにより、ストレプトアビジンとビオチンの高い親和性を利用して、短時間で高い腫瘍集積率を達成でき、かつ治療効果・有効性を高く、被ばくによる副作用を少なくできる可能性がある。

本研究では、系統的マイクロアレイ解析において扁平上皮癌などで発現亢進していたhGPR87に対する高親和性マウスモノクローナル抗体C0804の作製に成功した。そして、担癌モデルマウスに64Cu標識化C0804を投与してPET撮像した結果、癌部に高い集積を認めた。以上より、作製抗体C0804は、扁平上皮癌に対するPET診断のリード抗体となる可能性を有することが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、PET/RIT法による肺扁平上皮癌の診断・治療法の開発に向け、肺扁平上皮癌の治療用抗体のリードとなる特異性・有用性の高い抗hGPR87マウスモノクローナル抗体の作製、及び、作製した抗体の体外イメージングへの有用性の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 系統的マイクロアレイ解析の結果、GPCRの一つと推定されるGPR87が肺扁平上皮癌で高発現していた。この知見に基づき、抗hGPR87モノクローナル抗体の作製を試みた。hGPR87 stable CHO細胞株を樹立して、hGPR87 stable CHO細胞を用いたフローサイトメトリーにより、hGPR87特異的抗体をスクリーニングする系を確立するとともに、免疫寛容回避のためにhGPR87ノックアウトマウスを用いて、DNA免疫(ジーン癌免疫)と細胞免疫で免疫することで、6種類のモノクローナル抗体(C0804, C0812, C0815, C0806, C0807, C0814)の作製に成功した。

2. 作製した抗hGPR87モノクローナル抗体の評価を行った。抗体のアイソタイプを行った結果、作製抗体6種の全てで、重鎖のサブクラスがIgG1で、軽鎖がκ鎖であった。エピトープ解析の結果、作製抗体6種は、いずれも、hGPR87全長中、N末端側9~23番目の領域を認識することが分かった。作製抗体6種は、いずれも、マウスとの交差性を有さないこと、ADCC活性を有することが示された。その他、作製抗体C0804, C0812, C0815のCDRのDNA塩基配列を決定した。

3. 系統的マイクロアレイ解析では、子宮頚癌培養細胞株であるMe180細胞でhGPR87が内在性に高発現していた。そこで、作製抗体C0804, C0812, C0815を一次抗体に用いて、hGPR87をノックダウンしていないMe180細胞とノックダウンしたMe180細胞のフローサイトメトリーを行った。その結果、hGPR87をノックダウンしていないMe180細胞では、抗体濃度依存的なスペクトルのシフトが検出されたのに対し、hGPR87をノックダウンしたMe180細胞を用いるとスペクトルのシフトが減少した。これより、作製抗体C0804, C0812, C0815は、子宮頚癌培養細胞株Me180細胞の細胞膜上に内在性に存在するhGPR87を特異的に認識することが示された。

4. 作製抗体C0804を用いて、癌組織の免疫組織染色を試みた結果、扁平上皮癌及び移行上皮癌で癌細胞に陽性所見が認められ、各扁平上皮癌、移行上皮癌など、発生頻度の高い広範な癌の病理組織診断に対する作製抗体C0804の有用性が示唆された。

5. 大腸腺癌培養細胞株DLD1をhGPR87発現の少ない細胞、子宮頚癌培養細胞株Me180をhGPR87発現細胞として、免疫不全マウスの左肩部にDLD1細胞、右肩部にMe180細胞を移植し、DLD1/Me180担癌モデルマウスを作製した。このDLD1/Me180担癌モデルマウスに、64Cu標識化C0804を投与し、microPETで撮像した。その結果、いずれの個体でも、心プール集積は64Cu標識化C0804投与後24時間から72時間で減少し、肝集積は投与後24時間と72時間でほぼ同等であったのに対し、Me180移植部では、DLD1移植部と比較して投与後72時間に高い集積が認められ、Me180移植部への特異的集積が示された。

以上、本論文では、系統的マイクロアレイ解析において扁平上皮癌などで発現亢進していたhGPR87に対する高親和性マウスモノクローナル抗体C0804の作製に成功した。また、担癌モデルマウスに64Cu標識化C0804を投与してPET撮像した結果、癌部に高い集積を認めた。作製抗体C0804は、扁平上皮癌に対するPET診断のリード抗体となる可能性を有するものであり、PET/RIT法による肺扁平上皮癌の診断・治療法の開発に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51479