学位論文要旨



No 126972
著者(漢字) バーサンジャブ,ウランビレグ
著者(英字) Baasanjav,URANBILEG
著者(カナ) バーサンジャブ,ウランビレグ
標題(和) mTORC1の活性化と2つのG1期細胞周期因子の高発現によるラット胎性線胎性線維芽細胞の足場非依存性増殖の誘導とその機構
標題(洋) Induction of Anchorage-Independent Proliferation of Rat Embryonic Fibroblasts by Overexpression of Two G1 Cell Cycle Components Combined with mTORC1 Activation and its Mechanistic Basis
報告番号 126972
報告番号 甲26972
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3582号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 講師 八木,俊樹
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 畠山,昌則
内容要旨 要旨を表示する

造血細胞を除くほとんどすべての細胞は、細胞外マトリックタンパクを足場にして増える。足場をなくすると、細胞はG1期に停止し、死に至る。しかしながら、癌化した細胞では、足場がない状態で増殖できるようになり、この機能の獲得が癌細胞の造腫瘍能、転移・浸潤能の根底にあると考えられている。

細胞外マトリックスタンパクを認識する細胞膜のインテグリンから発せられた足場シグナルが、どの様なシグナル経路を伝わって、どの様な機構で細胞周期のG1からS期の進行を制御しているかに関しては、長年の研究にもかかわらず全く不明のままであった。最近当研究室でこの問題解明の突破口となる二つの発見がなされた。一つは、染色体DNAの複製に必須で、染色体上の複製開始点に複製前複合体を形成する因子であるCdc6が、Cdk阻害因子の一つであるp21Cip1が結合し不活化されたCdk2からATPの加水分解エネルギーを利用してp21を剥がし、Cdk2を活性化する機能を有すること、二つ目は、酵母からヒトまで保存され増殖、エネルギー代謝およびアミノ酸貧富などのシグナルを伝達しmRNAの翻訳制御を行っているTsc-Rheb-mTOR経路が、直接Cdk4/Cdk6の活性を制御し細胞周期を制御する足場シグナルの主たる部分を伝達していること、更にRhoAによって足場依存性に活性化されるタンパクリン酸化酵素Rockによって足場シグナルが直接Tsc2に伝達されmTOR経路を活性化していることが明らかになったことである。しかしながら、この経路の活性化のみでは、足場がない状態ではCdk2の活性化が起こらず細胞は増殖できずG1期に停止したままでS期を開始できない。

一方、発癌に伴う足場非依存性増殖能の獲得機構の解明を目指す一つのアプローチとして、G1期細胞周期因子およびその関連因子の発現の人為的な操作によって持続的に足場非依存性増殖を誘導できる当該因子の組み合わせを見つけ出すことがある。もし成功すれば、組み合わせに用いた各因子の操作の有無の間で細胞周期進行状況を比較すれば、比較的容易に足場非依存性増殖が起きる機構を解明できるはずである。私は、この信念に基づき当該研究を進めた結果、CDK阻害因子に耐性を示すCdk6とサイクリンD3複合体とCdc6の高発現とmTOR経路の活性化によって、軟寒天培地中でヒト癌細胞株のHeLa細胞と遜色ない速さでラット胎性線維芽細胞を増殖させることができることを突き止めた(図1)。Cdk6とサイクリンD3のみの高発現では、細胞(REF-K6/D3)は軟寒天培地中では増殖できず単一細胞のままで留まる。それにCdc6を高発現させると、細胞(REF-K6D3-C6)は増殖できるようになる。さらに活性化Rhebを高発現させると(REF-K6/D3-C6-aR)、HeLa細胞とほぼ同じ速度で持続的に増える。

そこで、3因子による足場非依存性増殖の分子機構を詳細に探った結果、これまで想定すらされていなかった三つの新しい機構が関与していることが判明した(図2)。

1.高発現されたCdk6-サイクリンD3複合体が、増殖抑制下にも係わらずRbをリン酸化しE2F転写因子を活性化して、Cdc6, サイクリンA, Emi1遺伝子の転写を上げる。Emi1の発現誘導によってAPC/CCdh1 ユビキチンリガーゼを抑制し、その結果Cdc6およびサイクリンAの分解が抑制される。一方、高発現されたCdk6-サイクリンD3複合体は、足場が無い状態でもRock1/2を活性化する。その機構に関しては現在不明である。

2.活性化されたRock1/2は、mTOR経路を弱く活性化すると共に、もう一つのCdk阻害因子であるp27Kip1のC末端のスレオニン基をリン酸化する。

3.Cdk2に結合し不活化したp27Kip1のC末端がリン酸化されると、高発現されたCdc6がp27を剥がしCdk2を活性化する。

4.活性化型Rhebを高発現させることによってmTOR経路が十分に活性化し、mRNAの翻訳を高めて増殖に必要なタンパクが十分に作られる。加えて、Cdk4およびCdk6の活性化が維持される。

なお、足場がある場合は、Rock1/2は足場依存性にRhoAにより活性化を受け、p27のリン酸化とmTOR経路の活性化を行なう。

以上のように、Cdk6-D3, Cdc6および活性化型Rhebの高発現によって、足場が無い状態でもS基開始に必須なすべての因子の発現ならびにCdk4/6およびCdk2の活性化が起こり、それによって癌細胞と遜色ないほどの速度で足場非依存性増殖を誘導することができるようにあったと考えられた。mTOR経路の活性化と共にCdk6-D3およびCdc6の高発現は多くの自然癌で見られることから、今回判明した足場非依存性増殖機構がこられの癌細胞で働いている可能性が浮かび上がった。

図1

図2

審査要旨 要旨を表示する

造血細胞を除くほとんどすべての細胞は、細胞外マトリックタンパクを足場にして増える。足場をなくすると、細胞はG1期に停止し、死に至る。しかしながら、癌化した細胞では、足場がない状態で増殖できるようになり、この機能の獲得が癌細胞の造腫瘍能、転移・浸潤能の根底にあると考えられている。

本研究は、発がんの根底機構を明らかにする目的で細胞周期制御因子およびその関連因子の操作のみによって足場非依存性にラット胎性線維芽細胞の増殖を誘導できる方策の作出とその誘導機構の解明を試みたもので、下記の結果を得ている。

1、CDK阻害因子に耐性を示すCdk6とサイクリンD3複合体並びに複製開始点でのPre-RCの形成に必須な因子で、不活化されたCdk2を活性化する能力を持つCdc6の高発現とmTOR経路の活性化によって、軟寒天培地中でヒト癌細胞株のHeLa細胞と遜色ない速さでラット胎性線維芽細胞を増殖させることに成功した。その誘導機構の以下のとおりである。

2、高発現されたCdk6-サイクリンD3複合体は、増殖抑制下にも係わらずRbをリン酸化しE2F転写因子を活性化して、Cdc6, サイクリンA, Emi1遺伝子の転写を上げた。転写誘導されたEmi1はCdc6およびサイクリンAを分解するAPC/CCdh1 ユビキチンリガーゼを抑制する因子で、Cdc6およびサイクリンAを安定化することが示された。

3、一方、高発現されたCdk6-サイクリンD3複合体は、足場が無い状態でもRock1/2を活性化すると共に、Pim1(マウスモロニーウイルスのゲノム挿入によって活性化され白血病を引き起こすオンコジーンの一つ)の発現を上げることが判明した。

4、活性化されたRock1/2は、発現が上昇したPim1と同様に、もう一つのCdk阻害タンパクであるp27Kip1のC末端のスレオニン基をリン酸化することを見出した。

5、Cdk2に結合し不活化したp27Kip1のC末端がリン酸化されると、強制発現されたCdc6がp27を剥がしCdk2を活性化することが判明した。なお、ATPase活性を欠損したCdc6は、この活性を消失していた。

6、活性化型Rhebを高発現させることによってmTORC1経路が十分に活性化し、mRNAの翻訳を高めて増殖に必要なタンパクが十分に作られ、増殖の維持を支えた。

以上、本論文は、細胞周期制御因子およびその関連因子の操作のみによって足場非依存性にラット胎性線維芽細胞の増殖を誘導できる方策を見出し、その誘導機構の概要を解明した。発がんの根底機構を解明するうえで、非常に大きな貢献をなす成果であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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