学位論文要旨



No 126975
著者(漢字) 申,義庚
著者(英字) Shin,Euikyung
著者(カナ) シン,ウィギョン
標題(和) 樹状突起の形態及びシナプス機能におけるdoublecortin-like kinaseの二重の役割
標題(洋) A dual role of doublecortin-like kinase for dendritic morphology and synaptic function
報告番号 126975
報告番号 甲26975
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3585号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,雅英
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 准教授 武井,陽介
 東京大学 講師 山口,正洋
 東京大学 特任講師 高橋,倫子
内容要旨 要旨を表示する

神経細胞が分化や細胞移動、形態形成過程を通しその機能を果たせるようになるため、微小管による細胞の形態構築はとても重要である。微小管のダイナミックス、及びその機能を制御している分子としてよく知られているのが、MAP1A、MAP1B、MAP2、また、tauといった微小管結合蛋白質 (MAPs)である。しかし、近頃の遺伝子解析の研究から、既存のMAPsとは異なる新たな遺伝子が同定されつつあり、その一つがDoublecortin (DCX)と言った滑脳症原因遺伝子である。DCXは、二つの微小管結合ドメインを持ち、MAP2やtauなどが持つ結合機構とは異なる形で、微小管に結合しLis1とともに発生期の細胞移動に重要な役割を果している。DCXには、Doublecortin-like kinase1 (DCLK1)やDoublecortin-like kinase2 (DCLK2)といった二つのホモログ蛋白質が報告されており、胎生期から成体にわたって神経系で広く発現していることが確認されている。

DCLKsは、N-端側のDoublecortin (DCX)と類似したDCX domainと、C-端側のCa2+/calmodulin-dependent kinases (CaMKs)と類似したkinase domainの二つのドメインからなるキメラタンパク質である(図1)。DCLKsは、DCX同様、微小管結合蛋白として、細胞移動による脳の層構造形成に関与しているが、胎生期に限局して発現するDCXとは異なる発現パターンを持っていることから、生後の脳内での機能に注目が集まっている。そこで、本研究では、神経細胞の成熟過程においてDCLKが持つ機能を明らかにすることを目標に以下の実験を行った。

DCLKの細胞内機能を調べるため最初に行ったのは、DCLK特異的な抗体を制作し、その抗体を用いて、DCLKの発現部位や発現時期の評価することだった。マウスの脳組織(大脳、小脳、海馬)を用いてサンプルを抽出したうえで、抗-DCLK抗体でウェスタンブロットを行ったところ、生後7目から生後28目までの全てのサンプルでDCLKの発現を確認することができた(図2)。また、成体のマウスの脳切片を用いて免疫染色を行った結果、灰白質や海馬を含む多くの領域でDCLKの発現を確認することができた(図3)。

DCLKの細胞内局在をより詳細に調べるため、マウスの海馬分散培養を用いて免疫染色を行った。まず、培養15日目の成熟神経細胞を軸索のマーカー蛋白であるtauと一緒に二重染色をしたところ、DCLKは樹状突起上に多く存在し、軸索での発現は少ないことが確認できた(図4左)。神経細胞の成熟によるDCLKの分布変化をみるため、培養初期と培養後期の細胞を、樹状突起の微小管マーカーであるMAP2とともに染色しDCLKの局在を観察した。シナプス形成前の幼弱な細胞の場合(培養7日目)、DCLKは樹状突起の先端部分に多く発現していた(図4中央)。しかし、シナプス形成がほぼ終了している培養後期の細胞(培養24日目)では、先端での強い発現は見られなくなっていた(図4右)。これは、DCLKが突起の先端に局在し、幼弱なニューロンの突起伸長を促している可能性を示唆する結果である。

そこで、DCLKの樹状突起伸長への関与を確認するため、外来性のDCLK1-GFPを成熟した神経細胞に過剰発現して、DCLK1-GFPによる樹状突起の長さの変化を観察した。その結果、コントロールのGFPでは見られない急激な樹状突起の伸長がDCLK1-GFPの発現細胞で見られた(図5)。

一方、幼弱な神経細胞のDCLK1の発現を、shRNAを用いて抑制すると、樹状突起の伸長がほぼ完全に抑制され、軸索だけが残った神経細胞が形成された。(図6)

これらの結果から、DCLKは、神経細胞の成熟過程において、樹状突起の遠位側に局在し、樹状突起の伸長を促進する機能があることが明らかになった。

DCLKの局在をより細かく見ていくと、成熟した神経細胞のスパイン構造内でもその発現を確認することができた(図7)。実際、生化学的分画法を用いて、脳組織からPSD分画を精製し、抗-DCLK抗体でウェスタンブロットを行うと、PSD分画内にDCLKが存在することが明らかになった。また、PSD-95を用いて免疫沈降実験を行ったころ、DCLKとPSD-95との結合が確認できた。これらの結果は、DCLKが樹状突起上のスパイン構造に局在しながら、PSDタンパク質の機能に関与している可能性を示唆するものである。そこで、アデノウィルスを用いてDCLKを過剰発現して、シナプス蛋白に発現変化がみられるか、免疫染色で確認を行った。その結果、DCLK1-GFPの過剰発現により、PSD-95発現レベルが著しく低下することが確認できた(図8)。

DCLKが持つ二つのドメインの内どちらがPSD-95の発現調節に関与しているかを確かめるため、DCLK1のtruncated form (GFP-DCX domain, kinase domain-GFP)を作成し、全長と同様にPSD-95の発現レベルを測定したところ、キナーゼドメインを過剰発現した神経細胞で著しいPSD-95の発現変化がみられた(図10)。これは、DCLK内のC-端のキナーゼドメインがPSD-95の発現を抑制していることを示す結果である。

しかし、N-端のDCXドメインのみを発現させた場合も、有意差は認められなかったものの、PSD-95の減少傾向が観察されている。これはDCXドメインの過剰発現が、間接的にスパイン内のPSD-95発現を減少させている可能性を示唆する結果である。そこで、DiI染色を用いて、これらの過剰発現細胞のスパイン形態の観察を行ったところ、DCLK1の全長とDCX domainの過剰発現細胞で、通常より長いフィロポディア状の突起が多く観察された(図11)。これは、DCLKがN-端側のDCX domainを介しスパインの形態形成に関与していることを意味する。

DCLKの過剰発現によって、スパインのPSD蛋白の発現低下や、スパインそのものの形態変化が起こるとしたら、それは神経細胞のシナプス活動に影響を与えると考えられる。そこで、DCLK1-GFP過剰発現細胞のmEPSCを測定した。その結果、DCLK1-GFPの過剰発現により、mEPSCの振幅の低下及びイベント間間隔の上昇が確認できた(図12)。

これは、神経細胞のシナプス活動が低下していることを意味する。前述のDCLKの免疫染色や免疫沈降の結果から、DCLKはシナプス後部のスパイン内に局在することが考えられる。そこで、我々はDCLKによるシナプス活動の低下はシナプス後部側の変化によるものだと仮定し、その確認のためevoked EPSCの測定を行った。予想通り、DCLK1-GFPの過剰発現細胞ではAMPA/NMDA比が著しく低下していることが確認できた。

これらの結果から、DCLKはキナーゼドメインを介しPSD-95発現を調節、またそのDCXドメインを介しスパインの形態形成に関与することで、機能的なグルタミン酸作動性シナプスの数及び伝達効率を調節する機能を持つことが明らかになった。

本研究は、今まで知られていた幼弱神経細胞の層構造形成とは異なる、成熟ニューロンにおけるDCLKの二つの機能を明らかにした。

1.DCLKは樹状突起の伸長を促進する機能を持つ。

DCLKsは樹状突起の遠位側に局在しながら、微小管の束化によって樹状突起の伸長を促進することが我々の研究によって確認できた。

2.DCLKは、多様な経路を介し、グルタミン酸作動性シナプスの成熟を抑制する。

2-1.C-端のキナーゼドメインを介しシナプス後部のPSD-95発現を抑制、

2-2.N-端のDCXドメインによりスパインの形態変化を起こし、結果的にグルタミン酸作動性シナプスの活動を低下させる

これらの結果から、DCLKsは樹状突起に特異的に局在し、突起の先端で樹状突起の伸長を促進しながら、シナプス形成を制御する多機能性蛋白であることが明らかになった。

図1.Doublecortin-like kinases (DCLKs)の模式図

図2.抗-DCLK抗体によるWestern blot

図3.抗-DCLK抗体による脳切片の免疫染色

図4.DCLKの免疫染色

図5.Cre-loxPシステムを用いたDCLK1-GFPの過剰発現

図6. DCLK1 shRNA

DCLK1 shRNAの発現プラスミドを、培養4日目の培養細胞にトランスフェクション、培養12日目に固定し、観察を行った。

図7. DCLKとPSD-95の二重染色

PSD-95陽性のスパイン構造内にもDCLKが局在している。

図8. DCLK1-GFPの過剰発現によるPSD-95の発現低下

(矢印:DCLK1-GFP過剰発現細胞の樹状突起矢頭:DCLK1-GFPがほとんど発現していない細胞の樹状突起)

図9. DCLK1 truncated formの作成

図10. DCLK1-GFP及び切断型DCLK1の過剰発現によるPSD-95の変化

図11. DCLK1-GFP、及び切断型DCLK1の過剰発現によるスパインの形態変化

図12. DCLK1-GFPの過剰発現によるmEPSCの変化

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、成熟した神経細胞におけるDoublecortin-like kinases(DCLKs)の機能を明らかにするため、分子細胞学的、生化学的、また、電気生理学的な手法も用いて実験を行った。その結果、以下の成果を得ることができた。

1.pan-DCLK抗体を制作することで、DCLKの発現および神経細胞内分布を調べることができた。

2.成体マウスの脳切片をDCLK抗体で染色したところ、皮質の灰白質や海馬では強い反応が見られた反面、白質での発現は少ないことが観察された。また、海馬の分散培養を用いた、免疫染色の結果や遺伝子導入法によるDCLK1-GFPの過剰発現の結果から、DCLKは樹状突起上に多く存在するsomatodendritic proteinであることを明らかにした。

3.幼弱な神経細胞の免疫染色の結果、DCLKは伸長期突起の先端に強く発現することが確認できた。更に、DCLK1-GFPの過剰発現は樹状突起の伸長や分岐形成を促す一方、shRNAによるDCLKの発現抑制は、樹状突起の伸長を阻害することから、DCLKは樹状突起の伸長の要になる調節分子であることが明らかになった。

4.シナプス形成後の神経細胞の免疫染色や、成体マウスの脳組織を用いたPSD分画のウェスタンブロッティングの結果から、DCLKはシナプス後部肥厚(PSD)にも発現することが確認できた。更に、full-length DCLK1やkinase domainの過剰発現により、PSD構造内のシナプス蛋白質の発現が低下することから、DCLKのkinase domainはPSD蛋白の局在を調節する機能を持つことが示された。

5.full-length DCLK1やDCX domainの過剰発現をすることで、成熟神経細胞のスパインの形態変化が起こり、未熟なフィロポディア状の突起が多くなることが確認できた。DCLKの過剰発現がスパイン内spinophilinの発現を低下させることから、この形態変化はspinophilinを介したDCLKのDCX domainとの相互作用による可能性を示すことができた。

6.DCLK1-GFPの過剰発現は、シナプスのグルタミン酸作動性AMPA受容体の機能低下を引き起こし、シナプスの伝達効率を下げることが観察できた。この伝達効率の低下はDCLKのkinase domainによるシナプス蛋白の発現減少および、DCX domainによるスパインの形態変化の統合的な結果であることを示した。

DCLKは、神経細胞の樹状突起に局在し、シナプス成熟を制御しながら突起を伸長させることで、統合的にシナプスの可塑性やネットワークの形成を調節する蛋白であることを示すことができた。本論文は、今まで明らかになっていなかった、分化した神経細胞でのDCLKの二つの異なる機能を明らかにすることで、神経細胞の成熟機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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