学位論文要旨



No 126979
著者(漢字) 廣瀬,聡
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,サトシ
標題(和) 機能的磁気共鳴画像法を用いたヒト下前頭回内の機能解剖的微小区分の解明
標題(洋) Functional anatomical micro-parcellation within human inferior frontal gyrus as revealed by functional magnetic resonance imaging
報告番号 126979
報告番号 甲26979
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3589号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 講師 山口,正洋
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 教授 齊藤,延人
内容要旨 要旨を表示する

大脳皮質は異なる性質を有する多数の領域から構成されており、脳全体の機能的な構造を理解するためには、それら多くの領域を同時に描出できるような単一の基準が必要となる。脳全体に渡って脳領域を描出する方法として、安静状態の脳活動の低周波数領域(~0.1Hz)での同期パターン、すなわち機能的結合(functional connectivity)に基づいて領域間の境界を描出する方法が近年開発されてきた。しかしながら、その方法で描出された境界が、特定の認知機能に関与する領域と空間的にどのような関係にあるのかはまだ十分に解明されていない。本研究では、functional connectivityに基づいて検出された脳領域と、特定の認知機能を要求する課題によって賦活された脳領域との関係を、高解像度の機能的磁気共鳴画像法(MRI)を用いて調べた。

安静状態(静止した点を注視している状態)の被験者の脳を、3TのMRIシステムを用いてグラディエントエコー法により撮像した。解析ソフトCARETを用いて機能画像を脳溝に沿って展開し、二次元空間上で機能画像の解析を行った。右半球の下前頭皮質の後部領域(right pIFC)に50 x 50mm2の平面を定義した(図1AB)。二次元空間上の50 x 50mm2の平面を構成する全ピクセル(二次元画素)について、そのピクセルと対応する三次元空間上のボクセル(三次元画素)を求め、そのボクセルにおけるMRI信号の時系列と、脳の他のボクセルのMRI信号の時系列の相関係数を計算し、三次元空間上のcorrelation mapを作成した(図1A)。correlation mapは、seedとなるピクセルと脳の他のボクセルとのfunctional connectivityの強さを表し、二次元空間上のpIFCの各ピクセルについてそれをseedとするcorrelation mapが計算された。したがってcorrelation mapはpIFC内のピクセルの数(50 x 50)だけ存在する。

二次元空間上でseedを動かした時に脳の別の領域とのfunctional connectivityのパターンが急激に変化するピクセルは、脳領域同士の境界を表していると考えられる。二次元空間上でseedを動かした時の三次元空間のfunctional connectivityのパターンの変化を定量的に解析するため、すべてのピクセルの対について、その2つのピクセルそれぞれをseedとするcorrelation mapの類似度を表すeta2の値を計算した。pIFC内の各ピクセルについて、そのピクセルをseedとするcorrelation mapと他のすべてのピクセルをseedとするcorrelation mapのeta2の値を持つeta2 mapを作成した(図1A)。したがって、eta2 mapはpIFC内のピクセルの数だけ存在する。eta2 mapにおいて高い値を持つピクセルは、functional connectivityのパターンがseedピクセルのfunctional connectivityのパターンと類似していることになる。

eta2 mapの二次元変化率を各ピクセルについて計算し(gradient map)、correlation mapのパターンが急激に変化する領域 (edge)と変化しにくい領域(local minimum)とを検出した。Edgeとlocal minimumの検出はすべてのeta2 mapについて行われた。そのすべてのeta2 mapを母集団として、各ピクセルがedgeとなった確率およびlocal minimumとなった確率を計算し、それぞれからprobabilistic boundary map(図1A)およびprobabilistic center mapを作成した。

安静状態の脳の各領域は、その対側の脳領域とのfunctional connectivityが最も強いという過去の知見に基づき、全脳とのfunctional connectivityに基づいてeta2 mapを計算した場合と、対側の脳領域部位(left pIFC)とのfunctional connectivityに基づいてeta2 mapを計算した場合とを比較した(図1C)。対側のfunctional connectivityのみを用いた場合と全脳のfunctional connectivityを用いた場合とで同程度のprobabilistic boundary mapとprobabilistic center mapが描かれることが分かった。この結果は、boundaryを描出するのに十分なfunctional connectivityの情報が対側領域に含まれていることを示唆する。

functional connectivityに基づいて描出された脳領域の大きさを推定するために、自己相関関数を用いた解析を行った。各被験者のprobabilistic center mapについて、二次元の自己相関関数を計算し、空間的な周期性について調べた(図2A)。各被験者につき得られた自己相関関数について、中心からの距離ごとに相関値の平均を計算した。各被験者の相関値を平均したところ、12mmの距離に相関値の極大値が見られた(図2B)。この結果は、functional connectivityにより定義される脳領域の大きさがおよそ12mm程度であることを示唆する。

functional connectivityに基づいて定義された脳領域が、実際の機能単位とどのような関係にあるのかを調べるために、同一被験者が課題を遂行している時の脳の活動をMRIで測定した。課題はGo/Nogo課題とウィスコンシンカード分類課題の2つを用い、前者により反応抑制(response inhibition)機能に関与する脳領域を、後者によりフィードバック(feedback processing)機能に関与する脳領域を検出した。各被験者は2つの課題を両方とも行い、2つの機能それぞれに関与するright pIFC内の領域を被験者ごとに検出した。図2Cは一人の被験者のフィードバック機能に関与する脳活動、およびその脳活動とboundaryとの重ね合わせを表している。全pixelをon-boundary pixelとoff-boundary pixelの2群に分け、それぞれのピクセル群の内で脳活動が認められたピクセルの割合を求めたところ、on-boundary pixelの方がoff-boundary pixelよりも脳活動が認められたピクセルの割合が有意に小さかった(図2D、F(1,5)=11.5, p < 0.05)。さらにon-boundary上の各ピクセルをedgeとなる確率が高い順に10個のビンに分け、各ビンに有意な脳活動が認められたピクセルの割合との相関を被験者ごとに調べたところ、相関係数の値が有意に負であることが分かった(t(5)=2.7, p < 0.05)。この結果は、特定の認知機能に関与する脳の活動は、boundaryを避けて生じる傾向にあるという事実を示唆する。

以上の結果から、脳に多数存在している機能単位の描出を、functional connectivityを用いて行うことが可能であることが示唆される。

図1.(A)probabilistic boundary mapが生成されるまでの手順。(B)脳外側面。黄色い四角はpIFCを表す。(C)pIFCにおけるprobabilistic boundary map。左パネルは全脳のfunctional connectivityを用いた場合、右パネルは対側のfunctional connectivityを用いた場合をそれぞれ表す。

図2.(A)probabilistic center mapの自己相関関数の結果。(B)距離ごとの自己相関値の平均値。青線は6人の被験者の平均値、赤線は標準誤差を表す。(C)probabilistic boundary map、feedback processingに関与する脳活動、およびそれらの重ね合わせ。(D)on-boundary pixelとoff-boundary pixelそれぞれの、脳活動が認められたpixelの割合の比較。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、安静状態の脳活動の低周波数領域(~0.1Hz)での同期パターン、すなわち機能的結合に基づいて定義された領域 (micro-module) が、特定の認知機能に関与する領域と空間的にどのような関係にあるのかを明らかにするため、ヒト被験者の安静状態の脳活動および認知課題遂行中の脳活動を高解像度の機能的磁気共鳴画像法 (fMRI)を用いて測定し、課題遂行中の脳活動領域と安静状態の機能的結合に基づくmicro-moduleの関係の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.安静状態の被験者の脳を、3TのMRIを用いてグラディエントエコー法により撮像した。解析ソフトCARETを用いて機能画像を脳溝に沿って展開し、二次元空間上で機能画像の解析を行った。右半球の下前頭皮質の後部領域において、機能的結合のパターンが急激に変化する領域 (boundary)を検出し、probabilistic boundary mapを生成した。その結果、全脳との機能的結合を用いた場合と、対側領域、すなわち左半球の下前頭皮質の後部領域との機能的結合を用いた場合とで、同様のboundaryのパターンが描出されることが明らかになった。この結果から、対側領域にはboundaryを検出するのに十分な情報が含まれていることが明らかになった。

2.機能的結合に基づいて定義されたmicro-moduleの大きさを推定するために、自己相関関数を用いた解析を行った。機能的結合のパターンの変化が緩やかな領域ほど高い値を持つprobabilistic center mapを生成し、各被験者のmapについて二次元の自己相関関数を計算することで、micro-moduleの空間的な周期性を定量化した。各被験者につき得られた自己相関関数について、中心からの距離ごとに相関値の平均を計算した。各被験者の相関値を平均したところ、12mmの距離に相関値の極大値が見られた。この結果は、機能的結合に基づいて定義されたmicro-moduleの大きさがおよそ12mm程度であることを示唆する。

3.機能的結合に基づいて定義されたmicro-moduleが、実際の機能単位とどのような関係にあるのかを調べるために、被験者が課題を遂行している時の脳の活動をfMRIで測定した。課題はGo/nogo課題とウィスコンシンカード分類課題の2つを用い、前者により反応抑制機能に関与する脳領域を、後者によりフィードバック機能に関与する脳領域をそれぞれ検出した。boundaryと脳活動の位置関係を調べたところ、脳の活動はboundaryを避けて生じる傾向にあり、さらにその傾向はprobabilityの高いboundaryほど強いということが分かった。この結果は、機能的結合に基づいて定義されたmicro-moduleは、実際の脳の機能を反映したものであることを示唆している。

4.反応抑制機能に関与する脳活動とフィードバック機能に関与する脳活動の距離を計算すると平均14mm程度で、これは上記2.において計算されたmicro-moduleの大きさ (12mm)とほぼ同じであった。さらに2つの脳活動のピーク間の信号値を調べたところ、2つのピーク間の半分以上の部分において信号値は0付近であることが分かった。この結果は、脳活動の広がりは平均してmicro-moduleよりも小さい傾向にあるということを示唆している。

5.脳活動の空間的な広がりと機能的結合との関係を調べるために、機能的結合のパターンの変化を定量化したeta2 mapを計算し、脳活動の形状とeta2 mapの形状を比較したところ、両者の形状が有意に似ていることが明らかになった。この結果は、脳活動の空間的な広がりは脳の機能的結合を反映したものとなっているということを示唆している。

以上、本論文は安静状態の機能的結合に基づくmicro-moduleと特定の認知機能に関与する脳領域の比較によって、実際の脳機能に関連したmicro-moduleが12mm程度の大きさを持って存在していることを明らかにした。本研究はこれまで十分に明らかにされていなかった、機能的結合を用いた全脳の神経ネットワーク網の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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